424 厳罰の裏で
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「――と言うわけで、あの大馬鹿者どもはトロルに引き渡してきた。このことは、それとなく奴隷達の間に広めておいてくれ。俺は本気なんだってことをな」
「はっ! 伯爵閣下の仰せのままに」
ガンドラルド王国から戻って来たエメルから報告を受けて、ジェラッドは背筋を伸ばして畏まり一礼した。
その背中を、冷たい汗が流れ落ちる。
エメルが執務のため屋敷へ戻り、玄関へ入ってその背中が見えなくなったところで、ジェラッドは頭を上げて大きく息を吐き出した。
「隊長、大丈夫ですか?」
「ああ、なんとかな……」
副隊長の青ざめ引きつった顔を見て、ジェラッドは自分も同じような顔をしているだろうと、内心で再び溜息をつく。
「まさか本当に、領地を追放して奴隷達をトロルどもに突き返すとは……」
副隊長の肝が冷えたと言わんばかりの口ぶりに、ジェラッドは努めて平静な声を心がける。
「先の奴隷達の引き渡しの時、妨害してあわや再び戦争になりかねなかった時も、実行犯どもを引き渡していただろう」
「自分は、あれは見せしめの意味が多分にあり、ゆくゆくは形骸化させる厳罰かと思っていましたが……」
「私もだ」
それは、元グルンバルドン公爵領軍だった者達にとって、共通の認識だった。
しかしそうではない、本当に犯罪抑止のため、必要なら容赦なく行使する厳罰なのだと、今日、思い知らされたのである。
「しかし、それも無理からぬことだろう。目の前で領民を無差別に虐殺されそうになったのだ。伯爵閣下のお怒りも当然だ」
「そう……ですな。あまりの凄まじい怒りに、身体が竦んで指一本動かせませんでした。しかも、妹君までもが、あれほどに……」
それには同意だったが、隊長たる自分が一緒になって怯えているわけにはいかなかった。
そして、濁された言葉の続きも。
エメルを敵に回せば、明日は我が身なのだ。
「顛末を一部始終、細大漏らさず、グルンバルドン公爵閣下にご報告しなくてはな」
「そう、ですな」
それは埋伏する密偵としての使命と同時に、グルンバルドン公爵がエメルと無謀な敵対の判断を安易に下さないで欲しいと言う、自分達の身を守るためでもあった。
「しかし今回の件、考えようによっては、早期に始末が付いて僥倖だったかも知れません」
「ああ、その通りだ」
エメルに対する不満分子と接触し、これをコントロールし、裏から操るか結託するか、事を起こせるように事前に準備をしておく。
それが埋伏する自分達の最大の使命だった。
だから、旧レフュール王国出身の元王子、元貴族達に目を付け、その行き過ぎた態度を正す振りをしながら、彼らを合流させひとまとめにして、まずは裏から操ろうとした。
しかし、結果はこの始末。
想像の遥か斜め上を行く度し難い愚か者どもで、仮にこの結末を迎えなかったとしても、ジェラッド達のコントロールなど一切受け付けなかっただろう。
下手に関係を深める前に自滅してくれたことは、累が及ばずに済んで助かったと言える。
「今後はもっと慎重を期すべきだな。今接触している他の奴隷達に対しても、深入りしすぎないように通達を出しておけ。危険だと判断したら、累が及ぶ前に切り捨てる」
「はっ」
そして、ジェラッド達のグルンバルドン公爵への報告とは別に、領民として入り込んでいた密偵達から、事の顛末が各貴族家へと報告されていた。
また後日、奴隷達が引き渡された時に騒ぎを起こした三つの貴族家に対する警告と報復の情報も、同時に各貴族家の耳に入った。
奴隷達が引き渡された時といい、今回の件といい、メイワード伯爵領内でエメルに対し敵対的な行動を取る者達は、すべからく追放されトロルの奴隷として引き渡される。
その事実が広く認知され、ぼったくりを仕掛けられたときの報復と、取り潰されたスゴット商会の件もあり、『元農民の成り上がり者だと舐めて安易に手を出すのは危険だ』との認識が、次第に広まっていったのだった。
◆◆
「あら、エフメラ様、どうされました? お腹が空きましたか?」
あたしが厨房に顔を出すと、メイドさん達がにこやかにそんなことを聞いてくる。
確かに、お腹が空いたときは、ちょくちょくおやつを貰いに来てるけど、今日は全然違う。
「厨房使っていい? エメ兄ちゃんの今日の晩ご飯は、エフが作ってあげたいんだ」
「まあ、そうでしたか。では、自由にお使い下さい」
「うん、ありがとう。晩ご飯の予定を変えちゃってごめんね?」
「いえいえ、構いませんよ」
他のみんなの分の食事も一緒にあたしが作るから、実はメイドさん達も楽しみにしてくれてるんだよね。
だって、エメ兄ちゃん考案で直伝のお料理だから。
珍しいし、美味しいし、みんな大喜びで食べてくれるから作り甲斐があるよ。
「それで、何を作られるんですか? 食材は何を使います?」
「ハンバーグ! 豚肉と牛肉とタマネギと新鮮な卵とパン粉と牛乳とお塩と胡椒!」
「まあ、いいですね、ハンバーグ!」
メイドさん達が嬉しそうに、すぐさま材料を揃えてくれた。
美味しいもんね、ハンバーグ!
お肉を塊で食べるのと違って柔らかくて、しかも作るのに手間暇がすごく掛かって大変だもんね、普通に作ろうとしたら。
「まず、豚肉と牛肉をエアカッターでミンチにして、タマネギもエアカッターでみじん切りにして」
物の数秒で両方とも終わる。
もし包丁でミンチを作ろうと思ったら、何十分もひたすら叩いて切り刻んで、すっごく疲れるもんね。
さらに固くなっちゃったパンもエアカッターで粉砕してパン粉にして、牛乳に浸す。
イノチちゃんに頼んで、生卵の殺菌も忘れない。
それから全部を混ぜて、こねて、たっぷりの塩胡椒でソースなしでも美味しく食べられるように味付けする。
エメ兄ちゃんは、なんか『うすたーそーす』とかってソースが一番欲しいみたいなんだけど、材料が全然分からないから、作れないんだって。
でも、トトス村にいた頃はお塩も贅沢に使えなかったし、ましてや胡椒なんて高すぎてここに来るまで食べたことなかったから、これだけでも十分に美味しいし、すっごく贅沢だよ。
「粘り気が出たら形を作って、空気を抜いて」
こねて形を作る作業はメイドさん達も手伝ってくれる。
だって、このお屋敷で働いてる人達だけでもたくさんいるから、お代わりも考えると山ほど作らないと駄目だもんね。
「ご主人が食堂へ入られたよ」
今日、食堂で配膳係するのは、アイジェーンお姉ちゃんだったみたい。
食堂から厨房まで伝えに来てくれた。
「じゃあ、エメ兄ちゃんとエフの分は焼いちゃうね。片面焼いて、ひっくり返して、後は蒸し焼きにして」
そうしてる間に、付け合わせのサラダとかスープとか色々、メイドさん達が用意してくれた。
「今日はエフが運ぶね」
あたしが作ったから、あたしがエメ兄ちゃんに届けたい。
だから、自分でワゴンを運ぶ。
「おっ、エフメラ? 今日はエフメラが作ってくれたのか」
「うん♪」
「おおっ、ハンバーグか!」
エメ兄ちゃんすっごく嬉しそう。
ハンバーグはエメ兄ちゃんの大好物だもんね。
エメ兄ちゃんの分を配膳して、それから一緒に付いてきてあたしの分の配膳をしてくれてるアイジェーンお姉ちゃんに聞こえないように、こっそりとエメ兄ちゃんに伝える。
「ハンバーグ食べて、元気出してね?」
「エフメラ……」
エメ兄ちゃんが驚いたように目を見開くと、ちょっと恥ずかしそうにして、それから嬉しそうにあたしを抱き締めて、いっぱい頭を撫でてくれる。
「ありがとうエフメラ。俺は本当にいい妹を持ったよ」
「うん♪」
あたしもエメ兄ちゃんを抱き締め返す。
だって、あの暴言を吐いた褐色の肌のエルフの奴隷達を、トロルに引き渡しちゃったんだもんね。
領民を攻撃魔法で殺そうとするなんて許せないから自業自得だし、あたしなんかはざまあみろって思うけど、エメ兄ちゃんの本心はそうじゃない。
あんな連中でも、本当はなんとかしてあげたかったんだよね。
奴隷達を引き渡されるときに暴れた人達のことも。
でも、政治って綺麗事だけじゃ済まないんだよね?
領主様だから表向きは当然って顔で平然としてるけど、自分の手でトロルの奴隷に突き落とさないといけなくて、心の中はいっぱい傷ついてるんだ。
だから、あたしの美味しい手料理をいっぱい食べて、いっぱい元気を出して欲しい。
「本当にありがとうエフメラ。さあ、冷めないうちに食べようか」
「うん!」
そして、二人で戴きますする。
「あむ……うん、滅茶苦茶美味しいよエフメラ!」
「えへへ♪ お代わりもあるからいっぱい食べてね」
「ああ、もちろん、貰うに決まってる!」
エメ兄ちゃん、本当に美味しそうに食べてくれてる。
それに、とっても嬉しそう。
エメ兄ちゃんの嬉しそうな顔を見てるだけで、胸の中が温かくなって、嬉しさでいっぱいになる。
これが、女の喜び、って奴だね。
ああ、幸せ♪




