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35 準備のための勉強会



「ふぅ、参ったな……暇になっちゃったよ」

 肩を落として、トボトボと廊下を歩く。

 せめて執務室でアイゼ様の頑張りをじっくり眺めてたかったけど、護衛の邪魔だって近衛騎士と、側でじっと見られてたら気が散るってアイゼ様に、揃って追い出されてしまった。


 護衛シフトが大幅に減ったせいで、付き合う前より一緒にいられる時間が減っちゃって、なんかすごく本末転倒な気がする。

 やっぱりこの埋め合わせは、公務後にして貰うしかないな。


「ま、今は切り替えて、今の内に出来ることを考えるか」

 まず考えるべきは、俺と姫様の幸せな結婚のため、貴族達をどう納得させるかだ。


 一番必要なのは、鶴の一声で押し通せるだけの名声と実績を姫様が持つこと。

 次に必要なのは、姫様に相応しい相手だって納得させるだけの名声と実績を俺が持つこと。

 その次に必要なのは、貴族達をいかに味方に付けるかってこと。

 そして最後に、敵対的な貴族達の弱味を握って黙らせること。


 こんなところかな?


「……情報不足だな」

 彼を知り己を知れば百戦(あやう)からず。

 ところが、俺は貴族達のことなんてなんにも知らない。

 それどころか、この国のことすらほとんど知らない。


 村の大人は誰も彼も、いかに今日を生き抜き、税を納めて領主様の機嫌を損ねないようにするか、そんなことくらいしか考えてなかったもんな。

 国がどうとか、歴史がどうとか、知らなくても畑は耕せたし。

 そもそも、自分達の領主である貴族のこともよく知らないのに、他の領地の貴族のことなんて、何をか(いわ)んやだ。


 俺も、全く興味がなかったわけじゃないけど、大人がそんな感じだったから情報も入らないし、そもそも精霊魔法で何するかってことばっかり考えてたから、誰かに聞いたり調べたりしようともしなかったもんな。

 唯一の情報源は、懇意にしてた行商人のおじさんくらいだ。


「次期公爵に頼んで、その手の蔵書を見せて貰うか?」

 平民が、それも農民の小せがれが、文字を読めるのかとか、理解出来るのかとか、色々見下してきてウザそうだけど……。


「あら、エメル様、このようなところで一人黄昏れて、どうかなさいましたか? アイゼの護衛はよろしいのですか?」

 廊下の向こうから歩いてきたのは、第三近衛騎士団の近衛騎士を護衛に付けたお姫様だった。

 近衛騎士の事情は、アイゼ様と同じだ。


「いやあ、実は……」

 かくかくしかじかで説明する。

「そうでしたか。彼らも己の責務がありますからね」

 お姫様もそういう事情なら仕方ないって顔だ。


 ちなみに、お姫様に気安い態度を取ってるせいか、近衛騎士からすごい形相で睨まれてるんだけどね。お姫様がそれを許してるから、余計な口は挟まないみたいだけど。


「それでは、エメル様のこの後のご予定は?」

「特にないんで、次期公爵にでも頼んで調べ物でもしようかと」

 で、考えてたことを、って言っても、近衛騎士が側に居るから目論見は伏せて、手段の方の調べ物についてだけを説明する。

 でも、お姫様はそれだけで俺の目論見を察したようだ。


「そういうことでしたら、わたしがお教えしましょうか?」

「えっ、いいんですか!?」

「はい、エメル様には命を救って戴いたご恩がありますから。この程度ではとてもお返し出来ませんが、わずかでもお返し出来るのであれば、喜んで」


 お姫様が一瞬だけ、チラッと近衛騎士に視線を向ける。

 なるほど、そういう理由があって信頼してるから、近衛騎士には余計な口を挟むなよ、俺が気安く接しても咎めるなよ、って暗に言ってくれてるのか。


「ありがとうございます、是非お言葉に甘えさせて下さい」



 と言うわけで、場所を図書室に移す。


 図書室って言っても、案外小さな部屋で、小学校の教室程度の広さしかなかった。

 しかも肝心の本棚は、壁際三面と、部屋の奥側半分くらいに四列並んでる程度で、手前側半分にはテーブルと椅子が幾つかおいてあるだけだ。

 公爵家の図書室って言うからどんだけすごいんだろうって期待してたのに、案外蔵書が少ないんだな。いや、次期公爵……って言うより、代々の公爵が、その手のことに興味がなくて蔵書を増やそうとしてこなかったのかな?


「さすがクラウレッツ公爵家ですね。これだけの蔵書は中々揃えられませんよ」

「えっ、そうなんですか!?」

 本棚を眺めながら感心したようにお姫様が言うけど……ああ、そっか、前世の図書室と、ファンタジー系のアニメでよく見かけるやたらでかくて豪華な図書館のイメージに引っ張られちゃったせいか。


「我が国は小国ですから、国内での出版数は少なく、もとより歴史書や学術書などはそうそう頻繁に新書が出るわけではありませんからね。比率で言えば、貴族向けの娯楽小説やロマンス小説などの物語の方が、新書として出ているくらいです。さすがにその手の小説は置いていないようですから、これでもかなりの蔵書数ですよ」


 それに、と続けて教えてくれたのは、言語の問題だった。

 どうやら、俺が勘違いしてたみたいなんだけど、俺達がいま喋って読み書きしてるのは人間語じゃなくて、この近隣諸国が使ってる公用語らしい。

 それとは別に、この近隣の国々に住んでる人間独自の言語がちゃんとあるそうだ。

 さらに言えば、大陸を遥か東、または西へと遠く離れると、そこではまた違う言語が公用語になってて、その地方に住んでる人間独自の言語もまた違うそうだ。


 マイゼル王国は小国で外交が重要だから、死活問題として、他国と正確な意志の疎通が図れるようにと、人間語の使用はやめて公用語を母国語に切り替えたらしい。それも二百年くらい前の話だそうだ。


 ただ、北のゾルティエ帝国は独自の人間語を未だに使用してるらしい。特に貴族階級の間で。もちろん、普通に公用語は通じるらしいけど。

 あと、東の大国フォレート王国のエルフは頑なにエルフ語を貫いてるそうだ。しかも、エルフ語は格調が高いとか、洗練されてる言語だからとか、そういうお高くとまった理由で。

 もちろん公用語は普通に通用するから、外交や貿易で困ることはないらしいけど。


 で、ゾルティエ帝国の書物は公用語と人間語で書かれた物が混在し、フォレート王国の書物はほとんどがエルフ語だそうだ。

 加えて、トロルやオークなど妖魔の多くは書物を残す文化がほぼないらしく、ほとんど出版されてないらしい。

 ナード王国やそれより西の小国家連合も事情はマイゼル王国と同じ。

 だから、近隣から輸入して読める本の数も少ない。


 そもそも植物紙自体が高価な上、活版印刷がまだなくて全部手書きらしいから、本自体が高級品になる。

 ってわけで、このくらいの蔵書数でも、かなり多い方だそうだ。


「公用語はもちろん、古い時代に使っていた人間語の書物も数多く取り揃えてありますから、この図書室に勝るのは、我が国では王家の図書室くらいだと思いますよ」

「さすがお姫様。思わぬところで勉強になりました」

「ふふっ、分からないことがあれば、なんでも聞いて下さいね」


 その柔らかな微笑みに、思わず目を奪われてしまう。

 ほら、ゲームやアニメでよくあるだろう? こういう部屋で小さな埃が漂ってて、高い位置にある明かり取りの窓から差し込むわずかな日差しにキラキラ光って見える、あの演出。

 まさに、そんな演出の中、その日差しにお姫様の金髪も輝いて、ちょっと幻想的なイベントスチルだ。

 だもんだから、つい見つめすぎちゃったらしい。


「教材になる本を探さないといけませんね」

 わずかに目元を赤くして、お姫様がそそくさと本棚の陰へ隠れてしまった。


 って思ったら、そっと半分だけ顔を出してチラッと俺を見て、まだ俺が見つめてるって思わなかったのか、目が合った途端、さらに頬まで赤く染めて慌てて隠れてしまう。

 なんか、滅茶苦茶可愛いんだけど!?



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