542 続く商談と……
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クラウレッツ公爵との商談を皮切りに、ジターブル侯爵、軍務大臣のイグルレッツ侯爵、外務大臣のブラバートル侯爵、監査室室長のロードアルム侯爵といった、王室派の重鎮達との商談を次々とこなしていく。
ジターブル侯爵との商談では……。
「この透明感と輝きはまさに芸術品と言えよう。このような素晴らしい技術を持つドワーフの職人を見出す慧眼はさすがの一言だ」
……なんて感じに、やっぱり俺の知識じゃなくてドワーフのガラス職人達の知識と技術だと思って、散々に褒めそやしてきた。
そうして散々俺を気持ちよくさせた上で、クラウレッツ公爵と似たような提案をしてきたわけだ。
「これほど美しいガラスを製造するからには、職人を増やし、施設を拡充し、大々的に行うべきだろう。でなければ、殺到する注文に数少ない職人では応じきれるはずがない。しかしメイワード伯爵、貴殿は運がいい。我がジターブル侯爵家には多額の資金をその事業に出資する用意がある。それで新たな工房を建設し設備を拡充するといい。職人が足りないと言うのであれば、こちらで腕利きのガラス職人を用意しよう。なに、礼にはおよばん。貴殿と私の仲だろう」
何が『貴殿と私の仲だろう』だよな。
もうさ、そんな見え見えの手に乗るわけないだろう?
俺は未だにジターブル侯爵に舐められてるらしい。
出資してやるって言いながら、金を出したんだから口も出させろと、自分が買う分を安く優先させた上で、あれを作れ、これを作れ、誰に優先していくらで売れ、って指図して、事実上事業を乗っ取るつもり満々なわけだ。
そのくらい、キリに頼らなくても、すぐに分かるって。
しかもキリの副音声で、さらにあくどい計画が明らかになったんだ。
自分が集めた大量の職人に知識と技術を学ばせた後は、その職人達に労働環境に不満を持ったって工房を辞めさせて、行く宛てがない職人達を招いて保護した体で自分の領地でガラス産業を興す。
そして、俺の領地で生産量がガタ落ちして注文に対応出来なくなったところで、俺の領地の規模を上回る生産量で顧客を完全に奪って市場を独占する。
って腹づもりだったらしい。
貴族って言うのは、特に大貴族は、どうしてもそういうあくどい事を考えて、権力と利権を手に入れないと気が済まない生き物なんだろうか。
丁重にお断りをした上で、その知識も技術も俺がドワーフの職人達に教えたもので、姿見に使ってた鏡も俺の精霊魔法じゃないと作れないって教えてやったときの、ジターブル侯爵の愕然とした顔は見物だったけどさ。
領地を持たない宮廷貴族のロードアルム侯爵には、クラウレッツ公爵やジターブル侯爵が提案してきたようなことを言い出す貴族や、妨害、誘拐などを企てる貴族がいるだろうから気を付けるようにって、忠告まで貰ってしまった。
まさに忠告通りのことをされてたわけだから、やっぱり貴族は誰しもそういうことを思い付くもんなんだろうな。
さらに領地貴族、宮廷貴族問わず、加えて言うなら姫様の誕生日パーティーに招かれた王室派、招かれなかった中立派問わず、色々な貴族と商談することになった。
「これは他国の貴族はおろか王族ですら、喉から手が出る程欲しがること間違いなしですな。メイワード伯爵の名声が、益々近隣諸国に広まること請け合いだ」
特に外務貴族は他国の貴族に贈ることで、マイゼル王国にとって有利になるよう働きかけることが出来るから、すごい熱の入れようだった。
ただし、そういう連中のほとんどが、俺をいいように利用するつもりでいたわけだけどさ。
だから、お前らじゃなく俺がお前らを利用してやるんだ、俺に友好的に接して協力すれば色々融通してやるけど、そうじゃないなら他を当たるから別に買わなくていい、って、強気でどっちの立場が上かを分からせてやった。
帰国事業で礼を言いに来た大使や外務貴族達の中には、本気で俺に友好的に接してくれた人達がいたから、俺が独自でそっちとパイプを持てば済む話だ。
それを示した上で、俺に協力的ならその大使や外務貴族達を紹介して、橋渡ししてやってもいい、って甘い汁も用意してやった。
外務貴族は他国の貴族に便宜を図ってやる代わりに謝礼って旨味があるから、繋がりを持つ貴族が多ければ多いほど美味しい。
当然、俺も独自でその大使や外務貴族達とは友好関係を築いていくつもりだから、もし俺に不利な真似をしたり、よからぬ事を吹き込んだりすれば、俺に筒抜けになる。
何しろ、その大使や外務貴族達にとって俺は自国民を救出してくれた恩人で、これからも引き渡される奴隷達の中から自国民を帰国させて貰えるとなれば、俺との良好な関係を維持しときたいはずだ。
中にはレストラン街のための食材や調味料の交易の話に乗り気の人達もいたし。
そうなれば、その人達は自国でも多少なりと影響力が増すはずだ。
だから俺に不利な真似はそうそう出来なくなる。
その上で、俺が橋渡しすることで、マイゼル王国の外務貴族と繋がって美味しい思いを出来るわけだからな。
「お前も長年外務貴族をやってきたなら、どういう態度を取るべきなのか、考えるまでもないだろう? さあ、さっさと決めたらどうだ?」
そういうわけで、俺を舐めて掛かってた外務貴族どもは、白旗を揚げて俺に協力的になった奴、反発して商談を破談にした奴、ハッキリ分かれることになった。
ここで非協力的だった奴は、今後、俺に協力的だった奴がクリスタルガラスの食器類を手土産に影響力を増して美味しい思いをしているのを横目に、繋がってる他国の貴族から催促されても手土産として渡せずに困ることになるだろう。
もちろん、今回の件一つだけで、俺に非協力的だと損をするから俺に付く方が得策、って流れが出来上がる程甘くはないと思う。
でも、これまで農政改革では領地貴族ばかりメリットがあって、宮廷貴族にはほとんどメリットがなかったから、宮廷貴族達も俺との付き合い方を考える契機くらいにはなったはずだ。
ちなみに。
「たかが農民風情がこのガラスの真の価値が分かるわけがなかろう! この儂が有効活用してやろうと言うのだ! つべこべ言わず製法と職人をこの儂に引き渡せ!」
なんて、馬鹿な貴族どもは本当に馬鹿ばっかりで、一蹴してやるのに躊躇いはなかったな。
とまあ、そういった具合で、商談をこなしていったわけだ。
ただ、商談はそれでいいとして……。
「やっぱり恐れていた通り、非常に不味い事態になりましたね!」
モザミアが、それはもう怖い顔で俺を睨んでくる。
領地に戻って、執務机の上に山と積み上げられてた他の貴族家からの手紙やご令嬢の肖像画に、これはなんなのか聞いた途端のことだった。
「やっぱりって、モザミアはこうなるって分かってたのか?」
「当然です! あの美しい鏡を見れば、伯爵様にお見合いの話が殺到すると確信していました」
と言うわけで、俺に大量の見合い話が舞い込んできてしまった……。
いや、俺も全く予想してなかったわけじゃないけど、もう少しクリスタルガラス製品が流通し始めてから、幾らかは来るだろう、程度に思ってたんだ。
それがまさか、まだ商談をしてる最中の、王家以外には売り出してもない段階で山と積み上がるほどに来るなんて、想像もしてなかったよ。
しかも、マイゼル王国の貴族だけじゃなく、他国からまで。
「ご領主様、こちらのご令嬢達のことヲ考えるのもいいデスが、それより先に、わたくし達のことヲ考えて戴きたいデス」
「そうだよ! エフよりこんなポッと出の泥棒猫がいいなんて言わないよね!?」
そして当然のように、リジャリエラとエフメラがモザミアと並んで怖い顔で迫りながら抗議してくるし。
「ちょ、みんな落ち着いてくれ! 俺がこんな話に乗るわけないだろう!?」
「本当ですか?」
「当たり前だ」
貴族家の当主としては、相手の情報を集めて精査して、メイワード伯爵家に利益になる相手を選んで結婚すべきなんだろうけど。
でも俺は、好きでもない子と結婚するつもりはないからな。
それがどんなにメイワード伯爵家に利益があっても、断って不利益を被ることになっても、政略結婚なんてごめんだ。
王様になった時は、どうしても避けられない政略結婚が出てくるかも知れないけど、それだって、可能な限り断固として断るつもりだしな。
「じゃあこれはいらないよね? 処分しちゃってもいいよね?」
「ちょっと待った! ホムラちゃんを出すんじゃありません!」
いきなり焼こうとするなんて、こういうときのエフメラは過激すぎる。
「そうデスね。最低でも目ハ通しておくべきでショウ。断るにしても、全く目ヲ通していないままでハ、そのことガ相手に知られた場合、非常に悪い心証ヲ与えてしまいマス」
「それもそうですね……肖像画を贈った本人の目の前で『誰?』と首を傾げては相手に恥を掻かせてしまいますし」
「むぅ……」
いやだから、エフメラは膨れっ面にならないでくれ。
「では伯爵様、目を通すだけは通して下さい。お断りの手紙はアタシの方で出しておきます」
「あ、ああ、分かった」
うん、モザミアの目が怖い。
「ご領主様、目ヲ通される時ハ、わたくしも同席させて下サイ。もしご領主様ガ気に入られる方ガいらっしゃった場合、どのような方なのか、見極めさせて戴きたいデス」
「エフも!」
「そうですね。伯爵様がどのようなご令嬢に興味を示されるのか、アタシも気になりますし。構いませんよね?」
「デスよね?」
「ね!?」
「うっ……はい」
お見合い申し込みを、俺のことを好きって言ってくれてる女の子達の前で読まなくちゃいけないって、なんの罰ゲームだ!?
しかもそれ、わずかでも反応したらいけない奴だろう!?
それから、その手の見合い話が舞い込むたびに、この三人と、話を聞きつけたエレーナを含めた四人の前で確認しなくちゃいけなくて、精神をゴリゴリと削られる時間を過ごす羽目になってしまった……。




