382 飴と鞭の歓迎会 1
「パンはこの領地で育てた小麦を使ったものだし、スープやサラダの野菜も全部そうだ。これはみんなを歓迎するために用意した物ばかりだから、遠慮なく食べてくれ」
料理は俺とエフメラも魔法で手伝って作り、炊き出しを兼ねた歓迎会を開く。
貴族家出身の騎士からスラム出身の浮浪者まで身分の差が大きいから、特に畏まった会にはせず、立食式のガーデンパーティーみたいにして、幾つもの丸テーブルにそれぞれ全ての料理を大皿でたっぷり並べ、各々で取り分けて好きに食ってくれって感じにした。
身分や立場、家族ごとに分けて、って言うか、身分制度が根付いてるからだろうな。
こっちが誘導しなくても自分達で勝手に、騎士達とその家族および兵士達とその家族、それ以外の平民の家族……まあそのほとんどが騎士の家に仕える使用人の家族だな、そしてスラム出身者、って分かれて、それぞれテーブルに集まってる。
もっとも、スラム出身者達はその手のマナーなんて知らないだろうけど、騎士達が当然の顔で上座のテーブルに着いたから、関わり合いを避けて下座のテーブルに集まった、って感じだけど。
それはそれとして。
ただ、この四百人の移住してきた目的が目的だけに念入りにガツンとやった挨拶が、どうやら効き過ぎたらしい。
俺に対する怯えや遠慮が見えて、すぐには料理に手を付けようとしなかった。
それでも、騎士の家の好奇心旺盛そうな子供達が空腹に負けたのか、遠慮がちに料理を取り分けて手を付ける。
だけど、それで十分。
「美味しい!」
「うん、すっごく美味しい!」
そんな風に子供達が歓声を上げて、夢中で食べ始めた。
そんな子供達に釣られて、大人達も食べ始める。
「なんて美味いんだ!」
「とっても美味しいわ!」
そしてすぐに、誰もが夢中で食べていた。
特にスラム出身者達は、二度と食べられないかも知れないから食いだめしとかないと、って言わんばかりに、奪い合うようにして食べてる。
「料理はたっぷり用意してあるから、そんなに慌てなくても大丈夫だ。足りなければ追加で持ってくるから、じっくり味わって食べてくれ」
騎士や兵士、その家族達は、生まれも育ちもいい連中が多いから、夢中になってマナーを忘れては恥ずかしいと思ったのか、ついつい上がってた食べるペースを、みっともなくない程度に落として、落ち着いて食べ始める。
だけど、スラム出身者達には元からマナーなんてないから、食べるペースは全然落ちない。
そもそもスラム出身者達と一緒の会場なのが気に食わないって顔をしてる連中も多かったから、そんな様子に眉をひそめてるけど、俺としては、そのいい食いっぷりに、どうだ美味いだろうって自慢したくなるくらいだ。
そんなみんなの食事を邪魔するのもなんだから、十分に食べて満足し、落ち着く頃合いを見計らって、ジェラッドや副隊長なんかの身分と立場がある騎士とその家族が集まってるテーブルに近づいて声をかける。
「どうだ、楽しんで貰えてるか?」
「これは伯爵閣下。ええ、どれも素晴らしい料理ばかりで、驚きを隠せません。このような歓迎会を開いて戴き、皆喜んでいます、ありがとうございました」
代表して、ジェラッドが騎士らしく一礼する。
「長旅で疲れてる上に慣れない家で、ご家族も食事の用意をするのも大変だろうし、何よりこの領地で育てた作物の味を早く知って欲しかったからな」
「お気遣い感謝しますわ、伯爵様」
ジェラッドの奥さんらしいご婦人が優雅に一礼すると、それに合わせて二人の子供らしいエフメラとそう年が変わらない少年と少女も礼をした。
「伯爵閣下、食事を戴いている場でこのような不躾なことを聞く無礼をお許しください。スラム出身の貧民にまで、このように高級食材を振る舞ってよろしかったのですか?」
確かに、主催者にそれを聞くのは、ちょっと失礼と言えば失礼だよな。
でも、それでも聞きたかったんだろう。
コッソリ教えてくれたキリによると、純粋に気になってとか、俺の財布を心配してとか、スラム出身者と扱いが同じなのが不服だとか、色々あるみたいだけど、一番は情報収集のためっぽい。
隠すほどでもない、って言うか、この領地で暮らせばすぐに分かることだから、その程度のことくらい、いくらでも教えてやるけどね。
「ああ、別に気にする程の事じゃない。こう言ったらなんだけど、どの作物もこの領地でなら普通に店や屋台で売ってるし、平民達が普通に買って食ってる物ばかりだ。って言うか、うちの領地では他の品質の作物は作ってないから買えないぞ」
「この高級食材を普通に売っているのですか!?」
「しかも平民が普通に食べているだなんて!」
そんな驚きの声が、他の者達から上がる。
それも無理ないらしい。
ジェラッドの説明によると、先んじて王家の直轄地で栽培され流通するようになった高級品は、貴族達がこぞって買い求め、その価格は優に十倍を超えて、それこそ下級貴族じゃ簡単には手が出せない額で取引されてるそうだ。
そりゃあ、毎日食べてたら食費が十倍になるわけだからな。
しかも流通量も限られてるから、金も権力もある上級貴族や豪商達にほぼ買い占められてしまう上、金があっても買えるとは限らないせいで、価格は値上がりする一方、と。
その上、農政改革を受け入れて土壌改良を依頼した貴族達の領地では、一部の作物がすでに収穫されてるものの、そのほとんどをその貴族達で消費してしまい、流通量はさほど増えてないから、未だに高級食材過ぎて、おいそれと手が出ないらしい。
「その食材を、平民が普段から口にしているとは……」
カルチャーショックって言うか、ちょっと納得いかないって感じだな。
「俺がいる以上、この領地は謂わば特産地だからな。普通の食材の三倍くらいの値段で売ってるぞ」
「たった三倍ですか!?」
今聞いた話からすれば、高級食材を四分の一くらいの値段で売ってることになるから、そりゃあ驚くか。
「まあ、それでも相応に家計の負担になるとは思うけど、小さく貧相で栄養価が低い、これまでの作物を買って食べることを思えば、割安じゃないかな」
これまでの作物は栄養価が低いから、ある程度栄養を摂取するためには、それなりの量を嫌でも食べないと駄目だったわけだ。
それを考えれば食べる量を減らしても平気なんだから、一つ当たりの大きさも大きいわけだし、家計への負担は売値そのままがダイレクトに響くとは限らないだろう。
その辺りの考えも付け加えて説明すると、みんな、十分に割安って言うか、価格破壊の投げ売りくらいに感じたみたいだ。
もっとも、まだほとんどの作物を俺がエレメンタリー・ミニチュアガーデンで、しかも数時間程度で大量生産してるわけだから、原価を考えれば三倍の値段でも十分にぼったくり価格だろう。
だからって安くしないのは、農民になってくれた領民達が育てた作物を売るときのために過ぎない。
「今後、他の領地からの移民が増えたり、ガンドラルド王国から奴隷達が引き渡されたりして、人が増えて農地を増やせたら、もっと値が下がって買いやすくなるぞ」
感嘆と驚きの声が上がるけど、それはこの領地に限った話じゃない。
「他の領地でも……グルンバルドン公爵派の領地でもようやく農政改革が始まるから、今後どんどん流通量が増えていく。だからそのうち自然と値は落ち着いていって、ほとんど以前と変わらない値段で買えるようになるはずだ。まあそこまで行くのに、何年も掛かるとは思うけど」
「さすが伯爵閣下、素晴らしいお話です」
感心してくれてるけど、内心はちょっと複雑そうだな。
まあ、立場上、仕方ない反応だと思う。
「ところで、先に取らせて貰った調書によると、元騎士と兵士達は、みんな領軍に入ってくれるみたいだな」
「はい。領地のご様子は先にグルンバルドン公爵閣下からお話を聞かせて戴いていましたし、失礼ながら、関所のご様子から、兵の数が足りていないご様子なので」
まあ、本来なら最低でも一個小隊、数十人くらいは駐屯しとくべき関所に、十人足らずしかいないんじゃ、そう思われても仕方ないよな。
「新参者で、それも他領で軍事に関わっていた者を大勢、自領の軍に入れることは不安に思われるかも知れませんが、誠心誠意務めさせていただきますので、ご許可を戴ければと思います」
「ああ、その辺は気にしなくていい、とは立場上言えないけど。そんな堅っ苦しく考えなくていいから。こっちも領兵が足りない分、しっかりこき使うつもりでいるんで」
「寛大なお言葉に感謝します」
「差し当たって、やって欲しい事は二つかな。一つは、うちの新兵達を早急に鍛え上げて欲しい。王家から派遣されてきた騎士達にもやって貰ってるんだけど、各地で任務に就かせてると、どうしても新兵教育に十分な人手を割けなくてさ」
「そのようなことでしたらお任せ下さい。私達がビシビシと鍛えてみせましょう」
「ああ、助かるよ。異種族混成部隊だから人間相手とは随分勝手が違うと思うし、その騎士達も部隊運用のノウハウを蓄積するのに、すごく苦労してるみたいでさ」
「な、なるほど」
ジェラッド達の頬が、ちょっとだけ引きつったな。
「し、して、もう一つとは?」
「ああ、魔物や危険な獣の討伐だな」
食料輸送部隊の目撃情報や、縄張りを無視した新主要街道の敷設なんかの説明を簡単にする。
それに主要街道は俺が整備するとしても、主要街道から村なんかに向かう小さな街道は、いずれ領民達に公共事業として整備して貰いたいと思ってる。
だから、人員の移動、石畳の輸送、などなど、往来は増える予定だ。
加えて、トロルとの交易が始まれば、他の領地からの商会や行商人の往来も増えるだろうからな。
「そういうわけで、被害はまだ出てないけど、それも時間の問題だ。だから、俺達はトロルに負けないくらい手強くて危険な存在なんだって、魔物や獣が逃げ出すくらい徹底的に討伐して欲しい。しかも新兵も同行させて教育しながらだから、危険で大変だぞ?」
「そ、それはまた……いえ、新参者ですから、そのくらい危険で大変な任務をこなしてお役に立ってこそでしょう。お任せ下さい、伯爵閣下」
「ああ、任せた」
俺がある意味ですんなり受け入れたのは、こういう意図もあってのことだ。
もちろん、裏切りの不安は常について回る。
『スラム出身者や下っ端の兵士はともかく、騎士達はエメル様に殺されると分かっていても、グルンバルドン公爵の命があれば、エメル様を裏切り剣を向けるでしょう。十分にお気をつけ下さい』
そうナサイグからも、忠告されたしな。
キリに確認して貰ったところ、同じようなことを言われたし。
でも、それならグルンバルドン公爵にそういう命令を出させなければいい。
裏切らせて俺と決定的に対立するより、頭を押さえられても仲良くしといた方が得策だって、そう思わせてやればいいんだ。
言うほど簡単じゃないだろうけど、将来王様になろうってんだから、この程度の連中を御せなくてどうするんだって話だよな。




