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538 クラウレッツ公爵との商談 5

「クラウレッツ公爵、あんたは三つ、大きな勘違いをしてる」

「ほう、わたくしが何をそんなに勘違いしてるのか、聞かせて貰おう」


 俺が視線を鋭くすると、きつい視線を返してきた。

 だから、その勘違いを正してやる。


「まず一つ目。警備態勢は万全だ。確かに領兵は数が少ないし、経験も浅い連中がほとんどだ。だけど、現在、俺直属の特務部隊を育成中だからな。そんな心配は無用だ」

「噂の、貴様が育て始めた特務部隊か。しかし素人ばかりで何が出来る」

「確かにまだまだ素人ばかりだけど、俺が一流以上の精鋭精霊魔術師に育ててる最中だ。それだけでも十分におつりが来る」


 クラウレッツ公爵がわずかに息を呑むけど、それだけで納得して引き下がるつもりはないらしい。


「しかし、相手は潜入工作や要人誘拐のプロを差し向けてくるだろう。多少精霊魔法に長けていようと、それだけで防ぎきれると考えるのは甘すぎる」

「そうだな。そんな連中を相手に特務部隊だけで対応出来るようになるには、何年も、何十年も掛かるかも知れない。でも、それは特務部隊だけだったらの話だ」

「何?」


「俺の契約精霊が常に周辺を監視して、ガラス工房に近づく者達をチェック、怪しい者達を発見し次第、即殲滅するとしたら?」

「……!」


「完璧に姿と気配を消した俺の契約精霊達を、精霊力のコントロールに長けてるエルフの王族であるマリーリーフ殿下ですら察知出来ないんだ。他の誰が事前に察知出来る? しかも、俺の契約精霊達が独自の判断で行動して魔法を使えるのを知ってるだろう? プロだろうがなんだろうが、その監視網を突破できるとでも?」


 もちろん、その警備に当ててるのは特殊な契約精霊達だ。

 そもそも睡眠を必要としない精霊の上に、個々の感情や意思がないAIのような存在だから、命令実行を継続できるよう定期的に偽水晶を要所要所に配置して交換すれば、昼夜を問わず年中無休で監視を続けてくれる。

 コスパとしては最高の警備態勢だろう。


「……しかし、貴様の契約精霊が密偵達の接近、侵入を察知出来るとは限らんだろう」

「それが出来るんだよ。どの属性の精霊だろうと、百パーセント察知可能だ。もちろん、その方法は企業秘密だけどな」


 移動時に伝わる地面の震動。

 体内に含む大量の水分の気配。

 体温。

 呼吸音や移動時の足音、衣擦れ。

 X線の透過や赤外線。

 遠方からの光を遮断する存在、質量を持つ存在の移動による空間の揺らぎ。

 生命体の生命活動。

 生命体の精神活動。


 闇に紛れようが気配を消そうが、存在すること自体を存在してないように見せかけることは出来ない。

 だからどんな方法だろうと、そこに密偵が存在する限り感知可能だ。


「ああ、この事実は内密にしといてくれ。間抜けな密偵どもが網に引っかかれば、背後関係を洗えるからな。そしてそれほどの密偵を失えば、相手にとっても痛手になる。それに、素人ばかりなのは本当だから、いい警備の訓練になるし、仕事に緊張感が持てていいだろう」

「……豪胆な話だな。まさか密偵の潜入工作を逆手に、訓練に利用しようとは」


 言葉にはしないけど、クラウレッツ公爵家からの密偵も、そうやって感知して捕縛や殲滅は可能だから、余計な真似はするなよって、笑みを深めて警告しておく。


 黙って話を聞いてた公爵夫人がそれに気付いたんだろう、わずかに表情を硬くした。

 表情を変えないクラウレッツ公爵は、さすがと言うべきかな。


「そして二つ目。クリスタルガラスを作り上げたのはドワーフのガラス職人じゃない。俺だ」

「なん……だと!?」


 これにはさすがのクラウレッツ公爵も表情を変えたか。


「俺が精霊魔法を駆使して作って、たまたま引き渡された奴隷達の中にいたドワーフのガラス職人達にその製法を工業的に再現して貰って、そのままガラス工房を建てて生産に入って貰ったに過ぎないんだ。つまり、クリスタルガラスの製法の知識と利権は俺にあるんであって、ドワーフの職人達にはないんだよ」

「馬鹿な、いくらなんでもそんな話をにわかに信じられるとでも!?」


 そういう反応をしたくなるのは分かるけど。

 どこの世界の元農民が、無色透明のガラスの製法を知ってるんだって話だよな。


「大事なことを見落としてるんだよ。ちょっと考えれば分かるはずだ」

「このわたくしが大事なことを見落としているだと?」

「ああ。そのドワーフの職人達の祖国は、すでにトロルどもに滅ぼされてる。それも何十年も前にだ。もしクリスタルガラスの製法がドワーフの職人由来なら、何十年も前からその存在を知られてるはずだろう?」

「っ……!」


「なんなら、現存する同じドワーフの国で、その滅びた国の隣国になるザグンデス王国へ逃げ延びた他のガラス職人から製法を伝えられて、クリスタルガラスはザグンデス王国の特産品になってたと思わないか?」

「それは……」


 そんな話は存在しない。

 だから、クリスタルガラスの製法はドワーフの職人由来のものじゃないって証明になる。


「この二つだけでも、俺の領地からそっちの領地にドワーフの職人達を引き渡してガラス産業を明け渡して、売り上げのたった一割で納得しろってのが無理な話だってのは分かるだろう?」


 何かを言おうとクラウレッツ公爵が口を開きかけるけど、それを遮って畳み掛ける。


「そして三つ目。この鏡」


 公爵夫人の前に並べたサンプルの鏡の一枚目を指さす。


「これは俺が精霊魔法で作ったんだ。このレベルの鏡は俺じゃないと作れない」

「なっ……貴様にしか作れないだと?」

「そ、それは本当ですの?」

「本当ですよ」


 わずかに身を乗り出してきた公爵夫人に頷いて、三枚目の鏡を指さす。


「この一番曇って歪んでる鏡ですけど、これが、ドワーフのガラス職人が手がけた板ガラスを使って、新たに鏡職人になった職人が鏡に仕上げた物です。現状、職人達がどれだけ頑張っても、普通に作ったらこのレベルの鏡しか作れないんですよ」

「では、この二枚目は?」


「こっちは、ドワーフのガラス職人が板ガラスを作るときに、俺が教えた精霊魔法を使って作らせて、さらに鏡職人にも俺が教えた精霊魔法を使って作らせた鏡です。精霊魔法なしよりクオリティは上がってますけど、それでもやっぱりこのレベルが限界です」

「そしてこの一枚目が、メイワード伯爵自身が作った……」

「そうです。板ガラスから鏡の加工まで、俺が全部精霊魔法を駆使して作ったからこそ、このクオリティで仕上がってるんですよ。納得して貰えましたか?」


 俺の話が本当だってことと、鏡の値段がかなりの高額になってしまったこと、両方について。

 そして、ドワーフの職人をクラウレッツ公爵領に連れて来ても満足いく美しい鏡は作れない、ガラス産業の保護を名目に俺から取り上げたところで意味がない、ってことを。


「しかも、板ガラスを作るにしろ、鏡に加工するにしろ、特殊な設備が必要だし、馬鹿みたいに燃料費が掛かるんですよ。俺レベルで精霊魔法を使えば、その燃料費が多少は削減出来るんですけどね」


 だから俺や職人への技術料および特殊な設備の投資額を抜きにして、単純な材料費と燃料費だけで比較すると、一番曇って歪んでる三枚目の鏡が一番コストが高くて、一枚目の一番綺麗な鏡が一番コストが低いって、普通なら真逆にしか思えない状況になってしまう。

 つまり、俺からガラス産業を取り上げる意味が益々なくなってしまうってわけだ。


 それを正しく理解したんだろう、クラウレッツ公爵が苦い顔で押し黙る。


「それで、どうする?」


 挑むようにクラウレッツ公爵を真っ直ぐに見つめる。

 一瞬の逡巡の後、クラウレッツ公爵は大きく溜息を吐いた。


「……この話は取り下げよう」

「分かった」


 それが賢明だな。



 こうしてクラウレッツ公爵との商談は終わった。

 俺からガラス産業を取り上げようとしたことに対する詫びのつもりか、クリスタルガラスの食器を大量に買い付けることと、一番綺麗な鏡で姿見を、それもデザイン画をこっちに提出して姿見への加工を全部こっちの職人に任せる、って約束をして。


「伯爵様、何かした?」


 帰りの馬車が動き始めてから、いきなりエレーナが不審そうな顔でそんなことを聞いてくる。

 ちょっと心外だ。


「俺がじゃなくて、向こうから仕掛けてきたんだよ。それに完全勝利しただけだ」

「それは……不味いことになりそう?」

「いや、今回の件に関しては多分大丈夫だと思う」


 また何か仕掛けてくるかも知れないけど、その時はその時だ。

 屈服するまで、完全勝利し続けてやればいい。



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