53 夢見る乙女の秘密
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「エメル様はフィーナ様のことをどう思われますか!?」
不意に身を乗り出して、俺に詰め寄るレミーさん。
瞬間、場が凍り付いた。
ピンと張り詰めた空気に一人取り残されて、『はい?』と間抜け面で聞き返すことも出来やしない。
なんでレミーさんはそんな、やたらと真剣で何か覚悟を決めたような、鬼気迫る顔をしてるんだ?
これが軽いノリで聞かれたんなら、『フィーナ姫って姫様にそっくりで可愛いですよね、ドストライクです♪』って調子良く返せたのに。
しかも、だ。
驚きに目を見開いてフィーナ姫を見る姫様。
憤怒の形相でレミーさんを睨み付けるクレアさん。
そして何より、青ざめて顔を強ばらせたフィーナ姫。
そんな軽いノリじゃないのは一目瞭然。
って言うかこの状況、俺の自惚れじゃなかったら、フィーナ姫が俺のことを……?
いや、まさかねぇ?
思わずフィーナ姫へ目を向けると、一瞬でかあっと頬を赤く染めて、いたたまれないように視線を逸らされてしまった。
このリアクション…………いや、ちょっと待って、マジで!?
思わず心泊数が上がって顔が熱くなってしまう。
でもこれ、俺や姫様が知っちゃいけないことだったんじゃ……?
「とっても素敵な方だと思いませんか!? 思いますよね!? だってエメル様憧れの、本物のお姫様ですよ!?」
って、それをこの場で俺に聞くか!?
もしかして空気読めてない……いや、読んだ上でガン無視してるな!?
「エメル様もフィーナ様なら――」
「いい加減にしなさいレミー!」
クレアさんがズカズカとレミーさんに近づくと、肩を掴んで振り向かせて、容赦のない平手打ちを放った。
パァン!!
と、思わず首を竦めてしまうほど、高く乾いた音が響く。
「フィーナ様ご自身でお伝えするならまだしも、勝手に主人の心の内を吹聴するなど度が過ぎています。あなたのその行いは、誰も幸せにしません」
でもレミーさんは根性あるって言うか、赤くなった頬を押さえながら、クレアさんを振り返って睨んだ。
「クレアさん邪魔しないで下さい、あたしはフィーナ様のためにエメル様のお気持ちを確かめなくちゃならないんです!」
「それを確かめてどうするつもりです」
「もしエメル様がフィーナ様を――」
「それであなたは、アイゼ様にエメル様を諦めろとでも言うつもりですか」
「――っ!?」
レミーさんが固まる。
固まって、姫様を……まるで自分を責めるように俯いてしまった姫様を見て、さっと顔を青ざめさせた。
「あ、あたし……決してそんなつもりじゃ……」
「いつも言っているでしょう、あなたは行動する前に、一度立ち止まって、周囲の人の気持ちや影響をよく考えてから動きなさいと」
「はい……」
……レミーさん、本気で気付いてなかったのか!?
だとしたら、あまりにも迂闊すぎだろう!?
「……姉上、そうだったのですね…………私はこれまでずっと姉上の気持ちを考えもせず姉上の前で…………」
「……ごめんなさいアイゼ……わたしは決してあなた達の仲を邪魔するつもりは……」
ほら、二人とも俯いて自分を責めて、すっかりお通夜状態じゃないか!
それにしても分からない……。
俺、それこそ姫様には、最初からガンガン積極的にアプローチしてたけど、フィーナ姫にはそんなことしてないぞ?
むしろ、心奪われたり雰囲気に流されてしまわないように、一人の女性としてではなく、ことさら姫様のお姉さんのお姫様って態度で接してたはずだ。
「ここまでしてしまった以上、あたしはもう後戻り出来ません。エメル様!」
「ちょ、ちょっと待った! いきなりすぎて頭が付いていけてないんだけど!? そもそもなんで俺!? フィーナ姫みたいなお姫様がどうして俺を!?」
「なんでもどうしても、アイゼスオート様の姉君ですよ!? アイゼスオート様がロマンス小説を嗜んでいらっしゃるのはご存じですよね?」
「う、うん、ちょこっと聞いた」
「元々それはフィーナ様のご趣味なんです。なら分かるでしょう? フィーナ様はアイゼスオート様以上に筋金入りの恋に恋する夢見る乙女なんです!」
「レミー!」
慌ててレミーさんを止めようとして俺と目が合ったフィーナ姫の顔が、羞恥でさらに真っ赤に染まった。
……ああ、なんかすごく納得いった。
流れ弾で姫様まで真っ赤になってるけど、さすが姉妹、何もかもがそっくりだ。
「そうですよね……私がそうだったのですから、姉上がエメルに焦がれないはずありません……それを私は気づきもせず……」
「アイゼが気付かなくても当然です……二人の仲を知っていながら割り込むような真似を出来ようはずがないでしょう?」
俺と姫様に申し訳ないって顔で俯くフィーナ姫。
お姉さんの気持ちに気付かなかったことで自分を責める姫様。
…………。
これ、なんて修羅場!?
まさか同時に二人の女の子――片方は男の娘だけど、二人から好きになって貰えるなんて!
しかも、一国のお姫様達にだぞ!?
前世も今世も含めて俺の人生を振り返ってみろ、どこにこんな奇跡的なことが起きる要素があった!?
やばい、嬉しい……嬉しいけど、姫様のことを思うと喜ぶわけにはいけない!
顔がにやけても、心臓がドキドキしても駄目だ!
ふと、そんな俺を気遣うようにフィーナ姫が寂しげに微笑む。
「エメル様、今のお話はお忘れ下さい。レミーの勘違いだった、そう思って下さい」
しまった、俺がいつまでも返事をしないから、気を遣わせてしまった!
好意を持ってくれた女の子に、こんな顔でこんなこと言わせるなんて、俺って全然駄目駄目じゃないか!
「フィーナ様はそれでいいんですか!? 絶対にこれがさい――」
「いい加減にしなさいレミー、フィーナシャイア様がお困りでしょう!」
「邪魔しないで下さいクレアさん! だいたい、今更何をいい子ぶってるんですか。アイゼスオート様もクレアさんも、最初はそのおつもりだったんでしょう!?」
「黙りなさい! それは終わった話です!」
開き直ったようなレミーさんの台詞に、急に焦って遮ろうとするクレアさん。
怪しい。
そういえばクレアさん、最初は何か企んでるみたいだったな。
「クレアさん、どういうこと? 終わった話って、何?」
クレアさんに目を向けると、観念したように溜息を吐いて聞かせてくれた。
「エメル様が出された条件の『姫様』はアイゼ様を指されていましたが、言葉の上では『王女殿下を妻に娶る』というものでした。アイゼ様の真実を知ったエメル様が異議を申し立てられた場合、フィーナシャイア様との縁談を提示する手はずになっていたのです」
「もしかして、次期公爵が急に手の平を返して俺の策に乗ったのも……?」
「はい、ご明察の通りです」
なるほど、屋敷でのあのやり取り、裏では二人してそんなことを考えてたのか。
「済まぬエメル……」
そして当然、姫様もそれに気付いてたってわけか。
「アイゼ、あなた達はそんなことを考えていたのですか……」
「申し訳ありません姉上」
「それではエメル様に対して、あまりにも失礼でしょう」
いやむしろ、今の話はフィーナ姫にこそ失礼じゃないか?
「俺のことはいいですよ。確かに、もう終わった話ですし」
うん、そうだ、もう終わった話なんだよな。
フィーナ姫には悪いけど、俺は姫様を選択したんだ。
結論が出ている以上、フィーナ姫の気持ちには――
「でもそれではフィーナ様があまりにもお可哀想です! あんなふざけた了見の方々の中からフィーナ様のお相手を選べと言うのですか!? それでは絶対にフィーナ様がお幸せになれません!」
「――ん? それってどういうこと?」
「レミー!」
フィーナ姫がこれまでとは違う、鋭い叱責でレミーさんを止める。
「いいえ止めません、フィーナ様の幸せが第一なんです! 聞いて下さいエメル様!」
力尽くで止めようとするクレアさんと、本気で叱責しようと席を立ちかけたフィーナ姫を止めて、レミーさんに続きを促す。
それは、浅はかな俺には全く思いも寄らなかった、フィーナ姫の今の立場だった。