504 今冬のスケジュール
「しかしせっかくだ、ここで影響力を強め、態度を定めていない者達を取り込み味方を増やすためにも、再びそなた主催でパーティーを開き、また積極的に招待に応じてパーティーに顔を出す方が良いだろう」
「王家主催のパーティーも、全て出席をお願いします」
「げっ……」
パーティーの主催って、またあんな苦労をしないといけないのか……。
「正直、出来ればもうやりたくないんですけど……」
「そういうわけにはいきません。今の内に慣れて戴かなくては、国王になった時、苦労することになりますよ」
「うむ。ともかく回数を重ね、慣れることが肝要だ」
フィーナ姫と姫様の顔を見るに、避けては通れなさそうだなぁ……。
「第一、そなたのところにも招待状が幾つも届いているのだろう?」
「そうですね、結構な数が……」
その数は、去年以上だ。
しかも面倒なことに、去年と違って今年は、各国の大使や外務貴族達からまで多数招待状が来てることだ。
「うむ、やはりか」
「やはりって……姫様はこうなることが分かってたんですか?」
「当然だろう。そなたは帰国事業を行い、各国へ恩を売ったのだ。それは向こうが望むと望まざるとに拘わらず、自国民をガンドラルド王国から救い出し奴隷の身分から解放して帰国させてくれた、無視し得ない恩義となる」
「その通りです。これを無視してはあまりにも非礼であり、民と恩人を蔑ろにしているとの謗りを免れ得ません」
まあ、奴隷として扱われたままじゃ可哀想ってのが一番なのは変わらないけど、それで各国に恩を売って、マイゼル王国や俺の立場を良くしようって狙いもあったのも確かだからな。
「余計な真似をしやがって、みたいな抗議は来てませんか?」
「内心はともかく、表立ってそのような態度は見せぬだろう」
「エメル様がどのような人物か、一度直接目にしておきたい、また探りを入れたい、可能であれば取り込みたい、そのように考えている者達が大半でしょう」
「少しは予想はしてましたけど、実際にそうなると面倒ですね」
「その程度で面倒などと言っている場合ではないぞ」
姫様が楽しげに、そしてちょっと意地悪げに笑う。
なんだか嫌な予感が……。
「各国の大使や外務貴族の使節から、エメルに直接面会し、自国民を救われた礼を言いたいと、面会希望が幾つも入っている」
「はあ!? それはパーティーのお誘いとは別にですか!?」
「その通りだ」
「それ、どっちも目的は同じですよね?」
「うむ。国の方に直接面会の申し入れがあったのは、そなたに断られないためと、国と国との外交でもあるからだ。それにそのような場では限られた者達しか登城できぬ。パーティーは登城できぬ者達がそなたを見定める場であり、また王太女である姉上の手前出来ぬ話をするためだろう」
うわぁ……二度手間になる上に、パーティーの方が面倒臭すぎる。
「面会は、彼らの顔を立てて会ってやってくれ。出来ればパーティーも可能な限り顔を出して貰えると助かる。これも外交という仕事の一環だ。何より、他国の大使や外務貴族とのパイプを持ち、友好関係を築いておくことは、そなたが王位に就いた時に大きな武器の一つとなろう」
そう言い切られちゃうと、やらないわけにはいかないよな。
それに、他国の要人とパイプを持っとけば、領地で始めたレストラン街で使う、他国特有の肉や作物、調味料なんかを輸入しやすくなるかも知れないし。
貴族のパーティーって、本当にそういう顔繋ぎや商談の場だからな。
「……分かりました。善処します」
「うむ。では今からスケジュールを組んでしまうか?」
「今からですか?」
「それがいいかも知れません。面会はわたしの政務の都合もありますし、各国がいつのパーティーにエメル様を招待されているのか知りませんから」
「なるほど、確かに。それなら招待状を取ってきます。スケジュール調整、手伝って下さい」
と言うわけで、急遽招待状を取ってきて、面会の日取りと、どのパーティーに出席するのかのスケジュールを組んでしまう。
そうして完成したスケジュールを見て、げんなりとしてしまった。
平均して数日に一度の割合で、予定が入ってしまってる。
酷いところは、一日おきでパーティーの参加だ。
明らかに去年より圧倒的に予定が詰まってて、領地との往復が普段の倍以上になりそうなんだけど。
正直、滅茶苦茶勘弁して欲しい。
これらに参加しながら、自分でも主催しないといけないなんて、なんの罰ゲームだって話だよ。
しかもだ、気になる予定が幾つか入ってる。
「なんでシェーラル王国だけ面会予定が二つも入ってるんですか?」
シェーラル王国からのパーティーの招待状はなかった。
それはいい。
なのに、王城での面会予定が二つって、明らかにおかしい。
「片方は帰国事業の礼で使節が本国より来るが、もう片方は先日話した、そなたと面会させろとしつこかった駐在大使の予定だ」
「なるほど……って言うか、それなら一度で済ませてくれればいいのに」
「それだけ、駐在大使が厄介な事を言い出す可能性が高いと言うことだろう。礼を言う予定を先に入れているくらいだからな」
やっぱりそうなるか……。
礼を言いに来といて、無茶を言って俺を怒らせるようなことになれば、同様に礼を言いに来る他国の手前、体裁が悪いもんな。
「調べた所によると、フォレート王国とシェーラル王国はガンドラルド王国との国境付近に多くの兵を集め、後方に物資を集積している。動きから推察するに、牽制や脅しなどではなく、本気で軍事行動を起こすつもりのようだ。予想通り、春になれば戦端が開かれるだろう」
人族と妖魔との戦争は、人族同士の戦争みたいに大義名分は必要ないらしい。
ましてや自国民を奪われ奴隷にされてるなら、その解放とか報復とか、理由付けは十分だ。
「その裏で糸を引いているのが、やはり第一王女エミリーレーン殿下です。第二王女シャーリーリーン殿下とは、王太女の座を巡り政敵関係であるようで、シャーリーリーン殿下とエメル様との因縁に横槍を入れたいのか、自陣に取り込みたいのか、戦争に横槍を入れられないために牽制したいのか、詳細までは不明です。ですが、それらが無関係とも思えません」
「うわ……そういうのに俺を巻き込んで欲しくないんだけどな……」
どう考えても面倒事になるだろう、それ。
「気持ちは分かるが、そなたがフォレート王国やシェーラル王国の事情を斟酌する必要はない」
言われてみればそうだ。
俺は俺のため、姫様とフィーナ姫のため、マイゼル王国のためを考えて行動すればいい。
他国の事情や政権争いなんて、知ったことかでいいんだ。
「帰国事業のお礼でしたら、エメル様の主導ではありますが、国が事業として行った形ですから、わたしかアイゼが同席できます。しかし、大使との面会は、直接エメル様……メイワード伯爵との面会です。わたしとアイゼが同席する理由がありません。内容によっては後ほど王家も関わることになるかも知れませんが、あちらの意図としては、王家には関わらせたくないのでしょう」
「そこに彼らの意図が隠されているのだろう。そなたなら大丈夫だとは思うが、くれぐれも気を付けるように」
「はい、分かりました」
今年の冬は大忙しで憂鬱な冬になりそうだ。
で、気になる予定はこれだけじゃない。
「この初っ端に入ってる重要な式典って言うのは?」
「約束していただろう。そなたに渡す、もう一つの勲章の受勲式だ」
ああ!
あったな、そう言えば。
トロルが賠償を支払って、奴隷達が本当に引き渡され、交易を行うことで、実際にガンドラルド王国が約束を履行したって事実が確定してから、俺に渡すことが確定する勲章だって話だった。
「それならこの前みたいに、俺のパーティーの余興で済ませちゃうのは駄目なんですか?」
「同じ余興を何度もやると飽きられ、他に出来ることはないのかと軽く見られることになるぞ」
「それはそれで面倒ですね……」
「ですが、それは些末な理由です」
「と言うと?」
フィーナ姫が、明らかに断らせないって断固たる、いい笑顔を浮かべた。
「全ての貴族達に、エメル様の成した功績を広く知らしめるためです。前回のパーティーで受勲式を行ったのは、エメル様がまだパーティーに慣れていないこと、まだ叙爵されたばかりの男爵で下級貴族であったこと、などが理由として挙げられます」
「本来であれば、王城の式典を行う広間ですべきだったが」
「いや、さすがにそれはちょっと……」
「と言うそなたの意向を汲んだと言う意味が大きい。何より、そなたは注目を集め、誰もがそなたの情報を欲し集め、わざわざ広間で式典を行わずとも、広く知らしめることが出来ていたからだ」
「新参者の貴族があまり目立ちすぎては、他の貴族達の反発も大きくなり、面倒事が増えるだろう、と言う理由もありました」
確かに当時、派手に式典をやってたら、もっと面倒なことになってただろうな。
しかしと、姫様が微笑む。
「もう大丈夫であろう?」
「もはやエメル様のお『力』を知らぬ者はいないでしょう。伯爵となり、領地経営も順調で、この食糧不足の折に大きな貢献もされています。何より、勲章を与える理由が理由です。これを内々のパーティーの余興で済ませるわけにはいきません」
「煩い貴族どもにエメルの功績を今一度見せつけ、王権を移譲する際に少しでも黙らせられるだけの目に見える形での圧力も必要だ」
「同時に、エメル様と面会を希望している各国の大使や外務貴族達が、冬が本格的に厳しくなる前にと、すでに王都に集ってきているのです。エメル様へ余計な手出し無用と、釘を刺す意味もあります」
「なるほど……そう言われちゃうと、式典しないわけにはいかないですね」
「うむ」
「エメル様の偉大な功績と素晴らしさを知らしめるべく、盛大に行いましょう」
姫様もフィーナ姫も楽しそうだ。
これは観念するしかないか……。




