364 黒幕の尻尾
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「それは本当ですかインブラント商会長!?」
「確かな情報です、閣下」
ソファーから腰を浮かして身を乗り出してしまった俺に、インブラント商会長が重々しく頷く。
主要街道の整備を終わらせて、いつも通りまた王都へと戻ると、インブラント商会長から例の件で至急伝えたい話があるって連絡が館に入ってた。
調査で何か進展かトラブルがあったんだろうって、そりゃあもう速攻で本店を訪ねてみれば、聞かされたのはまさに俺が欲しかった情報だった。
「こちらに名前が挙がっているお貴族様方とスゴット商会が、最近になって急に取引を初めておるのです。積み荷の量から、まだ大きな取引量ではないようですが、まず間違いなくフォレート王国産の作物でしょう」
そう言ってインブラント商会長がテーブルに置いたのは、引き渡される奴隷達のための日用品その他を買い付けた、第一弾で二倍から十倍までぼったくってくれた貴族達の名前が一人残らず記載された書類だった。
さらに一部、第一弾の購入で適正価格で売ってくれた貴族の名前も記載されてる。
「しかし、一つの貴族家当たりの取引量はさほどではなくとも、これらのお貴族様方全てと取引したとなれば、その量はかなりになります。まるでフォレート王国の値上げと輸出制限がなかったかのような量です。少なくとも値上げされた額そのままで取引するのであれば、今の力を落としたスゴット商会ではまず不可能と思われる量と額ですな」
「つまりスゴット商会は、そんなフォレート王国側の値上げや輸出制限なんて関係なく取引が出来る伝手がある……フォレート王国がバックに付いてる可能性が高いってわけですね」
「恐らく閣下の仰る通りかと」
よし、遂に黒幕の尻尾を掴んだ!
まだ断言は出来ないけど、今回の件の黒幕はフォレート王国と見てほぼ間違いない。
まったく、フォレート王国は懲りずに色々やってくれるもんだよ。
こうなるとスゴット商会は、フォレート王国の諜報機関の隠れ蓑になってる、フロント企業の可能性が出てきたな。
「これは憶測でしかありませんが、値上げされた金額じゃなく、それより安く、もしかしたら以前と変わらない金額で取引することを条件に、ぼったくって閣下のお力を削ぐよう、そそのかした可能性がありますな」
「その可能性はすごく高いと、俺も思いますよ」
その貴族達も、バックにフォレート王国がいることに気付いてるのか気付いてないのか知らないけど、馬鹿な話に乗っかったもんだ。
「こちらのどの貴族家も、まだ農政改革のために派遣されておられないのでしたな? 閣下が力を付けすぎることを警戒した貴族家を中心に、これまでと変わらない額で取引を続ければ、取り込めるとの算段があるのでしょう」
「多分、その自信があるんでしょうね。でないと、こんな大勢の貴族達に仕掛けるわけがない」
なんたってリストには十数人の貴族の名前が書かれてるんだから。
俺も随分と嫌われたもんだよ、まったく。
まあポッと出の成り上がり者がここまで地位と名声を得て力を振るってたら、面白く思わない連中が大勢出てくるのは仕方ないけどさ。
だからこっちは、逆らう気が起きないくらいの『力』を見せつけて、敵対するより仲良くする方が得策って思わせる必要がある。
ただ、ネットも映像機器もないから、どうしても情報伝達は遅くなるし証拠映像もない。
そのせいでこれまでの常識から抜け出せなくて、特に情報収集能力が低い下級貴族なんかを中心に、未だに俺の『力』を半信半疑や、あからさまに疑ってる連中もそれなりに残ってるみたいなんだよな。
加えて言うなら、経済戦争や情報戦になると、俺には財力も手駒もないから、どうしてもそこがネックになる。
だからそこを狙えばどうとでも出来るって思ってる連中は、多分少なくないんじゃないかな。
それが、今回のぼったくりに繋がってるんだと思う。
だからこそ、そういう方面でも俺は侮れないって『力』を見せつけてやる必要があるんだ。
「ただし閣下」
「分かってますよ。飽くまでも状況証拠と推測で、確固たる物証はない、ですよね?」
「その通りです。申し訳ありません」
インブラント商会長が苦い顔で軽く頭を下げる。
「いや、インブラント商会長が謝ることじゃないですよ」
インブラント商会は諜報機関じゃないんだし、たとえ状況証拠だけだとしても、荷の動きからこれだけ推察出来るだけの情報を集めてくれたんだから、十分ありがたい。
何しろ、黒幕がフォレート王国って分かったんだからな。
親善大使や留学生を送り込んどいて、裏ではまたこうしてちょっかいかけてきてるんだから、懲りないって言うか、図太いって言うか。
謀略って、多分こういう感じが普通なんだろう。
「それで閣下、もう一つお耳に入れたいことが」
「もう一つ?」
「はい。これらお貴族様方の派閥ごとに――」
言いながら、インブラント商会長の指が、リストの貴族を何人か順番に指さした。
「――最近、立て続けに夜会が開かれましてな。どうやらそこに身分を隠した一団が招待されておるようなのです。さすがに儂ではその一団の正体にまでは踏み込めませんでしたが……」
「なるほど。多分、踏み込まなくて正解だったと思いますよ。その夜会の正確な日付は分かりますか?」
「はい」
インブラント商会長に教えて貰った日付は、どれもフォレート王国の使節団が何かしら動きを見せた数日後だ。
王家の諜報部の調査結果はまだ聞いてないけど、多分間違いなく、使節団がその夜会に参加したんだろう。
マリーリーフ殿下が精霊魔術師部隊の視察をした日も、その夜会の一つの前日だ。
さらに、農地生産改良室の視察を打診してきたのも、それとはまた別の夜会の数日前になる。当然、断固として視察は断ったけど。
これらが全部偶然と考えるのは、さすがに無理がある。
「いかが致しましょう、閣下」
真剣な、やる気と不安のない交ぜになった目で、問いかけてくる。
「インブラント商会は予定通りにお願いしていいですか? これ以上踏み込むのは、さすがにちょっと危ないと思うんで」
「はっ、申し訳ありません……」
「いやいや、今でも十分助かってますから」
これ以上危ない橋を渡らせるのは、俺も心苦しい。
当初予定の通りなら、インブラント商会が相手にするのはマイゼル王国の各商会や職人だからいい。
だけど、これ以上下手に踏み込んだら、フォレート王国から暗部が差し向けられかねないからな。
そんなことになったら滅茶苦茶困る。
俺の領地の発展は、もはやインブラント商会と二人三脚なんだから。
インブラント商会長から聞いた情報を持ち帰って、公務が終わった夕食後、早速姫様とフィーナ姫に報告する。
「そうですか。使節団の動きは諜報部も捉えていましたが、妨害が入り全ての動きを追えていませんでした。しかし、やはり他派閥の貴族達と接触していましたか」
「そこでどのような話が行われたかは分からぬのだな?」
「さすがにそこまでは分からなかったみたいです。荷の動きや人の動きから推測しただけみたいなんで」
それでも十分に優秀だと思うよ。
そこは二人とも分かってるみたいで、姫様も一応確認しただけみたいだ。
「内部の様子を探るには、恐らくかなり時間が掛かるでしょう。しかしあまり時間を掛け過ぎると、相手の影響力が増すばかりです」
そう、フィーナ姫の言う通りなんだよな。
場合によってはその貴族達は国家転覆を企ててる可能性があるから、その証拠は押さえたい。
だけど、密偵を忍び込ませて相手に気付かれないように証拠を集めるとなると、かなり難易度が高いし、時間も掛かってしまう。
そうしてる間にもフォレート王国の影響力はどんどん広まって、その貴族達との結びつきが強くなればなるほど、どんどん対処が難しくなる。
ましてや、その貴族達が明確に事を起こしてしまったら、仮にその目論見を潰したとしても、国家反逆罪でまたしても大量に爵位と領地を剥奪して処刑しないといけなくなるかも知れない。
今のマイゼル王国では、これ以上貴族家が減ると統治に支障が出てしまう。
「う~ん……甘いかも知れないですけど、事を起こす前に潰して、力を削ぐ程度にしとかないと不味そうですね」
「うむ、そうだな。あまり政情を不安定にしては、フォレート王国以外の国も余計な動きを見せるやも知れぬ」
フォレート王国がこれだけ動いてる中、他の国まで余計なちょっかいをかけてきて混乱させられたらたまったもんじゃない。
それに、当然の処罰だとしても、何度も多くの貴族家を取り潰して大量に処刑ばかりしてたら、王家の印象が悪くなりそうだ。
「これは、電撃的に一気に勝負を決めに行った方がいいかも知れませんね」
「ふむ……それは構わぬが出来るのか?」
「ちょっと大変で面倒ですけど、手がないわけじゃないです」
ざっと手順を説明する。
当初の作戦に変更はなくて、ちょっと修正して機動力を上げただけだから、横の連携を取る間もなく、速攻で片が付けられるはずだ。
「なるほど、そなたらしい手だ」
「時間を掛けては証拠隠滅されてしまう可能性もありますし、エメル様の方法で手早く片を付けるのが良いかも知れませんね」
「じゃあ決まりってことで」
またしばらく領地に戻れなくなるかも知れないけど、この際仕方ない。
「ただ、貴族どもはそれでいいとして、問題はそのスゴット商会だな」
「ええ、フォレート王国との密接な関係が疑われる以上、放置してはおけません。ですが力を落としたとは言え、元は大商会です。現時点では犯罪を犯している証拠があるわけではありませんから、手を出すのは難しいでしょう。強引に潰してしまっては、経済にも悪影響が出ます」
それだけマイゼル王国の経済に食い込んでるってわけか。
かといって、いいように利用されてるだけの貴族達をどれだけ潰しても、自分達の首を絞めるだけで、フォレート王国は大して痛くも痒くもないんだから、放置も出来ないしな……。
「うーん……要は犯罪の証拠があって、こっちが捜査の手を入れられて、フォレート王国からの影響を除外して、潰さずにこっちの管理下に置ければいいんですよね?」
「そうだが……何か手があるのか?」
「強引に犯罪の証拠か、フォレート王国との繋がりの証拠を手に入れます。それで捜査の手を入れられるようにするんで、スゴット商会を乗っ取るなり国で管理するなり、後は上手くやって貰えませんか?」
「……強引に、ですか?」
「ああ、大丈夫ですよ、俺が動いた証拠は絶対に残しませんから」
こっちもその方法をざっと説明する。
「確かに、エメル様にはその手がありましたね」
「頼もしい手ではあるが、このようなときは本当に恐ろしい手だな」
「大丈夫ですよ、俺だってよほどじゃないと使いません。悪用だって絶対にしませんから」
「分かった。スゴット商会の証拠集めもそなたに任せる」
「はい、任せて下さい。それじゃ許可も出たんで、早速動きますね。裏で暗躍してる連中を一網打尽にしてやりますよ!」




