493 エフメラの嫁ぎ先問題 3
モザミアだけじゃない、他の三人も、じっと俺を見てくる。
アイジェーンは兄妹で結婚なんてどうかと思うって感じに困ったような苦笑気味で、サランダは兄妹で結婚なんて何を考えていますのって咎める顔で、プラーラはただ淡々と事実を確認するように。
「じ……実際問題として、あれだけの『力』を持つエフメラを、そうほいほいと余所に嫁に出せるわけがないだろう」
またしても四つの溜息が重なった。
プラーラがあらあら困りましたって顔で、頬に手を当てる。
「本当に、そうなのですよね。エフメラ様のあれだけのお『力』を余所に出すことは、それだけでメイワード伯爵家の損失になりますから」
「それを言い出したら、妹ちゃんがどこの貴族家と政略結婚しても、メイワード伯爵家が得られるメリットよりデメリットの方が大きいんだから、それを甘受しないと駄目だってことになるけど」
「ですが、本当にそれを言い出したらきりがありませんわ。そのデメリットには目を瞑って、最大のメリットを得られるようにすることこそが政略結婚の意義で意味でしょう。ですから、他派閥の他家に出して最大のメリットを得るか、身内と結婚させてデメリットを最小に抑えるか、選択肢はどちらかでしょう」
そうなんだよな。
当時は、こんなことになるなんて全く思ってなかったんだ。
ただ、エフメラが可愛くて、育ってくれるのが楽しくて、手加減なしで色々教えただけで。
そして、助けになってくれるから、その助けが必要だから、貴族達の目に付いてしまうって分かってても、トトス村から引っ張ってきて、領地経営を手伝って貰うことにしたんだ。
エフメラが領地からいなくなったら、その穴は誰にも埋められない。
「……あらゆるメリットを捨てる代わりに、デメリットをゼロにするのが、伯爵様とエフメラ様が兄妹で結婚すること、ですよね」
モザミアが真っ直ぐ俺から目を逸らさずに、真意を探るように見つめてくる。
アイジェーンもサランダも、それには気付いてたけど敢えて口にしなかったのに、そんな顔でモザミアを見て、それからまた俺に目を向けてきた。
「それは、そうだけど……」
「いつもそうして言葉を濁すだけで、たとえここだけの話だったとしても『兄妹なんだから結婚しない』、『出来るわけがない』とは言わないんですね?」
「っ……!」
これまで敢えて指摘せずに踏み込んでこなかったところを、意を決して踏み込んできた、そんな目をするモザミア。
「言われてみれば、否定の言葉を聞いたことがありませんわね」
「ご主人、まさか……」
さらに、疑惑の目を向けてくるサランダとアイジェーン。
ここは……なんて答えればいいんだ!?
「これまで種族や生態の違いから、敢えてその問題に踏み込まないようにしてきたのですが、兄妹での結婚は、そんなに問題があることなのですか?」
そんな緊迫感が増していく中、そう不思議そうに首を傾げたのはプラーラだ。
これには、俺だけじゃなくて、他の三人も驚いてプラーラを振り返る。
「ドライアドでは兄妹で結婚しても問題ないって考えなのか? って言うか、種族の違いはいいとして、生態の違いって?」
乱暴な言い方をすれば、ドライアドは歩いて喋る植物だからな。
確かに、人族や動物とは生態が違ってて当然だ。
「わたくしは雌株ですから、雄株の花粉で受粉して実を付けます。その時、相手の好き嫌いを別にすれば、どの雄株が相手でも問題ありません」
「そうなのか?」
「ええ。母に当たる雌株が実を付けてわたくしが生まれ、同じ母に当たる雌株が実を付けて兄や弟に当たる雄株が生まれ、その兄弟の雄株の花粉でわたくしが受粉しても、特に問題はありませんし、珍しい話ではありませんよ」
つまり、ドライアドにとっては、兄妹での結婚は問題なしなのか。
「もっと言うと、ドライアドではないですけど、トレントの中には自家受粉で増え、交配相手を必要としない種族もいますから。それに基本は他家受粉をする種族でも、交配相手と巡り会えない場合、自家受粉する者が出ることも、ままありますよ」
身近なところではエンドウ豆とか朝顔とか、確かに植物の中には自家受粉する種類も多いから、ドライアドにしては珍しくない話なんだろう。
と言うよりも、プラーラの口ぶりからすると、親子、兄弟姉妹の関係や距離感が、人族や動物とは全く捉え方が違ってるように聞こえるな。
「わたくしがまだ若い頃は、人族でも血縁の濃い者同士での結婚も普通にあっていましたよ。当時は、村も町も規模が小さく、小国ばかりで、人口そのものが少なかったと言うこともあるでしょうけど」
千年くらい前の話か。
日本でも、大昔はそうだったよな。
そもそも『妹』って、『妻』って意味もあったらしいし。
「種全体で兄妹としか結婚しないと定め、それを何世代も繰り返す、となると、種の保存として問題があるのかも知れません。ですが、種全体で見ればたった一組がたった一世代、兄妹と結婚して子をなしたところで、なんら問題は起きないと思いますが?」
「種全体って、それはまたスケールの大きな話ですわね……」
「一気に話が大きくなって、本当になんの問題もないように聞こえてしまうのが怖いね……」
「プラーラさんといい、マージャル族といい、兄妹での結婚容認派が多すぎます。この領地にいると、これまでの常識が揺らぐことばかり起きますね……」
モザミアが苦悩するように言って、最たる原因とばかりに俺を見る。
「ああ……」
「ですわね……」
それにアイジェーンとサランダまで続いて、ちょっと心外だ。
「それで伯爵様は――」
モザミアの言葉に、ノックの音が重なった。
「伯爵様……取り込み中?」
エレーナだ。
「では、この話は一旦ここまでにしておきましょう。伯爵様、近日中に答えをよろしくお願いいたします」
パンと手を叩いて話を打ち切り、プラーラは他の三人を連れて執務室を出て行った。
モザミアが部屋を出てドアを閉める瞬間、その隙間から何か言いたそうに俺を見たけど、今はそれ以上何も言わずにドアを閉めた。
「もしかして、昼間のこと? 責められた?」
「ああ、ちょっとだけな……」
「そのことじゃない? 他にも何かあった?」
さすが、バレバレか。
手招きしてエレーナを脇に呼び寄せると、椅子に座ったままギュッと抱き付いて、そのお腹に顔を埋める。
「は、伯爵様!?」
「ごめん、ちょっとだけ……」
「……うん」
エレーナが優しく頭を撫でてくれる。
エレーナに撫でられ、その温もりを感じて、いい匂いに包まれてると、段々と気持ちが落ち着いてきた。
「エフメラのことでさ……」
「エフメラ様のこと?」
「エフメラの結婚をどうするのかって」
「ああ……それは大問題」
エレーナはずっと騎士として鍛えてきて、政治向きの話は得意じゃないみたいだけど、そこは子爵令嬢だ、それだけで察してくれたみたいだ。
「どんなメリットがあっても、伯爵様はエフメラ様を余所にお嫁に出したくないんでしょう?」
「……ああ」
「だけど、一生妹として側に置いておくわけにもいかない」
「……ああ」
「かといって、エフメラ様の望むままに兄妹で結婚するのも躊躇われる」
「…………その通りだ」
護衛としてずっと側にいる分、色々お見通しってわけだ。
「リジャリエラやマージャル族は、元から兄妹で結婚も普通にしてる部族でそのことに全然抵抗がないから、むしろ俺とエフメラが結婚するのは大歓迎らしいし、今日初めて知ったけど、プラーラも全然問題なしって考えてるみたいだ」
「うん。これまでマイゼル王国の中でのことしか知らなかったから、私も兄妹で結婚なんて、考えたこともなかった」
「そうなんだよな……ほとんどの人がそうなんだよな……なのに兄妹で結婚するなんて言い出したら、周りがどんな反応をすることやら……」
アイゼ様を男の娘にして嫁にしようってだけでも大事であれこれ言われてるのに、その上実の妹までってことになったら、どんな騒ぎになることか。
「それ以前に、お父さんとお母さん、兄ちゃんとハンナちゃん、プリメラにも、なんて言えばいいのやら……」
エレーナの俺の頭を撫でていた手が止まる。
「それは、つまり言い訳の問題?」
「……っ!」
「他の人……と言うよりも、家族に顔向け出来ないから二の足を踏んでるだけで、家族がみんな『うん』と言ってくれるなら、エフメラ様と結婚したい?」
「っ……」
「沈黙も答え」
はぁ……だよなぁ。
「……俺のこと、軽蔑するか?」
男の娘の姫様に、その姉のフィーナ姫。
これに三人目としてエレーナにプロポーズしたばかりだ。
それなのに、さらに次の女の子……それも実の妹を、だなんて。
「抵抗がない……と言えば嘘になる」
そう言ったエレーナの言葉は、とても穏やかだった。
俺への軽蔑や嫌悪が全然感じられなくて、思わず埋めていた顔を上げてしまう。
「世界は広い。それを教えてくれたのは伯爵様。第八王子殿下とその失礼な侍女に、世界の広さを教えたあの日までは、私は伯爵様と一緒に空を飛んでいても、遠くまで見渡せて思っていた以上にマイゼル王国は広い、景色が綺麗、そのくらいしか感じてなかった。世界の広さ、そこにどんな人々が住んでるのか、さらに私達の思いもしない常識がある、なんて考えたこともなかった」
エレーナは俺を見下ろしながら、穏やかな口ぶりのまま話し続ける。
「でも、マージャル族が引き渡されて、同じ人間でも、民族や部族が違えば、考え方も常識も違うと知って、改めて、獣人も、ドワーフも、ハーフリングも、エルフも、種族、民族、部族、出身国や地域、それぞれでやっぱり少しずつ考え方も常識も違うことを知った」
しみじみと語って、微笑む。
「マイゼル王国では兄妹の結婚は禁止されてる。だからすぐに考え方を切り替えるのは難しい。でも、それが悪いことだとは思わない。ただ、国による法律の違いだけ」
「エレーナ……」
エレーナも、割り切ったり、全面的に肯定したりしてくれてるわけじゃない。
色々と思うところも、葛藤もあるんだと思う。
でも、否定はしないでくれた。
それが、胸の中が熱くなって、涙腺が緩むくらい、嬉しい。
もう一度、エレーナのお腹に顔を埋める。
「……俺の味方になってくれるか?」
「元よりそのつもり。言った通り、伯爵様が悪いことをしてるとは思わない。伯爵様が望んでくれるなら、私はいくらでも味方する」
「……ありがとう、エレーナ」
「うん」
「エメ兄ちゃん、寝よう」
いつも通り、なんにも変わらない顔でエフメラがベッドにダイブしてくる。
「じゃあ寝るか」
俺もいつも通り答えて、ランプの明かりを消した。
二人でベッドに潜り込む。
程なく、エフメラの寝息が聞こえてきた。
そうして、いつも通り俺に抱き付いてきて、俺は抱き枕状態だ。
これも本当にいつものこと。
俺もエフメラの体温や鼓動を感じながら、その心地よさにいつもすぐ眠りに落ちる。
ただ……今夜だけは、なかなか寝付けない。
今夜エフメラが抱き付いてきてるのは、腕でも、お腹でも、胸でもなく、頭だ。
だから俺は、エフメラの胸に顔を埋める形になってる。
これまで意識から外してたけど……最近ちょっと大きく柔らかくなってきてる。
少しは手足も伸びて、背も高くなってきた。
それでもまだ同年代の中では背が低い方だけど、段々と女の子らしい体付きになってきたと思う。
「はぁ……参ったな……」
妹のおっぱいを意識しちゃって寝付けないとか……。
だからこれまで意識しないようにしてきたのに。
それもこれも、リグエルがあんなことを言い出すからだ。
エフメラが他の男に盗られる……ましてや抱かれるとか、絶対に絶対に絶対に冗談じゃない!
指一本だろうと触れる前に、八つ裂きどころか細切れにして灰も残さず焼き尽くしてしまいそうだ!
「はぁ……結局……そういうことなんだよなぁ……」
ゲームなら、実妹、義妹、なんでも来いだ。
お兄ちゃんのお嫁さんになりたい妹なんて最高に決まってる!
他の奴らからどんな目で見られようが、なんと言われようが、兄妹の禁断の愛と結婚なんて滾るだろう!?
でも、家族は……家族だけはなぁ……。
特にお父さんとお母さんにどんな目で見られるか、なんて言われるか……。
考えるだけで憂鬱だし、どう説明したものやら……。
無邪気に俺を抱き枕にするエフメラの身体を抱き寄せる。
続きは明日以降考えよう……。
問題の先送りだけど……俺は目を閉じて眠りについた。
いつも読んで戴き、また評価、感想を戴きありがとうございます。
今回で第十六章終了です。
次回から第十七章を投稿していきます。
領地を貰ってやっておきたかった内政の大半がようやく出せた感じです。
それでもまだ、色々と残っていますけど。
毎回新章に入る時は、今回こそテンポアップしよう、と意気込むのですが。
相変わらず、予定の一.五倍くらいの分量をキープし続けているのがなんとも。
次はフォレート王国とシェーラル王国に動きがある予定です。
関連して、色々下準備が整っていくと思います。
年末年始はほぼ作業が出来ない状況だったので、申し訳ありませんがまた一週間ちょい更新をお休みします。
更新再開は再来週の月曜日1月17日予定です。
ご了承下さい。
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