513 マリーリーフの来訪
◆
冬の社交シーズン真っ只中。
今日もまた、頻度を上げた領地と王都との往復で王城の館までやってきた。
「ご主人様!」
「パティーナ?」
ところが何故か今日に限って、館の玄関前にパティーナとその護衛役らしいリリアナが、二人揃って俺の到着を待ち構えてた。
パティーナの顔色は悪い、って言うか青い。
リリアナも緊張してるのか、かなり顔を強ばらせてる。
どう考えても厄介ごとだろう、これ。
「どうした、何があった?」
「は、はい、フォレート王国第三王女殿下が……!」
「マリーリーフ殿下が?」
「お館様が今日、王城へ戻ると知っていたらしく、お館様に面会したいと先触れの使者が」
「え!? こっちに来るって!?」
これまではマリーリーフ殿下が招待状を送ってきて、俺が訪ねるのがパターンだったのに。
それが招待状もなしにいきなりこっちに来る!?
「伯爵様、何かした?」
「いやいや、何もしてないって」
少なくとも、俺に心当たりはない。
エレーナも俺を疑ったって言うより、単なる確認をしただけみたいだし、エレーナも心当たりになるようなことは思い付かないんだろう。
「そんなことより、ご主人様が飛んできたのが見えましたから、恐らく、空を見張っていた者が第三王女殿下にご報告差し上げている頃かと」
「すぐこっちに来るってことか!」
「急いでご準備を」
「わ、分かった」
勢いでつい頷いちゃったけど、なんでこんな突然?
館の中は、メリザが取り仕切って慌ただしくマリーリーフ殿下訪問の準備を進めてる真っ最中だった。
俺が館に入ったところで、俺を待ってたらしい執事がすぐに近づいてくる。
「旦那様」
「ああ、外でパティーナとリリアナから話は聞いた。詳細は?」
「重要なお話があるとのことで、何やら込み入った話になりそうです。ですが、内容までは」
先触れの使者の様子から判断しただけらしい。
その先触れの使者も用件までは聞かされてないだろうからな。
「ともかく、準備を頼む」
「畏まりました」
準備は他の者達に任せて、俺はパティーナと一緒に自室へ。
パティーナに手伝って貰って、伯爵の礼服に急いで着替えてしまう。
相手を訪問するときは、相応の手順がある。
まず手紙を送って、都合のいい日にちを幾つか提案してその中から選んで貰う、もしくは相手の都合を聞いてそれに合わせて、それから訪ねるのが一般的だ。
緊急時や突発的に用件が出来た場合は、当然悠長にそんなやり取りをしてる暇がないから、先触れを出して、これから訪ねますってことを一足先に伝えてからの訪問になる。
そんな余裕すらない場合は、先触れもなしに突然訪ねることもある。
この世界のこの時代には電話もネットもないし、メールやSNSで先触れみたいに確認するってわけにもいかないからな。
それに王族や上級貴族ともなれば、その政治的なポジションや役職から情勢に左右されて、突発的にそういう事態が起きやすくなる。
だから今回の訪問は、急な話ではあるけど非常識ってわけじゃない。
ただ、問題はその目的だ。
先日のシェーラル王国の大使の動きと関係があるのかないのか……。
そもそも、シェーラル王国の動きは第一王女が関係してるって話で、第二王女の意向を受けてるマリーリーフ殿下やアルル姫とは関係ない……とも断言は出来ないか。
「考えるだけ無駄そうだな……」
話を聞かないことには、予想も付かないし。
ともかく準備を整えて待つことしばし、マリーリーフ殿下が訪ねてきた。
「ようこそマリーリーフ殿下」
相手は他国の王族だから、一応、玄関ホールで出迎える。
執事からは、たとえどうあれ他国の王族を迎えるのだから、礼儀として玄関の外で出迎える方がいい、って提案されたんだよね。
だけどメリザからは、フォレート王国との関係を鑑みて、王家や他の貴族家の手前、懇意であることや歓迎してることを示す必要はないから、招かれざる客への対応として、応接室で待っててもいい、って言われたんだよね。
結果、間を取って、玄関ホールでの出迎えになったわけだ。
「急な来訪にも拘わらず対応して戴き感謝します、メイワード伯爵」
眉間の皺を深くして目を細め、不敵にニヤリと笑うマリーリーフ殿下。
相変わらず目つきが悪いし、笑顔も怖い。
でも、何度か会って話をして、その人柄は言うほど怖くもなければ乱暴でも横暴でもないことは分かってる。
本当は心根は優しいんだけど、目つきや顔が怖くて誤解されて損をする、そんなキャラが一時期流行ってたし、最近はマリーリーフ殿下もそんなタイプなんじゃないか、って気がしてるよ。
中身は、研究者って言うか、精霊魔法馬鹿って言うか、そんな感じだし。
だから俺は平気なんだけど、そんなことを知らないうちの使用人達はみんな見た目の印象通りに受け取ったみたいで、かなり緊張と警戒をしてるみたいだ。
一応、仮想敵国の第三王女殿下だから無理もないか。
「立ち話もなんですから、こちらへどうぞ」
こんな雰囲気の中、立ち話するのもどうかと思うから、早々に応接室へ場所を移す。
他の貴族達なら、王女様の訪問に感激して、マリーリーフ殿下の容姿やドレスを褒め称えたり、美辞麗句を述べたり、様々に歓迎の言葉を言ったりするのかも知れないけど。
そういう歯の浮く台詞は苦手だし、マリーリーフ殿下も俺がそんなおべっかみたいなことを言うタイプじゃないってのはもう知ってるだろうから、素直に従ってくれる。
同行してる侍女や護衛の騎士達は、そんな俺の淡泊な対応がお気に召さないみたいだけどさ。
自分達がこっちの都合を無視して突然訪問した招かれざる客だって立場が分かってるからなのか、俺の性格を分かってるからなのか、わざわざそれを口に出す真似はしないらしい。
今日はそのまま大人しくしといて貰いたいもんだな。
こっちは領地から王都へ戻って来たばかりの、ろくに休む暇もないままでの対応なんだからさ。
ともあれ、マリーリーフ殿下にソファーを勧めて、マリーリーフ殿下が先に座ってから、俺も対面に座る。
マリーリーフ殿下の侍女や護衛の騎士達は、ソファーの後ろで控えた。
こっちも、エレーナが俺の後ろで控えてくれる。
相手が王族だからなのか、ワゴンを押して入ってきたのは王族の対応に慣れてるメリザで、メリザがお茶を淹れてくれた。
男爵令嬢のパティーナだと、さすがに王族レベルの来客に対応するのは厳しかったのかも。
お茶菓子が、急いで焼いたらしいパイやフルーツがメインで、凝ったケーキや珍しいお菓子じゃないのは、突然の来客対応ってことで勘弁して欲しい。
そこを準備出来るのが、上級貴族の権力や財力の見せ所なのかも知れないけどさ。
毒は入ってませんよってことで一通り俺が口を付けて、今回は俺の側で用意した物だからか、侍女が毒味をしてからようやくマリーリーフ殿下が口を付けた。
「それで、今日はどういった用件で?」
マリーリーフ殿下がカップを置いてから、前置きなしで用件を尋ねる。
マリーリーフ殿下も、そういった前置きで色々と話をしてから本題に入るのが得意なタイプじゃないみたいだから、そのことを特に気にする様子もない。
「話は幾つかあるのですが、まずはこれを」
マリーリーフ殿下の視線を受けて、侍女が俺の前に二つの書類の束を置いた。
どっちもこの世界での最高品質の植物紙だ。
さすが王族、贅沢な物を使ってるよ。
仕方ない話だけど、それでも前世のコピー用紙より品質は悪いんだけどさ。
「拝見します」
片方は数枚程度、もう片方は十数枚程の厚みがある。
中身は分からないけど、面倒事だとしたらより面倒そうな、十数枚程の書類から先に手に取って目を通す。
「これは……」
「どうです?」
マリーリーフ殿下が、自信たっぷりに不敵にニヤリと笑った。
どうもこうも、この前俺が見せた光の板の魔法の研究レポートだ、これ。




