441 メイワード伯爵家のお世継ぎ問題
「政治的に必要な判断であれば致し方ありませんが、引き渡された奴隷達ばかりに目を向けられていては困ります」
「いくら奴隷から解放し領民にする予定とは言え、他国より引き渡された他種族、他国の者達ばかりを愛妾として娶り、マイゼル王国貴族の令嬢を蔑ろにするのであれば、それはいかがなものか」
「そうですな。マイゼル王国貴族として、ましてや王家すら動かすだけの発言力と影響力を持つ救国の英雄として、決して褒められた振る舞いではありませんぞ」
「マイゼル王国貴族の令嬢と婚姻を結ばないのは、いずれマイゼル王国よりの離反、独立を考えているのではと、貴族どもを疑心暗鬼にさせ、無用の軋轢を生みかねません」
「いやいや、ちょっと待った! 蔑ろになんてしてないからな!? しかも離反とか独立とか、そんなつもりはこれっぽっちもないぞ!?」
なんかその言い回し、俺が不誠実な男みたいに聞こえるんだけど!?
しかも姫様とフィーナ姫と結婚して王様になろうってのに、離反や独立なんて意味不明過ぎる!
「もちろん、伯爵様が殿下方を裏切り、離反、独立するなどと本気で考える者はそういないでしょう。しかし、伯爵様を牽制やそのお力を削ぐため、悪意を持ってことさら騒ぎ立てる者達が現れないとも限りません」
「それは……」
確かにありそうだ。
「事実、ダークムン嬢から想いを寄せられ、ダークムン男爵も乗り気だとか。さらにディエール嬢もまた、ディエール子爵から側室にとの打診を受けておられるのでしょう? それに対し明確なお答えを出していないのであれば、蔑ろにしていると噂されても、否定はしづらいかと」
「うぐっ……」
一人の文官のその言葉に、同席してるエレーナが力強く頷き、サランダがどういう顔をしていいのか分からないって感じで怯む。
どうして文官、武官達が、侍女、メイド、護衛達まで執務室に同行させたのか、理由がようやく分かった。
あと、政治的に重要な話ってことで、エフメラを執務室に入れなかった理由も。
「秘書兼文官としてユーグ嬢がお側におられるのも、ユーグ男爵がそれを期待してのことでは?」
「他の侍女、護衛の騎士達、果てはメイド達も、伯爵様のお目に留まることを期待されているのは確実」
他の文官、武官達のその言葉に、モザミアが怖い顔で睨んでくる。
多分ユーグ男爵にはそんなつもりはないだろうけど、モザミアの最初の動機はそういうものだったからな……。
モザミアまだ十三歳……いや、もう十四歳で成人か。
俺の側で働いて俺の中身をよく知れば、実は大して格好いい男じゃないって、成人する頃には心変わりしてる可能性もあるって思ったから、積極的にそういう対象として意識してはこなかったけど……。
このモザミアの視線を見る限り、どうやら心変わりはしてなさそうだ。
そして、他の侍女や護衛の騎士達、メイド達も、曖昧に微笑んだり、わざとらしく視線を逸らしたりしてる。
護衛やメイドの中には全然そんな気はありませんって、慌てて首を横に振ってる女の子もいるから、そこはちょっとほっとした。
「言っとくけど、俺は無闇矢鱈と女の子に手を出すつもりはないからな?」
すでに姫様とフィーナ姫の二人と結婚の約束をしちゃってるし、まあ、その……エレーナも気になっちゃったりしてるけど。
でもそれは、『俺の嫁』にしたいって、俺が惚れて、女の子達にも俺を好きになって貰った結果だ。
「お互いの気持ちがちゃんと向き合い固まってないのに、政治的な観点からだけで女の子に手を付けるような真似はしたくない」
ましてや欲望のままに権力を振りかざしてなんて、言語道断だ。
「伯爵様のお気持ちは分かりました」
「我らも、元平民であり成人されて間もないお若い伯爵様に、差し出された娘達全てを受け入れろとは言いませんし、ましてや女性を無理に宛てがうような真似も致しません」
「しかし、お世継ぎの問題はしっかり考えて戴きたい」
「ま、まあ、その言い分は分かるけど……」
貴族って、謂わば領地を治めるのが家業だ。
もし俺の代でメイワード伯爵家が途絶えて、この領地を別の貴族家が手に入れたら、他国出身、そして他種族の、しかも元奴隷の領民達が、どんな扱いをされるか分かったもんじゃない。
だから、領民達のことを考えると、子供達にしっかり教育を施して跡を継がせることがどれだけ重要かってことは、この世界のこの時代の社会システム的に十分理解出来る。
「領地を発展させれば、新たな領地を賜り辺境伯に陞爵されることも決まっているのです。恐らくそれは、誰もが予想したよりも早い時期に成し得ることでしょう」
「であればこそ、しっかりとした身分の方を妻に娶りお世継ぎを残して戴かなくては」
「それは、マイゼル王国貴族の立場を鑑み、他の貴族達が納得出来るご令嬢を、と言う意味ですぞ」
「うぐっ……」
みんな、俺が姫様と結婚するつもりだってことは知ってる。
でも、フィーナ姫とまで結婚しようとしてるってことは、まだ一部の上級貴族達しか知らない。
それを言えればいいんだけど、そうしたらあっという間に国中に広まって、多分とんでもない騒ぎになって、妨害とか、フィーナ姫を横取りとか、色々してくる奴がわんさか出てくると思うから、まだ言えないんだ。
つまり、言えないだけで、これ以上の身分の女性は望めないだろう?
だから、俺としては無理に他の女の子達にまで手を出そうとは思ってないんだよ。
でもまだみんなそれを知らないから、姫様と結婚するだけじゃ世継ぎが生まれないからって、こんな風に迫ってきてるんだろうな。
とまあそんなことを言っても、俺も男だし?
前世が前世だし?
それこそ『嫁』が百人以上いようが、平等に愛せる自信あるし?
ハーレムルートは必須で至高。
これはって思って惚れた女の子は、何人でも『俺の嫁』にしたいに決まってる。
それこそ他に、ちょっといいなって思ってる子だって……。
ただそれは、『嫁』になってくれる女の子達が納得してくれたらの話で、見境なく女の子を食い散らかしたり『嫁』にしたりして、泣かすような真似をしたくないだけだ。
「対外的には、領地経営が軌道に乗るまで婚姻を結んでいる場合ではないとの言い訳が立ちますので、まだ時間はあります。ですのでこれまで差し出口を挟むような真似は控えておりました。しかし、このたった数ヶ月での目覚ましい発展ぶりを見れば、伯爵様と縁を結びたいと考える者達は増える一方で、決して減ることはありません」
「然り。以前は領地を持たなかったため、すぐさま取り込もうと動いていた者達も、領地を持ったことで、常識的に考えれば領地経営が失敗する可能性の方が高いと、今は手控えているとも言えます。しかし、主要街道やトンネルのインフラを整備し、広大な農地を開墾して高品質の作物を大量生産し、トロルに賠償を支払わせ交易を成功させ、引き渡された奴隷達に大きな反乱の予兆がない今、もはや領地経営の成功は確約されたも同然」
「本腰を入れて強引な手段に訴えてくる者達が出てくることは火を見るより明らか。すぐに悠長なことを言ってはいられなくなるでしょう」
「しかも――」
まだあるのか!?
「――伯爵様のお『力』を考えれば、少しでもそのお『力』を多く残せるよう、できる限り多くの妻を娶り、一人でも多くの御子を残していただかなくてはなりません」
「生まれてきた子全てが、伯爵様のお『力』や知謀を受け継げるとは限りませんしな」
「殿下を娶られれば、辺境伯からさらに公爵へと陞爵され、さらなる領地を賜る可能性は非常に高いと思われます」
「であれば、その広大な領地を、一貴族家のみで統治するのはかなり骨が折れるでしょう。いずれ御子様と有力な貴族家のご令息、ご令嬢との婚姻を結び、分家を興して統治していく必要が出てきます」
「ゆくゆくはメイワード公爵派と言う一大勢力を築き上げ、軍事、政治、経済、産業の凡ゆる分野で、王国の発展を担うべきかと」
「うぐっ……!」
ちょっと先を見据えすぎだけど、確かに一理ある。
みんなは、このメイワード伯爵領および今後下賜される領地をベースに考えてるみたいだけど、俺が王様になったら、マイゼル王国中、そして他国との関係も考えていかないといけなくなるわけで。
必然的に、他国の王家との婚姻政策って話も出てくるだろう。
だとすれば、なおさらちゃんとした家柄のご令嬢をたくさん嫁に貰って、多くの子供が必要になるわけだ。
「わ、分かった。検討する。ちゃんと検討するから、俺の結婚云々の話はまた今度にしてくれ」
でないと、今すぐ誰か嫁を決めて結婚しろって言われかねない。
って言うか、なんでこんな話になっちゃったんだか……。
「分かりました」
「焦ってもろくな結果になりませんからな。今はこのくらいにしておきましょう」
今は、か……。
ともあれ、空気を変えるために、今後の方針を伝えよう。
一つ大きく咳払いしてから、気を取り直して今後について話し始める。
「これまでの話を踏まえて、今後の方針として、まずマージャル族の実力を確かめる。その後、マージャル族にどこまで協力して貰うか、して貰えるか、それは改めて話し合いが必要だけど、厳しい任務って意味でも、精霊魔術師として積極的に活用していきたい」
「そうですな。マイゼル王国の者でなくても重用されると知らしめることは良いことでしょう」
「賛成です。すでに役人として公職に就きたい者達の選別が終わり、教育は始めていますからな。次々とそのような者達が現れるのは、インパクトがあって良いでしょう」
「それに、伯爵様のご意向を考えれば、伯爵様により大きな庇護を求めるメリットとデメリットを知らしめるのは、早ければ早い方がいい」
ほとんどみんなが頷いてくれる。
まあ、密偵として入ってる連中としては、これ以上俺の力が増すのは歓迎できないだろうけど。
「だから、その結果次第で、産業振興計画を前倒しにしたり、新たな事業計画を立ち上げたり、領地開発が加速するって、そう思っといてくれ」
おおぅ……って感じに、みんなげんなりする。
これ以上、仕事を増やしてくれるな、って言いたそうだ。
でも、それで一番忙しくなるのは俺だからな?
だとしても、自重しない。
だって、結婚なんて話が出てきた以上、早く姫様とフィーナ姫との結婚にこぎ着けないと、どんな女の子をどれだけ押しつけられるか分からないからな。
こういう言い方はどうかと思うけど、フィーナ姫との結婚が公になれば、半端な連中が娘を差し出してくることはなくなるだろう。
ましてや王権が移譲されればなおさらだ。
「ともかく、それを念頭に仕事を進めてくれ。それでマージャル族の実力を測るための場所と日程だけど――」
そうして諸々の日程や手順を決めて、その場は解散にする。
みんなが執務室を出て行った後、リジャリエラが俺に深々と頭を下げた。
「ご領主様ありがとうございマス。この地、この国ヲ新たな故郷として、マージャル族ハご領主様に誠心誠意お仕えすることヲ、部族の代表として、改めて誓いマス」
「まあ、そんな堅苦しく考えなくていいよ。でも、メイワード伯爵領の民として、そしてマイゼル王国の民として帰属意識を持って暮らしてくれることは大歓迎だ」
他種族、他国からの移民は、とにかくそれが大問題になるからな。
引き渡された奴隷達一万人の中からすれば、たった百人程度の話だけど、率先してそういう意識を持って暮らしてくれる人がいることは、きっと他の者達にもいい影響があるはずだ。
「ところで、色々勝手に決めちゃってるけどいいのか? リジャリエラの家族、族長の両親とお兄さんだっけ? 引き渡されたとき、こんなことになってるって知ったら揉めないか?」
「大丈夫デス。父様も母様も兄様も、ご領主様のお『力』ヲ目にすれバ、絶対に納得しマス。あの堅物の長老達ですら、そうだったのデスから」
「そ、そっか、問題がなさそうなら、それに越したことはないな、うん」
だから、その崇拝してます、信仰してますって澄んだ瞳で見るのは止めて欲しい。




