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534 クラウレッツ公爵との商談 1

「来たか」


 短く一言それだけを言って、部屋の中に入ってくる。

 一応、礼儀としてソファーから立ち上がったけど、商談があるってそっちから呼びつけといて、いかにも招かざる客が来た、みたいな態度はどうなんだって感じだ。


 まあ、ここで親しげに『よくぞ来てくれた』なんて歓迎されたら、それはそれで気持ち悪いし、絶対何か裏があるって警戒したと思うから、むしろ安心したけど。


「まったくあなたったら。お招きしておきながら、その態度はいかがかと」


 驚いたのは、続けて公爵夫人も入ってきたことだ。

 公爵夫人がクリスタルガラスの食器類を、特に姿見を欲しがってたのは分かってたけど、まさか商談の場に現れるとは思ってもなかったよ。


『我が君、隣室より覗かれています』

『覗かれてる? 誰にだ?』

『嫡男のアムズです。悪意はありません。ただ、我が君とクラウレッツ公爵との話し合いを見届けるだけのつもりのようです』


 なんでそんな真似を?

 どうせなら同席すればいいのに。


 いや……アムズも同席するとなると、多分奥さんのパトリシアさんも同席したいって思うだろうな。


 クラウレッツ公爵と公爵夫人、次期公爵のアムズと次期公爵夫人のパトリシアさん。

 その公爵家にとって重要な四人が揃ってメイワード伯爵の俺と商談に臨めば、みんなそこまで欲しいのか、って思いそうだもんな。

 そうして俺に足下を見られるのを嫌ったってところか。


 そう考えると、本当ならクラウレッツ公爵一人か、なんならアムズ一人で対応したかったのかも知れない。

 でも、そこに公爵夫人がどうしてもって同席を望んだ、と。


『公爵夫人からは、特に姿見に対する並々ならぬ執着を感じます』


 やっぱりか。


「ようこそ、メイワード伯爵。わざわざ時間を取って戴いて助かりました。お忙しかったのではありませんか?」


 クラウレッツ公爵と公爵夫人が並んでソファーの前までやってくる。

 公爵夫人は愛想良くにこやかだけど、目は笑ってない。

 油断なく俺を観察して、まるで改めて俺の価値を計ろうとしてるみたいだ。


「ええ、お蔭様で。アイゼ様の誕生日パーティー以来、ただでさえ多かったお誘いが一気に増えて、スケジュールはギチギチですよ」

「ふふ、そうでしょうね。あれだけの品ですから」

「でも、王家を、アイゼ様とフィーナ姫を一番に支えてくれてるクラウレッツ公爵家からの商談ですからね。なんとか調整しました」


 苦笑しながら肩を竦めてみせた後、公爵夫人が微笑んだのに深めた笑みを返す。

 わざわざスケジュールについて正直に口にしたのは、他にも商談したがってる奴は大勢いるって敢えて教えて、商談をこっちに有利にするためだ。


 そもそも俺が言うまでもなく、あの姿見を欲しがる貴族が大勢出てくるのは考えるまでもないことだし、敢えて俺が口にしようがするまいが、姿見を売る側の俺の方が商談の上で圧倒的に有利なのは変わらない。

 交渉で折り合いが付かなかったら、何よりムカつく態度を取られたら、即、席を立って次の商談に向かえば済む話だからな。


 だから俺がそっぽを向かないように上手に交渉してくれ、って遠回しに言ったことになるわけで、それはむしろ親切って言ってもいいはずだ。

 ちゃんと交渉に応じるつもりでいるって意思表示したことになるんだから。


 それが分かってるからだろう、クラウレッツ公爵は応接室に入ってきた時から変わらず渋い顔で不機嫌なままだ。

 公爵夫人も、微笑みながらもやっぱり目は笑ってない。

 眼光が鋭くなって、警戒レベルを上げたみたいだ。


 クラウレッツ公爵がソファーに座ると、公爵夫人もその隣に座る。


「座れ」

「どうぞ」

「どうも」


 クラウレッツ公爵が顎をしゃくって、公爵夫人は丁寧にソファーを勧めてくれたんで、俺も腰を下ろす。

 クラウレッツ公爵のこの態度はどうかと思うけど、この程度で目くじら立ててたら話も出来ないからな。

 横柄な態度はお互い様だ。


 だから、公爵夫人はそれをスルーすることにしたらしい。


「誕生日パーティーと言えば、メイワード伯爵からあれほどの一品を贈られたのですから、アイゼスオート殿下はさぞお喜びになられたでしょうね」


 にこやかにそう話を繋いで、どうやらそれを前置きの雑談にするみたいだ。

 だから雰囲気を変えるために、それに乗っかっておく。


「ええ、それはもちろん。毎日使ってくれてるみたいですよ」

「あれほどの鏡に映し出された自分を毎朝見られるのなら、きっと毎日を充実して過ごせることでしょうね」


 女性は髪型が決まったとか、ネイルを上手に塗れたとか、そういうことでいい感じにテンション上がって一日を過ごせるらしいからな。


「むしろ、着替えを手伝ってる侍女達の方が喜んでるみたいですけどね。身だしなみを整えた成果をよりハッキリと映し出せて、アイゼ様にしっかり確認して貰えるので」

「まあ、ふふふっ」


 その情景を想像して納得したのか、公爵夫人が楽しげに笑う。

 うん、ピリッと張り詰めたような空気は完全に変わったな。


 ちなみに姫様は、あんまりにも綺麗に映りすぎるせいで、プライベートの時間になって俺のためにドレスに着替えるときは、かなり照れて自分を直視出来ないでいるらしい。

 これまでの金属製の姿見では歪みがあって曇りでディテールがぼやけてたのが、急に鮮明になったわけだから、無理もないけど。


 正直、その照れた姿を直接見られないのが残念だ。


「でしたらフィーナシャイア殿下は、さぞ羨ましい思いをされているのでは?」

「そこは抜かりないですよ。フィーナ姫にも同じ姿見をプレゼントしましたから」

「まあ、そうだったんですの?」

「ええ。俺が二人に差を付けるなんて、するわけないですよ」


 二人とも『俺の嫁』なんだから。


 それを言外に言うと、クラウレッツ公爵は否定したそうに眼光を鋭くするけど、ここで議論することじゃないって思ったのか、敢えて何も言わなかった。


「ですがそれでは、アイゼスオート殿下が納得されないのでは? それともフィーナシャイア殿下の誕生日の贈り物を、一足先に今回アイゼスオート殿下と一緒にと言うことかしら?」

「同じ姿見でも、それぞれの好みに合わせたデザインをしてますし、フィーナ姫の誕生日の時も、今回とは別にちゃんと二人にプレゼントする予定です」


 全く同じデザインの物をプレゼントするんじゃなくて、同じ姿見でも、ちゃんとそれぞれのことを考えて、違うデザインにしてプレゼントする。それが大事なわけだ。


 ちなみにエレーナには、二人との身分差を考えて、卓上で使えるサイズの顔全体が映るくらいの大きさの鏡を、誕生日になってからプレゼントすることになった。

 エレーナがそうして欲しいってことだったんで。

 側室としての立場上、色々気を遣ってくれたらしい。


 もっとも本人としても、二人と同列に扱われるのは恐縮して胃が痛くなってしまうみたいだから、扱いに差を付けるのはエレーナの心の安寧のためでもあるみたいだけど。

 ちゃんとした姿見は、またいつか改めてプレゼントすればいいだろう。


「普通ならそういうことはしないんでしょうけど、何しろ今回は物が物ですからね。花束やアクセサリーをプレゼントするのとはわけが違うんで」

「そう言われてみればそうですわね。ふふっ、そこまで想われて、殿下方はさぞお喜びでしょう」

「もちろん、二人を幸せにするためなら、俺は自重なんて言葉はかなぐり捨てて、どんな努力も惜しみませんから」


 うん、公爵夫人の笑顔が一瞬だけ固まったな。

 その自重しないで突っ走った結果が現状で、さらに突っ走り続けてさらにもっと色んなことをやる、そう宣言したも同然だし。

 これ以上、何をしでかすつもりなのかって、警戒したくもなるよな。


 普通なら警戒されないように水面下で事を進めるべきなんだろうけど。


 姫様とフィーナ姫をお嫁さんにするために王様になる。

 こんなの、どう考えたって水面下で事を進めるのは無理だ。

 それこそ、『力』がある大貴族達の理解と助力がないと成し遂げられるわけがない。


 だからこそ俺は隠さず、徹底的に『力』を見せつけるために動く。


 妨害したければすればいい。

 俺はその妨害を撥ね除け、物ともせずに突き進むだけだ。


 そして何をしても無駄、俺を止められない、自分達ではとても手に負えない、この世界で使われてるみたいにいい意味で、寄らば大樹の陰だと、俺に膝を折って庇護下に入る方が得策だ、そう思わせてやる。


 農政改革も、精鋭精霊魔術師育成も、トロルとの交易も、クリスタルガラスと鏡も、新しい料理も、美容品も、改良した馬車も、文化の保護や発展も、何もかも、今更元には戻れない、俺からもたらされる利益なしではもうやっていけない。

 そこまで影響力を拡大してやれば俺の勝ちだ。



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