48 庭園デート
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本日、姫様の公務はオフだ。
姫様と王都で出会ってから、およそ一ヶ月半ほどが経って、初めてまともに姫様に休みが取れるなんて、王族の仕事って言うか、国家運営って言うか、相当にブラックなんじゃないか?
それはさておき。
オフだから、姫様は朝からドレスを着て、ウィッグも被って化粧もして、朝から一日お姫様モードだ。
「今日の姫様は一段と可愛いですね」
廊下を二人で並んで歩きながら、思わず頬が緩みつつ言うと、姫様の顔が赤らむ。
「そなたは本当にそういうことを臆面もなく言うのだな」
「可愛いものは可愛い、そう褒めるのは当然ですよね。しかも俺の為にこんなにも可愛く着飾ってきてくれてるなんて、男冥利に尽きるって言うか、男としてちゃんと褒めるべきじゃないですか?」
「確かに紳士の嗜みとして、淑女が着飾っていればそれを褒めるのは当然だが……」
「姫様も、今は淑女ですよ?」
「いや、淑女と言われても私は……」
「立派な淑女ですよ。姫様はもっと女の子としての自覚と自信を持つべきです」
拳を握って力説すると、姫様がどう答えようもないって顔で困った笑みを浮かべる。
王城に戻ってきたから、着てるのは次期公爵からの借り物の公爵クラスの物じゃない、ちゃんと王族クラスの可愛らしいドレスだ。
さすがに姫様のために仕立てられた新作じゃないけど。
それでも、お姉さんのお姫様のお下がりだから、そっくり姉妹のおかげで姫様にもよく似合ってる。
ウェストがきつく胸が余るらしいけど、そこは仕立て直してウェストにはゆとりを、胸の余った部分には詰め物をして調整済みだ。
おかげで、今の姫様にはほんの少し胸がある。
本来あるはずのないその胸元の曲線が、実に男の娘らしく男装コスプレ時と違うギャップを生み出してて、ちょっといい……って言うか、かなりいい!
姫様は、見た目だけでも自分に胸の膨らみがあるのは、かなり恥ずかしそうだけど。
俺としては、男の娘には胸がないのは当然だから、なくて全然いいし、女装して胸を作りたいなら、あっても全然いい。
って言うか、姫様ならあってもなくてもいい。
むしろ、あったりなかったりすれば、両方のボディラインを楽しめていい!
だから、俺としては褒めて褒めて褒めちぎって、男の娘としてもっと女の子みたいに着飾って可愛くなる喜びを覚えて欲しいところだ。
特に今歩いてる王族のプライベートエリアになる館の中なら、王族の二人と俺と、一部の事情を知ってる侍女と近衛騎士達だけしか立ち入らない。
つまりそれ以外の人に女装を見られることはないんだから、是非とも女装して綺麗になっていく自分を楽しんで貰いたいもんだ。
と言うわけで……チラッと隣の姫様との距離を測って、すっと間を詰めると、姫様の手を握ろうと手を伸ばし……。
まるでその気配を感じたみたいに、あと一歩のところで、姫様がすっと離れてかわしてしまった。
「どうしてですか姫様!?」
「手を繋ぐなど恥ずかしいだろう!?」
「他に誰も見てないのに?」
「誰が見ていなくてもだ」
姫様ったらずっとこの調子で、なかなか進展しないんだよなぁ。
以前は俺を取り込むために、恥ずかしそうにしながらも手を握ってくれたり、側に座ってくれたり距離が近かったのに、今は俺との距離感に迷ってるのか、なかなか触れさせてくれない。
強引に抱き締めたりすると、恥ずかしがって逃げようとして、結局諦めて大人しくなってくれるけど、あんまり繰り返してると警戒されて距離を取られちゃうんだよね。
クレアさんすら見てない完全に二人きりの時は、もうちょっとだけ素直になって手くらい握らせてくれるから、嫌がられてるわけじゃないし、そんな風にまだ自分で自分に戸惑ってる感じがまた可愛いくて、つい抱き締めたくなっちゃうんだけどさ。
「とにかく、人目がある場所ではもう少し控えてくれ」
「分かりました、今は諦めます」
そんなこんなで歩きながら、館を出る。
そこは王城の中央とは反対側の、館の裏手になる庭園だった。
「着いたぞ、ここが王族専用の庭園だ」
そこは綺麗な花がいっぱいの広い庭園で、館が目隠しになって王城の中央側や迎賓館などからは見られないようになっていた。
「すごいですね……花壇がいっぱいで、色んな花が咲いてる。でも……」
「ああ……」
ここも荒らされていた。
外部から立ち入られないように木製の柵が設置されてるけど、それも破壊されてて、恐らくそこからトロル兵が侵入したんだろう。
そして、王族を守ろうと近衛騎士達と戦闘になったに違いない。
双方の死体なんかはとっくに片付けられてて、血痕なんかも綺麗に掃除されてるけど、一部の花壇はレンガの囲みが崩れ、花が踏み荒らされて枯れていた。
補修が済んだって言っても、生活スペースで崩れたり落ちたりの危険がない程度で、館の中の壁や柱には傷が残ってるし、庭園なんかは後回しにされている。
王族の生活スペースなんだから、それこそ最優先で完璧に補修すべきなんだろうけど、姫様もお姫様も、謁見の間や会議室、それに続く廊下、そして迎賓館なんかの、実務上および外交上必要な箇所の補修作業を優先するように指示していた。
本当にさすがだって思う。
けど、そのせいでこの庭園がちゃんと補修されるのは、いつになるのか分からない。
「本来ならば、四季折々の花々が咲き乱れ、それはそれはとても美しい庭園なのだ。亡き母上……王妃殿下も、ことのほかこの庭園がお気に入りでな。私も幼い頃から、ガゼボで母上とお茶をしながら花を眺めたり、本を読み聞かせて戴いたりしたものだ」
その時のことを思い出したのか、姫様がとても優しく微笑む。
だけど、それも長く続かずに、荒れた花壇と崩れたガゼボを悲しそうに見つめた。
「出来ればそなたには、王妃殿下と共にお茶をしながら、その美しい庭園を見せてやりたかった」
姫様が拳を握り、力が籠もる。
姫様はとてもしっかりしてて、王太子として頑張って国政を回してるけど、まだ十三歳で成人もしてないんだ。両親と死に別れるのは早すぎる。
「……済まぬなエメル。案内すると言っておきながら、暗い話になってしまった」
俺を振り返りながら微笑むけど、無理をしてるようにしか見えない。
姫様にはいつでも笑ってて欲しいのに。
「あの、姫様、差し出がましいかも知れないけど、この庭園を綺麗にする手伝いを俺にもさせてくれませんか?」
「それはありがたい申し出だが……どうするつもりだ?」
「精霊に頼めば、少しは整えられると思うんです」
「……いいのか?」
「もちろん、姫様の大切な思い出の場所なんですから」
「そうか……では頼む」
「はい、任せて下さい」
姫様の笑顔を少しでも取り戻すために、ここは全力でやらせて貰おう。
「ユニ、まずは大丈夫な花と枯れてしまった花、手を尽くせば間に合う花と手遅れの花、この庭園にある花全てを把握してくれ」
姿を現したユニが嘶くと、生命の精霊の本領発揮とばかりに精霊力が庭園中に広がっていき、全てを把握してしまう。
「よし、次はユニと一緒に、モス、サーペ、ロク、レド、手遅れの花は枯らしてしまって、枯れた花は土に返して肥料にして、土壌を整えよう。そう、村でやってた要領で」
枯れていた花、しおれていた花が、見る間に分解されて崩れて、土が蠢くとそれを飲み込み、何度かうねることで土壌を整えてしまう。
「後は痛んだ花を回復させて、残った全ての花に水と栄養を」
「おおっ……!」
姫様が驚きの声を上げて見つめる先で、残った花が全て元気な姿を取り戻していく。
荒らされてた場所は土が剥き出しになってて、庭園一面が花でいっぱいの姿を取り戻せなかったけど……それでも、かなり綺麗に整えられたと思う。
「後は、割れた石畳と花壇のレンガ、そして崩れたガゼボか……これ、修復出来そうか? あ、出来る? キリとデーモの協力があれば? よし、それじゃあキリとデーモも一緒に全部やってくれ」
まるでフィルムの逆回しを見るみたいに、崩れたガゼボの石材が宙に浮いて積み上がると傷跡が修復されてひび一つなくなり、割れた石畳がくっつき、崩れたり砕けたりしたレンガが持ち上がり形を整えられ、見る間に元通りになっていく。
程なく、庭園はその美しい姿を取り戻していた。
「すごい……」
驚きに目を見開いた姫様の両目から、ボロボロと涙が流れ落ちて……!?
「姫様!? 不味かったですか!? なんか間違ったり変だったりしましたか!?」
「違う……そうではない、そうではない…………」
涙をこぼしながら、俺を見上げてくる姫様。
「エメル、感謝する。まるで母上との思い出も取り戻せたような気持ちだ」
「それはここに、姫様と、姫様のお母さんとの大切な思い出がいっぱいあったからですよ。キリがそれを読み取って再現してくれたんです。どうでもいい場所だったら、こうはなりませんでしたよ」
ハンカチを取り出して、姫様の涙を拭う。
「まったく……泣かせてくれる……」
泣き笑いの姫様の涙は、なかなか止まることがなかった。
やがて、涙が止まった姫様に、花壇から一輪の青い花を手折って、ウィッグだけど、姫様の髪にそっと挿す。
「うん、すごく綺麗だ。よく似合ってますよ姫様。前も思ったけど、やっぱり姫様には花がよく似合う」
サーペに波一つ立たない鏡のように映る水板を作って貰って、エンには鏡同然に光を反射して貰って、姫様のその姿を映し出す。
花を髪に飾られた自分の姿に、姫様の頬がかあっと赤くなった。
「このような私に花など……」
「いいじゃないですか、着飾っても。すごく似合ってて可愛いんですから。姫様の綺麗で可愛いところ、いっぱい見せてください」
「そのような目で見ないでくれ……」
そのような目がどんな目か知らないけど、遠慮はしない。
「姫様がいつでも笑顔でいられるように、俺、頑張りますから。失ってしまった命は戻らないけど……それでも、大切な物は取り戻せるだけ取り戻してみせます。だから姫様、俺の前ではいつでも笑っててください。姫様の幸せが、俺の何よりの願いです」
姫様が眩しそうに目を細めて、柔らかく優しく微笑んでくれる。
「……エメル、そなたに感謝を」
◆◆◆
庭園の案内を済ませエメルと別れたアイゼスオートは、自室へ戻る前に、フラフラと覚束ない足取りでフィーナシャイアの部屋を訪れた。
「どうしたのですかアイゼ、顔が真っ赤ですよ?」
姉の言葉に小さく言葉に詰まって、侍女のレミーが引いてくれた椅子に腰掛ける。
そして、姫君としても王太子としてもあるまじきことに、力尽きたようにテーブルに突っ伏した。
そのまま両腕を組んで、その間に真っ赤になった顔を埋めて隠してしまう。
「姉上、私は…………僕はもう、男に戻れないかも知れません……」
「そう……ですか……」