436 伊達じゃない巫女姫の力
おいおいおいおい、ちょっと待ってくれ!
特殊な契約精霊の気配まで感じ取れるって言うのか!?
姿は当然、完璧に気配を消してるはずなのに!?
感知能力に長けてるだろう、エルフの王族のマリーリーフ殿下ですら、全く気配を感じ取れなかったんだぞ!?
「その気配って、まさかお前達も……!?」
リジャリエラ以外の四人に目を向けると、四人とも首を横に振った。
「我らにハ、感じ取れまセン」
「巫女姫様だけガ、感じ取っておられマス」
「ですガ、巫女姫様のお言葉デス。我らハ疑っておりまセン」
長老達が口々にそう言う。
若い男は、それに同意するように頷いた。
そんなリジャリエラ達に…………肩から力が抜けて、大きく息を吐く。
「精霊を祀る民の巫女姫の名は伊達じゃないってわけか……」
「でハ、やはり?」
長老の老婆が問いかけてくるんで頷く。
「このことを知っているのは?」
「巫女姫様と、我ら四人だけデス」
「そうか。このこと、そして今から見せることは一切他言無用。部族の者達に伝えることも禁止だ」
「精霊王様の御心のままに」
リジャリエラが頷き、他の四人がそれに続く。
感づかれてるんなら、下手に隠すより、見せて口止めした方がいいだろう。
何しろ、リジャリエラ達は俺に庇護を求めてるんだ。
俺の怒りを買うような迂闊な真似をするはずがない、と思う。
「リジャリエラ達に姿を見せてやってくれ」
『『『『『はい、ますたー』』』』』
特殊な契約精霊達がその姿を現して、気配も解放する。
「「「「おおっ!!」」」」
後ろの四人が目を丸くして驚愕する。
まあ、当然だろう。
そしてリジャリエラだけど……。
「これガ……わたくしガ感じていた、不思議な精霊の気配の正体なのデスね」
「っ!?」
眩しい!
なんて眩しい真っ直ぐな瞳で俺を見てるんだ!
「この精霊達ハ?」
「なんて言うか……正直、俺にもまだよく分からないんだ。精霊力の扱いの実験をしてる最中に、偶然生まれたって言うか、生み出せたって言うか……」
「これまでにない、自然の摂理ヲ越えた精霊ヲ生み出された……まさに世界の理ヲ統べる、精霊の王と呼ぶに相応しい御業!」
「いや、ちょ、待った! そんな大げさなことじゃないから!」
なんかもうみんな拝む勢いで頭を下げてるんだけど!?
「いやもう、本当に、マジで頭を上げてくれ! そんな拝まれたら、どうしたらいいか分からないって!」
それでも頭を下げたまま拝んでくるんで、何度も何度も説得して、ようやく頭を上げて貰う。
「うっ……」
眩しい!
みんなの俺を見る目が眩し過ぎる!
特にリジャリエラなんて、俺を崇拝しそうな勢いで…………あっ!?
そうだ、やっと分かった!
さっきから感じてた、リジャリエラ達の視線に含まれてたよく分からない感情!
あれって、崇拝だ!
精霊を祀ってるって言うし、俺のことを精霊の化身とか精霊王とか呼びだすって、つまり俺を信仰の対象として見てるってことじゃないか!?
「精霊王様、どうぞ我らに、庇護とご加護ヲ」
リジャリエラが巫女姫らしく俺に祈りを捧げて、他の四人もそれに続く。
いや、もう本当に、どうしてこうなった!?
その後、しばらく説得を続けたけど……信仰の対象として見るのを止めさせることは出来なかった。
「それでハ、皆の前でハご領主様と。ですガ、わたくし達だけの時ハ精霊王様と」
そう譲歩させるのが精一杯だった。
信仰って……宗教って怖いな……。
この世界の信仰って、もっと緩くてほのぼの、漫画日本昔話みたいな感じだって思ってたのに。
精霊を信仰してるリジャリエラ達マージャル族だけが、この世界では例外だって、そう思いたい……。
ともあれ、いつまでも人払いしたままだと心配させるから、重ねて特殊な契約精霊達のことは秘密だと口止めして、完全に姿と気配を消させて、それからモザミア、ナサイグ、エレーナ達を呼び戻して、今回の面会を終了する。
「それでハご領主様、我らマージャル族ヲよろしくお願い致しマス」
長老の老婆が代表で深々と頭を下げる。
ちょっと副音声が聞こえてきた気もするけど、気にしたら負けな気がするんで、スルーしておく。
そうして、マージャル族はそれぞれの町や村へと帰って行った。
四人だけで。
「えっと……リジャリエラはどうして残ってるんだ?」
「ハイ、わたくしハ巫女姫デス」
「うん。うん? それで?」
「巫女とハ、祀る精霊のために生き、その身も心も捧げる者デス」
「うん……え? ちょ、まさか……!?」
「ハイ、わたくしハ巫女姫として、ご領主様に身も心も全てヲ捧げマス」
「いやいやいやいや! ちょっと待った!」
なんでそうなる!?
確かに、巫女って神様に娶られたり、シスターって神様と結婚したり、なんかそんな感じがあったかもだけど!
この世界でもそういう風に考えるのか!?
って言うか、リジャリエラはそれでいいのか!?
「伯爵様、どういうこと?」
「説明してください、伯爵様」
エレーナと、モザミアまで滅茶苦茶怖い顔で迫ってくるんだけど!
「なるほど、確かにそれも一つの手ですね」
「ナサイグは何を納得してるんだ!?」
「エメル様は強大な『力』をお持ちの権力者です。一族の重要な地位にある娘を娶らせることで、一族……この場合はマージャル族全てですが、エメル様の身内になることで、揺るぎない庇護と繁栄を確約して貰おうとしても、不思議じゃないでしょう。ましてや部族の存亡が掛かっているともなれば、なおさらです」
ああ、なるほど、確かに時の権力者に娘を差し出すって、そういう意味があるよな。
でも、それを俺にすることはないだろう!?
「ご領主様のご寵愛ヲ戴き、ご領主様の御子ヲ授かれば、マージャル族ハ安泰デス」
いや、だからそこでにっこり微笑まないで欲しいんだけど!
「「……」」
エレーナとモザミアの視線がザクザク突き刺さってきて痛い!
一方で、冷静な部分で考えてしまう。
リジャリエラを始め、マージャル族が内包する精霊力は、普通の人間、つまりマイゼル王国やゾルティエ帝国近隣に住む民族と比べて、二割から三割多い。
特にリジャリエラは巫女姫だけあって、三割強もある。
しかも感知能力はエルフ以上だし、精霊力のコントロールも多分相当だろう。
つまり、マージャル族はそういう部族なんだ。
もしマージャル族を取り込み味方に出来たら、多くの強力で優秀な精霊魔術師達を配下に持てるってことになる。
正直、この先やりたいことを考えると、俺とエフメラだけじゃとてもじゃないけど手が足りない。
特に巫女姫のリジャリエラなら、秘伝を教えて、前世の知識を伝授すれば、すぐにエフメラに匹敵するだけの精霊魔術師に育ってくれるだろう。
力を持つ上に、何より俺に忠誠を誓ってくれて、どんな秘密も守り信頼出来る精霊魔術師の協力者は、いくらいても足りないくらいだ。
しかも、政治的に誰の息も掛かってない、マイゼル王国において他種族じゃない、人間の配下が多数出来ることになる。
このメリットは、棒に振ってしまうにはかなり惜しい……。
チラッとリジャリエラを見ると……。
「ハイ」
いつでもいいですよと言わんばかりに、にっこり微笑んで、それが滅茶苦茶可愛い!
こんなエキゾチックな超絶美少女に、いつでもどうぞなんて誘われたら、ついクラッときちゃいそうだ!
「エメル様、落ち着いて下さい。お気持ちが固まるまで、無理にそのような関係になる必要はありません。ですが、無下に追い返してしまうのもマージャル族へ不信感を与えることになるでしょう。何やら崇拝せんばかりの勢いで、エメル様を信頼されているようですから」
「あ、ああ……まあ」
この短時間でも見抜けるほど、あからさまだったもんな。
「なので、まずは屋敷に部屋を用意して、当面そちらに滞在して戴いては? それだけでも、互いに面目が立ちます。今後のことは、それからゆっくり考えられれば良いかと」
なるほど、それが俺とマージャル族への政治的配慮の妥協点ってわけか。
リジャリエラに手を出せばマージャル族はそれこそお祭り騒ぎで大喜びするんだろうけど、無理に手を出さなくても、いずれ俺がどんな奴か深く知って、リジャリエラを差し出さなくてもちゃんと庇護されるって分かれば、それでも十分納得してくれるだろう。
「……分かった、取りあえず、この屋敷で暮らすことは許可する。でもそれ以上を考えるのは、さすがにまだちょっと……」
「ハイ、分かりまシタ。ご配慮ありがとうございマス、ご領主様」
そんな、神の妻になることこそ巫女姫の使命、みたいな顔で頷かないでくれ。
とにかくそれを誤魔化すように、急いで指示を出して、リジャリエラの部屋を用意して貰う。
最初部屋の余裕は全然なかったけど、リフォームの過程で、大きな部屋を幾つかに分割して小部屋を増やしといて良かったよ。
そのうちの、空き部屋になってた一部屋を急ぎ綺麗にして、リジャリエラの個室として使って貰うことにする。
まさかこんなことになるなんてなぁ……。
精神的にどっと疲れたよ。
ともあれ、もうちょっとリジャリエラと話をしておきたいな。
いや、子作りとかそういう方面の話じゃなくて、どこまでマージャル族が俺に協力してくれるのか、その線引きについて。
そういうわけで、リジャリエラの部屋に行ってドアをノックする。
……返事がない、ただの空き部屋のようだ。
いや、じゃなくて。
「リジャリエラ? いるか?」
もう一度、声をかけてノックするけど反応はなし。
不在か……それとも本気で部屋を間違えて空き部屋に来ちゃったのか?
ドアを開けて部屋に入ると……。
リジャリエラがあられもない格好で眠っていた。




