487 悪い貴族プレイ再び
「……『状況からの推察と、噂に聞く程度だったら』だなんて冗談がきつい。派閥内部のそのような動きを外に漏らしてはならないと、厳重に情報統制されていたのに、まさかそこまでご存じだったとは。耳聡い優れた部下がいるとは噂に聞いていましたが、どうやら想像以上に優秀なようですね」
それには曖昧に微笑んでおく。
いつの間にか流れてたその噂は、俺の力を隠すのに非常に便利だからな。
その俺の微笑みに、俺が詳細を語るつもりがないって理解したんだろう。リグエルはそれ以上詮索してこなかった。
「しかし、そうですか……エメル殿は彼らがそれでは引き下がらないと判断されるのですね」
「断言は出来ませんけど。何しろ、ああいう手合いは、とにかく粗探しをして難癖を付けて、足を引っ張ることに心血を注ぐでしょうから」
そう、俺にぼったくりを仕掛けてきたみたいに。
そいつらと面と向かって話をしたわけでも、キリが心を読んだわけでもないけど、あながち的外れな推測じゃないと思う。
「そうですね……彼らなら、そうかも知れません」
俺よりそいつらのことをよく知ってるだろうリグエルが、肩を落として大きく溜息を吐く。
たとえ高額な対価がさらに高額になったとしても、他の貴族達とのトラブルの火種になったとしても、起死回生の一手として俺に望みを託してたのに、それが有効な打開策にならないと分かったら落ち込みもするか。
「だとすれば、僕はどうすればいいのか……」
さて、俺もここはどう動くべきか。
リグエルの事情に片足を突っ込んだ以上、後は自分で頑張ってくださいで帰らせるわけにはいかなくなった。
単に早く領軍を立て直したいってだけならそれでも良かったけど、リグエルが降爵されて領地を削られてしまうのを黙って見てるわけにはいかない。
建築資材を大量に輸入してる以上、マグワイザー辺境伯領には今のままでいて貰わないと困るからな。
それに、俺にぼったくりを仕掛けてきた貴族が多く関わってる、ってのがちょっと気になる。
考えすぎや穿ちすぎだとは思うけど……。
ともあれ、ここはリグエルに手を貸して恩を売っとく場面だろう。
ただし、表立って手を貸すのはまずい。
俺まで面倒を抱え込むことになるし、それが有効打にならないって自分で証明しちゃったんだから、考えるまでもなく却下だ。
つまり、発想の転換だな。
リグエルが自力で領軍を立て直せば……少なくとも表面上そう見えれば、裏で俺が手を貸してもいいってわけだ。
だとすると、どうするかな……。
俺が表立って動かず、自然な形でリグエルを支援する方法……。
裏で暗躍して、思惑が見抜かれない方法……。
あ……思い付いたかも。
うん、リグエルさえ上手くやってくれれば、俺が表立って動くことはないし、全く損がない。
それどころか、ずるいくらいに得しかない。
それでも、ちゃんとウィンウィンの関係になる。
これは……久々に悪い貴族プレイの出番かな。
念のため、ロクに声が外に漏れないようにして貰ってから切り出す。
「手は、なくはないですよ」
「本当ですか!?」
いつの間にか俯いて沈み込んでたリグエルが、バッと顔を上げる。
「ええ。俺が表立って動かず、リグエル殿が領軍の立て直しの成果を上げられて、足を引っ張る連中を牽制出来る、そんな方法が。ただし、当然、相応の対価を支払って貰うことになりますけど」
「当然、支払いますよ。元よりそのつもりでしたから」
「俺が欲しい対価は金品じゃない。そう言えば分かりますか?」
「っ……!」
リグエルが言葉に詰まる。
そう、金品じゃない対価となれば、当然、厄介な対価ってことだ。
リグエルは迷うように一度自分の執事を振り返る。
そこで二人がどんなアイコンタクトを交わしたのか分からないけど、リグエルが俺に向き直ると、さっきまでとは違って慎重に切り出してきた。
「決断は……まずはその方法と対価について聞いてからでも構いませんか?」
「いいですよ。ただし、かなりの裏技なんで、決して口外しないと約束してくれますか?」
「分かりました。どのような決断を下すとしても、一切口外しないと約束します」
『本当です。マグワイザー辺境伯家の浮沈が掛かっているため、協力的で友好的な我が君の不興を買うような真似をするつもりはないようです』
キリの保証があれば大丈夫だな。
もし俺がリグエルに腹を立てて建築資材の輸入先を変えてしまったら、それだけでも地味に厳しいだろうし。
ましてや農政改革で手を貸さない、なんてことになったら大打撃だ。
もちろん俺も、他に友好的で安く建築資材を売ってくれる宛てがあるわけじゃないから、そうそうそんな真似はしないけどさ。
「それで、その方法と対価とは?」
逸る気持ちを押さえるように、努めて冷静に聞いてくる。
こういう交渉ごとでは、そういう感情を見せると足下を見られるから良くないって言うけど、俺のことを信頼してくれてるからなのか、こういう交渉ごとは苦手なのか、リグエルの反応はいちいち分かりやすい。
もちろん俺も、もったい付けて焦らしたいわけでも、足下を見てむしり取りたいわけでもないから、すぐに説明する。
「まず大前提として、領軍を立て直すための精鋭精霊魔術師の育成は、やはりリグエル殿だけを特別扱いするわけにはいきません。他の貴族達と同じように、俺が王都で依頼を受けて指導する時に、報酬を支払って人材を送り込んで貰うしかない。当然、試験と面接も受けて貰いますから、下手な奴を送り込んできたら不合格にします。そこで便宜を図るような真似もしません」
「そうですか……いえ、当然ですね。それで?」
「そこで裏技です。マグワイザー辺境伯領からメイワード伯爵領に、大勢移民を出して下さい」
「移民……ですか?」
俺の意図が読めないからか、困ったような難しそうな顔をする。
領民を移民として他領に出してしまえば、自領の経済力が落ちるからな。
二つ返事ってわけにはいかないだろう。
「俺が五日に一度、領民達が精霊魔法を使えるようになるよう、勉強会を開いてるのはご存じですか?」
「ええ、それは耳にして――まさかそこで精鋭精霊魔術師として指導して貰えるのですか!?」
「いやいや、慌てないで。その勉強会では、飽くまでも日常生活や仕事が便利になるよう、精霊魔法を使えるようにしたり、コントロール力を上げたりと、簡単な指導しかしてませんから。それで精霊魔術師部隊みたいに戦えるようにはならないですよ」
「そうですか……では、どういうことでしょう?」
リグエルが恥ずかしげに浮しかけた腰を下ろして、居住まいを正す。
リグエルは気付いてないみたいだけど、リグエルの執事はどうやら気付いたらしい。
わずかに目を見開くと、俺の真意を探るみたいに眼光鋭く見つめてきた。
「その移民達の中に、リグエル殿が精鋭精霊魔術師として育てたい人材を若干名、そして普通の精霊魔術師部隊に所属する、またはさせたい人材をさらに若干名、潜り込ませといて下さい。多すぎると怪しまれるので、若干名ですからね? もちろん領兵としてではなく、飽くまでも一般人として。変装して別人に見えるとさらにいい」
「それはもしかして……!」
「そうすれば、その人材が精霊と契約出来るところまで俺が指導します。もちろん、最初から契約精霊持ちでも構わないですよ。精霊力の感知や制御の精度を上げる指導も出来ますから」
またしても腰を浮しかけたリグエルに、ニヤリと悪い笑みを浮かべてみせる。
「そうして十分実力を付けた後、その者達はこっそり俺の領地を出奔して、マグワイザー辺境伯領へ再移民してしまうんです。後は、また王都で依頼を受けて指導する時に、変装を解いた精鋭精霊魔術師として育てたい者達を何食わぬ顔で送り込んでくれればいい」
「素晴らしい……!」
「もちろん、依頼料は貰いますし、さっきも言ったように試験と面接を受けて貰いますし、素行や性格、学ぶ目的に問題があれば容赦なく不合格にしますけど」
「もちろんです、しっかり厳選します!」
「ああ、その時には怪しまれないよう、焦って領軍を立て直そうと悪足掻きしてるかのように、敢えて不合格になる者達も一緒に、多めに依頼を出すといいかも知れません。そうすれば、数撃てば当たる、みたいに、他の貴族家より多少は多く合格者が出ても不自然じゃない。ただ、指導する報酬に比べれば安いとは言え、その分、試験と面接の依頼料が増えるわけですから、負担が増えてしまうんですけど」
「その程度は必要な負担でしょう。確かにそれなら、僕だけ特別に便宜を図って貰ったようには見えない。その上で、当初の予定通り、領軍に精鋭精霊魔術師部隊を作って戦力を向上できる!」
「その通りです」
これなら、俺が表立って特別なことをする必要は何もない。
普段通り、領地で領民の指導をして、王都で貴族達からの依頼を受けて送り込まれてきた者達の指導をするだけで、リグエルの目的を達せられる。
我ながら、なかなかいいアイデアだと思うよ。
「当然、そんな風に移民制度を利用してるなんて、他の貴族達には絶対にバレないようにお願いします。しかもこれが俺の発案だってことまでバレたら、どんな無理難題を押し付けてくるか、また無茶をしでかすか、見当も付きませんから」
「分かりました、決して口外しませんし、他の貴族達に悟られるような真似もしません。エメル殿には決して迷惑をかけないと、重ねてお約束します」
本当に、こんな裏技があるなんて知られたら、どんな連中を、それも大量に移民させてくるか分かったもんじゃない。
それでまた大量に領地から出て行かれたら、領内の経済が滅茶苦茶になってしまう。
しかも絶対に、本来の領民と深刻なトラブルを起こすだろうし、いくら移民が欲しいとはいえ、そんなの百害あって一利なしだ。




