321 無法者達への懲罰
「ぎゃあああぁぁぁぁっ!?」
「死ぬっ!! 死ぬぅっ!!」
「助けてくれぇっ!!」
ゴロツキどもが泣き叫んで、煩いったらないな。
「空を飛ぶ程度じゃ死なないから、ちょっとは黙っとけ!」
ゴロツキどもは全員、グルグル巻きの蓑虫状態にして、本当に蓑虫よろしくレドにロープの端を握らせて宙づりにして空を飛んでいた。
現在高度はおよそ千八百メートル。
山脈の上を飛び越えてるところだ。
季節はすっかり春になったとはいえ、この高度だとさすがに風が冷たくて寒い。
だから当然俺の周りには温かな空気で包んでるけど、ゴロツキどもは吹きさらしで放置だ。
「お前達、トロルは見たことあるか?」
「あるわけねぇだろ!」
「近づいただけで殺されちまう!」
「領軍に入って兵士になってれば、こんな馬鹿な真似せずに、真っ当に暮らしていけてたんじゃないか?」
「冗談じゃねぇ! 死にたくねぇよ!」
「こないだの戦争でどんだけ殺されたと思ってんだ!?」
まあそうだよな。
最初から真っ当に暮らす気があれば、こんなゴロツキ稼業なんてやってるわけないもんな。
やがて山脈を越えたら高度を五十メートルくらいにまで落として、敢えて関所の上を通過するコースを取る。
「見えるか? あれが関所で、その向こうに見える川が国境線だ。その対岸から向こう側が、トロルどもの国、ガンドラルド王国だ」
震え上がるゴロツキどもを無視して、関所の真上を通過し、国境線の川を越え、さらにガンドラルド王国の領内を飛んでいく。
「ど、ど、ど、どこまで行く気だ!?」
「川のすぐ向こうで放逐したところで、どうせお前達はすぐに戻って来て、町や村を襲って美味い飯を奪ったり、腹いせに畑に火を放ったりするつもりだろう?」
「「「「「「っ!?」」」」」」
なんでバレてんだって顔だな。
「だから戻ってこられない所で放り出すんだよ」
国境線の川まで、どう頑張っても一日以上掛かりそうなくらい奥深くまで入り込み、地平線近くに見えた大きな町の方へと進路を取る。
「お、いたいた。ほらお前達あっちを見てみろ、トロルどもの隊商だ」
ゴロツキどもがギャーギャー悲鳴を上げる。
街道を、トロルどもの隊商の荷馬車が連なって進んでいた。
歩きで従ってるトロルの数は、ざっと二十匹ほど。
そしてその荷馬車を引いたり押したりしてるのは、人間を始めとした奴隷達だ。
奴隷達が引き渡されるまでまだ後少しあるから、今の内に使えるだけ使って仕事を終わらせてしまおうって魂胆なのかもな。
おかげで、どの奴隷達も疲労困憊で俯いて、生気も覇気もない。
本当なら助けてやりたいところだけど……。
さすがに今、俺が手を出すのはやばい。
引き渡されることが決まってるのに、それを奪い取ったら、今後の奴隷達の引き渡しに色々と支障が出てしまう。
何より今は、無断で国境線を越えてる状況だからな。
この国境侵犯が新たな火種になって、再び戦争が始まってもおかしくない。
だから今は、トロルどもに見つからないよう、ゴロツキどもも含めて全力隠蔽中だ。
まあ、わざわざゴロツキどもに教えてやりはしないけど。
そういうわけで、奴隷達には心の中で謝りながら今はスルーする。
「下手に声を出すなよ、トロルどもに気付かれるぞ?」
ちょっと脅してやると、ゴロツキどもは慌てて口を引き結んで黙った。
さらに高度を落としながら、トロルどもの隊商へと近づいていく。
ゴロツキどもの声にならない悲鳴と緊張が伝わってくるな。
「ほらよく見ろ、あれがトロルだ。うちの領民の、トロルに奴隷にされてた連中から聞いた話なんだけどな」
そう前置きして、トロルの奴隷生活がいかに悲惨なのかを語って聞かせてやる。
ブタの餌のような不味く少ない飯しか貰えない。
クタクタになって泥のように眠るくらい、毎日馬車馬のように力仕事をさせられる。
見た目も好みも年齢も無関係に、トロルが指定した相手と、トロルどもが監視する中で、まるで家畜を殖やす種付けのように、奴隷の数を増やすための子作りを強要される。
逆らえば、問答無用で殴り飛ばされ、運が良くて大怪我、運が悪ければ死ぬ。
たとえ従順に従ってても、トロルの機嫌が悪ければストレス解消の八つ当たりで殴り殺される。
だからいつトロルに殺されるかと、常にトロルの顔色を窺い、戦々恐々としながら生きてかないといけない。
そんな生活が一生続くから、精神を病んで、自殺する奴隷も後を絶たない。
「と言うわけらしいぞ」
かなり誇張して、より陰惨な生活に聞こえるように演出したけど、嘘は言ってない。
本当に、トロルの奴隷にされるってことは、そういうことなんだ。
加えて言うと、キリに頼んで、話を聞いてる間のゴロツキどもの恐怖心や後悔なんかをうんと増幅してやった。
おかげでゴロツキどもは泣きそうな顔を引きつらせて、トロルどもに見つからないようにって息を潜めて縮こまって震えてる。
「さて、と」
丁度いい具合に、隊商の行く手の街道は小さな丘を登って、また下ってる。
その小さな丘を越えた麓に先回りして、ゴロツキどもを蓑虫のまま街道のど真ん中に放り出した。
「じゃあここまでだ。短い付き合いだったな」
「まっ、待ってくれ!」
「こんな所に放り出されたらトロルどもに見つかっちまう!」
おーおー、必死だな。
蓑虫のまま、俺に縋り付こうと無様にもがいてさ。
「逃げたければ自力で逃げればいい。たとえトロルどもに見つかったところで、レドに骨まで残らず焼き尽くされて死ぬよりマシだろう? 運が良ければトロルどもが奴隷にしてくれるさ。まあ運が悪ければ……」
敢えて改めて言及しなくても、さっき語って聞かせてやったからな。
やがて、地響きが聞こえてくる。
「おっと、トロルどもが来たか。立場上、俺の姿を見られるわけにはいかないからな。それじゃあ――」
「まっ、ままままま待ってくれぇ!!」
「悪かった! オレらが悪かったぁ!!」
「心を入れ替えるから! もう二度と悪さはしねぇから!!」
「助けて! お願い見捨てないでぇ!!」
どんどん近づいてくる地響き。
丘の頂上から、トロルどもの頭が、顔が、姿を現す。
「ひいいいぃぃぃぃぃーーーーーっ!?」
「いやああぁぁぁぁぁーーーーーっ!?」
途端に半狂乱で泣き叫ぶゴロツキども。
なんかあれだ、巨人が町の壁を破って侵入してきて人類を捕食するアニメの、今にも巨人に食われそうな人みたいな顔をしてるな。
「なんでもするっ!! なんでもするからあぁぁっ!!」
「助けてっ、助けて領主様ぁぁぁっ!!」
「許してっ、許してくれぇぇぇぇっ!! どうかお慈悲をおおぉぉぉぉぉっ!!」
キリにゴロツキどもの反省と後悔、トロルへの恐怖、そして何より俺への恐怖と屈服の感情を大幅に増幅させる。
『我が君、この者達は本気で後悔し、我が君に助けて貰えるなら絶対服従を誓い、靴でも足でも舐めて、なんでもする気になっています』
ふむ。
地響きが大きくなっていって、すでにトロルどもの巨体の半分が丘の上に見えてる。
「二度と罪を犯さないと誓うか?」
「「「「「「誓いますぅぅぅぅっ!!」」」」」」
「二度と俺に逆らわず、絶対服従を誓うか?」
「「「「「「誓いますううぅぅぅぅぅっ!!」」」」」」
「……いいだろう、一度だけチャンスをやる」
「「「「「「ありがとうございますううううぅぅぅぅぅぅぅっ!!」」」」」」
と言うわけで、ゴロツキどもを回収して、銅山の麓にある小さな町ルグスへとやってきた。
「お前達にはここで、犯罪奴隷として強制労働に従事して貰う」
代官が俺の代わりに、ここでの労働条件を説明する。
賃金は出るし、ちゃんと食事も出るし、死ぬまで使い潰すような真似はしない上に、年季が明けて社会復帰させても大丈夫ってことが確認されたら、平民としての身分を買い戻させてやってもいい。
そういった諸々だな。
トロルの奴隷にされる恐怖を散々煽られたせいで、銅山での強制労働は、まだしも天国みたいに感じたんだろう、大人しく従うみたいだ。
「町長も、現場監督も、しっかりこいつらを監督して更生させてやってくれ」
「ははぁ! さすが領主様でございます。このようなゴロツキどもにここまで己の罪と向かい合わせ、更生させるチャンスを与えるなど、その慈悲の心と懐の深さには、この私大変に感銘を――」
「お任せ下さい領主様」
町長の長ったらしい揉み手のよいしょをぶった切って、現場監督が請ってくれる。
「お前達、この町の人達の言うことは良く聞いて、真面目に働けよ。この町の人達はな、お前達がビビって泣き叫んで怯えた過酷なトロルの奴隷生活を乗り越えて、明日に希望を抱き今日を頑張って生きてる人達ばかりだ。お前達よりよっぽどタフで逞しい人達だろう? 尊敬して、言うことにはちゃんと従えよ」
俺の言葉に、ゴロツキどもは現場監督を尊敬の眼差しで見てるな。
現場監督はそんな目で見られて居心地悪そうだけど。
「もしこいつらが逆らったり、また犯罪を犯したり、逃げ出したりしたら、すぐに俺に連絡してくれ、今度こそ容赦なくトロルどもの前に放り出してやるから」
「はい、分かりました」
それから、ビビって縮こまってるゴロツキどもには奴隷の首輪を嵌める。
トロルの奴隷として付けられてたのとは違うデザインの奴だ。
「この奴隷の首輪は俺の特製だ。普通の方法じゃ壊れないし外せない。もし逃げ出しても、その首輪を付けてる限り俺はお前達をすぐに見つけ出せる。馬鹿な真似は考えるなよ?」
「「「「「「はいぃぃっ!!」」」」」」
うん、ゴロツキども、涙目だ。
精々反省して、この領地のために働いて罪を償って貰おうか。
「と言うわけだナサイグ、単に処刑するよりいいと思わないか?」
「それはまた……」
なんて言っていいのか分からないって顔で苦笑してるな。
ナサイグはトロルを間近で見たことがないから、いまいちピンときてないかもだけど、元奴隷達からその生活がどうだったか聞き取りした調書には目を通してるはずだから、多少は想像がつくだろう。
「多少手間だけど、労働力が増えるのはありがたいからな。今後もこの手の輩が侵入してきたら同じ目に遭わせて、いいように利用させて貰うさ」
今後あのゴロツキどもが本当に心から反省するのか、性根は変わらず喉元過ぎて熱さを忘れるのか、それは経過観察が必要だな。
銅山でも、犯罪奴隷を扱うノウハウが蓄積される丁度いい練習だろう。
「で、だ。今回の話を、インブラント商会を通じて他の領地に流させようと思うんだけど、どう思う?」
「なるほど。ゴロツキどもを使っても金と時間の無駄。それどころか、銅山に安価な労働力を提供して、エメル様を利すると喧伝するわけですね」
「ああ、そういうことだ」
主人公が領主の異世界転生物だと、この手の利用は定番だから、俺もそれに倣わせて貰うわけだ。
そのためには、ちょっと時間が掛かるけど特殊な契約精霊をまた大量に増やして、他の町や村の畑も巡回させて、同様の侵入者どもを撃退、捕縛すればいい。
多分、全て未然に防げるはずだ。
「良いアイデアかと思います」
「よし、じゃあ決まりだ」
ちなみに、領民も重犯罪を犯せば同様の目に遭うって噂が流れて、一層治安が良くなったのは、思わぬ収穫だったな。
領民の大半は元奴隷だから、またあんな奴隷生活には戻りたくないって気持ちが強い結果だろう。
馬鹿なゴロツキどもには、いい見せしめになったよ。
「ところでエメル様、そろそろ式典と晩餐会の日が近づいてきましたが、出立はいつにしますか?」
「あっ、そうだった。なんか仕事してるとあっという間に日にちが過ぎてくな」
フォレート王国から親善大使の第三王女と、留学生の第八王子が、遂にご到着か。
「ぼったくられたり、ゴロツキどもをけしかけられたり、領地がバタバタしてる大事な時に、何日も領地を離れるのはちょっと不安だな……」
「インブラント商会はすでに動いてくれていますし、畑の巡回も強化しました。どちらも数日程度で事態は進展しませんから、領地を離れられても大丈夫です」
確かに、俺が王都へ行って数日滞在しても、精々インブラント商会がようやく各地で調べ始めたり噂を流し始めたりする頃合いか。
相手の領主や商会が状況を把握したり、インブラント商会が情報を掴んだりする頃には、俺はもうとっくに領地に戻ってそうだな。
「分かった。オルブンとカラブンに上手くやるよう伝えといてくれ。俺も王都に行くついでに、ロードアルム侯爵やインブラント商会長と打ち合わせして、策を詰めておくよ」
そして、第三王女と第八王子とご対面して、場合によっては全面対決だ。




