545 誘拐事件の報告
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「ドワーフのガラス職人達が誘拐されかけた!?」
王都から領地に戻った日の夜、執務室に入って椅子に座るか座らないかのうちにナサイグから報告を受けて、ガタンと立ち上がる。
「はい。ですがエメル様の契約精霊がそれを阻止されたようです。職人達は掠り傷などはありますが、大きな怪我もなく全員無事です」
「そうか……」
ほっとして、椅子に座り直す。
警戒させてた特殊な契約精霊達が上手くやってくれたみたいだな。
「詳しい報告はユレース様からあります」
「分かった、ユレースを呼んでくれ」
もう仕事を上がってゆっくりしてる時間だろうけど、早めに確認しておきたいし、ナサイグにユレースを呼んで来て貰って詳細の報告を受ける。
「――と複数箇所で火災による陽動があり、警備兵も特務部隊も分散せざるを得ず、ガラス職人六人を誘拐される失態を演じることになりました」
今日俺が戻ってくることは分かってたし、こうなるだろうって思ってたのか、すぐに執務室に来てくれたユレース。
その苦い顔での報告に、俺もつい渋い顔になってしまう。
「その後、追撃するも、森の中で攻撃魔法を受けて足止めされ、誘拐犯達の本隊とガラス職人達を完全に見失ってしまいました」
誘拐の決行日が、俺が王都に泊まってて領地不在の日だったのは、絶対に偶然じゃないだろう。
そもそも、ただの山賊がほとんど無駄口を叩かず、本隊と足止め部隊に分かれて的確に作戦を遂行するなんてあり得ないからな。
明らかにバックに貴族がいる。
「足止めしていた犯人達が撤退後、そのまま追跡したものの完全に見失い発見できず、ガラス職人達の助けを求める唸り声が聞こえたことでようやく居場所が判明。現場に行くと、縛られたガラス職人六人を発見したので、これを保護しました」
「ガラス職人達に怪我はないんだな?」
「掠り傷程度で大きな怪我はありません、全員無事です」
「警備兵と特務部隊の方は?」
「若干名怪我人が出ましたが軽傷ばかりです。死者、重傷者はいません」
「そうか」
改めて確認して、ほっと胸を撫で下ろす。
「誘拐犯達はその場で倒れており、全員が眠っていました。捕縛したのは二十三人です。おかげで確保は容易かったのですが、声をかけても揺すっても縛っても目を覚ますことがなく、未だに眠ったままです。しかも、まるで悪夢を見ているかのように、苦しげにうなされています」
と、そこまで報告したところで、ユレースが俺の顔を伺うように見てくる。
「たまたま巡回してた契約精霊が対処したみたいだな」
キリとは言わず、当然特殊な契約精霊のことも伏せて、契約精霊とだけ言っておく。
当然、たまたまじゃなく、その誘拐犯どもが領境を越えて入ってきた時にすでにマークして、特殊な契約精霊達が張り付いてくれてたわけだ。
「やっぱりそうですか。うなされてるのに何をやっても目を覚まさないとか、明らかに変ですからね。先日の、旧レフュール王国の第三王子とその太鼓持ちの貴族達の時と同じだったんで、伯爵様の精霊が何かしたんだろうとは思っていました」
「今回はたまたま俺の契約精霊が通りかかったから良かったものの、ガラス工房の警備はもっと厳重に、しっかりやって貰わないと困る。俺も可能な限り対処するけど、同様の事件は今後も続くはずだ」
「はい、警備の者達には厳しく通達して、訓練の内容を見直させます」
「ああ、そうしてくれ」
文官と武官のトップに立つ立場だから、ユレースは上に立つ者として今回の責任を大いに感じてるみたいだ。
俺の契約精霊がたまたま通りかからなかったら誘拐は成功してしまって、ガラス産業を奪われ大打撃になってたはずだ。
そうなったら、大失態なんて言葉じゃ済まされない。
それを不在だった領主の俺に尻拭いして貰ったことになる。
そう恥じ入って、深く反省してるんだろう。
これで、ユレースも武官達も警備に当たってる者達も、強い危機感を抱いたはずだ。
今後のことを考えると、特に特務部隊には痛感して貰わないと困る。
産業が発展して人口が増えて、領内の人の出入りが多くなれば、目が届かない、手が回らないことも出てくるだろう。
その時になっても、俺の特殊な契約精霊頼みのままじゃ困るからな。
そのために訓練も兼ねて、警備の者達が見失うまでは、特殊な契約精霊達には手出し無用にしといたんだ。
警備の者達や特務部隊には、今回の失敗を糧に一層強くなって欲しい。
「それで、誘拐犯達は?」
「牢に放り込んであります。うなされる声が煩いですけど、暴れたりもしないので見張りは楽ですね。とはいえ、そういう状況ですから、事情聴取もまだです」
「分かった。それじゃ明日にでも犯人達から詳しい話を聞くとしようか」
そして翌日、早速話を聞く、つまりは尋問……って言うか拷問だけど、まあ……その様子は見てて気持ちいいもんじゃないのは確かだ。
誘拐するまで手出し不要にしといたのは、現行犯逮捕で言い逃れ出来ないようにするためでもあって、すでに罪状が決まってるから、尋問官の取り調べも容赦なし。
犯人達は自分達が山賊だって言い張るけど、山賊を主張する以上、行き着くところは縛り首しかない。
それでも頑として口を割らないし、誰一人命乞いしないんだから、どう考えたって山賊ってのは無理がある。
と言うわけで、本格的に拷問ってなったわけだ。
ただ、この世界のこの時代の拷問ってのは、前世の中世の拷問同様に、むごたらしくてちょっと直視出来ないものばかりなんだよね。
忠誠心が高くて訓練された密偵だと、本気で死ぬまで口を割らないらしいから、時間と労力の無駄だし、俺も精神的にきつい。
そこで、俺が途中から拷問官の代わりに、部隊の隊長を直接ナイトメアで一層きつい悪夢に突き落として、目覚めさせて現実に戻してから尋問し、口を割らなければまたナイトメアでさらに苛烈な悪夢に突き落としてを繰り返してやった。
そうしたら、段々現実と悪夢の区別が付かなくなってきたみたいで、遂には心が折れたらしい。
勘弁してくれと、全部喋るからもう悪夢は許してくれと泣きが入って、結局事件のあらましを最初から最後まで、計画の詳細から自分達の主人の名前まで全てを自供した。
「なっ……まさか!?」
その主人の名前……一人の貴族の名前が出てきた時、ユレースが盛大に驚きの声を上げたのも無理ないと思う。
俺も、予想外のその名前にはかなり驚かされたよ。
その名は、グレイブル伯爵。
王室派の貴族の一人で、クラウレッツ公爵派を除けば、ジターブル侯爵家の次の次くらいに力を持つ貴族家で、アイジェーンの実家のバラドン子爵家みたいに諜報に長けてる家だって言われてる。
そう、つまり同じ王室派の貴族からこんな謀略を仕掛けられたことになるんだ。
それが嘘じゃないのはキリが証明済みで、疑う余地がない。
でもユレースはそれが本当か分からないし、一人の証言だけじゃ事実と断定できない……つまり信じたくない、ってことで、他の隊長格になる数人を同様の目に遭わせて、全員から同様の証言を得た。
ここまでくると、ユレースも信じないわけにはいかなかったんだろう。
自供した内容をまとめた書類を手に、俺と意気消沈したユレースは執務室へと戻ってきた。
「ユレース、舐めた真似をしてくれたそいつには、相応の報いを受けさせる」
「それは……はい、そうですね。でないと示しが付きませんから」
すごく複雑そうな顔をしてるけど、俺が報復するのは納得せざるを得ないらしい。
当然だろう。
ここで舐められたら次はどんな真似をしてくるか分からないし、同じような真似をしでかす奴が次々に出てきかねない。
貴族って商売は、舐められたら終わりだ。
何より、同じ王家を支える派閥同士でこんな陰謀を仕掛けてつぶし合うなんて、反王室派を喜ばせるだけで、利敵行為に他ならないだろう。
「ともかく、今回の件は俺の報復が終わるまで箝口令を敷く。領内に入り込んでる密偵から情報が各地に流れるのは、報復が終わってからだ。それが終わってからなら、模倣犯が出ないよう、どんどん情報を流してくれていい」
所謂、見せしめにする、って奴だな。
今回は、思い切りガツンとやって、相手が誰であろうと容赦しないってところを広く知らしめる必要がある。
「当然、ユレースも他言無用だ。実家のジターブル侯爵家にも、次男のルークイット子爵家にもまだ言うなよ。変に横槍を入れられたくないからな」
「……分かりました」
グレイブル伯爵が屈服して心から謝罪するって言うなら、ジターブル侯爵家が取りなして間に立つことになると思うけど。
でもそれは今すぐじゃない。
「それと、とっくに逃げてると思うけど、レグアスに潜伏して逃走準備をしてた残党の足取りを追って、裏付け調査をしてくれ」
「はい、分かりました」




