521 ガラス製品と工場
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ガラス工房が始動して、まだ一つ目のクリスタルガラスの眼鏡を試行錯誤して作ってた頃、ガラス工房から依頼してたガラス製品が完成したとの連絡を受けた。
「領主様、待たせたな。これが頼まれていた食器類じゃ」
「おおっ!」
工房の片隅に並べられたのは、窓から差し込む日差しを美しく透き通らせる、無色透明のクリスタルガラスのお皿、ボウル、ワイングラスなどの食器類だった。
お皿については、スープ皿やパン皿なんかは普通に陶器製の方がいいだろうから、主に小皿や小鉢だけど、大小様々な普通の円形、角が丸い四角形、葉っぱ、船など、凝った形の物も多数ある。
グラスも、ワイングラスの他にブランデーグラス、カクテルグラス、ロックグラス、ビアグラスと、バリエーションが多い。
普通のお皿やワイングラス、カクテルグラスなんかは全く飾り気のないシンプルなデザインだけど、葉っぱ形のお皿やロックグラスなんかには、葉脈を模したり、放射状のカットが入ってたり、デザインも凝ってる。
「こっちが王家への献上品、こっちが領主様の分じゃ」
シンプルなデザインのお皿やワイングラスには大きな差は見えないけど、デザインを凝った方は、明らかに王家への献上品の方が凝ってて、かつ、上品だ。
「こちらと隣の工房でそれぞれ思い思いに作ったが、意匠に関しては事前に話し合い統一した。王家と領主様の紋章は裏の中央に、工房の刻印は裏の隅に入れてある。何か問題はあるか?」
「いや、全くない。素人意見で悪いけど、どっちも滅茶苦茶いい出来だと思う」
前世でも今世でも、食器なんて安物でも使えれば十分だろうって思うけど、そんな俺でさえ、これほどの物ならお客が来た時に出して自慢したくなるし、棚に格好良く並べて眺めたくなる。
さすが頑固なドワーフの職人が手がけた一品だ。
「これならアイゼスオート殿下もフィーナシャイア殿下も喜んでくれるよ」
「うむ、必ずや喜んで下さるじゃろう」
自信満々だな。
それだけの出来栄えの品を作ってくれたってことだろう。
「売りに出したら、それこそ言い値でも飛ぶように売れるんじゃないか?」
「うむ、それなんじゃがな。インブラント商会の者と話し合ったんじゃが――」
売値の予定金額を聞いて、顎が外れるかと思った。
確かに言い値で売れるって言ったけどさ、ガラスの食器一つで平民の四人家族が少なくとも一年、何不自由なく暮らせるだけの額になるって、どうよ。
物によっては数年分の生活費になりそうだ。
「それは……さすがに高すぎないか? 下級貴族でもおいそれと手が出せないと思うぞ?」
「そうじゃな、やはり上級貴族向けじゃろう。多少品質を落としたとしても、下級貴族や大商会などの金持ちでも、数を揃えるのは至難の業じゃろうて」
それを承知の上での金額設定ってわけだ。
インブラント商会がそれでも売れるって言うなら、本当に売れるんだろうけど。
「ブランド化するなら安売りなど言語道断。強気でいくべきじゃな。そんなに高価で希少ならばと、マイゼル王国のみならず周辺国の王族貴族までもが供給が追い付かんくらい、こぞって買い求めようとして、より一層の箔が付く。そのくらいしなくてはな」
「いやまあ、それはそうだけどさ」
「領主様のことじゃ、領民達にも安物でいいから買わせてやりたいと思っとったんじゃろう? しかし考えても見よ。どこの平民がガラスの食器なんぞを持っとる?」
そもそも、食器類は基本的に全て安い木製だもんな。
「下手に平民の領民に持たせたら、貴族達が納得しないか……」
「そういうことじゃな」
仕方ない。
当分の間、技術を独占して影響力の拡大に使う以上、値が上がることはあっても、下がることはないだろうし。
安価に普及させるには、まだまだ技術が追い付いてないか。
「分かった。当分はそのまま超高級品扱いでいこう。貴族向けに、幾つかグレードを分けて作ってくれ」
「うむ、承知した」
取りあえず、食器類についてはこれでいいだろう。
「それと、次々にあれこれ作る話になって悪いけど、今だけ工場を稼働させたい。作りたい物があるんだ」
「ほう? 掃除は常日頃から弟子達にさせとるが、炉もでかいし、どれだけ燃料が必要かも分からんからまだ使ってなかったんじゃが、いよいよ使うのか」
「ああ。そういうわけで、使い方のレクチャーついでに手伝って貰えるか?」
「もちろんじゃ。全員で見学させて貰って構わんじゃろう?」
「ああ、気が済むまで見てくれ」
と言うわけで、俺とガラス工房の職人六人と弟子六人の全員で工場へ移動する。
「今回は薪や炭は使わずに俺が精霊魔法でやってしまうけど、みんなが使う時はちゃんと燃料を使ってくれ。でないと精霊力が圧倒的に足りないと思う」
まず、職人達が普段使ってる炉の数倍の大きさがある炉を魔法で加熱する。
およそ千六百度の高温だ。
さらに、浴槽のようなフロートバスに錫を入れて、これも高温に加熱してドロドロに溶かす。
こっちは二百三十度程度の低温だ。
「これで準備完了だ。材料を頼む」
クリスタルガラスの材料を大量に炉に入れて貰って、ドロドロに溶かす。
そして十分に溶けて材料が混ざり合ったところで炉を傾けて、溶けたガラスを炉の外へ流し出した。
イメージは、溶鉱炉と溶けた鉄だな。
「この流れ出す速度がガラスの厚みを決定することになるから、一定速度で流れるように、傾ける角度に気を付けてくれ」
溶けたガラスは、作りたいサイズの幅になってる傾斜した台の上を流れて、溶けた錫が入ってるフロートバスへと流れ込む。
ガラスより錫の方が比重が重いんで、ガラスと錫が混じることはない。
「溶けた錫の上を広がっていく過程で、徐々にガラスは冷めていく。このとき、溶けた錫の表面は真っ平らだから、ガラスも真っ平らになるってわけだな」
ただし、単に流しただけだからガラスの厚みは均一にはなってない。
どうしてもミリ単位で誤差が出てしまうから、ガラスが冷めてしまう前に、魔法で厚みが均一になるよう調整してしまう。
そして、冷め始めたガラスがフロートバスの出口まで到達したら、そのまま徐冷窯へと入っていき、ローラーで転がされながら進む。
さすがに冷却する設備なんてないから、徐冷窯の中で魔法を使って冷風で冷ましてやるわけだ。
急激に冷却すると、ファイアボールを何発もぶち込んだゴーレムにブリザードをぶち当てて脆くする、みたいになっちゃいそうだから、そうならない程度に徐々にだ。
「ちょっと時間が掛かるけど、こうして徐冷窯の中でガラスを冷ましてやって、徐冷窯から出てくれば、板ガラスの完成だ」
「「「「「おおっ!!」」」」」
大きく真っ平らで無色透明の板ガラスに、誰もが驚きの声を上げた。
これほどのガラスは見たことがないからだろう。
みんなして周りに群がってきて、穴が空きそうなほどに見つめては、口々に感嘆の声を上げる。
「これがフロート法って言って、大きな板ガラスを大量生産するための方法だ」
欠点は、少量生産に向かないこと。
何しろ燃料代が馬鹿みたいに掛かるからな。
加えて、炉から溶けたガラスは全て流れ出したけど、そのせいで勢いを失ったガラスが今もフロートバスの上に残ってしまってる。
残したらもったいないんで、徐冷窯から出てきた板ガラスを魔法で引っ張って、それも全部ちゃんと板ガラスにしておいた。
「ちなみに、フロートバスを通さず、フロートバスの手前で上下のローラーに挟んで厚さを均一にするロールアウト法ってのがあって、そのローラーに模様を刻んどくと、板ガラスの両面に模様が刻まれるって寸法だ。後は徐冷窯で冷やすのは同じだ」
「なるほどのう!」
「これはすごい!」
「領主様はよくこんな方法を思い付きなさったな!」
前世でなんかのネット小説を読んだ時、ちょっと興味が湧いて調べたおかげだ。
本当に、よくこんな方法を思い付くもんだって感心するよ。
「燃料代が馬鹿にならないから頻繁には作れないだろうし、かなり高価な品になると思うけど、まず間違いなく需要はあるはずだ」
「うむ、間違いなくあるじゃろう」
「上級貴族達が屋敷の窓ガラスとして欲しがるじゃろうな」
「贅沢なガラスの温室も出来そうじゃぞ」
そうそう、そういう需要がきっとあるはずだ。
でも今回俺が作りたいのは、そのどれとも違う。
「ここから先の作業は加工になるから、多分別の職人を雇って専門でやらせることになると思うけど、念のためみんなも見といてくれ」
持ち込んだ荷物から、三つの材料を取り出す。
銀、銅、天然樹脂だ。
ちなみに、銀は輸入物だけど、銅と天然樹脂はうちの領地の特産品だ。
「まず板ガラスを必要なサイズにカットして、表面を研磨して、埃や汚れを洗い流して綺麗にする」
もちろん、どっちも魔法で。
「それからガラスの片面を活性化……えっと、メッキが付着しやすくなるように、表面を加工する」
溶剤とかないから、これも魔法で。
「それから銀を薄く延ばしてメッキする」
本当は溶剤に溶かして小難しい化学反応をさせて、その上で吹き付けるように蒸着させるらしいけど、そんな設備も溶剤もないから、薄く延ばして塗りつけるように銀をガラスの片面に綺麗に付着させ、離れないように一体化させる。
「このままだと銀が酸化して錆びちゃうから、同じく銅を薄く延ばしてメッキする」
これも、銀と同じようにする。
「その上から天然樹脂でコーティングすることで、隙間から水が入って錆びるのを防ぐのと、厚みを出して丈夫にするのと、万が一割れたときに破片が飛び散らないように保護する。これで鏡の完成だ」
「「「「「おおっ!!!」」」」」
完成したのは、前世の現代にある鏡と遜色ない美しさの大きな鏡だ。
何しろ俺のそのイメージを元に、精霊達がいい感じに仕上げてくれたからな。
おかげで、銀や銅の表面を磨いて映るようにした金属製の鏡のような歪みも曇りも全くない、圧倒的に美しい仕上がりだ。
みんなが驚いて鏡を見つめてる間に、もう数枚、同じ鏡を作ってしまう。
ちなみに大きさは、どれも姿見サイズだ。
「職人に枠を付けて飾って貰えば、貴族の女性に売れると思うけど、どう思う?」
「絶対に売れる!」
「売れんわけがない!」
拳を握って、すごい力説だ。
でも、俺もそう思う。
「領主様、足りん」
「え? 何が?」
すごい気迫の怖い顔で迫られたんだけど?
「職人の数じゃ。弟子も入れてたった十二人では、食器類、板ガラス、鏡、領主様が考案したアレと、需要を賄いきれん」
「精霊魔法の使い手も足りんじゃろう」
「とんでもないもんばかり作りなさるから、需要はマイゼル王国に留まらんじゃろうて。周辺国の王族、貴族達からも、とんでもなく注文が殺到すること請け合いじゃ」
「な、なるほど、分かった。すぐに職人を増やせるように募集しよう」
「うむ、頼んだぞ」
どうやら、特産品として大成功間違いなしみたいだ。




