42 会議
◆
王城に拠点を移したおかげで、大臣やら役人やら貴族やら、その仕事ぶりや人柄、評判なんかの情報が、チラホラと入ってくるようになった。
さすが国政の中枢、接触する人数が桁違いに多いおかげだ。
俺の世話役として付いてくれたおばあさんメイドのメリザさんや、姫様、お姫様の侍女達はさすが教育が行き届いてて、口さがない噂話を好んでするような真似はしなかったけど。
でもそうじゃない、王城を清掃したり、給仕したり、洗濯したりする城仕えのメイドさんや下っ端の兵士達は、口が軽くて暇さえあれば噂話に興じてて、その手の話が自然と耳に入ってくるわけだ。
もっとも、入ってくる情報以上に、俺の情報や評判が城中を駆け巡ってるみたいで、釣り合いが取れてないのがちょっとあれだけど。
まあ、それも当然っちゃ当然、なんだよなぁ。
戦時下の特例で、しかも姫様の権限で騎士として召し抱えられた上、わざわざ俺一人のためだけに王家直属特殊戦術精霊魔術騎士団って騎士団が正式に認可されて新設されたんだ。
加えて、礼服だけじゃなくて普段から着る騎士服も新調されて、こっちも俺の意見が採用されたデザインになってるもんだから、他の騎士達とは見た目から違って嫌でも目立つんだよね。
さらに言うなら、騎士としての勉強や訓練をちゃんとしてないから、礼儀から足捌きから体捌きまで、何もなってなければ剣も使えないド素人なわけだ。
そりゃもう王室派、反王室派関係なく、煙たがられて風当たりが強いのなんの。
さすがに姫様やお姫様の前じゃ一度もないけど、一人でいると嫌味や陰口は日常茶飯事で、絡んでくるウザい連中も一組や二組どころじゃない。
まあ、相手にしてないけどね。
だってさ、前世の女子のそれのえげつなさに比べたら、へでもないし?
それだけ俺の功績が大きかったってわけだし?
何より姫様にとって特別って証拠だし?
ちょっと本気出して、精霊魔法でドカンと一発やれば大人しくなるのは目に見えてるからさ、おかげで涼しい顔で受け流せるんだと思う。
何しろ兄ちゃんの時と違って、遠慮する理由も躊躇う理由もないしな。
ともあれ、お姫様のおかげでこの国や貴族についての基礎知識はバッチリだ。
戦時下で状況が変わった現在、誰が王室派で誰が反王室派か、きっちりと見極めてやろうじゃないか。それで中立は取り込み、敵は切り崩し、権力の掌握とか、落ちた王家の権威と名声の回復とか、王室派の勢力を拡大させてやる。
これでようやく、俺と姫様の仲を貴族達に認めさせるため、本格的に動き始められるってもんだ。
って意気込んでたんだけど……。
「アイゼ様、また追加の書類です……」
「済まぬなエメル、使いっ走りの真似をさせてしまって。そこのテーブルに置いておいてくれ。クレア」
「はい、仕分けます」
なんて言うかもう、姫様が滅茶苦茶忙しい。
とにかく、休む暇もないくらい、滅茶苦茶忙しい。
執務室に山と積まれた書類は、次期公爵の屋敷で処理してたのなんて目じゃないくらい、うずたかく積み上げられてる。
姫様……今は公務中で男装コスプレしてるからアイゼ様だけど、ほとんど書類に埋もれてる感じだ。
「アイゼ様、仕事が忙しいのは分かりますけど、少しは休まないと身体に毒ですよ?」
「そうしたいのは山々なのだがな……それでは仕事が溜まる一方だ」
まあ、それも仕方ないって言うか……。
本来その仕事をしてた王様がトロルロードに殺されちゃったから、必然的に王太子であるアイゼ様にお鉢が回ってくるわけで。
これまでも王太子として幾つかの公務はしてたらしいから、それらは普通にこなせるみたいだけど、やったことのない仕事まで回ってくるようになったわけだから、そりゃあ手間取って時間が掛かるってもんだよ。
しかも、だ。
その手の作業をこなす文官達が、さすがに体調も快復してもう仕事をしてるんだけど、殺された人も多くて人手が全然足りてない。
おかげで緊急を要する案件と、期限まで猶予がある案件と、仕分けもされずに一緒くたに積み上げられたり、資料に抜けや間違いがあったりして、余計に仕事の能率を落としてるんだ。
下の方の現場も、相当に混乱してるらしい。
さらに言うと、それら仕事のフォローをしてくれるはずの執事、それもアイゼ様と王様と、どちらの執事もそれぞれの主人を守るために命を散らしてて、仕事全体の把握やスケジュール管理なんかのフォローをしてくれる人手もない状況だ。
だから、お姫様も一部の仕事を引き受けてくれてるんだけど、これまでその手の書類仕事はしてこなかったらしいから、処理できる案件の数は高が知れてるみたいで、頼もしい援軍とは言い切れない。
これはお姫様の能力以前に、立場上そうだったって話だからもう仕方ないわけで。
「俺も手伝えたらいいんですけど……」
「そなたが読み書きと高度な算術も出来るのは分かっているが、こればかりはな」
役人でもなんでもない、なんちゃって騎士でしかない俺が手を出すのは、立場上まずいのは分かる。
「でも、いざとなったらこっそり手伝いますから、遠慮なく言って下さいね」
「うむ、そう言って貰えるだけで気が休まる。だが、まずはエメルに心配をかけぬよう、頑張らなくてはな」
微笑んでくれるのは可愛くて嬉しいけど、本当に無理だけはしないで欲しいよ。
こんな感じにアイゼ様が忙殺されてて、本格的に動く暇がないんだ。
そりゃあ、目の前の仕事を堅実こなして実務能力を見せつけるのも重要だけどさ。
もっと抜本的に、そしてドカンと派手に、実力を見せつけて名声を獲得し、人心を掌握する策が打ちたいんだけど。
「アイゼ様、そろそろ会議のお時間です」
「む、もうそんな時間か……分かった」
筆頭侍女のクレアさんが執事の代わりにスケジュール管理してくれてなかったら、色々と業務に支障が出てる状態だよ。
出るのも馬鹿らしい気分でやってきたのは、内装もやたらと立派な大きな会議室だ。
巨大なテーブルが中央に、そして両側に何十人と座れる椅子が並んでる。
ただし、今そこに座ってるのは二十人足らずだけど。
アイゼ様が入室すると全員が立ち上がる。
参加者の中で俺と面識があったのは、次期公爵の屋敷にも報告に来た、筋骨逞しいおじさんの将軍ガーダン伯爵と、同じく中年太りの内務大臣バーラン侯爵くらいだ。
他には、帰還パレードの最後でアイゼ様とお姫様を出迎えてくれた白髪のおじいさんが宮内大臣コルトン伯爵って言って、王族関係のあれやこれやを取り仕切ってくれてる大臣だったらしくて、見覚えがあったくらいかな。
それ以外に外務大臣ブラバートル侯爵、財務大臣ウグジス侯爵、軍務大臣イグルレッツ侯爵、法務大臣ハーグダス伯爵なんかの大臣のほとんどが出席してる。
つまり欠席してる大臣がいるんだけど……その理由が、トロルに殺されたのは仕方ないとしても、領地に逃げ帰って王都奪還から一ヶ月経っても戻ってこないって、職務放棄も過ぎるだろう?
その辺りの人事は早急に改めないと駄目なんだけど、片や王室派を据えたい、片や反王室派を据えたい、って綱引きがあって、なかなか決まらないのが現状らしい。
で、今回出席した中で、王家に忠誠を誓い王室派って断言出来るのは宮内大臣のみ。
それから王家に忠誠を誓い敬意を払ってくれてるけど、軍事を預かるってことで、敢えて王家とは一定の距離を取って中道路線を進むのが、将軍と軍務大臣らしい。
後は、内務大臣や財務大臣みたいに一応王家に敬意を払ってくれるけど忠誠を誓ってくれてるほどじゃないとか、立場を明確にしないであやふやにしてるとか、どうにも味方と呼ぶには頼りない人達がちらほらと。
そしておよそ半数が反王室派だ。
もうさ、ほぼアウェーで、王室派の意見がほとんど通らない会議って、後ろで立って見てるだけでも超絶ストレスだよ。
アイゼ様まだ十三歳なのに、ストレスで胃に穴が空かないか本気で心配だ。
アイゼ様が着席し、俺が右斜め後ろに立ったところで、立っていた参加者が着席して会議が始まる。
本日の議題は軍の再編成で、その中でもまずは近衛騎士団についてだった。
最初に発言したのは、全ての騎士団を統括する将軍だ。
「近衛騎士団は第一から第四までありますが、恐れながら現時点で必要なのはフィーナシャイア殿下をお守りする第三近衛騎士団、アイゼスオート殿下をお守りする第四近衛騎士団のみです。しかしそれも、多くの騎士達が命を落とし、両殿下の護衛をする人員にも事欠いております。彼らからの人員補充の要望も非常に強く、至急の対策が必要かと思われます」
「足りなければ新人を入れればいいではないか」
面倒臭そうに、それで一発解決だろうがって言わんばかりの態度でそう言ったのは、内務大臣以上に肥え太った中年おじさんの外務大臣だった。ちなみに、バリバリの反王室派だ。
それを聞いた宮内大臣が渋い顔で待ったをかける。
「近衛騎士ともなれば、実力と信頼はもとより、その出自が問題になるではありませんか。であれば新人を軽々に増やすわけにはいかないでしょう」
「だったら第一、第二の騎士達を、第三、第四へ異動させればいいではないか」
「国王陛下、王妃殿下をお守りしていたからといって、両殿下のお側における派閥であるとは限らないでしょう。ただ数を揃えればいいわけではないのです」
そこから延々と、適当に済ませろって感じの外務大臣と、アイゼ様大事、お姫様大事って慎重な宮内大臣との水掛け論が続いて、時間ばかりを浪費する。
「ならば、第一、第二の騎士達を、第三、第四へ、信頼の置ける者だけを異動させてはどうか。将軍の責務として、この俺が直に面談し見極める。それならよかろう?」
「将軍の意のままに動く者達ばかりで近衛騎士団を固めるのはいかがなものかな」
埒が明かないとばかりに将軍が結論を出そうとすると、今度は内務大臣が横から余計な口を挟んで。
「王都失陥の責を軍部はまだ取っておらんからな。両殿下にご忠言差し上げられる者達が、喉から手が出るほど欲しいのではないか?」
「貴様、この俺を愚弄する気か!」
それに追随する外務大臣が煽って、将軍が乱暴にテーブルを叩く。
そこからはお互いに非難合戦だ。
どいつもこいつも、真面目に話し合う気ないのか?
特に外務大臣だよ。
あからさまにいちゃもん付けたり、相手が飲めない意見を出したり、わざとらしく煽ったり、端から話し合う気なんてなくて、わざと引っかき回して、結論を出させないようにしてるだろ。
「結論が出んな。続きはまた明日にでもして、そろそろ次の議題に移った方が良いのではないか?」
「彼らに両殿下の守りを不完全なまま放置しろとでも言うつもりか!」
「そこまでは言っておらんが、しかし結論の目処すら立たんだろう」
はあ!?
姫様とお姫様の護衛を増やすのは真っ先にしないといけない最重要事項だろう!?
散々邪魔して『結論の目処すら立たん』ってどういう了見だよ!
まさか、わざと姫様とお姫様の護衛を甘くして、よからぬ事でも考えてるんじゃないだろうな!?
「信用できる者を増やせんのなら、グダグダ言わず現状の人員だけで回せばいいではないか。下らんことをいちいち会議にかけるな」
投げ出すように話を打ち切る外務大臣に、ブチッと頭の中で何かが切れる音が聞こえた。
「おい、下らんってなんだ下らんって! アイゼ様とお姫様の命を守ることが下らんってどういう了見だよ!」
「黙れこの平民風情が! 誰の許しを得て口を利いている!」
一歩前に踏み出して声を荒げた俺に、外務大臣が瞬時に顔を歪めて乱暴に拳をテーブルに叩き付けた。
大半の連中が、不愉快そうな視線を俺に向けて、反王室派の連中がそれに追従する。
「英雄などと神輿に担がれて、増長しているようだな」
「たかが護衛の騎士に会議での発言権があると思っているのか!」
「平民の分際で、騎士に取り立てられただけで、我ら貴族と対等になったなどと思い上がっているのではあるまいな」
そんな追従に、満足げで皮肉げな笑みを口元に浮かべた外務大臣が、勝ち誇ったようにアイゼ様へ鋭い目を向けた。
「部下の教育がなっていないのではないですか、殿下?」
……やばい、これ、やっちゃったか!?