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46 恐れ戦く貴族達

◆◆



「エメルと言ったか、なんなのだあの平民は、権力者に取り入るのが上手いだけの(いや)しい農民ではないのか」

「ハーグダス伯爵、そのエメルなる者はそのようにやっかいな平民なのですか?」

「ああ、非常にやっかいで目障りだ」

 (いぶか)しげな顔をする副大臣に、椅子の背もたれへと身体を預けながら吐き捨てる。


 王家の時代は終わった。これからはグルンバルドン公の時代だ。寄子(よりこ)たるこの私が、法務大臣としての辣腕を振るい、寄親(よりおや)たるグルンバルドン公を覇権へと押し上げていく。

 そう思っていた矢先に、トロルの大攻勢だ。


 戦力の要たる辺境伯の領軍が壊滅し、幾つもの領地が踏み荒らされた。

 ここまでグルンバルドン公の力が削がれてしまっては、私の権力を利用しようと、押し上げるのにも限界がある。

 そこへきて、あのエメルなる平民の出現だ。


「その平民、何かの罪で捕えさせますか?」

「いや、今すぐ動くのは不味い。私達に匹敵する捜査、調査能力を持っている可能性がある」

「まさか! ただの平民にそのような事が可能なはずありません!」

「そう、本来であればその通りだ」


 私達法務省の役人は犯罪を捜査し、犯人を逮捕し、法で裁き、罪を償わせる。そのための捜査機関と権限、長い年月をかけて培ってきた技術を持つプロだ。

 もちろん各貴族の領地の犯罪などは管轄外で、それらの権限は各領主にある。

 それとは別に、私達はもっと大枠の、国の法の番人なのだ。


 その捜査、調査能力たるや、下級貴族はもとより、力を持つ上級貴族すら凌ぐという自負がある。

 よほどの大貴族でない限り、その能力を恐れて私達の顔色を窺うのが常だ。


 だからこそ、時に見逃し、時に揉み消し、時に罪をでっち上げ、時に罪状や捜査情報を流し、貴族達に恩を売り、だからこそ恐れられ、その権益を守ってきたのだ。

 その私達に、成人して間もない賤しい農民が匹敵……いや、上回る可能性があるなど、冗談でも笑えない。


 グルンバルドン公の力を削ぐのも目的だったのだろう。トロルの大攻勢の情報を握り潰していたブラバートル侯には非常に業腹だが、下手を打ったのはいい気味だ。

 だが喜んでばかりもいられない。その精度が大問題なのだ。


 私達が掴んでいた以上の情報をあの平民が掴んでいたなど、私達の力が軽んじられかねない。

 ましてや、それを暴露したことで、私達が握っていたブラバートル侯に対する切り札が使えないゴミにされてしまった。

 まさに私達に対する利権の侵害、敵対行為だ。


「あの平民は、いずれ潰してやる。だが今はまだ戦時中だ、我が国が滅びては意味がない。少なくともそこそこ使える精霊魔術師ではあるようだからな。いずれグルンバルドン公が手にする我が国のため、今しばらく働いて貰ってからでも十分だろう」

「では、エメルなる者の情報を集め証拠を作って(・・・・・・)おきます」

「ああ、そうしておいてくれ。ただし、今はまだ相手の底が見えない、くれぐれも慎重にな」

「はっ、畏まりました」



 ――法務大臣ハーグダス伯爵と副大臣、二人の王都の屋敷が不審火(・・・)により全焼し、それどころではなくなるのは、このすぐ後のことである。



◆◆



「クソ平民が! 侯爵にして外務大臣たるこのワシをコケにしおって!」

 壁に叩き付けたランタンが粉々に砕け散るが、この程度では全く気が晴れん。

 子飼いの騎士達に打擲(ちょうちゃく)させ、ワシに生意気な口を利いたことを、いや生まれてきたことを後悔させてやらねば気が済まん!

「全く以て忌々しい!」


 しかし、今すぐ行動を起こしては、真っ先に疑われるのはワシだ。

 たとえ嘘と誇張で(・・・・・)塗り固められた(・・・・・・・)張り子の英雄であろうと、フィーナシャイア殿下を救い、トロルどもを全滅させ、王都を奪還したことに(・・・・・)なっている(・・・・・)救国の英雄を、ワシに繋がる証拠を残して謀殺したとあっては、さすがにまずい。

 頭がおかしいとしか思えんが、女装して男同士で結婚するなどと言い出した王太子の、仮にも思い人となれば、よほど入念な計画を立ててごく自然に抹殺しなければ、不審な点を残しては徹底的に捜査されてしまう。


 もしくは、ワシ以上にあの平民を殺したいと憎むスケープゴートを用意しなくてはならん。

 それまで表立って動くのは控えておかねば。


「そもそも、あの平民はいつどこで知ったのだ……!」

 トロル侵攻部隊の情報を握り潰したこと、屋敷を買ったこと、財産を移し家族を疎開させたこと。さらに裏帳簿や軽々(けいけい)に処分出来ん証拠の品などを隠した場所のほとんどを。

「もしや……」


 会議では血が上っていたから気付かなかったが、農民の小せがれなどと言うのは真っ赤な嘘で、諜報に長けた間者……それもこのワシすら存在を知らぬ、特殊部隊の騎士か?

 この時世だ、影に隠れてばかりもいられなくなって、あのクソ平民だけが顔と存在を見せる役として表に出てきたか?


「……いや、さすがにそれは考えすぎか」

 もしそのような特殊部隊があったのなら、王や王妃が見せしめに殺されることも、姫がトロルロードに囚われて傷物(・・)にされることもなかっただろう。

 それ以前に、もっと早くにトロルの侵攻とその規模に気付いて、王都が陥落することもなかったはず。


「解せん……では一体どうやってワシの秘密を知ったのか……それも合わせて調べる必要がありそうだな」

 ともかく、いつ謀殺のチャンスが訪れるか分からんからな、準備はしておくに越したことはない。


 罠を警戒し、執務室の周囲から城門まで伏兵がいないか調べさせ、安全を確認してから、隠していた証拠品を残らずまとめて下城し、王都の一等地にある屋敷へ持ち帰る。

 さすがに全てを調べ尽くせなかったのだろう、バレていない保管場所へとそれらを隠し、それから執務室へザドッグを呼び出した。


「お呼びですかい閣下」

 ザドッグは武人然として肝っ玉が据わり頼れるが、いかんせん、その性格の悪さが顔に出ていて、剣の腕は確かなのに表の要件では体裁が悪く使えん男だ。だからこそ、裏の仕事を任せるのに、打って付けとも言えるが。


「二つ仕事を任せる」

「今度はどいつを殺すんですかい? 死体は表に出しますか? それとも裏で消し去りますか? クククッ」

 血と悲鳴を想像し酔いしれる醜い笑みは、見るたびに反吐が出そうになるが、今回ばかりは頼もしい。


「エメルと言う名の農民の小せがれだ。裏で完全に消し去れ」

「ああ、先日のパレードでお披露目されたって言う、救国の英雄様ですかい」

 馬鹿馬鹿しいと、今にも腹を抱えて笑い出しそうだが、それはワシも同感だ。


 海千山千の外国の王族貴族達を長年相手にしてきたワシからすれば、子供の浅知恵のごときでっち上げ(・・・・・)を見抜くなど容易い。

 論功行賞でより多くの褒美を貰おうと、戦果を過大に報告するのは常なのだからな。本当は百匹だったのが報告時には千匹になるなど、珍しくもない。


 まず、王都を占領していたトロルどもは、本当は五百匹程度、せいぜい多く見積もっても千匹程度だったのだろう。

 それならば騎士二百でも殲滅が可能だ。


 布陣した千匹と正面切って戦うわけではないのだ。歩哨や巡回など王城と王都全域に散らばっていれば、一度に相手にするのはせいぜい数匹から十匹程度だろう。その程度であれば、騎士四十もいれば十分安全に勝てる。

 複数の部隊に分かれて各個撃破していき、恐らく半数ほども倒したところで、トロルどもは王都を放棄してガンドラルド王国へと逃げ帰っていったのだ。


 そうして王家の権威を際立たせるために全滅させたと、あのクソ平民が四千匹も真っ二つにして倒したと、数を盛ったに(・・・・・・)違いない(・・・・)


 まったく愚かなことだ。

 どうせ盛るのであれば、もっと現実的な数字にしておけばいいものを。


「そうだ、その張り子の英雄をだ。絶対に証拠を残さんように確実に消せ。しかし、今すぐ動くのはまずい。まずは入念に準備をしておけ」

「畏まりました、閣下」

 いやらしい笑みを浮かべて、張り子の英雄をいかになぶり殺すのか、算段を立てているのだろう。


「もう一つは、ワシの隠し部屋などの秘密が漏れていた。その経路と相手を探れ」

「そいつはまた難儀な相手そうで。この厳重な警備の屋敷に忍び込んだ命知らずがいたってわけですかい」

「そうだ。くれぐれも油断はするなよ」

「はっ、お任せを閣下」


 久々の殺しの仕事に浮かれているのか、鼻歌交じりに執務室を出て行くザドッグ。

 直接手を下すことの何が楽しいのか、本当に反吐が出る男だ。

 まあいい、あれで仕事は出来るから重宝している。


 これであのクソ平民も終わりだと思うと、少しばかり溜飲は下がった。

 気を取り直し夕食を済ませ、今日はもう休もうと寝室に入り――


「――なっ!? ザドッグ!?」


 何故ワシの寝室にザドッグがいる!?

 しかも、上半身を壁に凭れさせ、手足を投げ出した格好で。


 よく見れば、恐怖に凍り付いた表情ですでに事切れていて、四肢には、まるで指くらいの太さの杭か槍か何かで貫かれたような穴が三箇所ずつ空き、そこから血が流れ床に大きな血溜まりを作り、すでに乾いて固まりかけていた。


「……っ!?」

 そして壁に書き殴られたインクよりも黒く、まるで闇から滲み出てきたような文字。


『これは警告だ。次はない。その時はお前がこうなる』


「ひっ!? ば、馬鹿な……!」

 ワシが指示を下した直後にこのような目に遭わされたのでなければ、これほどまで血が乾いてはいない。


 見ていたのか!?

 聞いていたのか!?

 どこで、どうやって!?


 しかも、ワシにも家人にも気付かれず、剣の達人のザドッグを一方的にこのように殺せるはずがない!

 それこそザドッグは、このような暗殺を得意としていた男なのだぞ!?


 慌てて周囲を見回すが、何者の気配もない……。

 このワシを、侯爵にして外務大臣たるこのワシを、いつでも虫けらのように殺せると脅すつもりか!?


「誰だ!? まさかあのクソ平民の仕業だとでも言うのか!? 奴は一体何者なのだ!?」





 夕食が終わって部屋に戻ってから、ふと思い出す。


「そういえば、姫様とお姫様の護衛の近衛騎士は、今すぐには増やせそうにないって話だったからな……あの外務大臣みたいな奴がいる以上、もっとしっかり護衛をしとかないとやばいかも」

 だとしたら……。


「エン、デーモ、キリ、ちょっといいか?」


 …………。


「あれ? エン、デーモ、キリ?」


 ………………。


「モス? サーペ? レド? ロク? ユニ?」


 ……………………なんで誰も出てこないんだ!?


『参上いたしました、主様』

『お呼びでしょうか、我が主』

『遅くなり申し訳ありません、我が君』

『ブモゥ』

『シャァ』

『グルゥ』

『キェェ』

『ブルル』


「ああ、来た来た。呼んでも出てこないからちょっと焦ったよ」


『申し訳ありません。我が君へ害意を抱く者がおりましたので、調査(・・)警戒(・・)をしておりました』

「そうだったのか、それは助かる」


『主様にそうそう馬鹿な真似はもう(・・)しないとは思いますが』

『念のため十分に警戒を、我が主』

「分かった、気を付けておくよ」


 そうか、会議の時みたいなことがあったから、自主的に警戒して見回りでもしててくれたんだな、きっと。

 本当に、うちの契約精霊達は優秀だ。


『それで、どのようなご用件でしょう主様』

「ああ、まさにその警戒って奴。俺と、姫様と、お姫様について、周りの動向を注意しといてくれって頼みたくてさ。エン、デーモ、キリなら人間の言葉もちゃんと喋れるし、いざとなったら姿を現していいから、よろしく頼むよ」


『承知しました主様』

『お任せを、我が主』

『お任せ下さい、我が君』


 よし、これで安心だ。



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