384 とあるスラムの少年少女
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オレらは孤児だ。
親の顔どころか誰かすら知らねぇ。
そんなガキはスラムじゃ珍しくもねぇし、一人じゃ生きていけねぇ。
だから、オレらは徒党を組む。
だけどスラムじゃろくな仕事はねぇ。
しかもスラムのガキってだけで煙たがられて、スラム以外じゃ仕事なんてほとんど貰えねぇ有様だ。
下手に金を持ってると、同じガキどもは当然、大人からだって狙われて奪われちまうから、貯めとくなんてヤバイ真似はしねぇですぐに使い切る。
そして仕事がなけりゃ金もねぇから、縄張りを奪い合って、飯屋の残飯や、露店の傷んだり腐りかけたりして売れない食い物や、屋台の売れ残りが捨ててあるゴミ箱を漁る。
それすらねぇ時は、露店や屋台からかっぱらう。
そうやって、オレらは生きてきた。
そんなある日、一人がドジって警邏に捕まった。
オレらは仲間を見捨てねぇ。
当然、助けるに決まってる。
そしたら警邏の奴ら躍起になりやがって、オレら全員捕まっちまった。
いよいよ豚箱に放り込まれておしまいらしい。
短くクソみたいな人生だったぜ。
なんて思ってたら、役人がやってきて、オレらを人足として雇ってやるからそのまま別の町へ行ってそこで暮らせ、なんて言い出しやがった。
しかも、連絡役を行かせるから、その町で知ったことを教えろ、金をくれてやる、って、なんの冗談だ?
わけが分からねぇ。
ともかく、体よくスラムのガキどもを厄介払いしようって魂胆なんだろうが、オレらに選択肢はなかった。
断れば豚箱に放り込まれて、最悪殺されるだけだ。
「よく来たな。俺がこの領地の領主、メイワード伯爵エメル・ゼイガーだ」
そこの領主って奴は化け物だった……。
魔法なんて初めて見たけど、頭の遥か上で、ドカンドカン飛び交ってる魔法を見れば、怒らせたらやべぇ奴だってのは嫌でも分かった。
一緒に連れて来られたスラムの連中は、ガキから大人まで、みんなブルってやがる。
だけど、悪い奴じゃないらしい。
悪い奴じゃないらしいが、頭はおかしいらしい。
「パンはこの領地で育てた小麦を使ったものだし、スープやサラダの野菜も全部そうだ。これはみんなを歓迎するために用意した物ばかりだから、遠慮なく食べてくれ」
歓迎会って、騎士や兵士どもを歓迎するならまだしも、オレらスラムの住人にまで飯を食わせて歓迎とか、わけが分かんねぇ。
だけど、一口食って、気付いたら奪い合うようにむさぼり食ってて……腹一杯になって我に返ってから、最低の野郎だってことが分かった。
こんな美味い飯があるなんて知らなかった。
これまでオレらがゴミ箱漁って残飯食って生き延びてきたのが、どんだけ惨めなことか思い知らされた。
しかもゴミ箱漁るなとか盗むなとか、真面目に仕事をして生きろとか、これだから貴族って奴は、オレら貧民のことなんてなんにも知らねぇし、考えてもいねぇ。
どうせ今だけ施して満足して、それっきりに決まってる。
「なんだ、聞いてないのか? 俺、一年くらい前まで、ただの貧乏農家の次男坊だったんだぞ? トロルとの戦争で、さっき見せた精霊魔法で活躍したから、そのご褒美に貴族の身分と領地を貰ったってだけで」
は? マジか?
いや、だったらなおさら胡散臭ぇ。
貧乏農家の次男坊がお貴族様になって調子に乗ってるだけに決まってる。
そんな奴が、まともに領主なんて仕事、出来るもんか。
「はい、次のグループ。君達はみんなお仲間? 名前は? ない? じゃあ名前は後で何か考えましょう。取りあえず木札を渡すから一つずつ持って、なくさないでね?」
仕事の相談に乗ってやるって役人がいる建物に強引に放り込まれたら、女の役人が大勢いた。
いや、ほとんどが女だ。
あり得ねぇ……。
驚いてるうちに、仲間が色々質問されて、なんか数字だか文字だかが書いてある木札を手に押しつけられてた。
「おいおい、なんで女が役人なんてやってんだよ。役人は男の仕事だろ? 女が出来んのかよ」
思わずそう言っちまったオレは悪くねぇ。
だってそれが当たり前なんだからな。
「はいはい。みんなそう言うのよね。女だって勉強すれば、十分出来るに決まってるでしょ。男だからってだけで、ろくに勉強もしてない奴がコネで役人になるより、遥かに真っ当に役人として働けるわよ」
そうなのか?
そういうもんなのか?
「うちの領主様はね、男だとか女だとか、身分だとか家柄だとか、種族だとか生まれだとか、そういうのに一切こだわらない方なの。仕事さえ出来れば、誰にでもチャンスを与えてくれるのよ」
「おいおい、マジかよ?」
あの貧乏農家の次男坊って領主、頭イカレてるんじゃねぇか?
「あたし達がここで働いてるのが、そしてあなた達がここに連れて来られたのがいい証拠よ。それに、あなた達をこの町に案内してくれたのは、ドワーフと獣人の兵士だったでしょ? ここ、人間の国よ?」
言われてみれば……。
よく分かんねぇが、あんな頭がおかしい化け物が領主やってんだ、役人が女で変でもちっともおかしくねぇか。
「あたしのことより、あなた達のことよ。これまでどんな仕事をしてきたの? 何かやりたい仕事はある?」
役人の女の勢いに押されて、仕事を受けちまった。
スラムじゃ当たり前にやってたし、他にやりたがる奴が少ないからってことで、ゴミや汚物の処理をする仕事だ。
汚物はあの領主が魔法でハッコウだかなんだかさせて、肥料にするらしい。
それで、仕事が終わったら、エイセイのためとかなんとかで、四角い小さな部屋に放り込まれた。
途端に頭の上からお湯が降ってきてビビったぜ。
それで、身体も服も綺麗に洗えって言われた。
病気にならないように、他の人に病気をうつさないように、ってことらしい。
そんなん、初めて聞いたぞ?
でも、それも仕事のうちって言われて、綺麗にしないと金を払わねぇって言うから、せっかくだし綺麗に洗った。
オレらも、いつまでも汚物まみれでいたくないからな。
洗ってその四角い小さな部屋から出たら、新しい服を渡された。
着替え? くれる? わけが分からねぇ。
そして、本当に金が貰えた。
「え? うそ……これ多くない?」
「チッ、馬鹿! 黙ってろ! もうオレらが貰ったんだからな! 間違って多く払ったオマエらが悪い!」
「多くないわよ。ちゃんとした賃金だから、そのまま受け取りなさい」
「ほらみろ! やっぱり多い…………へ?」
「汚れ仕事だし誰もやりたがらないから、賃金は高くしろって、領主様の指示なの」
……わけが分かんねぇ。
汚れ仕事で誰もやりたがらねぇから、食うに食えず、他にやれる仕事もねぇ奴らが仕方なくするんだろう。
だからそんな奴らの足下を見て、安い金で働かせたり、上前をはねたりするんじゃねぇか。
それを逆に高く払うって……やっぱりあの領主、頭がどうかしてるぜ。
「ああ、そうそう。せっかくだから、精霊魔法の練習にも出た方がいいわよ」
「なんでだよ?」
こんだけ金が貰えるんだから、そんなことに時間使うより、別の仕事して稼いで、腹一杯食った方がマシに決まってる。
「魔法が使えるようになって、汚物を発酵して肥料まで作れるようになったら、もっといっぱい賃金貰えるようになるからよ。自分の代わりに肥料を作ってくれれば、その肥料を買い取るってことらしいわ」
……いや、もう……マジでわけが分かんねぇ。
今貰った金でそこまでさせられて、肥料は全部取り上げられるのが普通だろう?
「ああ、ただし、領主様が教えてくれた魔法で悪さするのは許さないからね。領主様は、みんなの生活が便利になって、いっぱいお金を稼げるようになればいいって思って教えてくれるんだから。そんな自分が教えた魔法を悪いことに使われるのを、領主様はすごく嫌ってて、すごく怒るから。普段は優しすぎるくらい優しい領主様だけど、本気で怒らせたら怖いわよ」
怒らせたら怖いのは知ってるよ。
あんな魔法を見せられたら、普通ビビるだろうが。
貰いすぎなくらい貰った金を、じっと持っとくのは怖い。
少なくともあの女の役人が上前をはねねぇのは分かったけど、同じスラムから来た連中に襲われて奪われるかも知れねぇ。
だから、腹も減ったし、屋台で飯を腹一杯食って使い切っちまおうって決めた。
ただ、『スラムの貧民に売るもんなんざないよ!』とか『さては盗みに来やがったな、とっとと失せろ!』とか、追い払われるかも知れねぇ。
そう、みんな気後れしてたけど、他に選択肢がねぇんだ。
だってよ、この町にはスラムなんてねぇし、他で買って食える場所もねぇんだから。
身構えながら、貰ったばかりの金を握り締めて、屋台に近づいてったら……。
「あんたら、新しく来た子達だね。仕事してお金貰ったんだろう? うちの串焼き、買ってかないかい」
「……はぁ!?」
てっきり追い払われたり、そうでなくても疎ましそうに見られるかと思ったら、買っていけなんて言われるなんて……普通逆だろう!?
「おいボウズども、うちの串焼きもどうだ?」
「うちは野菜たっぷりスープだぜ、美味いぞ!」
マジかよ……こんなに客引きされるなんて初めてだ。
みんな、逆の意味でビビって気後れしてるし。
でも、マジで売ってくれるなら買わねぇ手はねぇ。
ただ、値段を聞いてビビった。
「ちょ、高ぇだろ!?」
町の西の湖で取れた貝柱の串焼きってのは、ちょっと高い程度でまずまずの値段だったけど、肉の串焼きや、特に野菜たっぷりってスープが高すぎる!
でも……貰った金を全部使えば、なんとか買えるのは確かだけどよ。
「そりゃあ、美味い分、高くて当然だろう」
「まあ、騙されたと思って一度食ってみろ。もし不味かったら金は返してやる」
マジかよ。
へへっ、だったらどんなに美味くったって、不味いって言って金を返させてやるぜ。
そう意気込んで、みんなで視線を交わし頷き合って、一口目を食う。
「美味ぇ!」
「美味しい!」
「歓迎会で食べさせて貰った料理みたい!」
しまった、って思った時はもう手遅れだ。
屋台のおっさん、おばさんどもが、してやったりの顔で、にやついてやがる。
「しっかり働いて、明日も買いに来な」
「悪さして、こんな美味い飯が二度と食えなくなるのは嫌だろう?」
「真面目に働けば食うに困らないだけ金が貰えるんだ。悪さするなんて馬鹿らしいって、すぐに思うようになるからよ」
次の日も、ちゃんと金が貰えた。
その次の日も。
さらにその次の日も。
その金で、当たり前のように、美味い飯が腹一杯食えた。
住む家もある。
服もある。
仕事もある。
飯も美味い。
オレらは気付いたら、毎日汗水流して働いて、腹一杯飯を食って、屋台のおっさん、おばさんどもと仲良くなってた。
しかも、困ったことがないかってたまに様子を見に来る女の役人とまで仲良くなってた日には、なんの冗談かと思ったぜ。
そして……いつしか残飯漁りや盗みなんて、しようとも思わなくなってた。
いつの間にかオレらはスラムの貧民じゃなくて、羨んで見るだけだった、普通の平民みたいな生活をしてたんだ。
それでも一部の馬鹿がスラムにいた頃と同じように悪さをしてとっ捕まって、鉱山送りにされるのを見た。
「馬鹿な奴だね」
「ほんとほんと。真面目に働けば、毎日腹一杯食えるのに」
ははっ。
まさか、オレらの口から、こんな言葉が出てくるようになるなんてな。
目下、オレらの目標は魔法が使えるようになることだ。
そうして肥料まで作って、あの頭のイカレた領主に売りつけてやる。
それで、もっと金を稼いで服とか家具とか、贅沢してやるぜ。
それもきっと、そう遠くないうちに達成出来るはずだ。
マジでどうかしてるぜ、あの領主とこの町はよ。




