5 次々と明らかになる精霊魔法の深奥
俺が七歳になった頃。
遂に、それがハッキリと見えた。
ふわふわと漂う、銀色と金色の精霊だ。
精霊は、地水火風光闇の六属性、それが通説だ。
順番に、黄青赤緑白黒の色に光ってるのに、それ以外に銀と金に光る精霊がいた。
つまり、精霊は八属性あったってことになる。
「やばいよ俺、ちょーすごい発見しちゃったんじゃないか!?」
思わずガッツポーズで叫んじゃったね。
見えたからにはなんの属性の精霊か知りたいし、どんな魔法が使えるようになるのか試してみたい。
ってわけで、まず精霊力を分別するところから初めて、精霊力を渡して、とにかくあれこれお願いしてみて、かなりの手間暇かけて調べた結果、遂に俺は銀と金の精霊の属性を突き止めた。
正確には、誰も知らなくて名前がないから、俺が名付けた。
銀が生命の精霊。
金が精神の精霊。
生命の精霊にお願いすると、切り傷くらいは簡単に治ったし、風邪くらいなら症状も緩和できた。
さすがに死者の蘇生は出来ないと思うけど、もしかしたら部位欠損の再生やちょっとした病気なら治癒出来るようになるかも知れないし、逆に傷つけたり、毒状態や病気にすることも出来るかも知れない。
精神の精霊にお願いすると、気持ちが昂ぶったり、落ち着いたり、眠くなったり、恐怖で恐慌状態になったりした。さらに、強い感情や願望なんかは漠然とだけど読み取ることが出来た。
さすがに隷属なんかの精神汚染や記憶操作なんてことは出来ないと思うけど、思考や感情の読み取り、ちょっとした催眠や深層心理への刷り込みくらいは出来るようになるかも知れない。
「やばい精霊見つけちゃったよ……」
どっちの精霊も、どこまででも助けになるし、どこまででも悪用できる。
特に精神の精霊だ。
精神の精霊の実験は動物相手にやってみたんだけど、どれくらいの効果があったのか漠然としすぎて、その影響の範囲がいまいち分かりにくかった。
だから、力の影響範囲を十分に把握しないままは怖かったんで、人間相手に感情だけじゃなく思考にまでどのくらい影響を与えるのかを見極めておきたくて、誰にも秘密でこっそりと、精神に影響を与えて思考誘導する実験をしてみたんだ。
対象は、珍しく夫婦喧嘩をしたお父さんとお母さん。
まず、根本的な喧嘩の原因が解決されないせいで、突然怒りを忘れて仲直りとはならなかった。
次に、取り付く島もなかった二人に、話し合って仲直りしたいって気持ちになるかどうか試してみたら、これが大成功。
見事に話し合って仲直りしてくれた。
普段から仲がいいから、きっと本当に心の中で早く仲直りしたかったんだと思う。
そういう元々持ってる感情はその振り幅を増減できたけど、元々持ってない感情に関してはどうしようもなかった。
ゼロに何を掛けてもゼロのまま、って奴だな。
だけどその程度なら、子供の俺が間に立って『お父さんお母さん、喧嘩しちゃやだ!』って感じに涙ながらに説得しても出来そうな範囲だ。
だから、さらにもうちょっと、もうちょっとって試してみて……調子に乗ってちょっとばかりやり過ぎちゃったんだよな……。
来年、弟か妹が産まれるかも知れないなぁ……。
それともう一つ、やばいことに精霊力の回復システムを解明してしまった。
体内の精霊力が底をつくと疲労で寝てしまって、起きたらある程度回復してる。
これまで当たり前に思ってたけど、じゃあいつどうやって回復してるの、って話だ。
で、調べた結果判明した回復方法が、呼吸と食事だ。
呼吸したとき、空気と一緒に大気中の非活性化状態の精霊力も体内に取り込んで、その一部を体内に留めて活性化させる。
これが呼吸で自然回復していく方法だ。
そしてどうやら、呼吸や食事で精霊力を体内に取り込んでるのは人間だけじゃなく、動物も植物も同じらしい。
だから食事をすることで、それら食べ物に含まれてる活性化状態の精霊力の一部を体内に留めて活性化させる。
これが食事で自然回復していく方法だ。
しかも、呼吸より食事の方が、それも新鮮な食材ほど回復効果が高い。
ちなみに、呼吸での自然回復は、呼吸で取り込んだ大気中の精霊力のうちたった一パーセント。
食事での自然回復は、食べ物に含まれてる精霊力のうちたった十パーセント。
で、意図的に精霊力を体内に溜め込もうと意識しながら呼吸と食事をすると、回復効率が大幅にアップした。
今はそれぞれ数パーセントずつアップだけど、慣れればまだまだいけるはず。
しかもだ。
例えるなら、精霊力は綿と同じだ。
体内って箱の中に精霊力って綿をふわっと入れて、体積がいっぱいになったら満タンってことになって、それ以上入らなくなる。
でも、綿をギュッと押し潰すと箱に空きスペースが出来て、そこにまた綿を入れられるようになる。
とまあこの要領で、精霊力を濃縮、圧縮するイメージをしながら呼吸してみたら、普段以上の精霊力を溜め込むことが出来るようになった。
しかも、八属性の精霊力ごとに分別した状態で。
試しに濃縮、圧縮しながら満タンまで回復してみたら……。
「この精霊力の感じ……十数倍は溜め込んでるかも?」
七歳児の身体で、普通の大人の十数倍溜め込んでるって、かなりやばいよね?
さらにしかもだ、俺、分別した精霊力を放出できるから、正式に八属性が確定したから八倍で放出できる上、エネルギー効率も八倍で、普通の大人の六十四倍の出力で精霊魔法が使えるってことになるわけだ。
つまり……。
「六十四倍ファイアボールか……ゴクッ……」
直径四倍になる、家数軒を丸々飲み込む爆炎が脳裏に浮かぶ。
それを普通の大人の十数倍連発出来るって……どんだけだよ。
しかも圧縮や自然回復の効率もまだまだ伸ばせそうだし……。
「一人で軍隊相手に勝っちゃったり、国が滅ぼせちゃったりして……あはははは……」
俺、七歳にしてやばい領域に片足突っ込んじゃったかも。
女の子にキャーキャー言われたいけどさ、これはバレたら色々やばい気がする。
自分の身を守るためにも、いざって時まで絶対に黙ってよう。
◆
さらに大きな転機を迎えたのが、無事に新しい妹プリメラが産まれてしばらく後、俺が八歳になった時だった。
「やあやあ坊や、村長さんのお宅はどこかな?」
「おじさん誰?」
「おじさんは行商人をしててね、この村の野菜を買い付けに来たんだよ。最近美味しいって評判だからね」
小さな馬車に乗ったその行商人のおじさんの肩に、緑色の小鳥が止まっていた。
「ねえおじさんの肩に乗ってる小鳥、なんか変じゃない? あれ……もしかしてその小鳥、精霊!?」
「えっ、坊や見えるのかい!? すごいね、その歳でもう精霊が見えるのか。ああ、そうだよ。この風の精霊はリュピピ。おじさんの契約精霊だ」
「契約精霊って何? リュピピってその精霊の名前? 精霊に名前があるの?」
「こんな田舎の村じゃ、そこまでの精霊魔術師はいないんだね。いいだろう、村長さんのお宅まで案内してくれたら、お駄賃におじさんが教えてあげよう」
俺やお母さん、そして村のみんなが精霊魔法を使う時にお願いしていた精霊は、そこらをふわふわと漂ってる、所謂野良の精霊ってことだった。
そんな野良の精霊と契約すると、その精霊は契約精霊になって、契約した術者のお願いしか聞かなくなるらしい。
しかも、いつでも側にいてくれて、魔法を使うとき、いちいち野良の精霊を探して回る必要がなくなるそうだ。
って聞かされても、実は俺にとってそのメリットはピンとこなかった。
どういうことかと言うと、田舎の村や自然の中に比べて、町中なんかは見かける精霊が極端に少ないから探して回るのが普通で、特にうちの村みたいにそこかしこに精霊がいて探して回る必要がまったくないのは、かなり珍しいことらしい。
「それにそこらの野良の精霊は小さな球くらいだろう? でも契約精霊の場合、魔法を使えば使うほどその精霊は大きくなって力が強くなるんだ。精霊の力が強くなると、より強くて複雑な魔法が使えるようになる。しかも契約した術者のイメージ通りの姿を取って、他の人にも自在に見えるように姿を現したり消したり、実体化して触れたりするようになるんだよ」
ちょっと得意げに教えてくれたおじさんの肩に乗る小鳥姿の風の精霊は、確かに、そこらにふわふわと漂ってるピンポン球サイズの野良の精霊の数倍は大きかった。
「しかも名前を付けてやると、意思疎通がしやすくなるんだよ」
まるでそれに答えたみたいに、『ピュルル』って可愛い声で鳴く。
「精霊が喋った!?」
「そう、精霊も喋るんだ。精霊にも意思や知恵、個性がある。名前を付けてコミュニケーションを取っていると、どんどん頭が良くなっていくみたいでね。適当なお願いの仕方をしても、色々と気を回して勝手にいい感じにしてくれるようにもなるんだよ」
それには、ちょっとだけ心当たりあるかも。
肥料を作るときが、そんな感じだったから。
「坊やも、もし坊やのことを気に入ってくれる精霊がいたら契約してみるといい」
この話は、ある意味で青天の霹靂だった。
つまり契約精霊は、使い魔や召喚獣みたいなもんで、育って頭が良くなった精霊にお願いすれば、もっと高度で複雑な魔法が使えるようになるってことだ。
そんな話を聞かされたら、当然契約したくなるよな?
だって契約精霊を従えてるって、超格好いいし?
俺の前世の知識を教えたら、どこまでのことが出来るようになるのか、興味あるし?
ってわけで俺は、早速契約に挑戦してみることにした。