44 反撃
「その通りだ!」
「軽々しく王太子の立場を捨てるなど、上に立つ資格はない!」
「殿下には失望した!」
反王室派の連中まですぐさま声を上げやがって、アイゼ様を弾劾する空気を作るつもりだな!?
「示しを付けるために、それもやむを得まい」
「確かに……王家にあるまじき、前代未聞の不祥事だ」
しかも忌々しいことに、立場を決めかねてる連中がそれに煽られて、そんなことまで言い出しやがるし!
「それはあまりにも不敬な発言であろうブラバートル侯!」
「そうだ貴様、何様のつもりだ!」
「しかしこのように多くの貴族が同様に感じているのだ、次の貴族議会の最重要課題として審議すべきではないか?」
「この戦時下に裁判ごっこに興じるなど、正気の沙汰ではない!」
「であればガーダン伯、王太子が女の真似事をして平民に媚びを売り嫁ぐのは正気の沙汰であると言うつもりか?」
「ぐむっ……!」
当然、宮内大臣は猛反発するし、さすがに軍務大臣や将軍も咎めるけど、アイゼ様弾劾の流れを止められない。
まさか俺の不用意な発言のせいで、こんなことになるなんて……!
アイゼ様が今どんな気持ちで、この貴族どもの悪意に耐えてるのか……想像するだけで自分で自分を許せない!
「いずれ殿下はこの戦争の責任を取らねばならんのだ、若さ故と見過ごせる限度を越えておろう」
「そうだブラバートル侯の言う通り!」
「王家はこの度の戦争の責任を取るべきだ!」
言いたい放題で煽り続ける憎たらしい反王室派の連中を睨み付けて、腰をかがめてアイゼ様の耳元に口を寄せる。
「アイゼ様……!」
俺に不用意な発言の責任を取らせて下さい、反論させて下さいって、呼びかける。
そんな俺の気持ちに気付いてくれたのか、アイゼ様が目だけで俺を振り返った。
「済まぬ、まさかこのような事態になるとは……」
「アイゼ様が謝るようなことじゃないです!」
まさか俺達の関係がバレてるとは思わなかったし、そこを突っ込んでくるなんて完全に虚を突かれたわけで、これは油断してた俺にも責任がある。
しかもアイゼ様が何を反論しても、外務大臣が揚げ足を取って、強引にアイゼ様が悪いって持って行ってるんだ。
周りを煽る反王室派の連中にも腹が立つけど、外務大臣がこれほどまでに厚顔無恥で、まさかこんな会議でここまで追い込んでくるなんて予想すらしてなかった。
「後は俺がなんとかします、責任を取らせて下さい」
「……分かった、後は頼んだ」
わずかに迷った後、申し訳なさそうに頷くアイゼ様。
俺のアイゼ様にこんな顔をさせやがって!
「こいつら絶対に言い負かして、痛い目に遭わせてやります!」
「フッ……そうか、絶対に言い負かして、痛い目に遭わせてやるか、任せたぞエメル」
そしてアイゼ様が前を向いて、俺を遮っていた手を下ろした。
それも、単に下ろしたんじゃない。『やれ!』って言わんばかりに、前へと振り下ろしたんだ。
どうせこのままじゃジリ貧だ、もうなんでもありで反撃していいってことだよな!
『キリ! ユニ!』
頭の中で呼びかけると、『はっ、我が君』『ヒヒン』と頭の中に返事が聞こえた。
『例の禁術を解禁する。キリとユニで協力して、外務大臣の感情や表層の思考だけじゃない、記憶も読み取れ。俺の姫様に対する害意や陰謀があれば全部読み取ってこっそり俺に教えるんだ』
すぐさま『はっ、承知しました』『ヒヒン』と返事がくる。
そして、わずか数瞬後、キリからどんどん情報が伝えられてきた。
その内容に……頭の中で何かがブチッと切れた音が聞こえた気がした。
「ワシは皆の意思を確かめたい。次の貴族議会において、殿下が王位に相応し――」
「ふざけんな!!」
思い切りテーブルに拳を叩き付けて、ふざけた口を黙らせる。
肉体改造された俺のパワーに、でかく分厚く頑丈なテーブルがドゴンとでかい音を立てて跳ねた後ミシミシと悲鳴を上げて、会議室が一瞬でしんと静まり返った。
「貴様! 平民の分際でこのワシの言葉を遮るか! この無礼者が!」
顔を真っ赤にして怒鳴る外務大臣を、まさに『異議あり!』のポーズでビシッと指さしてやる。
「無礼者はお前だ! 俺はアイゼ様をお守りする王家直属特殊戦術精霊魔術騎士団の特務騎士として、外務大臣に国家反逆罪の疑いありとして、拘束し尋問することをここに提案する!」
「国家反逆罪だと!? 貴様! その首、即刻刎ねられたいか!」
国家反逆罪ともなれば、当然死刑だ。
軽々しく口にしていいもんじゃないし、嫌疑をかけておいて無罪に終われば、俺の方が罪に問われるだろう。
だけどな、それがどうした?
アイゼ様をまるで罪人扱いしてるこんな野郎、ありとあらゆる手を使って追い込んでやるに決まってるだろう!
「今、アイゼ様に王位継承権を放棄させるために、貴族議会で議題にするための決議を取ろうとしてたな?」
「平民風情が出しゃばるな! だったらどうした、王として頂くに値しない者を王位に据えては国が滅びる! ワシら貴族議会には、王を退位させる権限すら有するのだ! 当然の権限を行使しただけで、国家反逆罪などに問えると思うな!」
「当然の権利を行使するのは構わないけどな、俺が言ってるのはそんなことじゃない」
一度言葉を切ってから、外務大臣だけじゃない、全員に問いかけるように声を張り上げる。
「戦争はまだ終わってないんだ! いつまたトロルどもが攻めてくるかも分からない状況で、統帥権を持つ国王代理の王太子を弾劾すれば国が大混乱に陥るだろうが! 王室派と反王室派で内戦を起こすつもりか!? その隙にトロルどもに攻め込まれたら、この国は滅びるぞ!? そうでなくてもフォレート王国や他の国が軍事介入してくるに決まってるだろうが! その矢を今お前は放とうとしてるんだ! こんな国を滅ぼす道筋を反王室派で示し合わせて付けてるんなら、十分に国家反逆罪に値するに決まってるだろう!」
反王室派の連中が息を呑み、外務大臣が目を剥いて言葉もないようだ。
それは、俺が『フォレート王国』だけを名指ししたからだけじゃない。反王室派が結託してることで、罪に問う時は連座することを示したこともあるだろう。
でもそれ以上に、まさかなんの学もない貧乏農家の次男坊が、ここまで論理的に考えて反撃してくるとは想像すらしてなかったんだろうな。
「そもそも戦争の責任を取るべきなのは、外務大臣、まずお前だからな!」
だから、虚を突いたその勢いで畳み掛ける。
「トロルどもがあちこちの国に小競り合いを仕掛けてて、いずれこの国にも仕掛けてくるのは分かってたはずだ。それなのに、何故対策しなかった? ガンドラルド王国に攻め込まれないよう、外交ルートを駆使して交渉し、戦争を回避すべきなのに、何故そうしなかったんだ? それがお前の仕事だろう!? 自らの職務怠慢がこの戦争を招いたんだからな。それを棚に上げてアイゼ様に責任をなすりつけて王位継承権を放棄させようなんて、これが王家に対して謀反の意思ありって見なされずに、なんだって言うつもりだ!」
そこはさすが外務大臣なんてやってる古狸って言うか、反王室派の連中の中では真っ先に我に返って反論してくる。
「ガンドラルド王国とは国交が結ばれておらんのだぞ! 外交交渉など出来ようはずがないのを分かっておらんのか!? ましてやトロルどもがいつどれだけの規模で攻めてくるのか、掴めるはずがなかろう!」
「ない所に外交チャンネルを作るのが外務大臣としてのお前の仕事だろう! それこそフォレート王国を通じて情報が手に入ってたのに、国王陛下にも軍部にも報告しないでお前が握り潰したのなら、それはトロルを招き入れるための外患誘致罪で、国家反逆罪以外の何者でもないだろうが!」
外務大臣が一瞬言葉に詰まって息を呑み、全員がどよめく。
俺があまりにも確信を持って断言したから、全員の視線が外務大臣に集まっていた。
他の反王室派の連中すら、ギョッとして外務大臣を見ていた。
「その結果、王様と王妃様がトロルロードに殺されたんだぞ!? その責任をどう取るつもりだ!?」
なのに、ここまで来るともうさすがって言うべきか、外務大臣のその一瞬の動揺は、すぐさま分厚い面の皮に隠されてしまう。
「そこまで言うのだ、証拠はあるんだろうな」
「俺の言葉に動揺を顔に出しといてよく言えるな。証拠はそれで十分だろうが」
「そんな物がなんの証拠になる。このワシを陥れようとする言いがかりに過ぎん!」
「開き直りやがって、すでに直接の証拠は処分済みだから、へでもないってか」
「つまり証拠はない、言いがかりだと認めるわけだな平民」
ニヤリと勝ち誇ったように笑うけど、それはまだ早い。
間接的な証拠ならあるからな。
「トロルどもが攻めてくる一ヶ月前、外務大臣はアーグラムン公爵の領都に、馬鹿でかい屋敷を買ってるな?」
外務大臣の眉がピクリと動いた。
「それがどうした。アーグラムン公爵はワシの寄親だ。その領都に滞在するための屋敷を買うことの何がおかしい」
「買うだけならな。王都の屋敷、そして王城の執務室から、金目の物を大急ぎで運び出して、その領都の屋敷に移し替えたのは何故だ? 家族まで引っ越させて、まるで疎開みたいじゃないか。しかも、同じ派閥の連中にも何も言わずに、人目に付かないよう夜中にコソコソと。同じ派閥の連中に言って全員で動いたらさすがにバレると思って、黙って見捨てたってわけか?」
「っ……!」
さすがにこの指摘は外務大臣も予想すらしてなかったのか、初めて、その余裕ぶった表情が崩れる。
「そして開戦の報告が入ると、対策のための会議にも出ずに、真っ先にその新しい屋敷に逃げ出してるよな? 随分と用意周到じゃないか」
皆まで言わなくても、この場の全員が俺の言わんとするところをすでに理解したようで、厳しい目を外務大臣へと向ける。
それも、同じ反王室派の連中までもがだ。
なんなら、その運び出しを請った業者を連れて来て取り調べてもいいんだけど……。
多分、こいつは知らぬ存ぜぬで通すだろうな……ましてや裏でその業者を処分でもされたら、証拠がなくなってしまうし寝覚めも悪い。
「アーグラムン公爵も開戦の二ヶ月前からコッソリ軍事演習をして、領都に駐屯する兵士を増やしてるのは何故だろうな? そこまでしておきながら、王都防衛戦にも、王都奪還にも兵を出さなかったし、どういう意図があったんだろうな、なぁ?」
「アーグラムン公爵が何を考えておられたかなど、ワシが知るはずなかろう」
それでも、飽くまでも無関係を主張するか。
本音を言えば、アーグラムン公爵とのことまで暴露したいけど、さすが公爵と言うべきか、証拠になるような物が残ってない。それこそ間接的でも物証がないから言いがかりになるし、そっちを追求するのは無理そうだ。
それに、仮に追求して罪に問えば、アーグラムン公爵の派閥が黙ってないだろうし、それこそ内戦になりかねない。
トロルとの戦争さえ終われば望むところだけど、さすがに今、二正面作戦はきつい。
ここは疑惑を積み重ねて、限りなく真っ黒なことを周知するのが限界か?
でも、外務大臣がアーグラムン公爵と組んで、よからぬ事を企んでるって印象は強く与えられたみたいだ。
反王室派に煽られて傾きかけてた態度の定まってない連中が、あからさまに外務大臣へ疑惑の目を向けてる。
まだなんの準備もしてなかったから、今すぐそういった連中を切り崩して取り込む算段が付いてなかったのが残念だ。
この場は、そいつらが反王室派に取り込まれなかっただけで、よしとしておくしかないか。
とはいえ、外務大臣の恨みはかなり買っただろうし、知らぬ存ぜぬで通された上に、反撃を呼び込むのも不味いから、最後の一押しをしておくか。
「王城の執務室の、安物の贋作に差し替えられた風景画の額縁の裏、椅子の床下にある空間の金庫。王都の屋敷にある執務室の、本棚の仕掛けで入る裏の隠し部屋。アーグラムン公爵の領都に買った屋敷に新たに工事されて敷設された執務室の床下収納」
淡々と告げる俺に、さすがの外務大臣の顔が青ざめ脂汗が流れていく。
何故それを知っている、どうやって知った。そう言わんばかりに息を呑む。
そこに何が隠されているかまでは言わない。
外務大臣本人が一番よく分かってるだろうからな、それが表に出たら、自分がどうなるか。
「アイゼ様の命があれば、今すぐにでも、中身を全て回収してきてもいいけど……」
チラリとアイゼ様を見てから、見下ろすように外務大臣へ視線を戻す。
「敵地となった王都へ単独で潜入し、囚われのお姫様を救い出し、トロルロードを討伐し、トロル兵五千匹を全滅させ、王都を奪還し、これだけの調査能力を持つ俺を、直臣として従えるアイゼ様に王太子としての資質がないかどうか、改めて外務大臣に聞いてみたいんだけど、どう思う?」
「っ……!」
初めて苦虫を噛み潰したような顔をして俺を睨むと、外務大臣が声を絞り出す。
「……殿下は大変に優れた直臣を従えているようで……次期国王として相応しい資質をお持ちかと……」
ふっ、ざまぁ!