502 逆手に取ってみた
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「あからさま過ぎるな……」
エルハンスト商会商会長のリュージオ・エルハンスト、との肩書きと偽名でメイワード伯爵領の領都ウクザムスに店舗を構え、本命の密偵のための囮役をこなすことになった、シャーリーリーン直属の諜報部隊の男は、困惑の呟きを漏らした。
店舗の改装を指揮しながら、横目で通りの向こう、建物と建物の間を見れば、素人丸出しの兵士が、自分達を監視している様子が見えた。
しかも、自分達が気付いていることをわずかな態度に出しても、それに気付いた様子が全くない。
どう考えても、本命の監視とは思えなかった。
「つまり、本命の監視から目を逸らすため……いや、本命の監視も付いていると、我々に悟らせようとしている……?」
エメルと対面して出店の許可を貰った時、エメルが自分達を疑っていることを明らかに態度に出していた。
意図を考えれば、疑っていることを自分達に悟られているから、より慎重に行動させる、つまり動きを制限して諜報活動を行いにくくしようとしている、と考えられる。
「どうせ囮なのだから、食いついてくれるのは願ったり叶ったりだが……」
ただ、それが事実ならば、精神的な負担はかなり増大することになる。
「おっ、ここ、なんか商売始めるのか? エルフ? 珍しいな」
通りがかった獣人と人間の男の二人組が、興味深そうに諜報部隊の男と改装中の店舗を見ながら話している声が聞こえた。
諜報部隊の男がふと顔を上げると、その二人組が、諜報部隊の男に気付かれたならとばかりに近づいてきて気安く声をかける。
「なああんた、ここ、なんの店をやるんだ?」
「ここはフォレート王国産の作物を直輸入して、フォレート王国の料理を出す料理店になる」
「おいおい、この領地の作物と料理の美味さを知らないのか?」
「そんなんでやってけるのか?」
二人組は馬鹿にしたわけではないが、エメルが育てる作物の美味さを知っている以上、そう反応してしまうのも当然だった。
だから、そんな反応をされてしまうのも承知の上だが、それが面白くないと言うのは、また別問題になる。
故に、諜報部隊の男はプライドを懸けて、尊大に胸を張る。
「当然だ。この領地の作物も料理もなかなかではあったが、我らの祖国、フォレート王国の作物と料理の方が上だ。それを証明しようと思ってな」
「大した自信だな。さぞかし美味い料理を出してくれるんだろうな?」
「店がオープンしたら、食いに来てやるよ」
「それは是非来て貰おう。虜になること請け合いだ」
「そいつは楽しみだ」
二人組は本気にした様子もなく、話のネタに一度食いに来よう程度の態度で、早々に立ち去っていった。
「まったく……」
そんな二人組の態度に、小さな腹立ちを覚える。
自分達の祖国の作物と料理が世界一であるとの自負があり、それをたかが人間が育てた作物と料理が上回っているかのような態度を取られるのは面白くなかった。
そしてそれ以上に、今の者達が本命の監視ではないと言い切れないことが腹立ちに拍車をかけた。
今後、話しかけてくる者達、訪れる客達、その中に本命の監視が紛れている。
それを常に意識し警戒しながら、店を経営しなくてはならないのだから。
それは実に神経が磨り減る状況だ。
「厄介な……」
シャーリーリーンから、たかが下等な人間だと、元農民の成り上がり者、にわか貴族だと、ゆめゆめ油断することがないよう、繰り返しきつく言い渡されていた。
その油断が、スゴット商会の壊滅に繋がったのだと。
恐らく、必要以上に警戒させて神経が磨り減り続ける状況を生み出すことこそ、あからさまな素人を監視に付けている目的だと思われた。
しかも腹立たしいことに、囮役である以上、その状況に甘んじ、本命の監視の目を自分達に引き付け続けなくてはならないのだ。
それは、ただの農民上がりが出せるような発想ではない。
溜息と共に憂鬱な気分を吐き出して、気を引き締めるのだった。
◆
「――と、王都にも出店するなど、フォレート王国内およびこちらのメイワード伯爵領だけではなく、実際にエルハンスト商会が営業を行っている実績はありますが、遡れるのが半年前までなのです。それ以前に営業していた実績を追えない、と言うのが、会長からの報告です」
オルブンの話を聞いて、やっぱりかと納得する。
「つまり、第二王女殿下が、スゴット商会を潰された意趣返しか、次の手か、そのために半年前から準備をして、収穫祭を理由にして、準備万端、堂々と乗り込んできたってわけか」
「恐らくは。すぐに動かなかったのは、商会を開く準備もあったのでしょうが、少しでも疑われないために、営業実績を積み重ねる時間を取った、とも考えられます」
後は、ほとぼりが冷めるまで、少し間を置くって意味もあったかもな。
スゴット商会を潰した直後に乗り込んできてたら、こっちも即座に対応に動いただろうし。
そうなったら、泥沼になってた可能性もあるもんな。
「調査と情報提供助かったよ。インブラント商会長に、よくお礼を言っといてくれ」
「はい、会長も喜ぶと思います」
本当に、商売関係の情報収集をいつもやって貰って助かってるよ。
今度何かお礼をしないとな。
「ところで、どうしますか?」
「どう、って言うと?」
「伯爵様のことですから、すでに監視は付けているのでしょうが、それは飽くまでも裏での動き。例えば、こちらもすぐ側に飲食店を出して、閉店と撤退に追い込みますか?」
ああ、なるほど、そういう意味か。
「いや、向こうは端から赤字覚悟だと思うから、上がどんどん補填するだろうし、撤退には追い込めないと思う。こっちも、営業が厳しくなって、出血を強いられることになるしな」
「では放っておくと?」
「監視を付けてるから十分と言えば十分なんだけど……」
すでに入り込んでる密偵達と違って、飽くまでも、俺のいもしない諜報部隊の調査と接触、引き抜きか抹殺が目的だからな。
なんの成果も上げられないんだから、ほったらかしでも構わないんだけど……。
あっ、いいこと思い付いた。
「インブラント商会で、飲食店を出したい連中の支援をしてやってくれないか?」
「それは、潰しに掛かるのとは違うのですね?」
「ああ。実は、エルハンスト商会だけじゃなくて、収穫祭の時に屋台で他国の料理を出したうちの領民の中に、手応えを感じたのか店を出したいって申請してきた奴がいてさ、許可を出したばかりなんだ」
それは、引き渡された元奴隷達だ。
せっかくのお祭りだから、有志で集まって楽しもう、って。
それが高じての商売の話で、後ろで糸を引いてる貴族や組織がいないのは確認済みだから、むしろ大歓迎で許可したんだよ。
「エルハンスト商会と万が一揉め事が起きたときに巻き込まれないよう、場所を離して出店させようとしてたんだけど、いっそ、そいつらにはエルハンスト商会の隣に店を出すよう、場所を変えて貰おうと思う」
「つまりインブラント商会が支援する店も、その付近に出すと言うことでしょうか?」
「その通りだ」
そうしてその区画を、それ用に整備してしまえばいい。
「普通の食堂はすでにあちこちに何店舗かあるけど、どの店も、飽くまでも大衆食堂だ。だから、例えばドワーフや獣人やハーフリング、他領からの移民達に、自分の祖国や地元の料理を出す店をやらないかって持ちかけて、それら大衆食堂とは別に、珍しい余所の本格料理を食べられる、レストラン街を作ってみるのはどうだろう?」
「なるほど……そのレストラン街へ行けば、普段とは違う料理が食べられる、それを目的とした者達が集まってくる、と言うわけですね。そして、相乗効果でどの店も売り上げが上がるようになる、と」
「そういうことだ」
「さすがです伯爵様、そのような手段、思いつきもしませんでした」
デパートやショッピングモールのレストラン街、まんまだな。
これなら、祖国を離れた連中も、懐かしい味を堪能できていいんじゃないかな。
成功したら、他の町にも同じようなレストラン街を作っていいし。
商業都市として発展中のレグアスに作れば、さらに栄えるのは間違いない。
「面白い試みですし、是非成功させたいところですが、いいのですか? せっかくエルハンスト商会に赤字を出させて、諜報活動に負担を強いることが出来るところを」
「ああ、いいのいいの。逆に繁盛させてやろうと思う」
「それは何故でしょう?」
「繁盛して忙しくなれば、諜報活動の妨げになるだろう? 通りには多くの客が行き来するし、頻繁に客が出入りすれば機密保持が難しくなる。しかも客の中に監視役の兵が紛れ込んでても不思議じゃないし、向こうも見抜くのが大変になる」
「なるほど、そのような手段で相手の諜報活動の妨害をするのですか。まさに相手の手段を逆手に取るわけですね。潰すばかりが手段と思っていましたが、勉強になります」
「いやいや、そんな大げさに感心されるような話じゃないから」
どっちかって言えば、半分嫌がらせだ。
諜報部隊が入り込んで始めたフロント企業の店のおかげで、俺の領地が盛り上がって豊かになったら、どんな顔するだろうな。
「と言うわけで、俺も補助金を出すから、噂を広めて店を出したい奴を募ってくれ」
「分かりました」
後日、領兵や役人の中に、収穫祭で屋台をやったことが楽しかったのか、自分達も店を出したいって言い出した奴がいて、そいつらには、俺が広めたい名物料理を出す店を料理店街に出して貰うことにした。
所属は、領兵と役人そのままで。
特に領兵には練度を落とさないよう、定期的に訓練の参加を義務付けた。
つまり、市民に紛れて市井の情報を集める密偵が経営する店、って感じだな。
そうして募った結果、エルハンスト商会を含めて六店舗が出店することに。
俺肝いりの都市計画って銘打ち、領兵と役人が店を出すからその手伝いのついでって名目で、店舗の改装や設備の搬入を敢えて俺と特務部隊が手伝うことで、エルハンスト商会の店舗の改装を監視および内部を把握することで、諜報態勢の牽制もしてやったのは、ちょっと嫌がらせが過ぎたかもだけど。
それはさておき、あっという間に全ての店舗が完成。
六店舗同時オープンは注目を集めて、ちょっとしたイベント扱いだった。
開店セールってことで、補助金を出すことで数日料理を安く提供して貰うことで、知名度を上げる作戦も実行。
何しろ、輸入した他国の作物や調味料を使うから、どうしても値段がお高めになってしまうわけで、高級料理店程じゃないけど、基本的にはちょっと贅沢な食事をするレストラン街って雰囲気にならざるを得ないからな。
でも、その知名度を上げる作戦が功を奏したみたいで、目ざとい他領の商人達が出店を希望してくれて、徐々に規模が拡大していく様子を見せてる。
まさに店が店を呼び、人が人を呼ぶ、って感じだな。
せっかくだからと他領でも積極的に宣伝したおかげで、いつしかウクザムスの名物街として知られるようになって、地元の領民だけじゃなく、取引に来た商会や行商人達が必ず立ち寄る賑わいを見せるようになっていった。
◆◆◆
「おのれ……まさかこのような方法で妨害してくるとは……!」
「エルフの兄ちゃん、注文いいか?」
「こっちも頼む」
「こっちもだ」
「は、はい! ただいま参ります!」




