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47 フィーナシャイアの憂鬱

◆◆



 王城へ戻ってからしばらく経ちました。


 新たに用意されたわたしの部屋も、ようやく自分の部屋だと馴染んできています。

 使っていた家具の多くをそのまま運び込みましたが、新しい家具も多く、トロルやトロルロードに囚われていた辛い日々も過去の出来事に変わってきており、心穏やかな日々を過ごせています。


 ですが……片付けと清掃は終わっているそうですが、前の部屋にはあれから一度も入っていません。

 あのような恐ろしい目に遭った部屋には、近づきたくもありませんから。


 しかしそれと同時に、エメル様と出会った初めての場所でもあります。

 エメル様がわたしを救いに来てくれて、枷から解き放ち、お姫様抱っこをし、そのまま連れ出してくれた、そんな思い出の場所なのです。

 いつかトロルロードの恐怖を克服し、忌わしい記憶が薄れた頃、エメル様との思い出に浸りに訪れるのも悪くないかも知れません。


 ただ……。

 わたしはエメル様に何か失礼を働いてしまったのでしょうか。


 嫌われているとか避けられているとかではないようなのですが……微妙な距離を感じる時があるのです。

 まるで、薄絹を間に挟んでいるような、そんな詰められない微妙な距離を。


 会議、会議と、連日会議に次ぐ会議が開かれ、わたしも可能な限り出席しています。

 アイゼがエメル様の下へ降嫁(こうか)する時のために、わたしが国政を預かれるようにならなくてはなりませんから。

 ですので、アイゼの護衛としてエメル様も毎回出席されていますから、会議でも頻繁に顔を合わせます。また、わたしが出席するしないに関わらず、それら会議のための打ち合わせを三人ですることも欠かしません。


 このように、国難に際しこの国をよりよく導けるよう、どさくさに紛れて利権を独占されないよう、そしてアイゼとエメル様の今後を考えてその足場を固められるよう、共に貴族や大臣達を向こうに回し立ち回る、謂わば戦友とでも呼べる間柄でもあります。

 そして公務ばかりでなく、夕食を共にすることもあるのです。


 そうした公務中、プライベート中に関わらず、どのような時でも、エメル様はわたしを王女として、アイゼの姉として、年上の女性として、敬い、気遣い、丁寧に、優しく、接してくれます。

 それは儀礼的なものではなく、そこに隔意(かくい)があるとは思えません。

 大切な契約精霊を、わたし達に害意ある者達が近づいてこないか警戒させてくれているなど、格別な配慮も戴きました。


 その精霊……あれほどハッキリとした自我を持って自主独立して行動するとなると、もはや彼女と呼ぶべきでしょうか?

 普段は気配こそ感じませんが、近くにいるときは呼べば姿を現して、質問や確認など、とても丁寧に受け答えしてくれて、優しい気遣いを見せてくれます。

 その様子から、エメル様のわたしに対する好意的な一面が垣間見えるのは、わたしの思い過ごしや願望などではないはずです。


 何よりエメル様は、わたしが微笑みかけると頬を赤らめられるので……(かえ)ってわたしの頬が熱くなってしまうこともあります。

 そんなときは、勘違いし、期待してしまいそうになる自分を戒めるのが大変です。

 ですから無下に扱われていると感じることは全くありませんが……。


 それなのに、何故距離を感じるのでしょうか?

 少し胸が痛みます……。



「ふぅ……」

「どうかなさいましたかフィーナ様?」

 側で控えていたレミーが、気遣わしげにわたしを見ていました。

「少し考え事をしていただけです」


 目の前に置かれた紅茶はすっかり冷めてしまっていて、レミーが新しい紅茶を淹れてくれます。


 十五歳で年若い侍女のレミーは、まだまだ所作が洗練されていません。

 それもそのはず、つい先日まで見習い侍女だったのですから。

 他の侍女達は、王城から落ち延びる時、わたしを逃がすために囮となって命を落としました。

 その際わたしにレミーを付けたのは、一番年下だったレミーも生かすための、彼女達の配慮だったのでしょう。

 その想いを、レミーはしっかりと受け止めてくれています。


 そうしてただ一人生き残った侍女であるため、人手不足でもありますし、レミーは筆頭侍女に異例の大抜擢をされました。よほどの信頼や実績、能力がなければ、平時であればあり得ない人事です。

 だからその責任に見合う侍女になろうと、とても使命感に燃えていて、これまで以上に献身的に尽くしてくれています。

 ただ、時々その思いが強すぎて、暴走しがちなのが玉に瑕ですが。


「ありがとうレミー」

 淹れてくれた紅茶を一口飲みます。

「……少し渋みが出ていますね」

「うっ……精進します」

 是非、頑張って欲しいものです。


 こんなレミーですが、わたしの命の恩人でもあります。

 王都の東門へ向かう途中、トロルに見つかり殺されそうになり、レミーがトロルの前に立ちはだかり、わたしの正体を明かすことで殺されるのを避けました。

 もしレミーのその行動がなければ、わたしは今ここにいません。


 そうしてトロルに捕えられ、わたしが自室で軟禁されていた間、わたしと引き離されたレミーは地下牢に囚われていました。

 再会した時の、わたしの無事を知ったレミーの大泣きっぷりは、今思い出しても可笑しく、そして胸が温かくなります。

 捕虜への扱いが悪く、そのせいでしばらく体調を崩していたレミーですが、他の誰よりも早く快復し、こうして侍女として復帰してくれました。


 もしエメル様の救出が一日遅かったら、わたしはトロルロードの慰み者として飼われ、心が病むか壊れるかし、レミーは奴隷としてガンドラルド王国へ連れ去られ、二度と会うことは出来なかったでしょう。

 本当に、エメル様には感謝してもしきれませんね。


「レミー、エメル様はどうしていらっしゃいますか?」

「はい、エメル様はアイゼスオート様とご一緒に、庭園で花壇の手入れをされているようですよ」

「エメル様が花壇の手入れを? そのようなこと庭師にさせればいいでしょうに。何故エメル様にそのようなことをさせているのですか?」

「エメル様のご希望です。アイゼスオート様と王妃殿下の思い出の場所だから、と」

「そういうことでしたか……でしたらいいのです」


 お母様との大切な思い出の場所……。

 お母様がもういないのだと見せつけられるようで、その荒れた様子を目にしたくなくて訪れていませんでしたが……。


「エメル様には感謝しないといけませんね」

「…………」

「レミー、どうかしましたか?」

「……よろしいのですか?」

「何がです」

「いえ……なんでもありません」


 心の整理を付けるには、まだしばらくの時間が必要そうです。



 感想を下さった皆様、ありがとうございます。

 励みになり、モチベーションを上げて執筆しています。

 よりより作品をお届けできるよう頑張りますので、これからも応援よろしくお願いいたします。


 また、まだの方もよろしければブックマーク、評価、感想など、よろしくお願いいたします。


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