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503 役人採用試験と冬の社交シーズン

 収穫、収穫祭、納税と並んで秋のもう一つ大きな行事と言えば、役人採用試験だ。

 今年も例年通り、つつがなく各地で行われた。


 俺が行う追加試験に対して本試験と呼ぶべきそれは、優秀かそうでないかに関わらず、賄賂をたんまり渡せる者、強力なコネがある者からどんどん就職が決まっていく。

 正直、試験が試験としての役割をほとんど果たしてないと思う。

 もはや賄賂を受け取る奴の不正な利権を守るため、そして無能をコネで押し込むためにあるんじゃないか、って思うくらいだ。


 じゃあ、ろくに賄賂を渡せない者、コネが弱くて就職先が見つからない者はどうするのかって言うと、自力で地道に就職活動するしかない。

 ここ一年程、農地生産改良室のメンバーを始め、インブラント商会の関係者、そして吟遊詩人や劇団に、様々な形で俺の名前と実績を広めて貰ったからか、一部のそういった者達がわざわざ俺の領地までやってきて売り込みをかけてきた。


 この本試験では賄賂が幅を利かせてるから、試験結果は当てにならないけど、賄賂を渡せない者達の成績は手心を加えられてない、純粋に本人達の実力だ。

 だから成績を見て、面接をして、よっぽどぼんくらじゃない限りは、やる気があるか、政治的背景に問題がないか、人柄が信頼出来るかどうかで判断すればいい。


 その結果、本試験合格者から四人の新人を採用することにした。

 本試験は女の子の受験資格がないから、当然男ばかりになる。


 それから去年もやった通り、受験料は無料、コネ、心付け、賄賂、採点の不正禁止、そして女性の受験可の条件で、追加試験を行った。

 開催場所は、去年と同様に王家の直轄地の各領都だ。


 今年はそれに加えてメイワード伯爵領(うち)のウクザムスでも行った。

 去年の追加試験で補欠合格だった見習い役人達に、ちゃんと試験を受けさせてやらないといけなかったからな。


 あと、元奴隷達で役人候補としてウルファーが勉強を見てやってた連中にも。


 そうして、王家の直轄地で行われた追加試験の合格者の中から、今年も男はほとんど王家や大貴族、手の長い貴族達に引っ張って行かれちゃったけど、女の子を六人、さらに補欠合格として男を七人と女の子を十一人採用した。

 つまり合格者十人と補欠合格者十八人で合計二十八人も増やしたことになる。


「いくらなんでも一気に増やしすぎです」

「こんなに大勢一度に教育なんて、業務が滞りますよ」


 おかげで、ユレースやモザミアに怒られてしまった。


「それはそうなんだけど、時間が取られるのは最初だけだろう? それに冬はそれほど仕事もないから、冬の間に仕事を仕込むんだよな?」

「普通の貴族家であれば、その通りですけどね」

「でも、伯爵様が次々に事業を立ち上げているので、変わらず忙しいんです」

「うぐっ……と、とにかく、ここでがっつり教育しとけば後が楽になるわけだし、よろしく頼むよ」


 もう、拝みながら、勢いで頼むしかない。


「「はぁ~……」」


 溜息を吐かれてしまった……。


 そんな二人とは別に、文句って言うか、苦言を呈してきたのがウルファーだった。


「まだ初年度なんですから、本来なら給与の支払いはどうやりくりしても不可能なはずの人数なんですけど……閣下のおかげで払えてしまうのが複雑ですね。とはいえ、領兵も増やしていかないといけませんから、今後も継続して収入を増やしていかないと人件費が財政を圧迫しますので、それだけは忘れないで下さい」

「ああ、分かってるよ。でも、現実問題として、新しい事業を幾つも始めたし、各町や村の人口も増えてきて、どうしても人数が必要だったから仕方ないだろう?」


 ウクザムスだけで二十八人を抱え込むなら多すぎるけど、他の町や村に振り分けたら、一箇所に振り分けられる人数は少ないからな。


「しかも、ただでさえ収穫が終わって来年度の予算案を考えなくてはいけない時期に、新規事業で追加の予算案が多数出てきているところを、さらに人数を増やしての勉強会までですか……俺、過労で倒れますよ?」

「うぐっ……だけどウルファーの勉強会は厳しけど分かりやすくて教育の進みが早いって評判なんだよ。新人教育はウルファーが頼りなんだ」


 なんだかんだで、かなりウルファーに頼っちゃってるよな。

 ちゃんとフォローしとかないと、ブラック企業だから辞めます、じゃなくて、裏切ります、なんてことになったら目も当てられない。


 でも、仮に新規事業を立ち上げてなくても、次の奴隷達が引き渡されて領内の人口が増えればそれだけ仕事や問題も増えるわけだから、いずれは役人を増やさないといけなかったんだし、なんとか納得して貰うしかないんだよ。


「とにかく、色々差し入れとかするからさ、よろしく頼む」


 ちなみに、その二十八人とは別に、去年補欠合格だった見習い役人達は全員、見事合格して正式に採用されたんだけど――


「なんて言うかさ、普通に働いてたもんね、あたし達」

「実務ばっかりやらされて、試験対策あんまり出来なかったから不安だったけど」

「結果、余裕で合格出来て良かったじゃない」

「とにかく、やっとお給料が上がるー!」

「そうよ、やっと真っ当にお給料が貰えるんだわ!」


 ――って、歓声を上げたとかなんとか。


 まあ、途中から本当に勉強会そっちのけで、普通に働かせちゃってたからな。

 最初は、勉強会の合間の実地研修みたいな感じで簡単な仕事を振ってただけだったんだけど、いつの間にか、ね。


 それで見習いだからって給料が安く設定されてたんだから、ちょっと可哀想なことをしちゃったよ。

 もっとも、合格するまでの衣食住はこっち持ちだったんだから、これからは全部自分で賄わないといけないし、額面通りに増えた感じはしないだろうけど。


 そんな感じで農閑期を迎え、領地は新体制に入ったんだけど、貴族には冬の間にやらなくちゃいけない大事な仕事がある。

 そう、冬は貴族の社交シーズンだ。



 以前通り王都と往復して、王城の一画にある王族の居住スペースの館で、いつも通り晩飯後、姫様とフィーナ姫、そして俺の三人で集まった。

 ちなみに、エレーナも晩飯を一緒にって誘ったんだけど、今はまだ恐れ多いって遠慮されちゃったんでここにはいない。


「今年の収穫は、エメルのおかげで領地貴族達の明暗がハッキリ分かれたな」


 姫様から一枚の書類を手渡される。

 各領地の、去年の納税額と今年の納税額を比較したリストだ。


 一部の領地には去年の納税額に訂正が入れてあって、その訂正された金額が本来納税されるはずだった金額らしい。

 つまり、監査室の監査と農水省の検地で、不正が明らかになった領地ってわけだ。


「改めてこうして見ると不正が多かったんですね」


 金額の多寡(たか)はあっても、ざっくり半分近く訂正が入れてあった。


「嘆かわしいことに、エメル様の(おっしゃ)る通りです。ですがそれが改められたことで、それらの領地からの納税額は増えています。来年はさらに改められることでしょう」

「うむ。それにエメルの農政改革を逸早く受け入れた領地はどこも豊作で、おおよそ問題なく納税されているようだ。ウグジス侯(財務大臣)が改めてそなたに感謝していたぞ」


 あの一見すると人の良さそうな初老の財務大臣なら、正しく税が入って国庫が潤って喜んでるだろうな。

 まだ完全に王室派に引き込めてないらしいから、これまで財務大臣だからこそって中立を保ち続けてきただけあって、やっぱり一筋縄じゃいかない人だったわけだな。


「王室派やクラウレッツ公爵派を始め、マイゼラー戦役と二つの反乱鎮圧で兵を出した領地貴族の多くは、戦争で徴兵した民の多くが亡くなり税収が下がっているようだが、それを幾らか補填出来るだけの収穫量があったようだ」

「なるほど、訂正が入ってないのに納税額が増えてないところは、そういう理由がありましたね」


 正しくは、大なり小なり減ってるところがほとんどだ。


「同時に、ナード王国や小国家群へ輸出して外貨を稼ぐことで、大きく利益も上げているようで、それも財政の悪化に歯止めをかける要因となっているようです。どれもエメル様のおかげですね」


 王室派やクラウレッツ公爵派は早くから土壌改良の依頼を出してたし、それで収穫量が上がったからと、別の作物の畑も頼むって追加依頼も多かったからな。


「逆に、農政改革を受け入れていない領地では、不作と言う程ではありませんが、収穫量が例年よりやや少なかったようで、納税額が減っています」

「豊作になった領地と比べれば、明らかに見劣りする収穫量だったようだ。フォレート王国からの輸入量が減り、値が上がっていることを考えると、今年の小麦はどこも値上がりするだろう。しかし、エメルの土壌改良した畑から収穫した高品質の小麦はもっと値上がりするだろうからな。売却した収益を考えれば、かなりの差が付くだろう」


 やっぱりインブラント商会長が言ってた通りか。

 その差が、利権として配ってやったものだから、目論見通りと言うわけだ。


「エメルの農政改革を受け入れなかった貴族どもは、さぞ心中複雑に違いない」

「ええ。受け入れれば不正が暴かれ立場が悪くなり、さらにエメル様と王家に大きな借りを作ることになります。ですがこのまま受け入れなければ、受け入れた領地との差は歴然です」

「今年は事情が事情だけに従来の品質の小麦の値も上がったが、このまま農政改革が進めば来年は下がる可能性が高い。手をこまねいていてはジリ貧だ」

「そこで素直に観念して監査と検地を受け入れてくれれば話は早いのですが……彼らがこのまま大人しくしているとも思えません。エメル様、十分お気をつけ下さい」


 姫様の言葉を受けて、フィーナ姫が表情を引き締める。

 完全に逆恨みだけど、こういった連中は、身勝手な理屈で何をしてくるか分からないからな。

 最近とみに領内へ不審人物が入り込んでくるし。


「はい、二人に心配をかけないよう十分に気を付けます」


 まあ、関所を越えてくる連中は特殊な契約精霊達がマークしてくれてて、領兵達に伝えて泳がせてるから、事を起こそうとすればすぐに捕縛出来るけど。

 そして、領境を不正に越えてくる破壊工作とか俺を暗殺とか、その手の危険な連中はどうやら自動迎撃してくれてるみたいで、俺の所まで全く辿り着けてないからまず大丈夫だろう。



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