508 シェーラル王国大使との面会 1
受勲式と受勲祝賀パーティーを皮切りに、本格的に冬の社交が始まった。
序盤に入ってた予定は、あちこちの国からやってきた使節や駐在大使と面会して、礼の言葉と品を受け取ること。
フィーナ姫やアイゼ様が同席してくれたおかげか、本当に感謝の言葉とお礼の品を受け取るだけで、多少探りを入れられたり、勧誘されたり、婚約を匂わされたりはあったけど、さすがに強引な真似や礼儀知らずな態度は取られなかった。
ちゃんと相手を選んで持ちかけたけど、レストラン街のため、雑談混じりに領地に残って領民になってくれた者達の生活ぶりについて触れて、さり気なく食料に関して交易を匂わせると、意外と好感触を得られたのは収穫かな。
余談だけど、それら面会が行われたのはホーンベアの毛皮が飾られた応接室だ。
主にフィーナ姫が俺のデザインしたドレスを着て、フィーナ姫の都合が付かなかったときにアイゼ様が王子としての礼服だったけど同席してくれて、同時に国力を見せつけるのも忘れなかった。
マイゼル王国みたいな小国がガンドラルド王国みたいな大国と、しかも妖魔陣営の国と対等以上の立場で国交を結んだことに半信半疑だった国もあったけど、これで本当だって理解しただろう。
さらに他の貴族から招待された夜会やお茶会に出席して。
その合間にメリザを中心に自分が主催するパーティーの準備を進めて。
本当に頻繁に王都と領地を往復しないといけなかった。
そんな忙しい日々を過ごしてたら、あっという間に日が過ぎて、遂に問題の在マイゼルシェーラル王国大使との面会の日がやってきた。
場所はやっぱり同じ応接室だ。
ただし、フィーナ姫やアイゼ様の同席はなし。
場所を俺が借りてる館にしなかったのは、同席はしてないけど王家が目を光らせてるぞ、って意識させるためだ。
それがどれだけ効果があるか分からないけど。
応接室に案内されて入ると、すでに大使は先に案内されて応接室で待っていた。
尊大な態度で俺を見ると、一応、座っていたソファーから立ち上がる。
シェーラル王国の大使は金髪で白い肌のエルフだ。
爵位は俺と同格の伯爵。
まあ同格って言っても、相手は生まれながらの貴族で、エルフだから何十年も伯爵をやってて、こっちは農民上がりで、まだようやく一年のヒヨッコ伯爵だけどさ。
だから通例で考えると、その経歴や年季、国力などの違いから、俺と大使とどっちの立場が上かを決めるなら、大使が上で、俺が下になる。
なので一応その辺りを考慮して、最初は丁寧な言葉遣いにしておく。
「お待たせしました。先のフィーナシャイア殿下の王太女叙任祝賀パーティー以来ですね。改めて、メイワード伯爵エメル・ゼイガーです」
「ああ。貴殿も息災そうだ。在マイゼルシェーラル王国全権大使リューテイン伯爵ラフアラード・ルベスだ」
俺達は一度、フィーナ姫の王太女叙任祝賀パーティーで顔を合わせてる。
だけど会ったのはその一度だけ。
だから、お互いに改めて簡単に名乗っておく。
大使の目つきも口ぶりも態度も全て、お前より自分の方が圧倒的に上だ、って思ってるのがありありと分かる尊大さだ。
俺を威圧して、マウントを取りに来てるって言ってもいい。
つまり、すでに駆け引きは始まってるってことだ。
もし大使の爵位が上なら、面倒でも大使を立てるしかないけど、曲がりなりにも同格の伯爵同士。
加えて、相手から面会を申し込んできてこっちがそれに応じてやったって立場だから、敢えて俺がさっさと先にソファーに座り、大使に座るよう勧める。
たとえ通例で、シェーラル王国の方がマイゼル王国より少し大きな国で、生まれながらの貴族で、大使の方が長年伯爵としてやってきたとしても、そんなの考慮に値しないくらい圧倒的な『力』が俺にはある。だから俺が上。
それを強気で示すためだ。
今回は決して下手には出ない。
でないと、どんな無理難題を吹っかけてくるか分からないからな。
大使は、そういった駆け引きで機先を制されて、俺に格上として振る舞われたのが痛く気に食わなかったらしい。
早速不快げに視線を鋭くして、話の口火を切ってきた。
「貴殿は先頃、無名の商会を使い、我が国の特産であるオリーブの買い付けや職人の引き抜きを行ったとか?」
敢えて『無名』なんて言い方をして、しかも非難がましく『買い付けや引き抜きを行った』って、わざと事実とは異なる言いがかりを付けてきたか。
前置きの雑談をすっ飛ばして切り出してきた以上、最初からこうして難癖付けてくるつもりだったんだろうな。
加えて、機先を制されたからそれをひっくり返す意図もあるかも知れない。
もうこれだけで、端からまともに話し合う気がなかったってことが分かった。
それならそれで、俺だって相応の態度と応酬をしてやるだけだ。
「オリーブは買い付けてませんし、職人を招くのは断られたから話を聞いただけですよ。オリーブオイルを搾油するための道具類は買い付けましたけどね。どなたに話を聞いたのか知りませんが、随分事実と異なりますね。今一度、精査されてはいかがですか?」
そんな視線や非難がましい口調なんてどこ吹く風で受け流し、苦笑を浮かべて肩を竦めて否定してやる。
敢えて丁寧な口調で『お前達はまともな情報収集も伝達も出来ないのか。偉そうにしててもシェーラル王国ってのは大したことないな』って皮肉を返してやったわけだ。
大使の眉がピクリと不快そうにひそめられて、わずかに語気を強めてきた。
「しかし解せない話だろう。マイゼル王国は元より貴殿の領地でオリーブは栽培されていないはず。何故搾油する道具を買い付ける必要がある」
シェーラル王国の密偵が帰国事業で帰るはずのエルフに接触して領地に残ることを決め、俺の特務部隊に潜り込もうとしてたから、その辺りの情報は全て調査済みのはず。
まあ、交易するとき多数の見学者を同席させてオープン情報にしてるんだから、隠し立てしたり誤魔化したりする必要もないし、答えるけど。
「ガンドラルド王国から交易で手に入れたからですよ」
「つまり貴殿はあろうことかガンドラルド王国と結託し、図々しくも我が国の特産品の市場を荒らそうと言うわけか。我が国の利益を侵害する真似は断じて容認できん。どうするつもりか」
間髪を容れずに俺を非難して、『どうするつもりか』ね。
つまり、それを理由に俺から何かしら便宜なり譲歩なりを引き出すのが、今回の面会の趣旨ってわけだ。
「どうもこうも、何をする必要が? マイゼル王国は戦勝国ですよ? 敗戦国に我が国にない品を交易で出させてるだけです。そうして手に入れた物を有効活用し利益を上げることは、単なる市場の競争原理に従ってるに過ぎない」
「それが我が国の利益を侵害すると言っている」
まあ、言わんとするところは分かるけど、大げさに騒げば俺が引くとでも?
「どうやら大使は自国の製品によほど自信がないらしい」
「何が言いたい」
「他国から輸入した品で生産するにはコストがかかり、結果価格はどうしても上がってしまう。そんな商品で新規参入する新参者に自国の特産品が市場で負けると思ったから、こんな話を持ち出してきたんでしょう? 自国の製品によほど自信がない証拠だ」
「無礼な。我が国のオリーブ製品は世界一だ」
眉間に皺を寄せて、ああ言えばこう言うって言いたげな顔をするけど、それはこっちが言いたい。
「世界一、ねえ」
「当然だ。輸入物のオリーブを使ってなど、我が国のオリーブ製品に敵うわけがなかろう」
鼻で笑うけど、それ、墓穴掘ってるって気付いてないのか?
「そうですね。オリーブは収穫してからすぐに加工しないと、酸化して品質が落ちてしまう。そんなオリーブで製品を作っても、品質はたかが知れてる」
酸化って言葉は知らないのか、大使はわずかに疑問を浮かべたけど、基本的には当然って顔をしてるな。
「そう、輸入したオリーブじゃ高級品になり得ないんだから、現在高級品を使ってる人達がターゲットにはならない。つまり互いの顧客は被らないわけだ。で、それのどこに貴国の利益が侵害される要素が?」
一瞬言葉に詰まった大使に、何を的外れなことを言ってるんだって顔で、さらに畳み掛けてやる。
「俺の高級品じゃない製品を使ってみて、これじゃ満足出来ないから高級品を使いたいって思った人達が、新たに貴国の高級品を買い求めて消費が伸びる可能性だってある。利益の侵害どころか、顧客の裾野を広げて市場を拡大し消費を活発化させ、逆に貴国の利益が増すことになる。感謝しろとまでは言わないですけど、言いがかりはよして戴きたい」
こっちも視線を鋭くすると、大使は舌打ちこそしなかったけど、思い切り舌打ちしたそうな顔になる。
まさか俺がここまで言うとは完全に予想外だったんだろう。
元農民の成り上がり者なら、大げさに外交問題にしていちゃもん付ければ動揺したり引いたりして、色々むしり取れるだろうって算段だったに違いない。
シナリオ通りにいかなくて残念だったな。
「それだけではない」
オリーブ製品の作戦が不発に終わったどころか逆襲されそうだから、いちゃもんを付けた非礼を有耶無耶にして、次の手に切り替えるつもりみたいだな。
「どうやら貴殿は自身が犯している大いなる過ちの自覚が欠如しているようだ」
「俺が犯してる大いなる過ち?」
「そうだ。貴殿には我が国に対し、その償いをせねばならんのだ」
きつく咎める口調と視線。
どうやらこれが本題らしい。




