475 ドジール商会の報告
「ご無沙汰しております、メイワード伯爵閣下」
「久しぶりだな、ドジール商会長」
先に応接室で待たせてたドジール商会長は、俺が部屋に入ると素早く立ち上がり、早速へこへこ揉み手をしながら愛想を振りまいてくる。
インブラント商会から聞いたところ、元々ドジール商会が懇意にしてた、俺にぼったくりを仕掛けてきた中立派の貴族は、その後、当主は蟄居させられ、さらに嫡男じゃなくて分家筋に当主の座が移され、没落って程でもないけど領地の経営状態が相当悪化したらしい。
まあ、裏で不正を働いて国に納める税金を誤魔化してた上、あくどいこともそれなりにやってたらしいから、ロードアルム侯爵率いる監査室から厳しい指導と追求を受けて、追徴課税や賠償金を支払うことになり、さらに地位や権力を取り上げられたのは当然だろう。
爵位剥奪の上でお取り潰しや、反逆罪で処刑されなかっただけマシって話だ。
さらに、それを見越して俺に近づいてきてたドジール商会は、俺を逆恨みしたその貴族の怒りを買って、完全に関係を切られたらしい。
それなりに大きな商会だから、その程度で潰れるドジール商会じゃないけど、貴族は上客だし、理由はどうあれ貴族から切られたって評判はマイナスに働くし、当然、経営状況は悪くなる。
さらに、トロルとの交易で高い授業料を払って経営を悪化させてたから、現状なかなか苦しい状況に立たされてるわけだ。
だから、ここはどうしても俺に取り入って持ち直したいんだろう。
ルグスの町長みたいに、すぐさまおべんちゃらを言ってくるわけじゃないけど、愛想と揉み手に余念がない。
これまで俺がドジール商会に依頼した仕事だけじゃ、全然足りないからな。
例えば、鍛冶屋などの設備の施工や道具の調達、精錬した銅の王都までの輸送など、領内の産業に関わる大事な所を任せてるけど、その程度なら、別の商会でも十分にこなせる仕事だ。
それこそインブラント商会に頼めば、たとえ専門じゃなくてもあのインブラント商会長なら、まず間違いなくなんとかしてくれると思う。
だから、これまで頼んだ仕事程度だと、懇意にするって程の話じゃないし、言い方は悪いけど、いつでも代えがきく商会だ。
俺としては、俺と懇意にしてない、インブラント商会以外の商会がトロルと交易したって実績を作ってくれた時点で、期待した役目を十分果たしてくれたわけだからな。
こう考えると、ちょっと傲慢な悪い貴族にでもなった気分だけど。
でも、それで『はい、さようなら』じゃちょっと申し訳ない。
だから、一つ、重要な仕事を任せたわけだ。
その仕事の成果如何によっては、御用商人とまではいかなくても、これから懇意にしてもいいって思ってる。
そして、その仕事の成果について報告があるって連絡があったから、こうして時間を取ったわけだ。
俺がソファーに座って、ドジール商会長も座り、アイジェーンがお茶を淹れてくれて部屋の隅に控えたところで、ドジール商会長が揉み手をしながら早速切り出してきた。
「メイワード伯爵閣下ご所望の、オリーブオイルを搾油する道具一式と、オリーブの栽培およびオリーブオイルを作るノウハウをお持ちしました」
「おおっ、やってくれたか!」
「はい!」
つい身を乗り出してしまった俺のリアクションに手応えを感じたのか、満面の笑みになって聞かせてくれる。
「いやはや、本当に大変でした。何しろ、オリーブはマイゼル王国内で栽培されていない果実です。高級化粧品として、美容に関心の高い貴族のご婦人方がお使いになる程度しか需要がなく、他国からの輸入に頼る品ですからな。何よりメイワード伯爵閣下直々のご依頼ともなれば、誰に任せるというわけにも参りません。この私自ら国境を越えて産地へと足を運び、この目で確かめ、揃えて参りました」
自分を売り込みたいんだろう、大仰な言い回しだ。
まあ、立場を考えればこういう売り込みも必要だろうし、大目に見るか。
「それで、どうだったんだ?」
「はい。まず訪れたのはフォレート王国です。オリーブオイルの輸入量のおよそ七割がフォレート王国からですからな。そこで最も多くオリーブオイルを扱っている商会は、フォレート王国貴族の中でも特に保守的で権威に煩い侯爵閣下の御用商人でして、その侯爵閣下のご領地がオリーブの一大産地だからなのですが、マイゼル王国ごとき小国の聞いたこともない商会の商会長などに会う暇などないと、取り付く島もなく、まずは約束を取り付けるのにも大変苦労をいたしました」
いや、どうだったって、そういうことを聞きたいんじゃなくて、さっさと結論と、その道具類を見せて欲しいんだけど……。
気持ちよく滔々と武勇伝を語るドジール商会長に、こっそり溜息を吐く。
苦労したのは本当みたいだし、こういうのを聞いてやるのも報酬の一環かな。
それに、途中、聞き逃せない話が出てきた。
「最初はかなり渋られたものの、なんとか職人に話を聞くくらいは出来そうな流れになったのですが、職人の派遣先がメイワード伯爵領だと言う話になった途端、態度を急変されまして」
「態度を急変?」
「はい。突然にべもなく断られ、態度が硬化してしまったのです。理由について探りを入れてみましたが、ハッキリとは分かりませんでした」
その侯爵と俺は、面識もなければ関わりもないはずだけど。
元から主要産業の情報を外に出したくなかったら、最初から断ってたはずだ。
曲がりなりにも面会に応じたのは、オリーブオイルの認知度を高めて輸出量を増やせるかも知れないって思惑があったからだと思う。
それが、俺の領地の話になった途端、断ってくるなんて。
「全く心当たりはないのか?」
「私の私見となってしまいますが……」
「それで構わない」
「はい、では。どうも上からの通達ではないかと思われます」
「上から……」
って言うと、多分この場合、王家……だろうな。
「なるほど、俺への嫌がらせか」
「私には、その上の方々の真意は分かりかねますが、メイワード伯爵閣下を警戒されているのは間違いないかと」
そこで言葉を切るけど、言外に俺の領地での作物の栽培状況を臭わす。
言わんとするところは分かった。
俺に主要産業の作物に関わる情報を流したら、何をされるか分からない、って警戒してるわけだな。
綿花の種を盗んで燃やしたのも、多分その警戒からだろうし。
その分の綿花の種を俺がエレメンタリー・ミニチュアガーデンで増やしたことまではバレてないとは思うけど……。
これまでの応酬から考えれば、警戒されてて当然か。
「それなのに、よく仕入れて来られたな?」
「はい。フォレート王国内では埒が明かないと思い、シェーラル王国にまで足を延ばした次第です」
「シェーラル王国……」
最近、その名前を耳にしたばかりだな。
「シェーラル王国もオリーブオイルを輸出しており、輸入量のおよそ二割がシェーラル王国産ですな」
「そうなのか」
「シェーラル王国でもやはり、マイゼル王国の商会の者だと分かると、フォレート王国程ではないものの軽く扱われ、なかなか面会の約束を取り付けられず難儀致しました。しかし他でもないメイワード伯爵閣下からのご依頼ですからな。随分と足下を見られて金をばらまくことになりましたが、なんとか道具類を揃えて、職人から話を聞き出すことに成功したのです」
途中、『足下を見られて金をばらまくことになりましたが』を強調した口ぶりになったな。
確かこういうのって、必要経費として補填してくれって遠回りで言ってるんだよな。
そんな感じの話を、カラブンから聞かされたことがある。
その後、オルブンに睨まれてたけど。
それはさておき。
「分かった。その辺りは心配しなくていい」
「おお、さすが救国の英雄たるメイワード伯爵閣下。お気遣い戴きありがとうございます」
満面の笑みで、これでもかって揉み手してるな。
あからさますぎて、なんだか怒る気にもなれないよ。
「ただ一つ、ご了承戴きたいことがありまして」
「了承して欲しいこと? なんだ?」
「実は、職人を連れてくることは出来なかったのです」
補填の言質を引き出してから報告するところが嫌らしいな。
さすが、インブラント商会程ではなくても大手の商会の商会長だ。
これで補填の話はなし、って言えば、俺は狭量な貴族と見なされ、その噂が広まれば他の商会との商売にも悪い影響が出てしまうわけってわけだ。
まあ、元々、金に糸目をつけないつもりだったから、そんなことは言わないけど。
それより大事なのは、職人を連れて来られなかった、その事実の方だ。
「理由は?」
「はい。重要な産業の職人を領外へ出すことは出来ない、と」
「なるほど……もっともな話だな」
「口ぶりからすると、メイワード伯爵領まで遠く、ガンドラルド王国の領土を避けて大きく北回りでフォレート王国を経由して移動しなくてはなりませんから、フォレート王国への配慮もあったのではないかと」
つまり、俺に協力するためにフォレート王国を通過して、フォレート王国を刺激したくない、ってことか。
「そうか……仕方ない。無理は言えないからな」
「ご理解戴きありがとうございます」
俺も、自領の重要な産業の職人を派遣して欲しいって言われても、さすがに送り出したくないしな。
それが敵対してる相手ならなおさらだ。
「それで、どんな話を聞けたんだ?」
「はい、それはこちらの書類にまとめてあります」
提出されたのは、十枚ほどの植物紙の報告書だった。




