532 アイゼスオートの誕生日パーティー 4
台車で姿見が運び込まれた途端、会場中に大きなどよめきが響いた。
「あれは……鏡なの!?」
「なんて大きさの姿見なんでしょう!」
「こんなにも大きいのに、歪みも曇りもないなんて!」
「あぁ、綺麗……」
特にご夫人とご令嬢達の驚きの声が大きく響いて、台車で運ばれてくる姿見に目が釘付けになってる。
それはもう、クリスタルガラスの食器類の時とは段違いの熱い眼差しで。
楽しみにしてるよう言った手前、どんな反応してるかなって、クラウレッツ公爵夫人、パトリシアさん、セシリアさん達にチラッと目を遣ると、今にも駆け寄りそうなくらい前のめりで、他のご夫人やご令嬢達以上に心奪われてるみたいだ。
クラウレッツ公爵が、はっと我に返ったように、苦い顔で俺にきつい視線を向けてきた。
やってくれたな。
そう言わんばかりだ。
だから、ドヤ顔を返しておく。
もっとも、そんなきつい視線を向けてきてるのはクラウレッツ公爵ばかりじゃない。
ほとんど全ての男が同じように思ってそうだ。
アイゼ様の前まで運ばれてきたところで、アイゼ様とフィーナ姫から一歩下がった位置から、その姿見の横へと堂々と移動して、アイゼ様に恭しく一礼する。
「これは我が領で興したガラス産業で生産した無色透明のクリスタルガラスを用いて鏡としました、特注の姿見となります」
幅はおよそ一メートル、高さはおよそ二メートルの、かなり大型の姿見だ。
何しろ、マイゼル王国のドレスはスカートがふわりと広がってるのが流行で、俺がデザインしたドレスもその流行を取り入れてる。
だからこのくらいの幅がないと、ドレスの裾まで全身映らないんだ。
「枠にはルナット材の一級品を使い、我が領のドワーフの職人が丹精込めて仕上げました。ご覧の通りの大きさですからやや重量がありますが、前後にキャスターを付けて支えていますので、侍女でも楽に移動させられるようになっています」
ルナット材も家具によく使われる高級木材で、他領から取り寄せた。
さすがにマガニー材程の高級品じゃないけど。
でも、元伯爵令嬢のサランダと、元王家の侍女でアイゼ様とフィーナ姫の好みを把握してるメリザを中心に、うちの令息令嬢達の意見をまとめてデザインされた物だ。
しかもドワーフの職人による精緻な細工が施され、所々に宝石が埋め込まれて彩られながらも派手すぎず、シックな一品に仕上がってる。
マガニー材の高級品にも引けを取らないはずだ。
台車を運び込んでくれた宮内省の役人に合図すると、事前の打ち合せ通り、台車をゆっくりその場で一回転させる。
そうすることで、一点の曇りも歪みもない、眩しくシャンデリアの明かりを反射して美しく映し出す鏡を、会場中の全員に万遍なく披露する。
おかげで、特にご夫人とご令嬢達からさらに熱い羨望の眼差しが注がれた。
金属の表面を磨いた、それこそ特注品の大きな姿見ならあるだろうけど、前世の現代で普及してる鏡に匹敵するこの姿見とじゃ、勝負になるわけがない。
一回転して止まったところで、アイゼ様が鷹揚に頷いた。
「とても素晴らしい一品だ。そなたに領地を下賜してまだ一年も経っていないと言うのに、クリスタルガラスの食器のみならず、このように大きく美しい鏡まで産業として興すとは、その手腕には驚きを隠せない。元農民だからと侮ることがどれほど愚かで無意味か、そなたはそれを自ら証明してみせた」
アイゼ様のその言葉は、もういい加減、元農民だ、成り上がり者だ、にわか貴族だと、俺を馬鹿にすることはやめろ、そうやって俺を馬鹿にしたければ、この姿見を作る以上の成果を出して実力で価値を示してみせろ、そう遠回しに他の貴族達を牽制するためのものだ。
ジターブル侯爵家の嫡男のクルースみたいに、この姿見が俺の成果じゃなくドワーフの職人のおかげだって、挨拶にかこつけて遠回しに俺を貶めようとする奴も少なくなかったからな。
「これからも、そなたの躍進に期待すること大だ。よく励むように」
「はっ、過分なお褒めの言葉を戴きありがとうございます」
深々と一礼して台座から脇に避けて、またアイゼ様とフィーナ姫から一歩下がった位置へと戻る。
他と同じように台車で別の扉へと運ばれていく姿見。
ご夫人とご令嬢達は、もっと見たい、近くで見てみたい、その姿見で自分の姿を映してみたい、そんな羨望の眼差しで、姿見を目で追う。
程なく、姿見が運び出されて扉が閉まったところで、大きな落胆の溜息があちこちから聞こえてきた。
その後は、羨ましそうな視線をアイゼ様に向けたくらいだ。
おかげで、アイゼ様の口元に苦笑が浮かんでる。
ちなみに、フィーナ姫にも姿見をプレゼントしてるから、フィーナ姫の微笑みはいつも通り穏やかだ。
「以上で、全ての品がアイゼスオート殿下に贈られた。これにてお披露目を終了する」
コルトン伯爵がそう宣言してお披露目が終わる。
そのまま続けて、子爵以下の貴族家の挨拶が始まった。
料理は大盛況。
話題は誕生日を迎えたアイゼ様、料理とクリスタルガラスの食器類に加えて、それ以上に姿見のことで持ちきりだ。
前半よりも会場中が賑やかになってて、耳を澄ますまでもなく……。
「あれ程の姿見……殿下が羨ましい」
「ええ、本当に。これまで自慢の一品だった私の姿見が、もうお粗末な二流品としか思えなくなってしまったわ」
なんて話し声や。
「ねえ、あなた」
「無理だ」
「まだ何も言っていませんわ」
「あれを欲しいと言うのだろう。無茶を言うな。どれほどの額になることか……」
なんて話し声や。
「たった一年足らずでここまで『力』の差を見せつけられては、張り合おうと言う方が間違っているとは思わんか?」
「貴殿はそう言うが――」
「何もこの私のように下に付けとまでは言わん。しかし、敵に回してなんの得がある」
「それは……」
なんて話し声……え?
思わぬ内容に、思わずそっちへ目を向けると、サランダの父親でメイワード伯爵派を自称するディエール子爵がブランデーグラスを片手に、同じくブランデーグラスを持った一人の貴族を相手に、思いも寄らない熱弁を振るってた。
「わずか一年前、まだ領地を賜る前の男爵でしかなかった頃に、ここまでの状況になると誰が想像していた? しかもトロルどもから引き渡される一万の奴隷達を一手に引き受けるなど、領地経営は必ず失敗し恥を晒す、誰もがそう思っていたはずだ」
「それはそうだが……」
「今日のことで、益々殿下方の覚えはめでたくなった。今後、どれほど躍進し、領地が発展していくか予想も付かん。殿下の仰る通り、もはやメイワード伯爵を元農民だ若造だ成り上がり者だと侮るのは愚の骨頂。対等以上の貴族であると素直にその手腕を認め、懇意にすべきだ。なんならこの私が伯爵に橋渡しをしてやっても良い」
「……」
俺が見てることに気付いたディエール子爵が、ニヤリと笑ってグッとサムズアップする。
思わず釣られて、ニヤリと笑ってサムズアップしてしまった。
ふと気になって同じくメイワード伯爵派を自称するエレーナの父親のダークムン男爵に目を向けると……。
「私の事情は知っているだろう。メイワード伯爵は器が大きく寛容な男だ。友好的に接すれば、それ以上の友好で返してくれる。もっとも敵対すれば、数倍する敵意で逆襲を呼び込む容赦なさも持ち合わせているが」
……うん、やっぱり別の貴族相手に熱弁を振るってる。
「しかし、それは我ら貴族を舐めているなどと言う低俗な話ではない。我らが束になろうと歯牙にもかけん程の『力』を持っている、強者の証だ」
「確かに、恐ろしいまでの『力』を持っているが……」
「むしろ頼もしいではないか。その『力』が武力だけではないことが証明されたのだ。どれだけ優れた『力』を持っていようと、我らの顔色を窺いビクビクして食い物にされるようでは宝の持ち腐れ。それでは話にならんだろう」
「ううむ……」
「今日のことで、これまで以上にメイワード伯爵と正しく友誼を結びたい者は増えたはずだ。迷い、乗り遅れれば、他の貴族家の後塵を拝することになるぞ」
ダークムン男爵がチラリと俺を見て目が合うと、まるでお任せをって言わんばかりに渋い笑みを浮かべる。
なんて言うか……まあ、助かるけどね。
「派閥の者達が精を出しているようだな」
「アイゼ様の誕生日パーティーですることじゃないですよね」
挨拶の切れ目のアイゼ様の楽しげな声に、思わず苦笑してしまう。
「良い。いずれ全員にそなたを支持して貰わなくてはならぬからな。それならば、それは少しでも早い方がいいだろう」
「ええ、アイゼからエメル様に乗り換えて対立するなどと言う話ではないのですから」
「言われてみれば、それもそうですね」
別に俺の派閥に乗り換えるための勧誘じゃないもんな。
むしろ、俺とアイゼ様とフィーナ姫の三人を同時に支持してくれる方がありがたいわけだし。
「そなたを侮る者が一人でも減って、そなたと、その……近づいたことが分かったのだから、思わぬ良い誕生日プレゼントになったと言えるだろう」
アイゼ様、真っ赤になって可愛いなもう!
こんな大勢の前じゃなかったら抱き締めてるところだ!
アイゼ様が俺のドレス姿だったら危なかったかも。
「さあ、それより次の貴族が来た。しっかりとこなさなくてはな」
誤魔化すアイゼ様の可愛いさったらもう。
抱き締めたい衝動を堪えて、アイゼ様の隣で挨拶の続きを受ける。
こうして、特に大きな問題が起きることもなく、アイゼ様の誕生日パーティーは盛況のまま終わりを迎えた。
いつも読んで戴き、また評価、感想、いいねを戴きありがとうございます。
またまたレビューを戴けました。
ありがとうございます。
性癖に刺さってくれたようで嬉しい限りです。
更新頑張りますので、引き続きお楽しみ戴ければと思います。
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