49 両手に花のお茶会
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「お誘いありがとうございます、フィーナ姫」
「ようこそエメル様。お越し戴きありがとうございます」
お姉さんのお姫様改め、フィーナ姫の新しい部屋へ、侍女のレミーさんに案内されて入室する。
呼び方を変えたのは、姫様を姫様って呼ぶ時に似てて紛らわしい上、余所余所しく感じるからって、フィーナ姫直々に言われたんで。
女の子のことをそんな風に名前で呼ぶなんて、個人的にグッと親しくなったみたいで、ちょっと照れる。
いや、村の女の子のことも、名前呼びだったよ?
そもそも名字がない上、特に同い年や年下の子なんか呼び捨てだったし。
でも、それとは全然違うだろう?
だってこんなにも綺麗で可愛くて可憐な本物のお姫様を名前呼びなんて、特別感満載じゃないか。
ちなみに、それに合わせて姫様のこともちょっと呼び方を変えてみた。
他に人がいるときや男装しての公務中はアイゼ様、二人きりの時やドレスでお姫様の格好をしてるプライベート中は姫様って呼ぶのは変わらないけど、ここぞって時にはアイゼ姫って呼ぶようにしてみたんだ。
姫様呼びは最初からだったから慣れと諦めがあるみたいだけど、アイゼ姫って呼ばれるのは慣れないのか、すごく照れてこれがまた滅茶苦茶可愛いのなんの!
だもんだから、ついアイゼ姫って連呼したら、照れ隠しに怒られた。
これもまた可愛くて可愛くて!
で、フィーナ姫も、見た目は姫様を数年大人っぽくした女の子だろう?
だからフィーナ姫って呼ぶと、花が綻ぶような愛らしい笑顔を見せてくれて、これもまた滅茶苦茶可愛いのなんの!
さすがに、姫様にしたみたいに、フィーナ姫って連呼するのは俺の方が照れちゃってしてないけど、すごく呼ばれたがってるように見えるのは、気のせいなのか、気のせいじゃないのか……。
本当、姫様が彼女じゃなかったら、とっくに心奪われてたところだよ。
それはさておき。
「こちらのお席へどうぞ」
レミーさんが椅子を引いて座らせてくれる。
こういうのは、いかにもお貴族様への対応って感じで、ちょっと慣れないな。
「エメル様、お里帰りはいかがでしたか?」
「はい、家族も村のみんなも元気にしてました。トロルをやっつけてお姫様を助けて、そのご褒美に騎士に取り立てて貰ったよって言ったら、みんなびっくりしてましたね」
「ふふ、それはさぞかし驚かれたでしょうね。ですが、ご家族の方は心配されたのではありませんか?」
「まあ、ちょっとは。でもうちの家族には契約精霊を八体とも見せてるし、村を荒らしに来た盗賊やゴブリン退治もしてて戦うのは初めてじゃないから、それほど心配はされてなかったみたいです。元気でやってるならそれでいいって感じでしたね」
「ふふ、おおらかなご家族なのですね」
おおらかって言うか、これまで村であれこれやり過ぎたせいで、驚きや呆れを通り越して達観してるっぽい。
良くも悪くも諦められてる、とも言う。
ちなみに、村へ帰ってから王城へ戻るために出発するまで、俺にべったりくっついて片時も離れなかったエフメラなんだけど……。
小さくても、妹でも、女の子は女なんだって思い知らされたっていうか、その勘の鋭さに、姫様の事を隠し通すのが本当にもう大変だったよ……。
「エメル様のトトス村までは、徒歩だと片道一週間ほどかかるそうですね。途中で馬を変えながら早馬を走らせても二日はかかるというお話ですのに、それを片道数時間で往復されてしまうなんて、エメル様には本当に驚かされてばかりです」
「ロクは特に速度特化で成長してますから。なんだか最高速を更新するのにプライドを懸けて挑んでるみたいで。逆にレドはフィーナ姫を乗せたことで思うところがあったのか、身体のサイズを大きくして大勢乗せる方に成長したいらしいですよ」
「精霊にも個性があるのは一般的に知られている話ですが、そのように自分で目標を定めて成長したいと意思表示するなんて初めて聞くお話で、まるで精霊が人と変わらないように思えてきました」
「実は俺もです」
話をしてる間に、レミーさんが紅茶を淹れてくれたんで、軽く一口戴く。
「あ、渋みが少なくて飲みやすいな」
「お口に合ったようで何よりです。王家の直轄地で栽培させている茶葉なんですよ」
「王室御用達の茶葉なんて、俺には贅沢すぎるくらい贅沢品ですね」
前世ではコンビニでペットボトルの紅茶を買って飲むくらいだったからな。
肩を竦めておどけてみせると、フィーナ姫がクスクス笑う。
うん、今日もフィーナ姫は笑顔が可愛い。
声も可愛く耳に優しくて聞き惚れちゃうし、眺めてるだけで癒されるよ。
お姫様だけあってこだわりがあるのか、フィーナ姫の紅茶談義を聞いてると、程なくもう一人の招待客がやってきた。
「遅くなりました姉上。エメルももう来ていたか」
「いらっしゃいアイゼ」
「姫様、お仕事ご苦労様です」
さっきまで公務をしてた上、この後も公務が詰まってるのに、今回はプライベートのお茶会だからってことで、わざわざドレスに着替えてお姫様モードで来てくれるなんて。
その気遣いが、たまらなく可愛いったらもう!
フィーナ姫のお茶会じゃなかったら、駆け寄って抱き付いてるところだよ。
「締まりのない顔をしているぞ」
おっと、いかんいかん。
一緒に入室したクレアさんが椅子を引いて姫様が席に着くと、レミーさんが姫様の分と、俺とフィーナ姫の分も紅茶を淹れ直してくれる。
姫様とフィーナ姫の呼び方を変えて距離が縮んだ事を切っ掛けに、クレアさんやレミーさんのことも色々と教えて貰える機会があった。
クレアさんは艶のある赤茶色のロングヘアをアップにした二十四歳で、グーツ伯爵の長女だそうだ。
しかも胸がとても豊かで、クールビューティーの頼れるお姉さんって感じだな。
レミーさんは綺麗な水色のくせっ毛をショートヘアにした十五歳で、ロードアルム侯爵の三女だそうだ。
胸がかなり小さいし顔つきもちょっと幼く見える、明るく元気な子って感じだな。
どちらの家も数少ない王室派で、姫様もフィーナ姫も二人をすごく信頼してる。
ちなみに、フィーナ姫は十七歳で、ストレートのロングヘアが光を纏っていて眩しい、可憐で愛らしいお姫様だ。
胸は大きすぎず小さすぎず、ほどよく美しい曲線を描いている。
そして我らがアイゼ姫は十三歳で、容姿はフィーナ姫をそのまま幼くした、すごくそっくりな姉妹って感じで、当然可憐で愛らしいお姫様だ。
胸は、男の娘だから当然ぺったんこ。むしろ、それがいい。
ちなみに、本当はショートヘアなんだけど、ドレスの時はフィーナ姫そっくりのロングヘアのウィッグを被ってる。
単に俺が、ロングヘアの女の子の方が好みだからだ。
なんかの時にそういう話題になったんだけど、それ以来、ドレスの時は必ずウィッグを被るようになってくれたんだよね。
姫様、もう可愛すぎ!
こんな風に美女、美少女四人に囲まれてのお茶会なんて、あまりにも至福過ぎだよ。
前世の俺だったら、詐欺や罰ゲームやキャッチセールスを疑うところだな。
「ところで姉上、本日の昼食はこちらでとのことでしたが」
「ええ、お里帰りしたエメル様から、村で育てているお野菜や小麦をお土産に戴いたので、特別にそちらでお料理とパンを焼いて戴くことにしたんです」
「なるほど、そういうことでしたか」
「こうしてお茶会に招待して貰ったし、日頃お世話になってるし、そのお礼と、お二人とも公務が続いて疲れてると思うから、美味しくて栄養満点なうちの村の野菜を使った料理を食べて元気になって欲しくて」
そう、村に戻ったのは、元気でやってるよって顔見せと同時に、今日のお茶会のお礼に野菜を分けて貰ってくるのが目的だったんだ。
「田舎の村で育ててる野菜だから、王室御用達には適わないと思いますけど、それでも結構いけると思いますよ」
「そうか、それは楽しみだ」
ああ、柔らかな微笑みが眩しい!
口調は相変わらず王太子のままだけど、こういうときに見せてくれる表情が、段々女の子らしくなってきたって言うか、ここ最近一層愛らしくなってきたって言うか。
普段公務中の王子様の格好を見てる分、あの王子様が俺の為にこんなにも男の娘として可愛らしくなってくれてるんだって思うと、そのギャップがたまらない!
「また締まりのない顔になっているぞ」
おっと、いかんいかん。
それから、お姫様二人の幼い頃の話を聞いたり、俺の幼い頃の話をしたり、他愛ないお喋りに花を咲かせてると、いつの間にかほどよい時間になっていた。
ドアがノックされて、料理人達がワゴンで料理を運んでくる。
素材の味を楽しんで貰おうと、例えばジャガバタとか、ポトフも味付けをシンプルにとか。
パンは敢えていつも通りに焼いて、普段との味の違いを楽しんで貰おうとか。
そんな感じに色々とお願いしといたんだけど、どうやらちゃんとその通りに作って貰えたみたいだ。
「俺が料理したわけじゃないけど、どうぞ二人とも召し上がって下さい」
さて、どんなリアクションを見せてくれるか楽しみだ。
「うむ、戴こう」
「はい、戴きます」
二人はワクワクと楽しげに料理を口に運んで……。
「むっ、この味は……」
「……ええ、いつものあれですね」
二人はほんのちょっとだけ驚くと、顔を見合わせて頷き合った。
なんか、思ってたリアクションと違うな?
「もしかして二人とも、うちの村の野菜を食べたことありました?」
「いや、エメルの村の野菜をというわけではないのだが」
「はい、王室で取引のある商会から時折献上される美味な作物がありまして、それと全く同じ味だったので驚いてしまいました」
「ああ、そういうことだ。このパンもその小麦で焼いたパンと同じ味だな」
「ってことは、うちの村で買い付けた行商人のおじさんがその商会に卸して、そこから王家に献上されたってことかな?」
「そうかも知れぬな」
「くっ、せっかく二人を驚かせようと思ってたのに、ちょっと残念」
まさか行商人のおじさんに先を越されてたなんてな。
散々世話になってるから文句は言えないけど、でもやっぱり文句を言いたい。
姫様の初めては、俺が届けたかった!
「いえ、別の意味で驚いていますよ。美味で上質な作物なので、他の領地で採れる物よりグレードが高く扱われている作物ですから。それがまさか、エメル様の村で栽培されていたものだったなんて」
「姉上の言う通りだ。確かそなた、幼い頃より精霊魔法の練習に、肥料や土壌の改良をしていたと言っていたな。家族を飢えさせぬために、と」
「はい、そうですよ。今回のがまさにその畑で収穫した奴です」
「やはりそうか。そなたには驚かされっぱなしだな」
驚きすぎて苦笑するしかないって感じで姫様とフィーナ姫が微笑んで、でも、美味しそうに味わって食べてくれる。
期待したリアクションとは違ったけど、二人とも喜んでくれたみたいだし、これはこれでオーケーってことにしとこうか。
それにしてもまさかうちの野菜が、王家に献上されるほどグレードが高い作物として扱われてたなんてな。
「ふむ……」
これは利用できるんじゃないか?