437 妹と巫女姫のエンカウント
いや、あられもない格好って言っても、下着姿とか裸とか、そういうエッチな意味じゃない。
ちゃんと服を着てる。
巫女姫としての装束から着替えたのか、奴隷達に支給されてる、平民が着てるような普通の服だ。
その服だってミニスカートなんかじゃなく、この世界らしい、脛や踝まで隠れるロングスカートだから、何が見えるわけでもない。
で、ソファーに座って背もたれに身体を預けて頭を乗せて、ぐったりと手足を投げ出して、仰向けに口を大きく開いて寝息って言うか小さないびきを掻いてる、と言う……。
さっきまでの凛とした巫女姫の神秘的な姿は見る影もなくて、そこには油断しきったごく普通の女の子がいるだけだった。
「……まあ、無理もないか」
ユニに頼んで疲労を多少癒したとはいえ、リジャリエラ達はガンドラルド王国の南の公爵の領地からマイゼル王国までやってきたんだからな。
単純な距離を考えれば、マイゼル王国三つ分くらいの距離を縦断して来たわけだ。
しかもリジャリエラは肺の病を患ってたって言うし、余計に大変だっただろう。
その上、部族の命運、その存亡を一身に背負って、領主の俺から庇護を受けようと、きっと一生懸命気を張って巫女姫らしく振る舞ってたに違いない。
そして、まだ俺の寵愛が確約されたわけじゃないけど、屋敷に住むところまではこぎ着けられたんだ。
安心して気が緩んでも仕方ないよな。
「出直すか」
見なかったことにして、部屋を出ようと――
「……うぅん?」
――どうやら起こしちゃったらしい。
ぼんやりと目を開いて、ほんのわずか背もたれから頭を上げて俺を見て……。
「アワワッ!? 精霊王様!?」
慌てて飛び起きた。
「わ、悪い、起こしちゃって。って言うか、勝手に部屋に入っちゃって。ノックしても返事がなかったから、部屋を間違えたかなって思って確認しようと。ただ、それだけで他意はないんだ」
「イ、イエ、みっともない姿ヲお見せして、申し訳ありまセン!」
リジャリエラが慌てて深々と頭を下げて恐縮する。
もう、顔中真っ赤だ。
なんかもうその姿に、さっきまでの緊張とか、寵愛とか御子とか言われて身構えてたのとか、全部吹き飛んじゃったよ。
「幻滅……されまシタか?」
さすがエキゾチックな超絶美少女、ちょっと泣きそうになりながら、怖ず怖ずと上目遣いで見てくる破壊力ときたら!
「い、いや、大丈夫。族長の娘とか巫女姫とか、そういう立場で常に気を張ってないと駄目だろうから、自分の部屋で一人になった時くらい、気を抜いて普通の女の子として好きに過ごしてもいいんじゃないか? 俺は全然気にしないからさ」
思わず顔が熱くなりそうになったのを誤魔化すように、ちょっと早口になっちゃったけど、本気で気にしてないんで、気が楽になるようにそう言っとく。
「……」
リジャリエラは顔を上げて驚いたように目を丸くして……何故か顔中どころか耳まで真っ赤になって俯いてしまう。
と思ったら、すすっと遠慮がちに近づいてきて、俺の手を取った。
「そんなことヲ言われたの……初めてデス。お爺様にお婆様、父様に母様に、そして長老達にも、常に巫女姫としての立場と振る舞いヲ忘れるな、片時も気ヲ抜くなと叱られてばっかりだったカラ」
「そ、そうなんだ」
……で、なんでそれで俺の手を握るんだ?
こんな超絶美少女に手を握られたら、さすがに俺も照れるし意識しちゃうし、恥ずかしいんだけど……。
「巫女姫として精霊王様の御子を授かりたいデス……でも、それ以上に、女として、貴方様の御子ガ欲しくなりまシタ」
「はあっ!?」
伏せてた真っ赤な顔をわずかに上げて、上目遣いで……って、その破壊力!
巫女姫としての使命として迫られたら、俺だってさすがにそんな理由でいいのかって身構えちゃうけど、こんな普通の女の子の顔でそんなこと言われたら、意識しちゃうしドキドキしちゃうだろう!?
って言うか、たったあれだけの言葉でこれって、ちょっとチョロ過ぎないか!?
チョロインか!? チョロインなのか!?
あれか、これまでは家族にすら族長の娘や巫女姫って扱いしかされてこなくて、貴族のお嬢様も真っ青な純粋培養されてきて、一人の女の子扱いしてくれる男に全然免疫がない結果なのか!?
「今すぐにとは言いまセン……でもいつか、精霊王様の……貴方様のお情けガ欲しいデス」
「ぐはっ!?」
手を握られながら、真っ赤な顔の上目遣いでそんなこと言われたら、俺もうどうしたらいいんだ!?
こんなことで意識してドキドキしちゃう俺も大概チョロいな!?
と、いきなりバタンと乱暴にドアが開け放たれて、部屋に飛び込んでくる奴がいた。
「泥棒猫が住み着いたって本当!?」
エフメラだった。
「ああぁぁーーーっ!?」
リジャリエラが手を握ってるのを目ざとく見つめて指さすと、俺に向かって突進してくる。
思わず引っ込めちゃった手を、今度はエフメラが腕ごと掴んで抱き締めてきた。
「エメ兄ちゃんのお嫁さんになるのはエフなんだから!」
「ちょ、ちょっと待ったエフメラ!」
今にも噛みつきそうなほど威嚇するなよ。
「精霊王様、こちらの方ハ?」
「精霊王様? エメ兄ちゃんのこと?」
「あ、ああ。こいつは俺の妹のエフメラ。で、エフメラ、精霊王様って言うのは……まあちょっと色々あって、なんかそんな風に呼ばれるようになっちゃっただけで、深い意味はないから」
なんかこの修羅場っぽい状況、どうすれば!?
「精霊王様の妹なのに、妻になりたいのデスか?」
「なりたいんじゃないの! なるの!」
八体の契約精霊達を展開してリジャリエラを取り囲むんじゃありません!
でも、リジャリエラは目を丸くしてエフメラの契約精霊達を見回すと、そんな威嚇もなんのその、ぱあっと笑顔になった。
「すごいデス! さすがハ精霊王様の妹様デス!」
「へ? え? な、なに?」
身を乗り出して絶賛するリジャリエラに、面食らったように勢いを失って戸惑うエフメラ。
こんな気圧されてるエフメラを見るの、初めてだ。
「精霊王様と妹様の結婚、とてもいいと思いマス!」
「はあっ!?」
「ええっ!?」
いやいや、兄妹で結婚がとてもいいって、どういう意味だ!?
まさか肯定されるとは思ってなかったのか、エフメラが狼狽えまくって、この人なんなのって顔で俺を見上げてくる。
そんなの、俺も知りたいよ。
「アッ、マージャル族以外でハ、兄妹で結婚ハ一般的じゃなかったデスね」
「えっ!? お姉さんの、マー……なんとかってところだと、兄妹で結婚するの普通なの!?」
「それほど多くハないデス。でも、珍しくもないデス」
「本当!?」
「えっ、ちょ、本当に!?」
「ハイ」
当たり前のように頷くけど……本当に当たり前なのか!?
「マージャル族ハ精霊ヲ祀る部族デス。何より精霊力ヲ見る力、操る力ヲ大事にしていマス。なので、族長など主要な一族でハ、力のある者同士で結婚しマス。年が近い者ガいなかったり、良縁ガなかったりすれバ、血の繋がりガある叔父や伯父と姪、叔母や伯母と甥で結婚することハよくありマス」
つまりマージャル族はそうやって、血を濃くして精霊魔術師としての力を強めてきた、その結果、リジャリエラは俺の特殊な契約精霊すら感知出来る能力を発現したってわけか。
「ちなみに、わたくしの両親ハ、同じ両親から生まれた実の兄妹デス」
マジか!?
「おおぉ……!」
いやいや、そこは感動するところじゃないだろうエフメラ!?
確かに世界は広い。
色んな種族がいて、色んな常識があるって、ちょっと前にアルル姫や、その失礼な侍女に話したばかりだけど……。
まさかこんな形で実感することになるなんて!
「これほど『力』ガ強い精霊王様と妹様の御子であれバ、とても『力』ガ強い御子になるに違いありまセン、精霊王様も安泰デス」
いやいや、そういう問題じゃなくて!
「妹様、わたくしガ精霊王様の妻になり御子ヲ授かるご許可ヲ戴きたく思いマス。わたくしガ精霊王様の御子ヲ授かりましたら、精霊王様と妹様の御子に誠心誠意お仕えさせマスので、是非、仲良くして下サイ」
ぱあっと顔を輝かせて、エフメラが俺を振り仰ぐ。
「エメ兄ちゃん、このお姉さんいい人!」
「お前も大概単純だな!?」
いや、兄妹で結婚するのを認めるどころか後押ししてきた人なんて初めて見たから、思わぬ味方を得たって興奮する気持ちは分からないじゃないけどさ。
「でも」
エフメラがしがみつく腕に力を込めて、俺を自分の方に引き寄せる。
「エメ兄ちゃんのお嫁さんになるのはエフだけなの! 他の人には渡さないから!」
「そう……デスか……」
エフメラの威嚇に、リジャリエラがしゅんとなる。
と思ったら、すぐに顔を上げて、ニコニコ笑顔をズイとエフメラに近づけた。
「でハ、妹様にハ、わたくしも精霊王様の妻になることヲ認めて戴けるよう、誠心誠意務めさせて戴きマス」
「へっ? だからエメ兄ちゃんは――」
「絶対に諦めまセン。わたくしハ、精霊王様の妻になり御子ヲ授かりたいのデス」
「――だからエメ兄ちゃんは――」
「絶対に諦めまセン。一度ハ諦めかけたこの命。救って戴いた精霊王様のためにも、わたくしハ幸せになる義務ガあるのデス」
「――うっ!?」
ニコニコ笑顔で圧がすごい、って言うか、強い。
全然負けてないし、一歩も引かないんだけど。
「エメ兄ちゃん、この人なんなの!?」
いや、だから俺に聞かないでくれ。
エフメラの契約精霊で圧をかけられながら、負けずに渡り合う女の子なんて初めて見たよ。
みんなビビって、その場は引いちゃうからな。
リジャリエラはニコニコ笑顔で、エフメラは気圧されながら睨んで、二人の間で見えない火花が散ってるのが見える気がする。
これ、後々厄介な事にならないといいんだけど…………なるだろうなぁ。




