388 再びマリーリーフとの対談
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「ようこそ、メイワード伯爵」
マリーリーフ殿下がニヤリと不敵な笑みを浮かべて、入室した俺を歓迎する。
やっぱり今回もアルル姫は同席してない。
「本日はお招きありがとうございます、マリーリーフ殿下」
ティーセットやお菓子は前回とも、アルル姫の時の物ともまた違う物で、皿に綺麗に盛られてるのは、甘いお菓子や甘い果物が多めだ。
護衛の騎士、侍女達の人数は前回と同じ五人ずつだけど、今回は契約精霊持ちの精霊魔術師じゃない人もいる。
って言っても、侍女のうち二人が違うってだけだ。
前回は全員を契約精霊持ちの精霊魔術師で固めてたから、今回たまたま仕事のシフトでそうなっただけなのか、何かしらの意図があってそうしたのか、そうじゃないのか、よく分からないけど。
取りあえず前回との違いで、たまたま目に付いたのはそのくらいか。
ちなみに、部屋は同じだけど、別途運び込んだ執務机も書記官もいない。
前回、なんにも具体的な情報が得られなかったってことで、速記で記録を残すのは無駄と諦めたのかな。
それとも、話が話だけに、敢えて同席させなかったのか。
ともあれ、マリーリーフ殿下に勧められるまま、マリーリーフ殿下が座るのを待ってソファーに腰を下ろした。
お茶が淹れられて、今回もまた無造作に俺が先に口を付けてから、まず最初に言ってやろうと思ってた台詞を口にする。
「まさかまたこんなにも早くご招待戴くとは、思ってもいませんでしたよ」
スゴット商会が絡む一連の件についてチクリと刺すと、マリーリーフ殿下は平然とした顔でニヤリと笑みを深めた。
「いつどこで、どのような事態が起きようとも、知識の探求が妨げられる理由にも、止める理由にもならない。そう思いませんか?」
うん、大胆だな。
お仲間のエルフがどんな騒ぎを起こそうが、俺の秘伝を暴くのを止めることはない、だなんてさ。
俺がもっと貴族として、貴族らしい会話に慣れてたなら、もっとこう、遠回しに責めてマイゼル王国の利益を引き出す、そういう話の流れに持って行けるんだろうけど。
残念ながら、そういう会話は苦手なんだ。
ストレートに言いたいことを、言いたい放題言う方が性に合ってるし。
それに、すでにマイゼル王国として抗議して、相応の謝罪と賠償っぽい物を引き出してるらしいから、ここで俺が長々嫌味を言ってもお互いにいいことはないから、これ以上はゴチャゴチャ言わないでおく。
単に、直接迷惑を被った被害者として、せめて一言くらいチクリと言ってやりたかっただけなんで。
もっともそれも、不敵な笑みでいなされてしまったけど。
マリーリーフ殿下もお茶を一口飲むと、きつい目を鋭く細めた。
「念のため確認しておきますが、こうして招待に応じて戴けたと言うことは、私からの提案に乗って戴けたと考えて構いませんね?」
うん、前回もそうだったけど、時候の挨拶やら、お互いの近況やら、そういう貴族的な会話を一切すっ飛ばして、またもや開始早々真っ直ぐに突っ込んできて、ストレートを放って来たな。
まあ、その方が俺も余計な腹の探り合いとか駆け引きとかしなくて済むから、ありがたいけどさ。
「そうですね。かなり大胆で危険な提案でしたけど」
一面で魅力も感じた。
だから、リスクを承知で乗ったわけだ。
「ふふっ、やはり貴方も知的探究心には抗えないのですね。それでは早速本題に入りましょう」
嬉しそうな笑みをこぼした後、マリーリーフ殿下が軽く手を挙げる。
すると、侍女と騎士達十人全員が部屋を出て行った。
つまり、人払いってわけだ。
元々、こういう部屋は広い。
部屋の隅に控えてる侍女や護衛に話を聞かれないように、って配慮だ。
だけどそれだと会話は聞かれなくても、会話してる様子は見られてしまう。
だから今回はそれすらも見られないように、隣の控え室で待機して貰うわけだ。
なぜなら、前回みたいに魔法の工夫や発想の話をするだけじゃない。
マリーリーフ殿下の提案で、実際に精霊魔法を使って見せ合うからだ。
それも、機密に抵触する、実用化されてる魔法をだ。
二人とも実演のため、ソファーから立ち上がって部屋の広いスペースに移動する。
「俺からも確認しますけど、俺が出した条件の通りで構わないですね?」
「ええ、それで構いません」
もちろん、実演するって言っても、それそのものを全て見せるわけじゃない。
原理となる根本部分を、解説なしで、ちょっと見せ合うだけ。
具体的にどんな原理で、どんな効果がある魔法で、何を目的にどんな風に使われてるのか。
そういったことは、それを見て自分で推測、解明、判断する。
相手にそれを質問、確認はしない。
この条件は、俺が提示した。
これでも、正直、マリーリーフ殿下に秘伝の一端を見せるのは怖い。
だけど、マリーリーフ殿下が手紙でほのめかしてきたのは、マリーリーフ殿下が見せるのは、フォレート王国軍で採用されてる魔法ってことだった。
つまり、軍事機密に抵触する魔法ってことになる。
他国の、それも精霊魔法の適性が高いエルフの大国の王国軍が制式採用してる、マリーリーフ殿下が考案した魔法。
そんなの、食指が動かないわけがない。
こんな餌を目の前にぶら下げられたら、さすがの俺もやばいって分かってても、食いつかずにはいられなかったよ。
「メイワード伯爵が知る、精霊魔法の深淵が垣間見える、そんな魔法を期待していますよ」
「ええ、もちろんです」
「本当に、期待していますよ?」
「わ、分かってます」
大事な事だから二度言いました、みたいな顔で睨みながらグイグイ迫らないで欲しいんだけど。
まあ、一度は適当な魔法で誤魔化すことも考えたんだけど……。
そんなことをしても、見抜かれる可能性がある。
もしそれを見抜かれたら、まず間違いなく、ちゃんとした魔法を見せるように、しつこく迫られることになるはずだ。
それは滅茶苦茶面倒臭そうなんで、マリーリーフ殿下が納得するだろう、でもどれだけ推測しても恐らく原理には辿り着けないはずの、ギリギリの部分を見せることにした。
「ふふっ、ようやくメイワード伯爵の秘伝の一端を目にすることが出来るのですね。この時をどれほど待ち望んだことか。年甲斐もなく、楽しみすぎて昨夜はろくに寝られませんでした」
眼光鋭く爛々と輝かせて、遠足前の小学生みたいなことを言い出す大国のお姫様。
この期待は……ちょっと裏切れないよなぁ。
「どちらから先に……って、俺から先に見せた方が良さそうですね」
「はい、それでお願いします」
すごく前のめりになってて、まだ何もしてないのに、俺の手元を一瞬たりとも見逃すまいと、目を細めて鋭い視線をもう向けてきてるし。
気持ちはすごくよく分かる。
よく分かるけど、まだ何もしてないんだから、ジリジリ近づいてくるのは止めて欲しい。
「あの、マリーリーフ殿下、もうちょっと下がって貰えますか? やりにくいんで」
「あっ……ごめんなさい、つい」
マリーリーフ殿下が数歩下がってくれた。
でも、目を益々細めて睨み付けるように、俺の手元を食い入るように見てる。
なんて言うか、やりにくくもあり、可笑しくもあり。
自分が大国の王女だなんてことはすっかり忘却の彼方で、一人の研究者になっちゃってるんだろうな。
俺にとってフォレート王国は仮想敵国だし、色々やってくれて、いい印象なんて一つもないけど……。
マリーリーフ殿下のこういうところは憎めないって言うか、むしろ可愛いって思ってしまうよ。
マリーリーフ殿下の方が、遥かに年上なんだけどさ。
「じゃあ、始めますね」
「はい、いつでもどうぞ」
眉間の皺が一層深くなって、これでもかってくらい眼光が鋭くなった。
「では、いきます」




