469 贅沢で豪胆な願い
それからしばらく、周辺国の動きや国内の貴族達の動きなんかについて、あれこれと話して、時間的に大分遅くなったけど、大事な話は一通り終わった。
ほっと一息吐いて……でもまだ話は終わりじゃない。
むしろ俺にとってはここからが本題だ。
一度大きく深呼吸して、腹に力を入れて、意を決して切り出す。
「実は、二人に折り入って相談、って言うか、お願い、って言うか、大事な話があるんです」
「ふむ、エメルからの大事な話か」
「それは一体、どのようなお話でしょう」
ピリッと空気が張り詰めた気がした。
二人の顔はにこやかだけど……これ、絶対笑ってないよな。
妙に圧を感じるし。
……もしかして、俺が言いたいことに気付いてる?
だとしたら話は早い。
正直、やましい気持ちがないわけじゃないけど……変に誤魔化したり、臆したりせず、堂々と話をするべきだ。
だって俺はもう決めたんだから。
「この場にエレーナを呼んでもいいですか? エレーナにも関係ある話なんで」
「いいでしょう」
フィーナ姫が頷いてくれたんで、エンを呼びにやってエレーナを呼び出した。
「失礼します」
待つことしばし、リビングに入ってきたエレーナは、さすがに顔が強ばって緊張していた。
部屋に入ってきた途端、目を見開いて一瞬足を止めちゃったし。
さらに声も固いし、動きも固い。
当然だよな。
降爵された男爵令嬢が、王族の館に呼び出されて王族の二人とプライベートで会うだけでも大事なのに、これからしようって話を考えれば、緊張するなって言う方が無理だ。
普段なら護衛として俺が座るソファーの後ろや部屋の隅に立って貰うところだけど、二人に許可を貰って、今は俺の隣に座って貰う。
並んで座る俺とエレーナを交互に見て、微笑みを絶やさないけど、姫様もフィーナ姫も目は笑ってない。
フィーナ姫が人払いをして、俺達四人だけになってから、改めて問いかけてきた。
「それで、お二人揃って、どのようなお話でしょうか?」
うん、圧がすごい。
でも、ここで怯むわけにはいかない。
「本題に入る前に、これだけは言っておきます。俺にとっての一番と二番は姫様とフィーナ姫で、それは絶対に変わらないです。だから、二人がどうしても嫌だって言うなら諦めます。でも、結論を出す前に、最後まで俺の話を聞いて下さい」
姫様もフィーナ姫も黙って目だけで先を促す。
「結論から単刀直入に言います。俺、エレーナのことも好きになっちゃいました。だから、エレーナとも結婚したいです」
ガチガチに固くなってるエレーナの手を握る。
途端にエレーナが痛いくらいに俺の手を握り返してきた。
「つまり、エレーナを三番目の妻に迎えたい、と言うことですね?」
「はい、その通りです」
フィーナ姫にきつい視線で真っ直ぐ見つめられて、それを真っ向から受け止める。
「そなたはもはや平民ではない。そして今後のこともある。惚れた腫れただけで側室を増やすわけにはいかぬが、そこは分かっているな?」
「もちろんです」
同様に姫様にもきつい視線で真っ直ぐ見つめられて、それも真っ向から受け止める。
それから、二人へ説明をする。
最初は、二人に対して申し訳なくて、迷って、決断を下せなかったこと。
そんな中、文官と武官達から俺が側室を迎える必要があるって、遂に結婚話が上がったこと。
悩んで、ナサイグとユレースに相談に乗って貰ったこと。
そこで聞かされた俺の状況と、今後どうなる可能性が高いかってこと。
他の貴族達の利益と思惑のために望まない結婚相手を押し付けられて、みんな不幸になるよりも、それを回避してみんな幸せになるためにはどうすればいいか考えたこと。
そして、出した結論を。
「そうでしたか……遂に家中からそのような話が上がったのですね」
フィーナ姫が大きく溜息を吐く。
「確かに、先ほどエメルから受けた報告を考えれば、今は様子見をしている貴族達が何がなんでもと動き出すのは、そう遠くないことだろう」
やっぱり二人とも、そうなる可能性が高いことに気付いてたんだな。
だとすればやっぱり、決断して動くなら早い方がいい。
「勝手な言い分に聞こえるかも知れないですけど、説明した通り、納得いかない相手を無理矢理押し付けられるより、ちゃんと話をして、姫様とフィーナ姫に納得して貰った上で受け入れて貰う方がいいと思ったんです」
強引に押し付けられる側室を、断固として断ることは出来るかも知れない。
でも、それで私利私欲に走る貴族達が止まるかと言えば、多分止まらないと思う。
それでいつまでもその話を持ちかけられて、煩わされ続けるくらいなら、それを封じるように手を打つべきだ。
「もちろん、三人に増えたからって、一人一人に向ける気持ちは変わりません」
姫様とフィーナ姫が俺を見つめながらしばし黙考して、おもむろに口を開く。
「……思う所は色々とあるが、エメルが私と姉上のことを考えて、事態が取り返しが付かぬことになる前に、こうして正直に話を切り出してくれたことは信じよう」
「心変わりされたわけではないと、信じてもよろしいのですね?」
「もちろんです!」
心変わりするなんてこと、絶対にあり得ない。
だって前世から通して、初めて好きになった人で、初めて好きになってくれた人で、好みのドストライクなんだ。
もう、特別で、別枠で、不動の一番と二番なんだから。
それも、一番と二番って言ってるけど、男の娘と女の子って違いもあるし、どっちが一番でどっちが二番って決められないくらいに。
姫様とフィーナ姫がエレーナに目を向ける。
「エメルがここまで言っているが、そなたはどうだ?」
「は、はい! 私も、伯爵様と同じ気持ちです。私にはもう、伯爵様しか考えられません」
「エメル様のことはもちろん、わたしやアイゼを裏切らないと誓えますか?」
「はい! 私は一度伯爵様と敵対しました。そのことで殿下方がご不安に思われても仕方ありません。ですが私は二度と伯爵様を裏切りません。もちろん、伯爵様と殿下方の間に割り込もうとも、奪い取ろうとも思っていません。立場は弁えています。殿下方の陰で構いません。ただ、伯爵様の寵愛を戴ければ、それで満足です」
かなりガチガチだけど、エレーナは真っ直ぐ二人から目を逸らさない。
「恐れながら、私が側室になることを、どうかお許し戴けませんでしょうか」
エレーナが深々と頭を下げる。
そんなエレーナを援護するように、身を乗り出す。
「俺は『嫁』のみんなを幸せにして、みんなで幸せになる努力を惜しむつもりはありません。経済的に苦労をかけないよう頑張って国を豊かにしますし、夫婦や家族としての時間もしっかり作りますし、その……夜の方の夫婦生活だって、三人もいるから物足りないなんて言わせません。絶対に満足させてみせます!」
「う、うむ、そうか……」
「それは……なんと答えればいいか……」
「……」
俺が断言すると、三人とも顔を赤くして、恥ずかしそうに目を逸らしてしまう。
って言うか、正直俺も顔が熱い。
恥ずかしくて俺も三人を直視出来ないよ。
でも、絶対に大事なことだと思うから、我慢して断言したんだ。
「……分かりました。エメル様のお気持ちとお言葉を信じます」
「そなたは変わらぬな……姉上の時もそうだった。いいだろう、そなたを信じる」
「フィーナ姫……姫様……!」
二人は、仕方ないなって顔で苦笑すると、エレーナに目を向けた。
「いいでしょう、エレーナがエメル様の側室になることを認めましょう」
「ただし、そなたが自ら言った言葉を違えることは許さぬ」
「はい、誓って」
ぃよっし!
これでエレーナも無事認められた!
姫様も、フィーナ姫も、エレーナも、みんな『俺の嫁』だ!
改めて三人の顔を見回す。
小さくて可愛い男の娘の姫様。
凛としていながら可愛らしいフィーナ姫。
普段はクールで無表情だけど、俺にだけは可愛い笑顔を見せてくれるエレーナ。
改めて誓おう。
俺は『俺の嫁』達を絶対に幸せにする!
そのためには自重せず、なんだってする!
「そなた、そのだらしないにやけ顔はどうにかならぬか」
「うっ……そんな顔してました?」
「うむ」
慌てて両手で顔を隠すけど……うん、どうしても口元がもにょもにょ緩んじゃうよ。
「贅沢で豪胆なお話ですね。まだ一人とも結婚していないのに、もう妻を三人も娶ることを決めてしまって」
「うぐっ……そうですよね、普通じゃ絶対にこんな話、通らないですよね」
「ええ。エメル様だから、としか言いようがありませんね」
他の貴族達じゃなくて、フィーナ姫に言われてしまった。
「伯爵様、ありがとう。幸せで、胸がいっぱい」
「っ……」
ほら、表情筋が仕事して、本当にもう幸せそうな眩しい笑顔を見せてくれるし。
「エレーナ、そなたそのような顔も出来たのだな……」
「……エメル様にはそんな笑顔を見せていたのですね。エメル様がお心を奪われた気持ちが少し分かりました」
姫様もフィーナ姫も初めて見たのか、目を丸くして驚きながら、目を奪われてるし。
そんな二人の反応に、エレーナも照れて俯いてしまう。
さっきまでの張り詰めた空気はすっかり消えて、和やかな空気が流れてる。
これならみんな、仲良くやっていけそうだ。




