43 糾弾
外務大臣は、にちゃりといやらしい笑みを浮かべて畳み掛けてくる。
「殿下はまだお若い。成人もされていないわけですから、経験不足も致し方ない話ですな。ましてや躾のなってない愚かな平民を重用するなど、周囲がどのような目で見るのか、想像すら出来ていないようだ。これでは部下の教育に目が届かないのも必定でしょう」
まるで未熟で無能と言わんばかりの暴言に、すぐさま言い返そうとしたんだけど、それより早くアイゼ様が軽く手を挙げて俺の言葉を遮る。
それをいいことに、外務大臣は他の参加者に聞かせるように声を大きくした。
「我が国は生存か滅亡か、まさに岐路に立たされていると言っても過言ではない。その時世において、上に立つべき殿下が部下をろくに指導も掌握も出来ないでは困りますな」
「ブラバートル侯、口が過ぎるのではないか」
「これは失礼。しかしコルトン伯、忠言し事実を告げるのも臣下の務めだろう?」
こいつ、宮内大臣に咎められてるのに、アイゼ様批判を止める気はない……いやむしろこれを機に、アイゼ様を今以上に貶めるつもりか!?
「確かに私は未だ成人もしていない若輩者だ。エメルへの騎士としての教育も未だ途上で、ブラバートル侯が不安に思う気持ちも分からないではない」
くっ、俺がつい口を挟んだせいで、アイゼ様にこんなことを言わせてしまうなんて!
仕える主人に恥を掻かせるなんて騎士としてあるまじき行為……なんて立派なことを考えるほど、俺は根っからの騎士じゃない。だけど、好きな子に恥を掻かせるのは、男として駄目だろう!
「しかし、だからこそ私には皆の協力が必要だ。王都を奪還したとはいえ、未だ戦争に勝ったわけではない。むしろここからが本番と言える。この難局を乗り切るためにも、皆には一丸となって私を支えて貰いたい」
おおっ、すごいな、アイゼ様の切り返し。
ムキになって反論したりせず、敢えて若輩者だって認めることで臣下の忠言を受け入れる度量を見せて、協力を仰いでまとめるなんて。
これなら、内心はともかく、表立って嫌だとは言えないはずだ。
そしてウダウダと無駄話で会議を引き延ばして結論を出させない妨害も、しにくくなるに違いない。
「フッ……一丸となって、ですか」
「……ブラバートル侯、何が可笑しい?」
「関係各所になんの相談も無く、ただの平民を騎士として取り立て、妙な騎士団を設立して直臣とした、独断専行をされた殿下のお言葉とは思えませんな」
なっ……この状況でまだ言うつもりか!?
図太いって言うか、面の皮が厚いにも程があるだろう!
「戦時下であり、事態が切迫していた。ましてや王都が占領され、関係部署の会議に諮れる状況ではなかったからな。そのような場合、現場ではその責任者に一定の裁量が認められているはずだが? ましてや国王陛下が亡き今、王太子の私に統帥権はある。何も問題はない」
「仰る通りではありますが、成人したてで子供と変わらぬ教育も躾もなってない、どこの馬の骨とも知れぬ田舎者の農民をとなれば、殿下と言えども少々やんちゃが過ぎるのではありませんかな?」
こいつ、わざと子供っぽさを強調するように『やんちゃ』なんて言い方しやがって!
「それは確かに」
「殿下であってもそのような身勝手は困りますな」
「戦争を子供の遊びと勘違いされてはいませんかな」
しかも反王室派の連中まで、ここぞとばかりに追従しやがって!
「いい加減にしないかブラバートル侯、お前達もだ、殿下に対し不敬であるぞ!」
宮内大臣がテーブルを叩いて立ち上がるけど、外務大臣はへとも思ってない顔だ。
それを見たアイゼ様が、わずかばかり勝ち誇ったように口の端で笑う。
「そなたはエメルの実力を何も知らぬからな。それを目の当たりにすれば私の対応が迅速にしてかつ最善な判断であったと知るだろう。もしあの日エメルと出会っていたのが私ではなくそなたであったならば、そなたはもっと露骨でえげつない方法でエメルを囲い込んでいたであろうな」
「フッ、ご冗談を。ワシには英雄ごっこに興じる暇などありませんのでな」
外務大臣に追従した連中から失笑が漏れる。
将軍や軍務大臣みたいに『言い過ぎだ』とか『今はそのようなことを話し合う場ではない』とか、たしなめる人達もいることはいるけど、アイゼ様に賛同してくれる人は誰もいない。
つまり全員、俺への評価は外務大臣が言った通りってことか。
ただ一人、将軍だけが難しい顔で考え込んでるけど。
それにしても、この流れは不味い。
態度をあやふやにしてる連中の態度が、外務大臣達、反王室派の意見に共感して傾きかけてるように見える。
それで形勢有利とみたか、外務大臣を始めとした反王室派の連中が、嫌らしい笑みを浮かべていた。
このままじゃ、アイゼ様が指導力のない子供扱いされて、一層支持を失ってしまう……。
なのに、なんでずっと手を挙げて俺を遮ったまま、言い返させてくれないんだ!?
俺のせいでアイゼ様が悪く言われるなんて、自分で自分に腸が煮えくりかえりそうなのに!
「しかも、王家の者としてあり得ないことに、殿下は王太子でありながら、ドレスを着てその無礼な平民に嫁いで男同士で結婚するおつもりだとか?」
「なっ……!?」
思わず驚きの声が出てしまって、同時にアイゼ様が息を呑む。
「何故それを知っているかって言いたそうだな平民? その程度の情報収集は貴族の基本だ。貴族を舐めるなよ」
まずい!
何がまずいって、外務大臣が揶揄するようにバラした俺達の秘密の関係を聞いたこの場の全員が、一切驚きの表情を浮かべてないってことだ!
この場でアイゼ様唯一の味方と言っていい宮内大臣ですら、滅茶苦茶渋い表情で、絶対にそんなことは許さないって顔に書いてある上、驚きなんて欠片も感じてないし!
いつ漏れた?
どこから漏れた?
いや、それよりも、貴族達に横槍を入れられる前に、認めさせるための手を打とうとしてた矢先で、すでにバレてたなんて……!
「王太子たる殿下がそれでは、貴族はもとより、民達への示しが付きませんな」
「然り。前代未聞の大問題だ。王太子としての資質が問われる」
反王室派の大臣達が、またしても口々に俺とアイゼ様を糾弾してくる。
「与太話だとばかり思っていたが、これは由々しき事態だな」
「女の格好をして男と結婚しようなど酔狂な」
しかも尻馬に乗るみたいに、中立や態度をあやふやにしてた連中まで、口を揃えて非難してくるし!
このままじゃ、アイゼ様を……姫様を『俺の嫁』にする計画が潰されてしまう!
「……確かに私はエメルとそのように約束をした。しかしそれは、エメルがトロルロードに囚われた姉上を救い出し、トロルロードを討伐し、トロル兵五千匹を殲滅し、王都を奪還し、王族の命を、我が国の未来を守った英雄であり、その功績に最大限報いるためだ。本来であればそなた達国家の中枢たる貴族が率先して成さねばならなかった難事だぞ? それをそなた達に代わり、ただの平民であるエメルがたった一人で成し遂げてくれたのだ。エメルが命を賭して戦っている時、そなた達は貴族としての義務と責務を果たしもせずどこで何をしていた? それら偉業をなすために、そなた達がなんの役に立ったと言うのだ? それほどの偉業に対して、私は自らの名において望みのままに褒美を取らせると約束したのだ。それを反故にするなど、上に立つ者がすべきことではない」
視線を逸らす奴、苦虫を噛み潰したような顔をする奴、恥じ入る奴、恨めしそうにアイゼ様を睨む奴、反応は様々だったけど、本当に面の皮が厚いのか、やっぱり外務大臣だけはへとも思ってないらしい。
「そのような大事をお一人で勝手に決められているから、独断専行だと申しているのです」
外務大臣はその場の全員をぐるっと見回すと、わざとらしい弱り切った顔をして、軽い調子で肩を竦めた。
「殿下自らが率先し、荒唐無稽な作り話と英雄ごっこで人心を惑わし、ことさら話を大きくして貴族の義務と責務を持ち出しワシらに責任転嫁し、そうまでして王家の威信を取り戻さねば貴族をまとめ上げることも出来んと言うのであれば、もはや国を統治する力はないと言っていると同義であろう? そうは思わんか?」
おいおい……『荒唐無稽な作り話』って、こいつは、俺がやったことを欠片も信じてないってことなのか!?
貴族の情報収集能力はどこいった!?
「かかる事態を招いておきながら、平民の嫁になるなどと正気を疑われることを言い出して王太子としての立場を投げ出し、国政を蔑ろにすると言うのであれば、ワシらの上に立ち、ワシらとこの国の命運を託すには相応しくないとは思わんか?」
ちょ……待てよまさか!?
「アイゼスオート殿下には相応の責任を取って、王位継承権を返上して戴くべきだ」
なんてこと言い出すんだよこいつは!