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41 王城での新生活 アイゼスオート

◆◆



 今日はもう公務がないから、私室でゆっくりとくつろぐ。


「そうだ、王城を離れている間に、私への来客や手紙などはなかったか?」

 父上付きで、今は僕の世話や館の管理をしてくれている侍女達に尋ねる。


「いえ、ございませんでした」

「そうか……」

 やっぱりなかったか。

 ラムズの屋敷に世話になっているのは周知していたから、あれば直接そっちに来るだろうし。


「どなたかと何か大事なお約束でもございましたか?」

「いや、一応確認しただけだ、何もない」

 そう、何も。


 ラムズの屋敷に居る間、僕を訪ねてきたのは、前クラウレッツ公爵の派閥の者、つまりその地盤を引き継いだラムズに付いて行ってもいいと判断した者達だけだった。

 それ以外の派閥の者達は訪ねてすら来なかったし、自発的に僕と連絡を取ろうとする者もいなかった。


 そして、訪ねて来ず、手紙すら送ってこなかったのは、ご令嬢達もだ。

 親に止められているのか、元から本人にその気がなかったのか。

 戦時下だから、ご令嬢の移動が危険でさせられないのは分かるけど、手紙くらいは送れるだろう。王都奪還の報は全ての貴族に通達したし、その時に、婚約者候補のご令嬢にだけは一筆書いたのだから。


 結局、親の反対を押し切ったり親の目を盗んだりして、僕に会いに来たり手紙を送ってくれたりする、情熱的な(・・・・)ご令嬢は一人もいなかったわけだ。

 つまり、その程度(・・・・)だったってこと。


 だからってそれを責める気にはなれない。

 王家に付くのは未だ貧乏くじで、下手に関われば敗戦時、連座で処刑される可能性があることを考えれば、親は止めるだろうし、本人だって尻込みするはずだ。


 そんなことより、そんな風に冷静に受け止めて、思いの外ショックを受けていない自分にちょっと驚いている。

 以前の僕なら、多少なりとショックを受けていた気がするんだけど。


 もしかしたら、姫の振りをしてエメルを騙していたことで、ご令嬢達の裏側を垣間見てしまったせい……。

 いや、それ以上に、エメルの本気の想いを知って、それを受け入れると決めたからかも知れないな。


「アイゼ様、お疲れになりましたか? それともどこかお加減が優れませんか?」

「……いや、大丈夫だクレア。大したことはない」

「でしたら、着替えてごゆっくりされてはいかがでしょう」

「ああ、そういえば帰還パレードの礼服のままだったな。着替えを頼む」


 そうして、クレアと侍女達が着替えを持って来てくれたんだけど……。


 他の侍女達が持って来てくれた王太子の服、当然だからそれはいい。

 クレアが手にしている別の服に、侍女達がざわつく。


「クレア、それは……」

「はい、フィーナシャイア様よりお譲り戴いたドレスです」

「姉上のドレス!?」


 はっとなって侍女達を振り返ると、思い切り目を逸らされたり伏せられたりした。

 侍女達に、何か酷い誤解をされている気がする……!


「クレア、何故今ドレスを!?」

「どうせいずれ分かることです。アイゼ様のお世話をする以上、むしろ早めに知っておくべきです」

 言い切ると、クレアがドレスを手に侍女達の方へ向き直り、滔々(とうとう)と経緯を説明し始めた。エメルと出会ってから、エメルが二度目のプロポーズをしてきた時までを。


「それではアイゼ様は自らのお名前でした約束を違えないため、そして救国の英雄エメル様の献身に報いるために、自らの誇りを懸けてドレスに着替えられているのですね」

「そこまでこの国と民のことを思われて……大変ご立派です、アイゼ様」

「姉君を慕うあまり、歪んだ愛情表現に走られたわけではなかったのですね」

 最後誰かぼそっと非常に不敬な事を呟いた者がいたな?


 ともあれ、クレアの脚色が入った大変に美化された説明に、侍女達全員打って変わって感激したように僕を見つめてきた。

 中には、涙ぐんでそっと目元を指で拭っている者までいる。


 色々言いたいことはあるけど……ここは乗っかっておく方が賢いだろう。


「うむ、そういうことだ。しかし事が事だけに、あまり大っぴらにはしたくない」

「畏まりました」

 侍女達は素直に頷いてくれる。

 ふぅ……良かった、なんとかなって。


「それでは、早速着替えましょう。どちらのドレスがよろしいですか?」

 クレアが二着のドレスを見せてくる。


 どちらも見覚えがあった。姉上が着ていたのを覚えている。

 一着は、鮮やかな濃いオレンジ色で、装飾はやや控え目な、年齢の割にちょっと大人っぽく見えるドレス。

 一着は、淡く綺麗な水色で、装飾はやや多めで、少し可愛らしい感じのドレス。


「選べと言われてもな………………では、水色の方で頼む」


 クレアと侍女達に、礼服を脱がされてドレスに着替えさせられていく。

 クレアだけなら多少は慣れたのに、それ以外の侍女達にまでドレス姿を見られるなんて、すごく恥ずかしい……。

 王太子の自分が、化粧をされ、ウィッグを被らされ、どんどん女の子に変わっていくのを他人に見られるのは、何やらとてもいけないことをしているようで……。


「まあ……なんてお美しい!」

「本当に、まるで昔のフィーナシャイア様を見ているかのようです」

 侍女達の口々の賞賛に姿見を見てみれば――


「っ……!?」


 ――姉上だ!

 公爵クラスのドレスじゃない、正真正銘姉上が着ていたドレスだから、自分がもはや姉上にしか見えない……!

 思わず跳ね上がった心臓に、顔が熱くなる。


「これまでで一番お美しいです。フィーナシャイア様にも引けを取りません」

 そこまで手放しで賛辞を言ったクレアが、僕の耳元に口を寄せて囁く。


「暖色系より寒色系、色は濃い物より淡い物、大人っぽい物より可愛らしいドレスが、エメル様の好みですから、エメル様にはきっと大変お喜び戴けると思います」

「っ!? べ、別にそういう意図で選んだわけでは――」


 いや、この二着を選んで持って来たのはクレアで……まさか!?


「まだお夕食までには時間がありますし、せっかく着替えられたのですから、エメル様をお招きしましょう」

「なっ、エメルを!?」



 この後、招かれたエメルが狂喜乱舞して……その……しかもその様子を侍女達に一部始終目撃されてしまって……。

 僕はしばらく、不意にこのときのことを思い出しては、ベッドの上で悶えて転げ回る日々を送ることになってしまった。



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