527 強引な買い付け
◆
四人を見送って執務室に一人になったところで、書類仕事でも片付けようかと思ったらドアがノックされた。
「伯爵、サランダですわ。今よろしいかしら?」
「サランダ? ああ、いいぞ」
「失礼しますわ」
入ってきたサランダは、やや気が急いてるって言うか、ちょっと緊迫気味だ。
何かあったっぽいな。
「インブラント商会より副店長がいらしていますの。何やら至急、伯爵にご報告したいことがあるそうですわ。こちらにお通ししても?」
「カラブンが至急? 分かった、頼む」
許可すると、一旦下がったサランダに案内されて、カラブンがやってくる。
「伯爵様、お忙しいところ、突然の訪問で済みません」
「いや、構わない。何かあったのか?」
「実は、とある大きな隊商がやってきまして、小麦を大量に売ってくれと。それも大量に買うんだから、うんと安くしろと、無茶な注文を吹っかけてきまして」
「こんな真冬にか?」
真冬に隊商が大きく動くことはそうない。
だって小麦の取引は、冬になる前に大体終わらせてしまうからだ。
そもそも、冬を越えるため、そして次の収穫まで食いつなぐための分を備蓄して、余剰分は売ってしまったばかりなんだから、この時期に出せる小麦なんて普通はほとんどない。
それなのに真冬に大きな隊商を組んでわざわざ小麦を大量に買い付けようなんて、絶対に訳ありだろう。
「例年より多少収穫量が少ないって話は聞いてるけど、どこも飢饉になるほどじゃなかったはず。どんな連中が買い付けようって言うんだ?」
「それが、正体を誤魔化してますけど、どうやらシェーラル王国の息が掛かってそうな感じなんです」
「シェーラル王国?」
本当に、最近その名前をよく聞くな。
「確証はないですけど、兄のオルブンが、恐らく間違いないと。それで伯爵様に伝えて、どうすればいいか判断を仰ぐようにって」
「ふむ……」
『確認してきますか?』
頭の中でキリの声が聞こえる。
『そうだな、頼む』
キリの気配が遠ざかったところで、カラブンに確認する。
「その隊商の連中の種族、それから態度や様子は? 焦ってたり、切羽詰まってたり、それを誤魔化そうとしてたり」
「種族は人間がほとんどでした。エルフと獣人が数人程度。人間以外は護衛だと思います。商人達の様子は、焦ってたり切羽詰まってたりはしてなかったですけど……なんて言うか、なんとしても少しでも多く買い占めてやろうって嫌な感じで、あからさまに上から目線で強引でしたね」
他にも幾つか質問して確認してると、姿を消したままキリが戻ってくる。
『我が君、その商人達は、シェーラル王国の手の者から依頼されて、この領地の小麦を少しでも多く買い占め、我が君を困らせることが目的のようです』
『それは証拠があってのことか?』
『商人達の憶測で確証はないようです。依頼主は正体を隠していたようなので。ですが、エルフでシェーラル王国の者だろう、と言う確信に近い予想をしています』
なるほど、なんとなく見えてきたな。
俺がシェーラル王国の無理筋な言いがかりを撥ね除けた。
その後、フォレート王国がマリーリーフ殿下を通して、トロルと交易して兵糧になる作物を売るなって言ってきた。
そして、今回の隊商。
つまり、俺が交易してトロルに売る小麦を少しでも減らすために、強引に買い付けようって算段なんだろう。
もしかしたら、フォレート王国からの食料支援だけじゃ足りなくて、本当に追加で買い付ける必要があるのかも知れないけど、そのついでにこの前の意趣返しで俺に嫌がらせをしたいのかもな。
飽くまで想像だけど、そう外れてない気がする。
「分かった。相手が欲しいだけ売っていい」
「い、いいんですか? こんな真冬に?」
「ああ。後でどれだけ売ったか報告を頼む。その分、エレメンタリー・ミニチュアガーデンで補充するから」
「ああ」
カラブンがポンと手を叩いて、話を聞いてたサランダが苦笑する。
二人とも俺が詳しく説明しなくても、話の流れから俺への嫌がらせの一環だってのは気付いてたみたいだからな。
「ただしツケはなしだ。可能な限り現金で、足りない分は適正な価格での物々交換で。相手の勢いに負けて要求を通すんじゃなく、貴重な備蓄を融通してやるんだって恩着せがましく吹っかけて、せいぜい値を吊り上げて搾り取ってくれ」
「分かりました」
カラブンが心得たとばかりにニヤリと笑う。
そいつらもシェーラル王国の連中も、わざわざこんな真冬に無駄な労力を払った上、現金を落としてくれてご苦労さんってところだ。
「サランダ、この後、ナサイグとモザミアに言って、また収穫のためのバイトを募集するように言ってくれ。仕事の少ない冬場での、貴重な収入になるだろうからな」
バイト代はその隊商が落としてくれるんだから、全然問題なしだ。
「それからプラーラには、収穫作業の後、バイトに来てくれた者達に振る舞う温かいスープやパンなんかの手配を頼んでくれ」
「分かりましたわ」
サランダは頷いて、でもちょっと呆れ顔になる。
「それにしても贅沢な話ですわね。給金の他に、食事までだなんて。そこまでする領主が、果たしてどれほどいることか」
「農閑期の真冬に農作業をさせるんだからな。それに、気持ちよく手伝って貰わないと俺が困るし」
「もちろん分かっていますわ。ですから、やめろと言っているわけではありませんわ」
うちの領地は王国の端っこで輸送費が掛かるから基本的に物価が高いし、加えて栽培してる作物は高品質だからどうしても値段が高くなっちゃって、各家庭の財政を圧迫してるのが現状だ。
だからこういう機会を利用して積極的に現金を市場に流さないと、流通と消費が滞っちゃって、商人達が領地に寄り付かなくなっちゃうんだよ。
サランダもそれは理解してるから止めないんだろう。
「ただ、領主たる伯爵が領民に甘い顔をしすぎてそれが当たり前になると、領民が贅沢を覚え、増長し、少し生活が厳しくなるだけですぐに不満を覚え、伯爵に反抗するようにならないか、ちょっと心配になっただけですわ」
「さすがにそんなことにはならないと思うけど……分かった、気を付けておくよ」
「ええ、匙加減に気を付けて下されば十分ですわ。領主が民に慕われることが良いことなのは間違いありませんもの」
為政者として、こういう忠言をしてくれる者の存在はありがたい。
特に初心者の俺にとって、為政者とはかくあるべし、ってこの世界のこの時代のスタンダードなモデルを教えて貰えるのは、実はすごく助かる。
判断基準になる物差しが俺の中にまだないからな。
どの作品でも、お追従しか言わない部下で周りを固めた為政者は、失策する愚王として描かれてるくらいだ。
わざわざそんな愚王を真似する理由がない。
もちろん忠言は忠言として、その上でどう判断するかは俺次第だ。
「カラブン、インブラント商会か、他の服屋に防寒着は十分にあるかな?」
「うちにもありますし、服屋にもあると思いますよ。町中ならともかく、真冬に町の外で仕事が出来る程の十分な防寒着を持ってる人達は少ないと思うんで、確かに売れそうですね」
「ああ、そういうことだ」
と言うわけで、カラブンはオルブンに伝えるため退室し、インブラント商会へ戻って行く。
それを見送った後で、サランダにはユレースを呼ぶように頼む。
滅多なことは起きないと思うけど……。
ここ最近のシェーラル王国とフォレート王国の動きを考えると、各所には気を引き締めて注意するよう、伝達しておいた方がいいだろう。
結局、シェーラル王国の息が掛かった隊商は、荷馬車に山盛り六台分の大量の小麦その他を買い付けていった。
本来なら、この時期にそんなに大量に売ってしまったら、来年の秋の収穫まで保つのかって不安になるところだけど……。
「あ~、スープあったかくて美味い」
「いやあ、領主様、真冬に収穫って冗談みたいな話ですけど、臨時収入、助かります」
「大豆ミートのおかげで肉を山盛り食ってる気分になれるし、こうして食う物はいくらでも収穫出来るし、こんな不安なく腹一杯食べられる冬なんて初めてですよ」
吐く息は白く、防寒着を着ても寒そうにしてるけど、みんないい笑顔だ。
うちの領民達も、この季節感のない収穫にすっかり慣れてくれたみたいだな。
「そりゃ良かった。冬は俺も王都との往復で忙しいから、他の季節ほど頻繁には無理だけど、また収穫するときはよろしく頼む」
「「「「「任せて下さい!」」」」」
うん、みんな一丸になっての、使命感に燃えたいい返事だ。
今回、サランダの意見を参考に、ただ増産して冬場の稼ぎを作ってやったわけじゃないって、急遽増産することになった経緯を説明したのが良かったのかも知れない。
この笑顔を見る限り、きっとサランダの心配は杞憂に終わってくれるだろう。
そしてこの増産のおかげで、トロルとの二回目の交易は、問題なく終わらせることが出来た。




