353 領主の妹君のお仕事 3
人間のおじさんが、立ち話もなんだから場所を変えようって歩き出して、ハーフリングのお兄さんが付いて行くようにあたしを促すから、後ろを付いて歩き出す。
「お嬢ちゃんはまだ成人前なのに、領主様のお仕事を手伝ってて偉いね」
ちゃんとあたしが付いてきてるか確かめるみたいに時々振り返りながら、人間のおじさんが話しかけてくる。
向かう先は大通りを外れて、路地の方だ。
路地って言っても、トロルの大きさに合わせてだから広いんだけど、建物が高いせいでやっぱり大通りより薄暗くなるし、町の大きさに比べて人の数が少ないから、誰も住んでなければ通りもしない場所も多い。
向かってるのは、そんな地区だった。
やがてそんな地区に足を踏み入れて……通り抜けると別の大通りに出る。
「大通りを行くより早かっただろう? 実はおじさんが見付けた近道なんだ」
人間のおじさんは引きつったような笑みを浮かべると、そのまま、この町の最初の食堂に入った。
「相談に乗って貰うんだからおじさん達の奢りだ。なんでも好きな物を注文してくれ」
うん、分かってた。
だって、精神の精霊がなんにも警告しないし。
このおじさん、笑顔を作るのが下手くそだね。
「それでおじさんとお兄さんは、あたしにどんな相談なの?」
ご飯を奢ってくれるくらいだから、それなりに面倒で大事な相談なんだと思う。
だから遠慮なくご飯を注文して、そう切り出した。
ずっと見回りで歩き回ってて、ちょっと小腹が空いてきた頃だったし。
「本当は、領主様の妹で、まだ子供のエフメラちゃんに相談するようなことじゃないんだけどさ……」
ハーフリングのお兄さんがそう躊躇った後、切り出してくる。
「オレ達、五日に一度の精霊魔法の練習にも出ててさ。その時はぼんやりとだけど野良の精霊も見えて、これはいつかオレ達も精霊魔法が使えそうだ! って思ってるんだ」
「おおっ、こんなに早く野良の精霊が見え始めるなんて、二人ともすごいね。やっぱりエメ兄ちゃんの指導のおかげだね」
「いやもう本当に、なんの特技もなければ手に職もない俺みたいなただのおじさんが、こんな年になってから新しい事が出来そうで、領主様には感謝しかないよ」
おじさん、四十歳くらいかな?
声は本当に嬉しそうなんだけど、やっぱり笑顔は引きつってて下手くそだね。
「たださ……」
「なあ?」
ハーフリングのお兄さんと人間のおじさんが、困ったように顔を見合わせる。
どういうことって小首を傾げると、二人とも本当に困ったように笑った。
「どうやらオレ達、闇属性が向いてるみたいなんだ」
「おじさんの希望は火属性で、こいつの希望は水属性だったんだけどね」
「ああ、最初はそれで練習してたけど、上達してきたら、二人とも段々火属性や水属性より闇属性の方が適性が高そうって分かってきたんだ」
「そうそう、その通りなんだ。さすが領主様の妹、話が早い」
でも、それで何を困ってるんだろう?
「それなら闇属性が上手になるように練習したら? 火属性や水属性をそのまま伸ばしてもいいと思うけど、向いてる属性の魔法を使う方が威力や精度を出せるし、もし野良の精霊が契約したいって言い出すとしたら、多分最初は闇の精霊じゃないかな?」
「やっぱりそうなるか……」
「おじさん達も薄々そうだろうなって思ってはいたんだけど……やっぱりそうか」
「それを断って、火の精霊や水の精霊が契約したいって言ってくれるのを待つのもいいけど……闇属性が嫌なの?」
土水火風光闇の六属性の中で、闇属性が一番人気がないんだよね。
聞いた話だからあたしはよく知らないんだけど、闇を作って目くらましして悪さを働くスラムの人がいたり、軍の諜報部隊が闇を纏って夜に活動したりとか、あんまりイメージが良くないんだって。
しかも、他に闇をどう使えばいいのか分からないから、日常生活や普通の仕事をするのに役に立たないって思われてるみたい。
でもあたしは、エメ兄ちゃんに闇属性には善も悪もなくて、ただの自然現象だってことをいっぱい教えて貰ったから、全然そんなイメージなんてないよ。
「嫌ってわけじゃないんだけどさ……」
「出来ればおじさん達も、自分が一番向いてる属性の方がいいとは思うんだけど……使い道が分からないんだよ」
やっぱりそこがネックになっちゃうんだね。
「おじさんとお兄さんは今どんなお仕事をしてて、精霊魔法が使えるようになったらどんなお仕事をしたいの?」
「おじさんは人足をやってるんだよ。おじさん、頭も良くないし、トロルの奴隷にされてたときも、力仕事ばっかりさせられてたから、他に出来る仕事が思い付かないんだ。だから魔法が使えるようになっても、頭を使う仕事は向いてないから、身体を使う仕事の方がいいかな」
「オレも小さな物ばかりだけど、荷運びとか配達とか町の掃除とか、色々やってるよ。実はトロルの奴隷にされてた時も、雑用ばっかりやらされてたんだ。ほら、オレってハーフリングだから小さいだろう? 力仕事には向いてないからさ」
ハーフリングって、大体、人間の半分くらいの背丈しかない小さな種族なんだよね。
しかも童顔でふっくらコロコロした体型の人が多いから、みんな子供みたいに見えちゃう。
このお兄さんがあたしより年上って分かったのは、態度と喋り方でなんとなく。
ハーフリングを知らない人が見たら、子供扱いしちゃうんじゃないかな。
「それでトロルには散々顎でこき使われてきたから、もう誰かの顔色を窺いながら使われるのはまっぴらだし、自分でなんか商売がしたいって思ってるんだ。その商売に精霊魔法を生かせたら最高だよ」
そっかそっか、二人とも前向きに考えてるんだね。
最初にキリでそういう気持ちを増幅したって言ってたし、さすがエメ兄ちゃん。
「でも、そういうお仕事の相談って、エメ兄ちゃんが就業支援の部署を作ってたよね? そっちに相談は?」
「もちろん、おじさん達も真っ先にそっちに相談したよ」
「だけど、精霊魔法を商売に生かしたいってことになると、役人達もまだどうすればいいのかよく分かってない上に、特に闇属性ともなるとさっぱりお手上げみたいでさ」
「その手に一番詳しいのは領主様だろうけど、かといって貴族の領主様にこんな相談出来ないから、町で見回りをして色々アドバイスしてるって話のお嬢ちゃんに相談出来ないかなって思ってね」
そうだね、さすがにこんな個別のお仕事相談なんてやってたら、エメ兄ちゃんの領主としてのお仕事が滞っちゃう。
そもそも、そうならないために作った就業支援の部署なんだし。
「おじさんは人足が嫌じゃなかったら、そのまま闇属性を練習して、土属性が得意な人足さんと組んで、グラビティフィールドを使えるようになれば?」
「それも考えたんだけど、おじさん、子供の頃に奴隷にされて勉強なんて全然出来なかったから、全然頭が良くなくて、そのグラ……なんとかって魔法、何度説明されてもさっぱり理解出来ないんだ」
そう言えば、あたしも理解するの大変だったなぁ。
エメ兄ちゃんに教わった、バンユーインリョクの法則って、イメージを固めるのすごく大変だったし。
「それに実はおじさん、人付き合いが苦手でね……出来れば一人で使える魔法でなんとかしたいかな」
おじさん、笑顔が下手くそだもんね。
今も苦笑してるけど、卑屈で何か企んでそうな悪い顔になってるし。
「お兄さんは商売がしたいんだね?」
「ああ、本当は水属性でって考えてたんだけど、闇属性なら商売敵は少なそうだし、闇属性ならではの魔法なら目立つだろう? いい客寄せになるんじゃないかって、そう思うんだ」
なんとなくいい感じに、みたいな言い方で、ちょっと軽いなぁ。
「具体的な商売の内容は?」
「誰かに顎でこき使われるんじゃなければ、なんでもいい」
具体的なプランもなしだね。
「大体分かったよ。おじさんと、お兄さんと、それぞれ別の仕事の紹介になるけど、それでもいい?」
「ああ、そいつは構わないよ」
「顔を見たくなったら、こうやって誘って飯でも食いに来ればいいしさ」
「そっか。じゃあそれぞれ、紹介できるいいお仕事があるよ」
「「おおっ!」」




