39 王城への帰還
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数台の豪華な馬車が連なって、威風堂々と街道を進む。
王都の西門が大きく開かれると、途端に王都内の喧騒が大きく聞こえてきた。
先導するのは、磨かれて陽光を眩しく反射する立派な鎧を身に着けた近衛騎士達だ。
その近衛騎士達が馬に乗り、二列に並んで隊列を乱すこと無く西門をくぐると、すぐさま歓声が上がった。
それら先導の近衛騎士団が王都へ入ると、続いて西門をくぐるのは、一際大きくて立派な馬車だ。
乗ってるのはいかにも王子様って凛々しい格好のアイゼ様、そして同じくいかにも王女様って煌びやかに着飾ったお姫様だ。
その馬車は車体側面にもドアにも窓が大きく取られてて、馬車の中の様子がよく見えるようになってる。
つまり、アイゼ様とお姫様の姿が、沿道に並ぶ市民達にもよく見えるってことだ。
アイゼ様達の馬車が西門をくぐると、さっきとは比べ物にならないくらいの大歓声が上がった。
アイゼ様とお姫様の無事を確認出来て、きっと市民達は安心したんだろう。
何しろ、王様と王妃様はトロルロードに処刑されて、しかも城門に首を晒されてしまったんだ。それを見て、自分達がどうなるか不安で仕方なかったに違いない。それを、アイゼ様の命を受けた騎士達と次期公爵の部隊が共同で、トロルを排除して王都を奪還したんだ。
市民達にはアイゼ様が英雄に見えてるに違いない。
まさに、英雄の帰還パレードだ。
俺の位置からは見えないけど、きっと今、アイゼ様もお姫様も、沿道に駆け付けてくれた市民達に笑顔で手を振って応えてるに違いない。
そんなアイゼ様達の馬車の後に近衛騎士達の護衛の列が続き、それから少し距離を置いて、アイゼ様達の馬車と比べると一段劣るけど、それでも立派で豪華な馬車に乗った次期公爵が西門をくぐった。
こちらも、アイゼ様とお姫様に比べれば若干控え目だけど大きな歓声が上がる。
落ち延びたアイゼ様を匿い、王都奪還作戦の支援をして、救出されたお姫様までも保護した、準英雄ってところだからな。
まあ、次期公爵が市民の歓声を内心どう思って聞いてるかは知らないけど、表面上は愛想良く堂々としてるんじゃないかな。
それから次期公爵の配下の騎士達が護衛として続き、さらに同じく次期公爵の配下の騎士達が、隊列を組んで西門をくぐる。
その騎士達は、アイゼ様が支援部隊として派遣してくれた騎士達だ。
実際には、防壁の外に布陣してただけで王都に突入すらしてないんだけど、その騎士達が来てくれたおかげで、四つの門の前にトロル達が待ち伏せするように布陣してくれたから、まとめてサクッと倒しやすくなったんだよね。
そういう意味では、支援として十分に役立ってくれたわけだ。
だから、せっかくの英雄の帰還パレードだし、アイゼ様とお姫様、そして次期公爵だけで終わりだと数が少なくて盛り上がりに欠けるから、分かりやすい戦力の誇示として、その騎士達もパレードに組み込まれたってわけだ。
そんな分かりやすい騎士達の勇姿に、大いに盛り上がってる声が聞こえてくる。
で、だ……。
前後に歩兵の護衛に守られながら、遂に俺の番がやってきて、西門をくぐった。
途端に上がる、大きな歓声と、それに負けないくらいのどよめき。
思わずビビって狼狽えてしまいそうになるのを、必死に堪える。
だってさ、沿道に並ぶ人、人、人の群れ。西門から王城の城門まで大通りの脇を、何千人、いや何万人って人が埋め尽くしてるんだ。
そのくらい数え切れない人達が、俺に注目してるんだぞ?
こんな注目浴びるの、前世と今世合わせても人生初めてで、滅茶苦茶緊張するし、プレッシャーが半端ないんだけど!
もうさ、貧乏農家の次男坊に威厳とか勇壮さとかあるわけないんで、少しでも見栄え良く見えるように背筋を伸ばして、真っ直ぐ前を見るのでいっぱいいっぱいだ。
そんな俺が着てるのが、今回の帰還パレードに合わせてあつらえられた、特務騎士としての礼服だ。
俺の藍色がかった黒髪と紺色の瞳に合わせて、黒を基調にした、そして俺の前世のアニメとかゲームとかで見た騎士服のイメージをデザインに取り入れた、他の騎士達の礼服とは一線を画した仕上がりになっていた。
おかげで、あからさまに服に着られてると思う。
そして注目を浴びてるのは俺だけじゃない。
俺が乗ってるのはユニだ。
白みがかった銀色のユニコーン。
その異質な姿に誰もが目を見開いて驚いてる。
しかもその体躯は、騎士達が乗る軍馬にも負けてない。
額から長く伸びる螺旋を描く一本の角、引き締まった筋肉質の肢体、そして、陽光にキラキラと輝く立派な白銀のたてがみ。
その姿に驚いた人達は、同時にユニの美しさに見とれていた。
さらにそれだけじゃない。
俺の前を、金色の甲冑姿も美しいキリが、槍を高く掲げて俺を先導するように、宙を滑るように歩いている。
加えて、俺の右後ろに美しい天使の姿をしたエンが、左後ろに妖艶な悪魔の姿をしたデーモが、その翼を広げて宙に浮き、俺に付き従う。
その気配は、抑え目ながらも解放されていた。
精霊力が感知出来ない人達でも、精霊だって感知出来るくらいに。
でないと、獣人とか、魔物とかと間違われても困るし、これほどの精霊と契約し従えているんだぞって、アピールするためだ。
あと、俺に威厳も華もないから、虚仮威し兼賑やかしだな。
あからさまに魔物の姿をしてる、モス、サーペ、レド、ロクは、市民を怖がらせないように姿を消してる。
「あいつが王子様が派遣して、トロルをやっつけてくれたって騎士なのか?」
「なんでも農民上がりで、王子様を助けた手柄で騎士に取り立てられたらしいわよ」
「すげぇな、大出世じゃねぇか!」
「あれが精霊!? あんなでかいの見たことねぇぞ!?」
「こんなすげぇ精霊と契約してるんだ、トロルどもなんざ敵じゃねぇ!」
「あなたのおかげで助かったわ!」
なんて声があちこちからいっぱい聞こえてきた。
恥ずかしいし、緊張する。
でも……なんか悪くないな。
俺がしたことで、男の人も、女の人も、老人も、子供も、こんなにたくさんの人が助かって、みんなすごいって言ってくれて、褒めて、感謝してくれて、声をかけてくれる。
みんな、俺のことを認めてくれてるんだ。
ふと、小さな男の子と女の子と目が合った。手を繋いでるから兄妹かな?
二人ともキラキラした目で俺を見上げてて、滅茶苦茶気恥ずかしくてくすぐったい。
「無事で良かった、声援ありがとう」
ちょっとばかし、救国の英雄になりきって、格好付けてそんな風に笑いかけながら手を振ってみる。
「ありがとう騎士のお兄ちゃん!」
「ありがとー、がんばってー、騎士のおにーちゃん!」
興奮したようにブンブン手を振ってくれて……これ、やばい!
滅茶苦茶嬉しいんだけど!
こんな体験、初めてだよ。
俺、この世界に転生してマジで良かった!
やがてパレードは城門をくぐって王城へと入っていった。
王都を奪還してから、ざっと一ヶ月弱。
アイゼ様とお姫様、ようやくの帰還だ。
王族の居住スペースと、執務室や会議室、謁見の間なんかの公務を行うために必要な主要施設の補修作業と、トロルの死体の処理や清掃作業が終わったからってことで、今日の帰還と相成ったわけだ。
だけど、まだまだ戦いの爪跡は残ってて、崩れた壁や傷があちこち目に付く。
パレード中に眺めた王都の町並も、あちこち崩れた家や焼け跡なんかが残ってて、全てが元に戻ったわけじゃない。むしろ王都の復興はここからが本番だ。
馬車を降りたアイゼ様とお姫様、そして次期公爵。
俺もユニから降りて、四体達には姿を消して貰う。
城の入り口から城門までの途中には、すでに騎士達が整列していて、パレードに同行した近衛騎士達および騎士達が、その続きの列に整列して、一直線の道が出来ていた。
その道を、アイゼ様とお姫様、そして次期公爵、少し遅れて俺が歩く。
城の入り口の前には、上等そうな服を着た、多分大臣や貴族なんかだろうけど、おっさんやじいさんが、文官や武官っぽい人達を従えて、アイゼ様とお姫様を出迎えていた。
「よくぞご無事でお戻り下さいました、アイゼスオート殿下、フィーナシャイア殿下」
アイゼ様とお姫様が到着すると、その場の代表っぽい、人の良さそうな白髪のおじいさんが恭しく頭を下げる。
他の大臣や貴族達も同時に頭を下げた。
「うむ、出迎え大儀である。面を上げよ」
それから頭を上げた大臣や貴族達は、口々にアイゼ様とお姫様に無事の帰還を喜び、王城と王都の奪還の偉業を褒め称える。
でも、果たしてこの中の何人が、本当に心からアイゼ様とお姫様の無事を喜んでるんだろう。
どれだけの人が、忠誠を誓い、忠義を尽くし、アイゼ様とお姫様のため、そしてこの国と国民のために汗水流して働いてるんだろう。
不埒なこと、そして不遜なことを考えてる奴が絶対に交じってるに決まってる。
隙あらば、アイゼ様とお姫様の足を引っ張り、追い落とし、もしかしたら亡き者にして、この国を乗っ取ろうと考えてるかも知れない。
特に大臣達や主要な役職に就いてるって言う貴族達の顔を見れば、どいつもこいつも、一癖も二癖もあるって顔してるからな。
次期公爵とか偉そうだしウザいしむかつくし、いっぺん馬に蹴られとけって思うけど、そんな次期公爵がいい人に見えるくらいだよ。
こんな魑魅魍魎みたいなおっさん、じいさん達の上を行って味方に付けて、俺と姫様の結婚を認めさせないといけないんだ。
そう考えると気が遠くなりそうだけど……。
やるしかないよな!
だってもう姫様は『俺の嫁』なんだし!
「エメル」
アイゼ様に呼ばれて、アイゼ様の隣に立つ。
「彼がいま話した、私と姉上の命の恩人、そして救国の英雄エメルだ」
アイゼ様の紹介に、何度も繰り返し練習した、背筋を伸ばし右手を胸に当てた騎士としての礼をする。
「王家直属特殊戦術精霊魔術騎士団即応遊撃隊所属特務騎士エメルです」
さあ、俺と姫様の本当の戦いも、ここからが本番だ。




