429 グエンの身の振り方
「騎士の身分などと贅沢は言いません。一兵卒で構いませんので、ボスに仕える許可を戴きたく」
あれから数日後、グエンが俺に面会したいって言うから、獣人達の統率がどうなったか気になってたし、会って話を聞くことにした。
ただし、一応騒ぎを起こした奴隷って立場だから、大馬鹿エルフどもと同様、門を挟んだ屋敷の敷地の外と中での面会で、建前上は、保留にしてたグエンの処分の通達って名目だけど。
そうして挨拶と現状確認の後、本題の用件を尋ねたらそんなことを言い出したってわけだ。
「元騎士として戦闘訓練を受けてたグエンが、俺の下でその力を発揮してくれるならそれは非常にありがたい話だけど、いいのか?」
「もちろんです。オレはそういう生き方しか出来ないので」
迷いのない瞳と言葉だ。
どうやらエレーナが言ってた通り、根っからの騎士なんだろうな。
それに、キリからなんの注意も警告もないから、間違いなく本心で、リベンジや寝首を掻きに来たってわけじゃなさそうだ。
立ち会って貰ってるナサイグと護衛のエレーナをチラッと見る。
「良いと思います。獣人達の統率は順調のようですし、獣人達のリーダーに収まっているガランド殿がエメル様にお仕えすることは、獣人達の統率に大きなメリットになると思います」
エレーナも至極真面目な顔で同意するように頷いた。
そして、グエンの願いを聞き届けてやって欲しいって目をする。
「元騎士であることを考慮すれば、そのまま領軍の騎士として取り立てても問題ないと思う。むしろ騎士として重用すれば、獣人達も伯爵様の支配を受け入れ易いはず」
「やっぱりそうした方がいいか」
自分達のリーダーが一兵卒としてこき使われる姿を見せられるより、騎士としてちゃんと敬意を以て扱われる姿を見せられる方が、獣人達も自分達が獣人だから冷遇されてるなんて余計な誤解をしないで済むだろうし。
グエンもリーダーとしての面目が立つはずだ。
「よし、グエンを騎士として取り立てよう。それでいいな?」
「はっ、再び騎士の身分を与えられるなど、願ってもない厚遇です。オレの忠誠をボスに捧げます」
「ああ、期待している」
「はっ」
尻尾を振って、なんかすごく嬉しそうだ。
「そして、保留にしていたお前の処分についてだ」
「はっ」
「最低一年は奴隷の身分からの解放はなしとする。そして、しばらくの謹慎と減給を命じる。お前はもうザレリア王国の騎士じゃない。マイゼル王国の、そしてメイワード伯爵領の騎士だ。だから、マイゼル王国およびメイワード伯爵領のやり方を徹底的に覚えて貰う必要がある。よって、その謹慎期間中に厳しく教育するんでそのつもりでいろ。その教育が終わるまで謹慎は解けないと思え」
「はっ! ですがそれは……」
事実上のお咎めなしみたいに聞こえるかも知れない。
教育期間は絶対取る必要があるんだし、最低限の教育が終わるまで現場には出せないんだから。
でも、当然、謹慎と減給の記録が残る。
当面は見習い騎士として試用期間になるから給料は安く、その安い給料からさらに減給されるんだから、私物も貯蓄も何もない無一文の奴隷で、しかも妻帯者で娘もいるんだから、しばらく生活は厳しくなるだろう。
グエンはもっと重い罰を受けるべきって考えてたみたいだけど、家族を養うためにも、早く教育を終えて謹慎を終わらせ、現場で評価を上げて見習いから本採用にならないといけないんだから、必死にならざるを得ないだろう。
グエンの本気を計れるし、罰としては十分だ。
それに、ここで厳しすぎる罰を与えて、せっかくグエンがまとめてくれた獣人達の反発を招いたり、またバラバラになられるのは得策じゃないからな。
そして、獣人達は自分達の奴隷の首輪が外されても、グエンの奴隷の首輪だけが外されないのを見せられることになる。
それが自分達の軽率な反抗の責任をリーダーのグエン一人が負った結果だと知れば、獣人達全体への罰にもなるだろう。
「獣人を領軍の騎士に取り立てるのは今回が初めてだ。マイゼル王国は人間の国だから、他種族が騎士などの要職に就くことにいい顔をしない貴族や民もいるだろう。そういう意味では、今後のお前の評価は、獣人のみならず、今回引き渡された全ての種族の評価に繋がると心得ろ」
一兵卒ならいざ知らず、騎士になるなら当然だろう。
プレッシャーをかけることになるけど、その責任の重さを自覚させ背負わせることが本当の罰と言えば罰だ。
「謹慎期間中の教育で、どこに出しても恥ずかしくない、マイゼル王国の、そしてメイワード伯爵領の騎士となれるよう励むように」
「はっ!!」
まだザレリア王国式だけど、騎士として敬礼をしてくれる。
その気合いの入り方を見れば、期待してもいいだろう。
尻尾、ブンブン振ってるし。
さて、グエンの話はこれでいいとして……。
「そっちの彼女は?」
グエンの後ろに目を向ける。
「は、はい、なんと言いますか……」
ブンブン振ってた尻尾が垂れて、キリッとした凛々しい騎士の表情を情けなく崩すと、困ったように後ろの女の子を振り返る。
「ハウラはハウラだよ」
俺達の注目が集まったところで、遂に自分の出番とばかりに、一人称を自分の名前で言いながら元気よく手を挙げたその女の子は、目を輝かせ、犬耳をピクピク動かし、尻尾を大きくパタパタと振って、自分の存在を強くアピールしてくる。
髪や尻尾の色は灰色の色味が強い青色で、グエンと同じような色味の犬型獣人だ。
背は俺より少し高くて、年齢も多分俺より少し上なんじゃないかな?
どことなく愛嬌がある美少女だ。
支給した平民の服を着てるんだけど、袖は引き裂いたのかビリビリの切り口をそのままにしたノースリーブにしちゃってるし、下はスカートじゃなくてズボン、それも足の付け根付近で裾を以下同文で、ショートパンツみたいになってる。
この世界基準で考えると、ちょっと露出が多すぎてはしたない感じの格好だ。
そんなビリビリでギザギザの裾や袖から覗く四肢はほどよく引き締まって筋肉質で、胸はちょっと大きめな上にウェストも引き締まってて、すごくスタイルがいい。
ただ、なんて言うか……。
ブンブンと振られる尻尾、無邪気に輝かせてる瞳、今にもわふわふ言いそうな雰囲気と一人称を自分の名前にしてるところが、どことなくワンコっぽいって言うか、ちょっとおつむが弱く馬鹿っぽく見えるって言うか……。
「こいつは、本人が名乗ったとおりハウラと言いまして、オレの義理の妹、つまり妻の妹になります」
「奥さんと娘がいるって話は聞いてたけど、義理の妹って、随分と若いな?」
「まあ、その……はい」
てっきり娘かと思ってたのに。
聞けば、二十代前半の若い奥さんらしい。
グエンは四十代後半だから、この世界の平均的な成人年齢を考えると、娘以上、孫娘近く年が離れた奥さんってことになる。
グエンのいぶし銀のイケオヤジっぽい外見といい、若い奥さんといい、なんかイラッとくるな。
「娘はまだ生まれて間もなく、ようやく一歳を過ぎたばかりです」
「それは……この領地まで来るのは大変だっただろう」
「はっ。ですが妻と励まし合い、なんとか」
「まだ一歳ってことは、奴隷にされてる間に知り合ったってことだよな」
「妻とは、妻がまだ幼い頃に知り合いまして。トロルに支配される理不尽や苦しさを乗り越えようと、慰め励ましているうちに懐かれ、あまりにも健気に口説いてくるものですからほだされてしまい、結婚するに至りました」
ほだされてしまい、の件では、年甲斐もなくって感じに照れ臭そうにしてたけど、最初の、妻が幼い頃に知り合ったって言った時に、ちょっと苦い感情が垣間見えた。
もしかしたら、何か辛い出来事でもあったのかも知れない。
「そうか」
だから、それ以上どう言えばいいか分からなくて、短くそう答えるだけにしておく。
本人達が辛い記憶を乗り越えて夫婦としてやっていけてるんなら、俺に出来る事は、家族三人が幸せに暮らせるように、よい領主として領地を発展させることだけだ。
「済みません、話が逸れました。それで、このハウラなのですが」
「ああ、そうだった。それで彼女も騎士に? それとも領兵に志願してくれたのか?」
「いえ、実は――」
「ハウラ、ボスの子を産みに来た!」
グエンの台詞に被せて、無邪気に元気いっぱい手を挙げて……って、とんでもないこと言い出したな!?
「ハウラ、ボスの子を産む!」
目をキラキラさせて……なんかもう、すごくバカワンコっぽい!
「――とまあ、急にこんなことを言い出しまして……」
頭が痛いとばかりにグエンが小さく首を横に振る。
うん、俺もちょっと頭痛がしてきた。
するとエレーナが、まるで俺をハウラの視界から隠すように間に割り込んで、厳しい視線をハウラに向けた。
「あなたは何も分かっていない。伯爵様の妻になるなどと、軽々しく口にすべきじゃない」
「むっ、あなた誰。なんでハウラの邪魔するの」
一転して不機嫌そうに眉間に皺を寄せたハウラが、負けじとエレーナを睨み付けて唸った。
エレーナは最近自分を鍛え直してるらしく、以前より引き締まって均整が取れた身体に仕上がってきてる。
対してハウラは、獣人故だろうな。そんなエレーナよりも力もスピードもありそうな、さらに引き締まった身体だ。
「礼儀作法も何もなってない。そして、伯爵様の妻となり隣に立つ意味も分かっていないようじゃ話にもならない」
「そんなの知らない! 関係ない! ハウラはボスがいいって思った! 理由はそれで十分!」
「伯爵様は、ただ一時の浮ついた気持ちで近づいていい方じゃないと知るべき」
「だからそんなの知らない!」
睨み合いでバチバチ火花が散ってるんだけど……これ、俺はどうすればいいんだ?




