533 クリスタルガラスと姿見の反響
アイゼ様の誕生日パーティーが終わった翌日から、主に王都の館に山のように手紙が届くようになった。
そのほとんど全てが、面会の希望や王都の屋敷への招待状、これまで受けたのとはまた別のパーティーやお茶会の招待状だ。
目的は一つ。
クリスタルガラスの食器と姿見なのは言うまでもない。
この冬、俺のスケジュールはかなり埋まってる。
領地での仕事は相変わらずだ。
定期的な仕事で言えば、領民に精霊魔法を教える五日に一度の勉強会、それからエレーナ、モザミア、リジャリエラ、プラーラ、ついでにエフメラの復習を兼ねての、科学的知識の勉強会がある。
その合間を縫って、リジャリエラとマージャル族の長老達に精霊力の分別の指導をして、特務部隊に精霊魔法の指導をして、エレーナと新しい騎士の戦闘スタイルの相談や練習をして。
当然、興した産業について、生産や開発、施設の建築があって、新しく興す産業の施設や人員についての打ち合せ、視察、相談もひっきりなしだ。
そういった諸々以外にも、新しく採用した役人達の教育状況や働きぶり、領兵達の訓練状況、領内の危険な獣や魔物の動向や討伐状況、領内に入り込んでる密偵達の動向、インブラント商会から相談および他領や他国の動向、などなど……とにかくあれもこれもと実務の報告や確認がある。
さらに突発的に対処しないといけない事案は出てくるし、山と積み上がる書類を崩していかないといけない。
冬になって人や物の往来が減った分、来客や面会希望が大きく減ってくれてなかったら、正直手が回らないところだったよ。
そして王都へと戻れば、王都は王都で当然忙しい。
定期的な仕事で言えば、春から始めた貴族達から依頼を受けた領兵や使用人の精霊魔法および秘伝のさわり部分の指導を秋には終わらせて、それぞれの領地へ帰らせたけど、その時間が空いたならってことで将軍に頼まれて、また秋から春まで王国軍の精鋭精霊魔術師の育成第二弾をやることになった。
気が早い貴族家からは、また領兵や使用人に指導して欲しいって依頼がすでに舞い込んでるし、なんとなく、春から秋までを貴族達からの依頼、秋から春までを軍部からの依頼、って指導のサイクルが確立されてしまった気がする。
まあ、いずれにしろ、リグエルから相談された領軍立て直しの協力のため、貴族達からの依頼は受けなくちゃいけないんだけどさ。
その指導の日程とは別に、フィーナ姫と姫様の政務を手伝って、面会や謁見の際に特務騎士として護衛の仕事をして、王様になるための勉強をして。
そういう指導と仕事の妨げにならない日程で、受勲式をやって、大使や外務貴族達と面会して、アイゼ様の誕生日パーティーに出て。
さらにこれからは貴族達のパーティーやお茶会に出る予定が幾つも入ってるし、平行して俺が主催するパーティーの準備がある。
俺、よく過労で倒れないもんだよな。
そしてそこに加えての、今回追加で来た、面会の希望や王都の屋敷への招待状、およびパーティーやお茶会の招待状だ。
とてもじゃないけど、全てに対応するのは絶対に無理なわけで。
だから姫様とフィーナ姫にまた相談に乗って貰って、新しくスケジュールを組み直したよ。
おかげで、一応多少は空いてる日や時間があったけど、それすらほぼ埋まってしまって、予定が入ってない日がほとんどなくなってしまった。
「そういうわけで、パーティーの準備はほとんど丸投げになっちゃうけど……」
「畏まりました。すでに流れや余興などの打ち合わせは済んでいますので、後は進捗の確認だけをして戴ければ問題ありません」
「さすがメリザ、助かるよ」
メリザとその他にも色々と打ち合わせをしながら、パティーナに伯爵の正装に着替えるのを手伝って貰う。
「もし直接押しかけてくる奴がいたら、基本的には全部断ってくれ。特に態度が悪い奴は城の警備兵を呼んで追い返して構わない。フィーナ姫に話を通してるから、警備兵はちゃんと対応してくれるはずだ。相手によって対応した方がいい場合は、メリザの判断で空いてる日に予定を入れていい」
「畏まりました」
パティーナに着替えさせて貰ったら、護衛のエレーナと一緒に、館の前に呼んだ馬車に乗り込む。
「クラウレッツ公爵の屋敷まで」
「へい」
エレーナが御者に行き先を告げてから馬車に乗ってきて、俺の正面に座ってから御者に出発するよう告げた。
ガタガタゴトゴトと馬車が動き出す。
「やっぱり馬車は慣れないな……」
飛んでったら五分も掛からないのに、馬車で移動すると二十分くらい掛かっちゃうから、時間がもったいなく感じちゃうよ。
しかも座り心地が悪いし、揺れてお尻が痛くなるし。
「でも、こうして馬車で移動するのが普通で、貴族を訪問するときの礼儀。王都上空をあちこち飛び回って通りに降り立つのは、周囲に迷惑が掛かる」
「まあ、な。いちいち、降りるからそこを退いてくれとか、特に貴族の屋敷の敷地の上を通過とか、相手の気分を害したり騒ぎになったりする可能性があるからな」
領地との往復は、みんなが気にならないくらい高く上がって移動してるから平気だけど、王都内を、それも王城近くの貴族街の屋敷と往復するのに、いちいちそんなに空高く上がって移動するのも妙な話なわけで。
「この冬はパーティーのお誘いや、今回みたいな商談での訪問も多い。馬車は買っておいた方がいいと思う」
実はこの馬車、レンタルだ。
エレーナの言う通りこの冬は頻繁に使うけど、逆を言えば、ほぼ冬しか使わない。
だからレンタルで済ませてるってわけだ。
それでも使う頻度は去年の比じゃないから、ちゃんと持っとくべきなんだろうけど。
何が面倒って、メンテや馬の世話なんかの手間と維持費が掛かるのがな。
「今、研究中の天然樹脂のタイヤかサスペンションが完成したら、宣伝も兼ねてこれ見よがしに乗り回すだろうから、その時でいいよ」
「それは、とても目立ちそう」
なんて雑談をしてると、程なくクラウレッツ公爵の屋敷に到着した。
今回の訪問は、急遽直近で空いてた日に突っ込んだ、クラウレッツ公爵側から打診された追加のご招待だ。
だからか、執事が丁寧に対応してくれて、商人などの平民向けじゃない、ちゃんと伯爵を歓待出来るレベルの応接室へと案内される。
一応、同じ王室派だから余計な警戒は無用ってことで、エレーナは別室に案内されて、そっちで休憩することに。
そうして応接室のソファーに座ると、侍女がティーセットを載せたワゴンを運び込んできたけど、その侍女じゃなく、わざわざ執事がお茶を淹れてくれた。
これは一応、賓客として持て成されてるって思っていいんだよな?
クラウレッツ公爵本人は、まず間違いなく面白く思ってないだろうけど。
王室派の一派であるクラウレッツ公爵派の領袖たるクラウレッツ公爵が、王室派の一派であるメイワード伯爵派の領袖たるメイワード伯爵を、いっぱしの、それも重要な貴族として扱わざるを得なくなってきた、って思って良さそうだ。
それはつまり、それだけ俺の地位が上がって権力を握り、貴族社会での影響力が増してきた、って証拠だろう。
それから待たされること十五分程。
やりかけの仕事の処理に時間が掛かったせいか、準備に時間が掛かったせいか、それとも、ちょっとくらい待たせてやれってわざと待たせたのか、微妙に判断が付かない時間が過ぎてから、ようやくクラウレッツ公爵が現れた。




