536 クラウレッツ公爵との商談 3
細かな注文は後でインブラント商会へすることになって、食器類の注文の話はこれで片付いた。
次は、公爵夫人が心待ちにしてた姿見の話だ。
「姿見はさすがに実物をサンプルとして持ってくるってわけにはいかなかったんで、希望する大きさと品質を聞いての、特別受注生産になります」
「特別受注生産? 先ほどの食器類とはまた違うのかしら?」
「ええ。食器類は、サイズやデザインは基本的にうちの職人達にお任せです。もちろん、希望を言って貰えれば可能な限りそれに添って作りますけど。ただ、姿見となると、使う家具のデザインにそれぞれこだわりがあるでしょう?」
「ええ、もちろんよ。統一感あるお気に入りの家具を揃えているだけで、部屋で過ごす時の居心地や使い心地が変わってくるわ」
「そうですよね。だから、完全にお任せしてくれても構わないですけど、詳細なデザイン画を渡してくれれば、それを元に作りますよ。もしくは、鏡の部分だけを購入して貰って、姿見に仕上げるのはそれぞれでやって貰っても構わないです」
「あら? それではメイワード伯爵が損をするのではなくて?」
「まあ、そうなんですけどね」
姿見にするところまで作って売った方が、当然儲けは増えるし、職人達の仕事も増えるからいいに決まってる。
でも、既製品から選んで下さいって一般向けに販売するならともかく、オーダーメイドが普通の貴族相手だと、やれ気に食わないの、やり直せの、やっぱりデザインをこっちに変えろのと、面倒なことになりかねない。
それを込みでの価格設定にすればいい話だけど、それ以外にもメイワード伯爵領には留意すべき点がある。
「出来れば俺もメイワード伯爵領で姿見にまで仕上げて売りたいんですけど、職人達のほとんどが他国出身ですからね。マイゼル王国風のデザインについては勉強してる最中で、基本は出身国風のデザインになるんです。もしくは、両方の特徴を交ぜたデザインですね」
「それは当たった職人によって、随分と変わりそうね。異国風の家具が欲しいなら、それは面白い物が出来上がって来るでしょうけど、そうでなければ希望に添わない可能性が高いわね」
「そういうことです。だからマイゼル王国風か、どこか特定の他国風か、両方を織り交ぜた風か、それを大雑把に決めてからお任せして貰うか、完全にお任せで出来上がった物に文句を付けないで貰うか、最初からどんな物が欲しいとデザインを渡して貰うかしないと、こっちも対応出来かねるってわけです」
「だからいっそ鏡だけを売って、後は自分好みにどうぞ、と言うわけなのね」
「そういうことです」
これが、俺の領地の強みでもあるし弱味でもあるかな。
だから今後は、マイゼル王国風、それぞれの出身国風を大事にしつつ、それらを織り交ぜたメイワード伯爵領風を確立して、それを売りにして、商品展開をしていくようにするのがいいと思う。
ただ、それにはまだまだ時間が掛かるわけで。
加えて言うなら、メイワード伯爵領は家具に向いた高級木材がないから、貴族向けの品を作ろうと思うと、木材から輸入する必要がある。
結果、割高になっちゃうんだよな。
だから市場で競争力を持つためには、メイワード伯爵領風のデザインの確立を急ぎたいところだ。
と言っても、それは職人達のセンス頼みだから、俺にはどうしようもないんだけど。
まあ、業務提携って形で、家具が特産の他領や他国と手を結ぶって方法もある。
例えば、特産の高級木材とそれを使った高級家具が有名な小国家群の国の一つ、スカージ王国とか。
フェルンバーハ侯爵夫妻と知己を得たから、一考の余地がある話だ。
フェルンバーハ侯爵夫妻から贈られた執務机は王城の借りてる館で使ってるけど、すごく使い心地がいいし、それだけでも自分がすごく偉くなったような、贅沢な気分になれる一品だったからな。
クラウレッツ公爵も姫様の誕生日に、俺のよりさらに高級な執務机をプレゼントしてたくらいだし。
ただ、大きな問題として、スカージ王国はかなり遠い。
鏡を輸出して作って貰って、それを輸入してから販売ってことになると、滅茶苦茶高額になる。
高級木材だけを輸入するにしても、スカージ王国製よりかなり割高になるから、競争力として厳しい。
だから鏡を輸出して、後は好きに作って売って下さいってのが現実的だろうな。
マイゼル王国の他領で家具類や木製の製品に強いのは、散々俺にちょっかいを出して敵対してきた反王室派のトレアド男爵領だ。
さすがに、ここと組むのはないな。
あっちが頭を下げてくるならともかく、一層俺を逆恨みしてるみたいだし。
と言うわけで、現状、これって言う提携先がないのが悩みだ。
それはさておき。
「アイゼスオート殿下に贈られていた物より一段落ちるとして、姿見のお値段と、鏡だけだと、それぞれいかほどかしら?」
あれは王家に相応しいレベルでのデザインと材料を使った物だから、公爵家レベルに落とせば、当然それなりに値段は下がる。
かといって、それで買い求めやすくなる、なんて値段にはならない。
「公爵家レベルの姿見だと、値段は大体――」
姿見に続けて鏡だけの値段も教えるけど、さすがのクラウレッツ公爵も公爵夫人も、ギョッとしたように目を見開いて固まってしまった。
「それはさすがに暴利を貪りすぎではないか」
さすが、すぐに再起動してクラウレッツ公爵が睨んでくるけど、それを涼しい顔で受け流す。
「あの大きさの歪みのない一枚板のガラスだけでも、相当なもんだと思うけど? それをさらに、歪みも曇りもない鏡に仕上げたんだ。半端な額で済むわけないだろう」
だから、相当な金と権力を持ってる公爵家でさえ、暴利を貪ってるように聞こえてしまう金額になるってわけだ。
その最たる理由は、俺が精霊魔法で手がけたってこと。
鞄から、サンプルの小さな手鏡サイズの鏡を三枚取り出す。
一枚は、俺が仕上げた、前世の現代の鏡に匹敵する美しさを持つ鏡。
一枚は、それに比べると曇りがあって映りが悪いし、そこここにわずかな歪みがある鏡。
一枚は、現在主流の金属の表面を磨いた金属製の鏡より十分マシだけど、他の二枚に比べてさらに曇りがあって映りが悪いし、歪みもさらに多く、むしろ金属製の鏡より歪みが大きい。
それを公爵夫人の前に並べる。
「鏡そのもののグレードを落とせば、値段はグッと抑えられますよ」
三枚を見比べて、公爵夫人が溜息を漏らすと、恨みがましそうに俺を見つめてきた。
「これでは最初から選択肢などあってないようなものでしょう」
つまり、俺が仕上げた鏡を見てしまえば、他の二枚では満足出来ない、日常で使うのには耐えられないってわけだ。
二枚目の、そこここにわずかな歪みがある鏡だけど、製造過程でガラス部分の厚みに差が出てしまってるのが原因だ。
その差は、プラスマイナス数ミリ。
だけど、例えばたったプラス一ミリとマイナス一ミリでも、それが隣り合えば二ミリもの起伏が生まれてしまう。
鏡に映った姿が大きく歪んでしまうには、十分な起伏だ。
「伯爵家以下や、財政にゆとりのない侯爵家などは二枚目でも十分でしょう。もしくは、あの殿下の姿見やこの一枚目を知らなければ」
でも、知ってしまった以上、公爵家の威信として、公爵夫人のプライドとして、生半可な品に手を出して使うわけにはいかないってわけだ。
「どうせこれから鏡の注文も殺到するだろう。生産量を増やして、コストを抑えることは出来んのか」
「元々、馬鹿みたいなコストが掛かるんだよ。製法だってかなり特殊だ。これを安売りするわけにはいかないな」
「では、我が領との業務提携ではどうだ?」
「業務提携? クラウレッツ公爵領と?」




