498 収穫祭で想定外の収穫 2
「ハウラも射的、やりたかった……」
輪投げ、ボウリング、腕相撲と一通り楽しんで、いざ射的も、ってなった時、ハウラはまだ魔法を使えなくて、思いっ切り落ち込んでた。
じゃあ代わりにあたしが、って思ったんだけど……。
「あ、あの、申し訳ありません、エフメラ様はちょっとご遠慮戴けないかと……」
すごく恐縮して申し訳なさそうに、射的の屋台をやってた役人のお姉さんに謝られてしまった。
うん、そんな気はしてた。
あたしがやったら百発百中で、一番いい目玉の景品を持って行っちゃうもんね。
普通なら、こんな小さい子が出来るなら俺だって、って宣伝になるんだろうけど。
みんな、あたしのことを知ってるから、そうはならないもんね。
「ハウラもっと魔法の練習する! それで来年は絶対射的する!」
「そうだな、その意気だぞハウラ。それでボスのお役に立てるようになるんだ」
「うん! ボスのために頑張る!」
ハウラが両手を前に突き出して、ばーっと精霊力を放出する。
まだまだ撒き散らしてるって感じで、コントロールの練習が必要だね。
「……え?」
すぐ近くを漂ってた金色に光る精神の精霊がふわふわと漂ってきて、ハウラが撒き散らした精霊力を受け取った……?
しかも、何かほんの小さな、弱い魔法を使った……!?
「んん?」
その瞬間、ハウラがくるんと、一つの屋台を振り返った。
ハウラの眉間に皺が寄ってる。
「あら、どうしたのハウラ?」
奥さんが呼び止めるのにも構わず、ハウラがその屋台に近づいていく。
何か嫌な予感がして、あたしも後を追いかけた。
「へい、らっしゃい! 鶏の串焼き美味いよ、お嬢さん達カワイイね、お一つどうだい?」
その口ぶりから、この屋台の人間のおじさんが、余所の領地から来たんだってことが分かった。
だってあたしの顔を知らないから。
今はお祭りの最中だからみんなの邪魔にならないようにって、普段は出しっぱなしの契約精霊達の姿も気配も消してるけど、この領地の人や、余所の領地の人でもよく出入りしてる人達なら、エメ兄ちゃんの妹のあたしの顔を知らないわけがない。
「すんすん!」
ハウラが身を乗り出して匂いを嗅ぐと、首をかしげる。
「ど、どうしたんだいお嬢さん?」
「……なんか、嫌な臭いがする」
「嫌な匂いって、鶏肉が焼けるいい匂いだろう?」
「違う、そうじゃない」
「どうしたハウラ? オレもいい匂いしかしないが?」
「そうじゃなくって、このおじさんから嫌な臭いがする」
ハウラがおじさんの顔を覗き込むように、ググッとさらに身を乗り出すと厳しい顔をした。
その分、おじさんが困った顔で、このお嬢さんをどうにかしてくれ、って顔で、グエンさんを見る。
「おじさん、悪いこと考えてる? ボスに悪いこと、しようとしてる?」
「!?」
牙を剥くように険しい顔になったハウラに、おじさんの顔が一瞬引きつった。
これってまさか……!?
『ココロちゃん!』
『ホー!』
心の中で同じ精神の精霊のココロちゃんに呼びかけて命令する。
すぐにココロちゃんが魔法を使ってくれた。
「おじさん、ボスのお屋敷に忍び込んで、悪いことしようとしてる? そんな嫌な臭いがする」
っ!?
「な、何を言ってるんだ! 言いがかりはよしてくれ! 商売の邪魔だ!」
『ホー!』
すごい……正解だ!
「グエンさん」
あたしの顔と声音に、グエンさんがすぐに察してくれた。
屋台を回り込むと、おじさんの腕をガッシリと掴む。
「ちょいと、屯所で話を聞かせて貰おうか?」
「な、なんだあんたは!?」
おじさんが力一杯引っ張って腕を振り払おうとするけど、上背が高くて筋肉がすごい獣人のグエンさんの腕はビクともしない。
「オレか? オレはメイワード伯爵領軍守護騎士団の見習い騎士だ」
「守護騎士団!?」
真っ青になったおじさんが必死に腕を振りほどこうとするけど、やっぱりビクともしない。
もうこの慌てぶりから、何か悪いことを企んでるって状況証拠は十分だよね。
「きっとこのおじさん、エメ兄ちゃんのお部屋に忍び込んで、大事な書類を盗み見ようとか、トロルとの交易品を盗もうとか、そんなこと思ってるんだよ。そんな悪い人達、いっぱい来たから」
「ああ、多分その手合いだろうな」
「クソ!」
おじさんが暴れる暴れる。
でも、グエンさんが力を入れて腕を捻り上げると、情けない声を上げて大人しくなった。
野次馬が集まってきて、見回りの領兵の人達が駆け付けて来たから、あたしとグエンさんで説明すると、おじさんは領兵に縛られて連行されていった。
「まったくせっかくの祭りだってのに、面倒をかけてくれるもんだ。オレもちょっと行って締め上げてくる」
「ええ、行ってらっしゃいあなた」
「グエン兄ぃ、そのおじさんこらしめてきて!」
「グエンさんお願いね」
グエンさん達を見送って、改めてハウラを見る。
「ハウラ、どうしてあのおじさんが悪い人だって分かったの?」
「う~ん……」
難しい顔をして考えたのは一瞬だけ。
「分かんない!」
すぐさま元気に手を挙げる。
そっか、自覚なしなんだ。
自覚なしで精霊魔法を……しかも、基本の六属性じゃなくて、精神属性の魔法を使うなんて。
これは後で、エメ兄ちゃんに報告しないと。
◆
「――ってことがあったんだよ」
各町や村を回って、腹一杯飲まされ、食わされ、苦しい思いをしながら帰ってきたら、これまたとんでもない話を聞かされてしまった。
「ハウラが精神属性の魔法を無自覚にか……」
止まってた心が動き出した切っ掛けが俺の精神属性の魔法で、本能的にそれを察知してた節があったけど……どうやら俺の思い過ごしじゃなかったみたいだな。
ハウラは生まれながらに精神属性の魔法の適性が高かった、とも考えられるけど、多分それが正解だったとしてもそれだけじゃ、今回みたいなことはまず起きないだろう。
ハウラが心を閉ざしてしまった経験からくる、イレギュラーな事態だろうな。
「エフメラ、これからハウラのことは、これまで以上に注意して見てやってくれ。俺も注意して見とくけど、四六時中一緒にはいられないからな。また無自覚に魔法を使って、他人の心を読んだり、ましてや影響を与えたりするのは、まだ心が幼いままのハウラには危険だ。お互い心にどんな悪影響が出るか分からないし」
「うん、分かった。エフに任せて!」
力強く頷いてくれて、心強いな。
真っ直ぐに成長して、正しく魔法を使えるようになれば、これはハウラにとって大きな武器になるだろう。
これまで以上に、健やかに成長するよう、見守っていかないとな。




