480 不遜で愚昧な痴れ者達を分からせる 2
特務部隊候補の六十三人へ向かって六体が。
不遜で愚昧な痴れ者の百数十人へ向かって十六体が。
躊躇うことなく突っ込んでいく。
「ひぃ!? なんの冗談だこれは!?」
「こっ、これのどこが訓練だ!!」
「武器!! 武器くらいよこせ馬鹿野郎!!」
痴れ者達は百数十人もいるのに悲鳴を上げて逃げ惑うばかりで、立ち向かう者はただの一人もいない。
対して、特務部隊候補の六十三人は、部隊わけをしていなかったにも関わらず、すぐさまおよそ十人ごとに分かれて、戦い始めた。
しかも条件は同じ、素手で。
「冗談でハありまセン。これハれっきとした訓練デス」
巫女姫らしく、穏やかに、健闘を見守るように、微笑みを返す。
「先ほども言いまシタように、ご領主様からなんの説明もないままに突然行われた、特務部隊の初日の訓練デス」
野次馬達の中に、その訓練で心が折れて、特務部隊へ入ることを諦めた人達がいたらしく、腕を組んで頷いている姿が幾つも見えた。
それを指摘して教えるものの、逃げ惑うのに必死の様子で、果たして何人がちゃんと聞いていたかは分からない。
でも、事実はちゃんと示した。
聞いていない方が悪い。
特務部隊候補の六十三人は、包囲して遠距離から攻撃魔法を放ったり、背後から殴りつけたり、見ていて危なっかしいものの、なんとか応戦している。
だけど痴れ者達は、ようやく何人か攻撃魔法で応戦する者が出てきたものの散発的で、ほとんどが、自分が逃げ回るのに必死で、周りすら見ていない者達ばかりだ。
「エフメラ様、殺してハ駄目デスし、大怪我もさせないように気ヲ付けないといけまセンガ、多少の怪我なら構いまセン。蹴散らして下サイ」
「よーし、それじゃあ、やっちゃえゴーレム!」
エフメラ様がノリノリで命令すると、契約精霊達が操るゴーレム達の動きが変わって、ただ腕を振り上げて威嚇しながら追い回すだけだったのが、その拳を振り下ろし、蹴りを放ちと、攻撃を始める。
当然、本気では当てていない。
ドカンと派手な音を立てて、斧やメイス、拳が大地を叩く。
もし直撃していれば、一撃で叩き潰されて死んでいるような攻撃だ。
でも、エフメラ様はちゃんと外して、絶対に当てない。
さすがだと思う。
ただし、直撃させない代わりに、逃げ損ねて足が竦み、ゴーレムを前に棒立ちになった痴れ者を、腕を払って弾き飛ばす。
さらに背を見せて逃げる者の背中を、蹴り飛ばす代わりに、小突くように足で押して派手に転ばせる。
この程度なら、多少の打撲と擦り傷程度で済むから、手加減も上手だ。
「ぐあっ!?」
「いてぇ、いてぇよぉ!」
「来るな! 来るんじゃねぇ! ぎゃあ!?」
それでも、痴れ者達は情けなく悲鳴を上げて、半泣きの者達までいる。
阿鼻叫喚の地獄絵図、その真っ只中にいるつもりなのだろう。
本当の地獄は、このように生ぬるいものではないのに。
そんな訓練が十五分も続いた後、特務部隊候補の人達も、痴れ者達も、等しく誰一人として立っている者はいなくなっていた。
「どうやらここまでのようデスね。エフメラ様、ありがとうございまシタ」
「うん、この程度、お安いご用だよ」
胸を張って、爽快に笑うエフメラ様。
精霊王様を貶められた鬱憤を晴らせて、満足されたようだ。
「まだ訓練ガ終わったわけでハありまセン。早く立って下サイ」
わたくしの微笑みに、痴れ者達から返ってくるのは、声も出ずに荒い息遣いか、痛みに呻く声ばかりだった。
特務部隊候補の人達はさすが、なんとか立ち上がって、ヨロヨロとしながらでも整列する。
彼らの中で真っ先に動いているのが、マージャル族の者達なのが誇らしい。
「ふ……ふざけんな……これのどこが訓練だ……!」
追い回されて疲れて、振り払われ小突かれ転倒しただけで、大怪我をしたわけではないから、しばらくして息を整えれば、痴れ者達も動けるようになったようだ。
「あなた達こそ、何ヲ甘いことヲ言っているのデス?」
飽くまでも穏やかに微笑むと、起き上がった者達が、怒りに任せて詰め寄ってこようとする。
「クリエイトゴーレム」
そこに割り込むように、エフメラ様の声が。
動きを止めたトロルのゴーレム達の前に、十数人の立ち向かう人達、逃げ惑う人達の新しいゴーレムが生み出された。
トロルのゴーレムが雄叫びを上げて、立ち向かう人達のゴーレムの真上から斧を、メイスを叩き付け、本気で殴りつけ、蹴り飛ばし、踏み潰す。
さらに逃げ惑う人達の後を追って、勢いに任せて斧を横薙ぎにする。
あっという間に立ち向かう人達も逃げ惑う人達も、叩き潰され、真っ二つに切り裂かれ、ゴロゴロと無残な死体を晒した。
場がしんと静まり返る。
さすがエフメラ様だ。
「実戦でハ、あなた達ハこうなっていたのデスよ? これガ訓練でなくて、なんだと言うのデス?」
「っ……!」
これには、さすがに反論の余地がないらしい。
「何ヲ思い違いヲしているのか知りませんガ、ご領主様直属の特務部隊ハ、メイワード伯爵領軍に所属する部隊デス。有事の際ハ、その名の通り特務ガ下され、最前線で戦う必要ガあるのデス」
「だから命懸けで戦えって言うのか!?」
「命懸け? 何ヲ甘えたことヲ言っているのデス。命ヲ捨てて戦うのデス」
「なっ!?」
「もし、ご領主様ガ王都へ出向かれている不在時に攻め入られたら? ご領主様ガ戻られるまで、わたくし達だけで、この領地と領民ヲ守らなくてハならないのデス」
これは特務部隊であろうとなかろうと、領軍に所属するなら当然の任務。
精霊王様が戻られるまで、怯えて縮こまり、逃げ惑ってどうすると言うのか。
「不意ヲ突かれれバ、領軍本隊の準備ガ間に合わないこともあるでショウ。デスから、民ヲ逃がし、領軍本隊ガ準備ヲ整え、守りヲ固め、また迎撃に打って出るまで、特務部隊ガ即応部隊として真っ先に最前線へ赴き、時間ヲ稼ぐ役目ヲ負うのデス。文字通り、命ヲ捨てて。その役目ハ、絶対に誰かガ担わなくてハいけまセン。ご領主様ハ、そのような働きこそヲ、特務部隊に求められているのデス。お分かり戴けまシタか?」
微笑みながら、けれど、怜悧な瞳と声で、これ以上、有無を言わせないように、現実を突きつける。
「そして彼ら、特務部隊候補の六十三人ハ、全てヲ承知で、覚悟ヲ決めて、特務部隊の一員になることヲ決めたのデス。その多くガ、元ハトロルの奴隷にされていた者達デス。トロルの恐ろしさハ、骨身に染みて知っていマス。ですガ、それでも立ち向かうことヲ決めたのデス。あなた達に、それだけの気概ガありマスか?」
もちろん、それだけじゃない。
「もちろん、特務部隊に志願せずとも、わたくしヲ始めとシタ、マージャル族の者達ハ、皆その覚悟ヲ決めてご領主様にお仕えしていマス。ご領主様に庇護ヲ求めた以上、それに相応しいだけの働きヲすることハ当然デス。あなた達に、それだけの覚悟ガありマスか?」
もはや、反論はない。
反論出来るわけがない。
偉大な精霊王様の叡智たる秘伝を、姑息にも盗み取ろうと画策し、それが叶わないとなれば、精霊王様を、そしてその叡智を授かる者達を妬み、蔑み、貶める。そのような狭量で矮小な者達に、それだけの覚悟を決められるはずがないのだから。
「それでハ、訓練ヲ続けまショウ」
まだ続くのかと、痴れ者がどよめくけど、本当にぬるい者達ばかりらしい。
お人形と追いかけっこをしてちょっと小突かれた程度で、訓練が終わるはずがない。
こんな物は、ただ覚悟があるか試しただけに過ぎないのだから。
「でハ、お願いしマス」
わたくしの合図に、領軍の騎士、兵士達が前に進み出てくる。
その中にはガランド様を始めとした獣人達、ドワーフ達、ホビット達、人間以外の種族の者達も含まれている。
人間からの参加者は、プルツ様を始めとした、元グルンバルドン公爵領軍の者達も多い。
「特務部隊として戦う相手ハ、何も同じ人間や、トロルだけとハ限りまセン。様々な種族との戦闘も想定されていマス。人間としか戦ったことガない、人間としか戦いたくない、などと、選り好みハ許されまセン」
大勢の野次馬達が見ているので敢えて言及はしないけど、領民の反乱の鎮圧もその任務に含まれるのだから。
「それでハ、ガランド様、プルツ様、よろしくお願いいたしマス。手加減ハ不要デス」
「ああ、任せておけ」
「承知した」
ガランド様がバキバキと指を鳴らして獰猛な笑みを浮かべて、プルツ様が苦笑を漏らす。
精霊王様から許可を戴いて、精霊王様から聞かせて戴いた、痴れ者が何者なのか、何が目的なのかを、ガランド様にもプルツ様にも伝えている。
同時に、プルツ様が何者で、何が目的で移民されて来たのかも、精霊王様からコッソリ聞かせて戴いた。
だからプルツ様にとっても、他勢力に精霊王様の秘伝と言う叡智が漏洩することは、望むところではないはず。
きっと、わたくしが望む働きをしてくれることでしょう。
ガランド様とプルツ様、他の兵士達がやる気を見せて前に出ると、その分だけ痴れ者達が後ずさった。
助けを求める視線が多数わたくしに集まってくるけど、黙殺する。
「それでハ始めて下サイ」
その後の、不遜で愚昧な痴れ者達の末路は、胸がすく思いでした。




