489 名物料理
新年あけましておめでとうございます。
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それから対価の支払時期と内容の詳細について、リグエルと二人で話し合って決めていく。
移民を集めて俺の所に移住させるおおよその時期や、目標とする人数。
そこに紛れ込ませる、俺に指導させたい者の条件や人数。
勉強会でのおおよその指導期間。
建築資材の割引率、割引期間、開始時期、おおよその発注数。
そういった諸々だ。
リグエルはかなり前向きで……って言うか、俺の方がちょっと心配になるくらい、俺が提示する数字や条件を、ほぼそのまま飲んでしまった。
もちろん、難色を示された物もあるけど、ほとんど俺の希望が通った形だ。
多分、それがリグエルなりの誠意だったんじゃないかと思う。
対価って言っても、本当に一つ目と二つ目は、リグエルが抱える領内の問題解決の一助になる内容だったからな。
そして、三つ目の重要性に気付かず、そんな程度でいいのかって軽く考えてしまってるからこそ、可能な限り俺に譲歩しちゃったんだろう。
おかげで、拍子抜けどころか、まるで俺が騙してるみたいでちょっぴり良心がチクチク痛んで、本当にそれでいいのかって何度も確認しちゃったくらいだ。
実直だけど、周囲の評価が低くて舐められる原因は、こういうところなのかも知れない。
貴族家の当主としてやっていくには、きっと素直すぎるんだ。
リグエルの執事は極力表情に出さず、またリグエルの質問に答えて補佐する程度で余計な口も出さなかったけど、リグエルが俺の出す条件をほぼそのまま飲んでしまうことに、色々と苦言を呈したそうだった。
途中、リグエルを止めなかったってことは、執事としても、領地経営の観点から許容範囲だったってことなんだろうけど。
ちなみにナサイグは、思ったほど大きなトラブルに巻き込まれずに済みそうだって分かったからか、積極的に俺の質問に答えて補佐してくれた。
そうして、一つ目と二つ目の対価について正式な契約書を交わす。
当然、人材を潜り込ませるとか、その者達が王都での指導に来るとか、俺に賛同してくれるとか、その手の内容は文書に残さず口頭で確認して、この場の全員にマインドロックをかけて他言無用として、握手を交わして契約が成立した。
途中、何度もアイジェーンを呼び出してお茶を淹れて貰いながら、結構な時間喋り続けてたから、リグエルが訪ねて来た時はまだ朝だったのに、すっかりお昼を過ぎていた。
ナサイグが耳打ちしてコッソリ提案してくれたんで、その提案に乗ることにする。
「リグエル殿、良かったら昼食をご一緒しませんか?」
「よろしいのですか? それなら是非に」
リグエルを取り巻く状況や相談、契約といった重たい話ばかりだったから、食事でもしながら、もっと気さくな話をして親交を深めておくのもいいだろう。
どうにかなる目処が立ったからかリグエルの表情も明るくなって、いい雰囲気のまま、場所を食堂に移す。
リグエルの執事や護衛達は、別室で食事を出して貰うことに。
俺が言うまでもなく、ちゃんとナサイグが手配してくれてて、貴族としての来客対応はまだまだ慣れてないから、こうして先回りして色々言ったりやったりしてくれるのは、本当に助かるよ。
「失礼します」
席に着いて程なく、プラーラに案内されてエフメラが食堂に入ってきた。
「……!」
その姿に、思わず息を呑んでしまう。
俺と同じ藍色がかった長い黒髪は綺麗に整えられて、白い花の髪飾りを付けてる。
普段は、商会のお嬢さんくらいの上等な服だけど、飽くまでも平民向けの、それも動きやすい服装をしてるんだけど、今は大商会のお嬢様が貴族に面会するときに着てそうな上等なワンピースに、パンプスだ。
胸元には、恐らくレグス製だろう真鍮製のペンダントトップに瞳と同じ色の小さな紺色の宝石が嵌められた、可愛らしいペンダントも着けてる。
どれも、普段は身に着けない物ばかりだ。
辺境伯家当主のリグエルの前に出るからこその装いだろう。
今は契約精霊達の姿を消してることもあって、大人しい女の子って雰囲気が際立つ。
しかも、普段は『エメ兄ちゃーーん!』って駆け寄ってきて抱き付いてくるのに、お嬢様っぽくしずしずと歩いて俺の側まで来た。
たまにサランダが貴族のご令嬢っぽい立ち居振る舞いをエフメラに教えてるのは知ってたけど、その成果が遺憾なく発揮されてる。
どこからどう見ても、貧乏農家の娘には見えない。
って言うか、普段のエフメラとのギャップが大きくて、まるで初めて会う知らない女の子みたいだ。
「エメ兄ちゃん?」
可愛らしく小首を傾げて呼びかけられて、はっと我に返る。
「エフメラ、すごく可愛いよ。お姫様みたいだ。思わず見とれちゃったよ」
「えへへ♪」
嬉しそうにはにかむところがまた滅茶苦茶可愛い!
やっぱりうちの妹は世界一だな!
プラーラに目で促されて、ああそうだったとリグエルに顔を向ける。
「リグエル殿、俺の妹のエフメラです。エフメラ、こちらはお隣の領地のマグワイザー辺境伯だ」
「初めまして、妹のエフメラです」
エフメラがスカートの裾を摘まんで、深く膝を曲げて頭を下げて、正式なカーテシーをした。
生粋の貴族のご令嬢に比べればまだまだだけど、どうしてなかなか様になってる。
エフメラは貴族じゃないんだし、普通にお辞儀をすればいいんだけど……将来は俺のお嫁さんになって貴族の仲間入りするんだからってアピールで、カーテシーをしたのかもな……。
「これはご丁寧に。初めまして、マグワイザー辺境伯リグエル・アンスダーです」
白い歯がキラリと光る、爽やかイケメンスマイルだ。
イケメン過ぎて、なんかちょっとイラッとするな。
ともあれ、挨拶が済んでエフメラも席に着く。
普段は俺とエフメラは横並びで座って食べるけど、今の俺はメイワード伯爵家当主としてお誕生日席だ。
向かって右側にリグエルが、向かって左側にエフメラが、向かい合って座ってる。
正直、この配置は慣れないし恥ずかしいし落ち着かないけど、お仕事の一環って言うか、貴族家当主としての演出と考えれば仕方ない。
プラーラに合図をすると、食堂のドアが開かれて、アイジェーンやサランダ達侍女が、ワゴンに料理を載せて運び込み、配膳してくれる。
正式な晩餐会とは違うから、コース料理みたいにサラダ、スープと順番に出しながら、どんな料理のなんとかソース添えです、みたいな説明をしたりはしない。
そういう堅苦しい食事会じゃなく、もっとフランクに会話と料理を楽しみたいから、全ての料理を一度に並べて貰った。
「それじゃあ食べようか。いただきます」
俺とエフメラは手を合わせて、いただきますをする。
「エメル殿、それは?」
「ああ、これは俺の癖って言うか、エフメラもそれを真似てるだけなんで、リグエル殿は普段通りにどうぞ」
「そうですか。それでは」
いただきます、なんて手を合わせて言う風習はこの世界に当然ないから、リグエルはそのまま普通に食べ始める。
「ほう……このサラダ、とても新鮮ですね」
「どれもうちの領地で栽培してる野菜ですよ」
新鮮な葉野菜を収穫するため、昨日、エレメンタリー・ミニチュアガーデンで収穫したものだ。
スープはコンソメスープやポタージュじゃなくて、肉と野菜の具だくさんスープで、ニンジン、タマネギ、ジャガイモ、大豆、などなどの野菜は俺が収穫した物で、肉も領地で飼育してる鶏だ。
塩を始めとした調味料はほとんどが輸入物だけど、マイゼル王国内の物だけじゃなく、トロルとの交易で手に入れたスパイスも使ってる。
「ひよこ豆やレンズ豆ではなく、大豆を使っているのですね。確か大豆も、メイワード伯爵領の特産の一つでしたね」
「ええ、その通りです。そしてもう一品、大豆を使ってる料理がありますよ」
「もう一品ですか?」
リグエルが料理に視線を走らせるけど、分からなかったらしい。
答えを求める視線に、敢えて微笑みを返す。
「その料理を食べたら、お教えします」
「ははっ、なるほど」
俺の悪戯に笑って頷いて、リグエルは食事を続ける。
「このふっくら柔らかなパンは、王家でも出している……うちでも真似出来ないか、料理人に研究させているのですが、小麦の種類の違いなのか、製粉の仕方の違いなのか、こね方の違いなのか、それとも何か僕の知らない材料が入っているのか……未だに再現できず悔しい思いをしているのですよ」
一口大に千切ってバターを塗ると、その柔らかさを堪能するように咀嚼する。
どうやら、二次発酵って答えには、まだ辿り着けてないみたいだな。
「そう簡単に真似されては困りますからね。ああ、パンはこっちのオリーブオイルを付けて食べても風味が変わって美味しいですよ。足りなければ追加で出せますから、遠慮なくどうぞ」
「そうですか。では、遠慮なく」
次はオリーブオイルを付けて食べて、バターとはまた違う風味を楽しんでくれたみたいだ。
「ん……これは? 昨夜宿の夕食でも出た『はんばーぐ』なる、肉を細かくしてから形成した柔らかな食感のステーキと似ていながら、また少し違う味と食感の『はんばーぐ』ですね」
「ええ、それは大豆ミートのハンバーグですから」
「大豆ミート? と言うことは、これが先ほど言っていた、大豆を使った料理なのですか。なるほど、驚いたな。細かくした肉の中に大豆をペーストにして練り込んで、風味や食感に変化を付けたと言うことですね」
「いえ、違います。それ全部大豆です。肉は一切使ってません」
「えっ!? これが全部大豆!? まさか僕をからかっていますか? 普段食べている肉とは確かに風味や食感は多少違いますけど、こんな味と食感の肉だと言われれば、みんな納得しますよ?」
「だから、大豆ミートって言うんですよ」
前世で注目され始めてた大豆を使った肉の代替品、大豆ミート。
元々、大豆は畑の牛肉です、なんてキャッチコピーがあったくらい、高タンパク低脂肪低カロリーで栄養価が高いから、健康にいい食品だった。
大豆イソフラボンが女性ホルモンに似た働きをするってことで、美容とダイエットにいいって話もあったくらいだし。
ただこの世界だと、そこまでのことは知られてない。
豆は大概、煮込んで柔らかくして、スープやサラダに使うのが一般的だ。
リグエルが言ってた、ひよこ豆やレンズ豆もそうだな。
貧しい庶民だと、塩味のみの豆スープは身近な料理だし。
貧乏農家の次男坊だった俺にも身近な食品だったし、当然大量生産したわけだ。
ただ、せっかく健康にいい食品でも、使い道がスープやサラダに入れるくらいしかないんじゃ、消費量はたかが知れてる。
味噌や醤油が作れればいいんだけど、残念ながら作り方は知らないし、豆腐を作りたくても海が遠くて、にがりがない。
加えて、うちの領地は肉が少ない。
牛、豚、鶏は積極的に輸入してるけど、移民、引き渡された奴隷などで、人口が爆発的に増えてるから、供給が全然追い付かない。
狩人が森から鳥やウサギを狩ってきたり、領軍が魔物や獣を討伐してきたりして、それらの肉も出回ってるけど、日々の消費を考えたら焼け石に水だ。
特に獣人達が肉食を中心にしてて、しかもかなり食べるから、全然追っつかないんだよ。
そこで考えたのが肉の代替品で、特産品でもある大豆を使った、大豆ミートだ。
さすがに本物の肉と同じってわけにはいかないけど、大豆ミートの作り方は領民達にも教えて、徐々に広まってきてる。
一晩水で戻して、茹でて水から上げた後は、潰して水気を絞り形成するだけの、お手軽調理方法だ。
そのまま形成してもいいし、小麦粉を混ぜて弾力がある食感にしてもいい。
しかも、大豆のタンパク質は吸収が遅いせいで満腹感を得られるんで、満足度も高く、食べた者達には人気のようだ。
そして、領軍の食事にも積極的に出すように指示しといた。
プロテインみたいにはいかないだろうけど、ソイプロテインの材料になるくらいだし、多少は筋肉の付き方も良くなるだろう。
「と言うわけで、うちの領地の名物料理にしようかと思ってるんですよ」
「なるほど、それは素晴らしいですね。精霊魔法に領地経営に加え、諜報能力や様々な知識をお持ちの上、料理にまで精通しているとは。とても驚きました」
本当に驚いたって顔の後で、わずかに苦笑する。
領主のリグエルに、しかも領兵の筋肉の付きが良くなり、美容にもいい食品ってことで売り込んで、大豆の輸出量を増やそうとしたことに気付かれたみたいだ。
「大豆ミートは調理前に精霊魔法で水分を抜いて乾燥させれば、直射日光が当たらない涼しい場所なら常温でも日持ちするし、空気に触れないよう袋詰めして冷暗所で保存すれば数ヶ月から一年は保つんで、携行食や保存食にもなって結構便利ですよ」
バレたからあからさまにセールストークすると、リグエルが笑いながら頷いた。
「持ち帰って検討してみましょう」
「ええ、是非」




