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51 主人思いのレミー

◆◆



 扉がノックされてあたしが対応に顔を出すと、そこにはお約束した通りエメル様が。


「こんにちはレミーさん」

「ようこそいらっしゃいませエメル様」

 大歓迎の笑顔で出迎えると、屈託のない笑顔を返されるエメル様。


 クラウレッツ公爵の屋敷でお世話になっていた間は、間に合わせの騎士服で過ごされていたエメル様も、今では特務騎士専用の斬新なデザインの騎士服を着ています。

 さすがに平民上がりで、まだまだ服に着られている感は抜けませんけど。


 失礼ながら、フィーナ様とアイゼスオート様の言い様は命の恩人への、そして思い人への色眼鏡がかなりあると思いますので、お二方が言う程凛々しく格好いい殿方には見えませんし、精々十人並みといったところではないでしょうか。

 なので、せめて早く服に見合うだけの気品と立ち居振る舞いを身に着けて欲しいものです。

 でないと、フィーナ様とアイゼスオート様の恥になっちゃいますからね。


 ちゃんとその辺りを(わきま)えて、最低限度ですけど礼節を以て過ごされているのは、平民にしては教育の高さを感じられて好印象です。

 ちなみにフィーナ様曰く、『初めてお会いしたときは、知性と教養の高さを感じられ、大きな商会の跡取りかと思いました』だそうで、挨拶程度ですけど親しく言葉を交わすようになった今、まさにそんな印象で、なるほどって感じです。


「お誘いありがとうございます、フィーナ姫」

 フィーナ様の許可を戴きお部屋へお通しすると、エメル様は口調こそ丁寧でも、気さくに挨拶をされました。

 まるで、平民が平民の友人に声をかけるみたいに。

 本来なら平民ごときがそんな態度、不敬罪ですよ、不敬罪。


 でも、フィーナ様は気にされていません。

 と言うよりも、その気さくな関係をこそ望まれているので、余計な口を挟んだりしません。

 これは、普段からご家族にしか気を許されないフィーナ様にしては、とっても珍しいことです。


 それも十分にビックリなんですけど、むしろ王族を前にして臆さず畏まらず敬わず、自然のままに振る舞えるエメル様にこそビックリです。

 馬鹿なのでしょうか、鈍いのでしょうか、それとも……大物なのでしょうか?


 お席にご案内して紅茶を淹れている間、フィーナ様はとても楽しげにエメル様とお喋りを楽しまれています。

 そう、七日の道行きを数時間でなどと、ビックリを通り越して突飛過ぎて眉唾な内容なのはともかく、ごく普通のお喋りですね。


 フィーナ様を始めとする王族の方々は、あたし達侍女を相手にする時はもちろん、親しい貴族令嬢がお相手でも、ごく普通のお喋りにはなりません。

 そう、なりようがないんです。


 権力、立場、野心、無心。


 お相手はフィーナ様に取り入り、情報を引き出し、自家の利益を引き出し、言質を取ろうと、あの手この手で仕掛けてきます。

 それが家督を持つ貴族相手であれば、なおさらです。

 だから、どれほど気心が知れた気の置けないご親友であっても、どうしても一線を引いておく必要があるんです。

 親しき仲にも礼儀あり。それがお互いの為でもあります。


 これが、ご家族以外に気を許されなくなってしまった、悲しい理由ですね。


 だから、そんなしがらみを一切考慮せず、気の向くままにお喋りを楽しめるお相手は非常に貴重で、それだけでもフィーナ様の心は浮き立つんでしょう。

 ましてやそのお相手が、想いを寄せている方ともなればなおさらですね。


 あたしの見立てでは、エメル様もフィーナ様のことを満更でもなさそうで、フィーナ様のご招待に浮かれているように見えます。


 でも……。


「遅くなりました姉上。エメルももう来ていたか」

 アイゼスオート様がいらっしゃった途端に、空気がガラッと変わってしまいました。


「姫様、公務ご苦労様です」

 エメル様はアイゼスオート様を労いつつ、その着飾られたドレス姿に顔を輝かせて鼻の下を伸ばします。

 ハッキリ言って、だらしない顔です。

 そんな顔を、フィーナ様へ向けたことは一度もありません。


 そんなエメル様を見て、テーブルの下、膝の上で、変わらぬ笑顔のままフィーナ様がキュッと小さく拳を握られていました。


 それは、フィーナ様の癖です。

 自分の感情を押し殺す時によくされる、小さな癖。

 貴族を相手に怒りや羞恥を堪えるときにもされることがありますけど、今その癖を見るのはとても切なくて……。


 あたしに出来ることはないのでしょうか。

 そう、あたしの胸まで痛くなります。



 それからお喋りは和やかに続き、お食事が運ばれてきました。

 エメル様の村で育てられた作物を食材に使ったという料理の数々です。

 あたしとクレアさんも、後ほど別室でお相伴(しょうばん)にあずからせて戴くことになっていて、とっても楽しみです。

 エメル様のお心遣いに感謝を。


 王室御用達には適わないだろうと言いながら、自信を覗かせるエメル様。

 いくらエメル様に自信があっても、さすがに王族、貴族の肥えた舌を満足させられるわけが……って思っていたら、まさかそれが、ここ数年、王家と取引のある大商会からの献上品と同じ品だったなんてビックリです。

 フィーナ様、アイゼスオート様はもちろんのこと、今は亡き国王陛下、王妃殿下も大変に喜ばれて、次に献上される時を心待ちにされていたくらいの、謂わば王室のお墨付きだったんですから。


 おかげで有力貴族達がこぞって買い求め、元から流通量が少ないこともあって、王族、貴族でもなかなか口に出来ない、密かな高級品として取り扱われていたんですよ?

 あたしも実家のロードアルム侯爵家や、お姉様達を通してその嫁ぎ先の貴族家からも、情報と融通をせがまれていたくらいに。


 そんな作物の栽培法を、エメル様が精霊魔法で編み出したって言うんですから、これで『ただの貧乏農家の次男坊』を(うそぶ)くなんて無理があり過ぎでしょう?



 エメル様を一言で言い表すのなら『規格外』が相応しいとあたしも思います。

 これは、エメル様を近くで見てきたフィーナ様、アイゼスオート様、クレアさん、そしてあたしの共通認識です。


 エメル様は信頼の証として、精霊には六属性ではなく八属性あること、そしてそれぞれの精霊と契約し、契約精霊が八体いることを教えて下さいました。

 しかもエルフの王族ですら適わないほどの大きさに成長した契約精霊達です。

 フィーナ様のお話では、畏怖と恐怖と破壊の象徴と言われる上級妖魔のヴァンパイアですら、それほどの契約精霊を持っていないと、あのトロルロードが言っていたそうで。


 その契約精霊達を駆使し、単身、たった数時間で、フィーナ様の救出、トロルロードの討伐、トロル兵五千を殲滅し王都を奪還したって言うんですから、それを『規格外』と呼ばずして、なんと呼べばいいのやらですね。

 もはや想像の埒外(らちがい)もいいところですよ。


 しかも、です。

 あろうことか、その褒美に王太子のアイゼスオート様に姫君の格好をさせて妻に(めと)ろうなど、平民の……いえ、常人の発想ではあり得ない非常識さを発揮したのですから。


 それらの事実は、貴族の横槍を入れられないため当分は秘密に、と言われていますが、どこからともなく漏れて、すでに一部ではこっそり噂が広まっています。

 おかげでエメル様は王城に勤める使用人や文官、武官の間で、『悪趣味英雄』とか『酔狂な成り上がり者』などと陰口を叩かれています。

 それにお付き合いしているアイゼスオート様のご評判は、揶揄や同情など様々にありますが、不敬罪に問われたくないので詳細は割愛で。



 そんなエメル様の規格外っぷりが、食事中、また一つ明らかになりました。

 何やら悪巧みしている顔をされていたのを、アイゼスオート様に指摘された後のことです。


「ああ、大したことじゃないですよ。単にうちの野菜を使えば、口うるさい貴族どもを黙らせられるかもって考えてただけです」


 平民でありながら、口うるさい貴族どもを黙らせる方策を思い付いたと言うのです。

 しかもそれが、頭ごなしや力尽くで従わせるのではなく、利を配る方法で派閥に引き込もうっていうのだから、そんなのはもう平民の発想じゃありません。

 貴族として、それも上級貴族として権勢を振るう策謀に長けた者の発想ですよ。

 木っ端貴族では、自身が持つ力が強大であればあるほど、それを振るって力尽くで従わせるくらいの発想しか出てこないでしょうに。


 その教育と素養の高さから第一王子の侍女として召し抱えられ、若くして筆頭侍女として頭角を現した尊敬すべき先輩のクレアさんですら、主人とその大切な思い人との会話に反応を表に出してしまって、唖然とした表情を隠せないでいたんですから。


 もし話がここで終わっていれば、まだ良かったのに……。

 エメル様の話はまだまだ続きました。


「戦争したせいで、国力が下がっちゃってますよね」


 農民なら、いかに自分の畑の作物を育てるか、今日の食事と明日の天気、最大の関心事なんてその程度でしょう。

 なのにエメル様は、長期展望で、農政改革、人口増加と雇用の創出、治安維持、戦後復興、外交と交易にまで踏み込んだんです。

 そして何よりあたしが鳥肌が立つくらい震えたのは、フィーナ様とアイゼスオート様、お二人の名声と実績、そして王家の権威と民衆の支持にまで言及したことです。


 今回の戦争で、王家の権威は地に落ちました。

 言いたくはありませんが、後手後手に回り、ほとんど無策のまま王都を陥落させられてしまったのだから、貴族も民衆も王家に厳しい批判の目を向けて当然です。


 しかも王家に残されたのは、ご結婚はおろか、婚約者もまだ決まっておられない、年若いフィーナ様とアイゼスオート様。

 アイゼスオート様に至っては、まだ成人すらされていません。

 そんなお二人に圧倒的に足りていないのが、名声と実績です。


 それがないから、周りが言いたい放題、やりたい放題になっているわけで。

 それでも忠義を尽くしてくれているクラウレッツ公爵家の次期公爵様の方が、例外と言っても過言じゃありません。


 それをまさか、そこまで考えた上でお二人の名を高め貴族達の頭を押さえるための策を、そして多岐にわたる分野に影響を与える内容を、たった一手で、王家の直轄地で作物を栽培する、そのたった一手で成し遂げようって言うんです。

 これが、一介の農民の発想ですか?

 震えが来ない方がどうかしています。


 そしてあたしは見てしまいました。

 テーブルの下で、アイゼスオート様にもエメル様にも気付かれないようにと隠された場所で、フィーナ様がギュッと強く強く、拳を握り締めているのを。


 想いが溢れ出して抑えきれない、恋する乙女の横顔。

 本来ならライバルになるはずのない弟君への羨望。

 諦めるどころか想いは募るばかりで、けれど叶わぬ恋。


 あまりにも辛く、苦しく、あたしの方が泣きそうです。

 もうただの平民とか、一介の農民とか、そんなこと関係ありません。


 力が正義。

 弱肉強食。


 そんなこの世界で、小国の命運を左右してしまうほどの圧倒的な戦力、そしてたった一手で多岐にわたる分野に影響を及ぼす知謀と策謀、それほどの力を持った殿方に命を救われた乙女が、恋に落ちずにいられますか?


 もしフィーナ様とアイゼスオート様のことがなければ、あたしは今この瞬間、きっと恋に落ちていたでしょう。

 だから、フィーナ様のお気持ちが痛いほどに分かってしまって……。


「あ、あの!」

 溜まらずあたしはエメル様へ向かって身を乗り出していました。



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