391 より効率的な方法
「それで?」
「『それで?』って?」
俺が素で聞き返すと、憎々しげに睨んできた。
「私が採用したこの魔法よりも効率的な方法を考案して採用しているのでしょう? それはどのような方法なのですか」
「いや、どのような方法なのですか、って聞かれても……」
「教えなさい」
「いやいや、マイゼル王国の軍事機密なんで、教えるわけにはいかないですよ」
「私はフォレート王国の軍事機密を教えたのですよ? それもここまでつまびらかに。それがどれほどのことか、分からない貴方ではないはずです」
「それなら俺も、俺の秘伝の一端を教えたじゃないですか。それでチャラでしょう。しかも『今なら、なかったことにも出来ますけど』って言いましたよね」
そう、本当にこれで話はおしまいで、約束はここまでなんだ。
だけど、どうやら引き下がるつもりはないらしい。
「ずるいでしょう。貴方ばかり、機密の全てを見抜いておきながら、私は貴方の秘伝の秘密を理解出来ないままなのですよ。しかも、私の上を行く発想を持っているなど、このような屈辱、その発想を知るまで晴らせません」
「いやいやいや、それは見抜けないマリーリーフ殿下の問題であって、俺が約束以外に軍事機密を教える理由にはならないでしょう?」
背中が壁にぶつかる。
気迫に押されて下がってるうちに、壁際に追い込まれてしまった。
これ以上、下がりようがない俺に、マリーリーフ殿下が両手で壁ドンして、左右の逃げ道まで塞いでくる。
「それでは私が納得出来ません」
「マリーリーフ殿下が納得するしないなんて理由で、軍事機密は教えられませんって。納得して下さい」
「無理です」
目つきが悪くて、滅茶苦茶睨まれてるけど、エルフのお姫様に、それも滅茶苦茶美人に、こうして迫られてる状況は端から見たらどう見えることやら。
機密の開示を迫られてるんじゃなかったら、ちょっとした役得なんだけど。
「さあ、教えなさい」
「いや、だから――」
「さあ!」
駄目だ、完全に目的以外見えなくなってるよ!
そんなに顔を近づけたら不味いって!
「わ、分かりました! ヒント、ヒントだけなら! それで駄目なら、これ以上は絶対に駄目です!」
「……仕方ありません、ヒントで手を打ちましょう」
良かった……あんまり良くないけど、良かった……。
「それで、その……納得してくれたなら、離れて貰えますか?」
いい匂いするし、吐息も掛かって、これ以上顔を近づけられたら、キスしちゃいそうな距離なんだけど……。
「――っ!? し、失礼!」
ようやく自分の体勢に気付いたらしい。
真っ赤になって慌てて下がってくれる。
「はしたないところを見せました」
小さく咳払いして、体裁を取り繕うマリーリーフ殿下の顔は、まだ真っ赤だ。
って言うか、そんなに真っ赤になられると、こっちも赤面しちゃうって言うか。
こんなところ誰かに見られたら、絶対変な誤解をされるに決まってる。
「それでヒントとは?」
そんな空気を払って誤魔化すように、マリーリーフ殿下が改めて尋ねてくる。
「まあ、マリーリーフ殿下だと、そのうち自力で正解に辿り着いちゃいそうで、答えを言ってるも同然だから、あんまり言いたくないんですけど……」
そう前置きしてから、端的に伝える。
「マリーリーフ殿下の方法だと、エネルギー効率が悪いんです」
「それだけですか?」
「それだけです。さすがにこれ以上は言えません」
十分納得したって顔じゃないけど、これ以上機密の開示を迫るのはさすがに憚られたのか、黙って考え込む。
このエネルギー効率、理由は単純だ。
マリーリーフ殿下の方法は、光の球を生み出して、消して、と繰り返し何度も魔法を使ってる事にある。
荷車を引く時、止まってる荷車を動かすときが一番力が必要なのと同じだ。
精霊魔法だって、光を生み出す時が一番精霊力を使う。
それは消すのも同じ。
だから同じ時間、通信に使うのなら、最初から最後まで光の球を維持したままにする方が、効率がいい。
でも、光の球を出しっぱなしで消さなかったら、モールス信号で使えないだろう、ってことになる。
そこで登場するのが、サーチライトだ。
艦隊戦とかするアニメで、艦船同士が連絡するのに、シャッター付きのサーチライトを使って、シャッターをカシャカシャ開閉するシーンはよく見る。
つまり、それを道具として利用すればいいわけだ。
光源は精霊魔法で、サーチライトの筒の中に光の球を生み出す。
後は通信が終わるまで、シャッターを開閉するだけでいい。
しかも、水晶のレンズを使うことで、より遠くにまで光が届くようになる。
さらに、サーチライトの形状のおかげで、後方などの、通信を送る必要がない、または通信してることを見せたくない敵がいる方向に対して、光を隠すことが出来る。
単に光の球を出しただけだと、全方位に通信内容がダダ漏れになるわけだからな。
ちなみに、サーチライトで使う水晶のレンズは、安価という一点において、偽水晶をうちの領地から輸出することにした。
偽水晶の利用価値を高めたいからな。
仮に偽水晶に自然の精霊力がいっぱいに溜まったとしても、精霊力を感知出来る人しかそれが分からないから、感知出来ない人には、透明なレンズでしかない。
そして、自然の精霊力に光の通過を阻害する性質はないから、全く問題にならないってわけだ。
しかも、発電、発光させる装置なんて必要ないから個人携帯できる小型化は余裕だし、望遠鏡の筒なんかを流用できるし、シャッター部分をカバーにして取り外し可能にしておけば、懐中電灯としても使えるし、通信兵の装備としてコスパは非常にいい。
仮にシャッター部分が壊れても、板や羊皮紙なんかで代用も出来る優れ物だ。
残念ながら、俺の領地で生産するには職人がいないんで、紆余曲折の果て、偽水晶は俺の領地から輸入するってことと、内容はまだ伏せてるけど、いつか提案予定のとある重要案件で全面的に俺を支持することを条件に、生産する権利とそれで得られる利権は全てジターブル侯爵に譲っちゃったけど。
とまあ、そんなところまで、わざわざ親切に教えてやる必要はないよな。
「マリーリーフ殿下」
呼びかけると、はっとしたように俺を見る。
「……つい、考えに没頭していました」
さすがに、今の今で解決方法は思い付かなかったみたいだな。
でも、この程度の原理なら、マリーリーフ殿下なら、いずれ自力で正解に辿り着けちゃうと思う。
って言っても、マイゼル王国軍で実際に運用を始めたら、いずれ多くの人の目について、それが世界中に広まってくだろうから、時間の問題とも言えるけどさ。
だからまあ、この程度のヒントなら平気だろう。
むしろ、同じ方式をフォレート王国軍が採用してるって情報を得られたことの方が、ずっとメリットが大きい。
「本当に、貴方は恐ろしい人ですね」
「いやいや、それは俺の台詞ですよ」
お互いに、健闘を称え合うように、ニヤリと笑い合う。
「メイワード伯爵、フォレート王国へ来る気はありませんか? もちろん、旅行や視察で、などと言う意味ではありません。最上級の待遇を約束します」
「せっかくのお誘いですが、申し訳ありません」
「考える素振りすら見せずに断りましたね。いえ、分かっていたことですが、どうしても言わずにはいられませんでした」
それは、用済みになったら暗殺しようって思ってる俺に対する、ある意味で最上級の褒め言葉なのかもな。
「そういう話だったら、マリーリーフ殿下こそ、俺の領地へ来ませんか? 残念ながらその場合、二度とマリーリーフ殿下をフォレート王国の関係者と会わせたり連絡を取らせたりするわけにはいかなくなりますけど」
「とても魅力的なお誘いですが、私にも立場があります」
「ですよね。俺も、言ってみただけです」
さすがに大国の王女の立場を捨てさせて、故国はおろか家族友人とも連絡を取らせないとか、なんの冗談だって話だよな。
「マリーリーフ殿下を手に入れようと思ったら、フォレート王国を滅ぼすくらいしないと駄目そうですからね……って、冗談ですよ?」
そんなギョッとされると、困るって。
「え、ええ。分かっています」
コホンと、マリーリーフ殿下が咳払いする。
「どうでしょう、もう一つずつ魔法を見せ合いませんか?」
「いやいや、それはさすがに駄目ですよ。これ以上は見せられません。これでおしまいってことで」
「そうですか、残念です。では、続きは次回と言うことで」
「次回って、またこんな話をするんですか!?」
「当然です。いつが都合いいですか? 貴方の都合に合わせましょう」
「いやいやいや、だから、こういう危険な話は今回限りで。第一、会うたびに人払いしてたら、変な噂を立てられるかも知れませんよ。それは困るでしょう?」
「知識の探求に犠牲はつきものです」
「いやいやいやいや、それは王女様として払ったら駄目な犠牲でしょう!?」
それで最後に用済みって暗殺されたら、笑い話にもならないって。
いやもう本当に、熱意は買うけど勘弁して欲しい。




