315 精力的に働く領主様
溜まってた書類仕事が片付いたところで、次は保留にしてた仕事に取りかかる。
何かと言えば、トンネルのゲートと屯所、国境の関所の建設だ。
「参考意見を聞きたいんで、よろしく頼む」
「はっ、お任せを」
まず武官と兵を何人か連れてトンネル北側の入り口へ行き、周辺を柵で囲ってゲートを作ってしまう。
ゲートは、アニメや映画なんかでよく見る、軍事基地や研究施設の出入りをチェックする、あんな感じの物々しいゲートだな。人の背丈くらいある引き戸の門扉をガラガラって横にスライドさせて出入りするタイプの。
柵も門扉も鉄製にしたんで、そうそう簡単には壊して突破できないはずだ。
柵とゲートが出来たら、その柵で囲った敷地内の門扉の両脇に、武官と兵達の意見を聞きながら詰め所を建てる。
「領主様、詰め所の意味は分かりますが、何故同じ物を左右に二箇所も?」
「ああ、左側は左側通行の馬車のために、右側は右側通行の徒歩の人のためだ」
ついでに交通ルールも説明してしまう。
「なるほど、馬車が正面から互いの進路を妨害しないためでしたか。石畳に描かれているそれぞれの矢印が進行方向を表しているとは、これは実に分かりやすい」
「街道でも町中でも、どちらの身分が高いのか優先されるのか、道を譲れの退けのと揉め事になって、稀に刃傷沙汰もありますからな。しかも、解決するまで道が塞がれる始末。それを事前に避ける交通ルールとは、よく考えられたものです」
まあ、俺が考えたわけじゃないけどさ。
でも、この世界の人達には、目から鱗の合理的な発想に見えるんだろうな。
「で、この詰め所には、最低二人ずつは詰めて貰う予定だ。言うまでもないけど、詰めた兵達には、トンネル利用時の注意点と交通ルールの説明、通行料の徴収、通行する人や物の名前や目的をチェックして記録して貰う。これで即座に怪しい奴を見破れるとは思わないけど、抑止力にはなるはずだ」
何しろ、今後色々考えてる産業を発展させたとき、機密を盗むスパイや、職人を誘拐するようなよからぬ連中が潜り込んで来ないとも限らない。
それに、他領の貴族や商人が万が一どこかで行方不明になったとき、トンネルを通過すれば名簿に名前が残ってるわけだから、少なくともここまでの足跡は追えるわけで、その後の捜索の手がかりにもなる。
まあ、他の領地でもやってる常識だから、ちゃんとやっとけ、ってことでもあるけどね。
そんな風に物々しいゲートで利用者のチェックをするけど、単なるトンネルであって、機密や重要施設を守ってるわけじゃないから、日中、門扉は基本的に開けっぱなしにしといて、夜間や問題が起きたときだけ閉めることにする。
夜間閉めるのは、夜行性の魔物や獣、浮浪者や犯罪者が住み着いたら困るからで、そこは徹底させたいところだ。
それから、その詰め所とは別に、柵で囲った敷地内に宿舎も兼ねた屯所と厩舎を設置して、そっちにも最低二人は待機しといて貰う。
万が一、ガンドラルド王国や他領の軍が攻め入ってきた時、詰め所の二人だけだと簡単に制圧されちゃうと思うし、誰も伝令に走れませんでしたじゃお話にならない。
あと、トンネル内の見回りや、トンネル内で事故が起きたり、病人や怪我人が出たりした時にも、連絡を受けてすぐに動ける人員が待機しておく必要があるだろう。
諸々、そういった内容を兵達に説明して、意見を聞きながら、詰め所や屯所の内装、位置、向きなんかを決める。
ちなみに、詰め所、屯所、厩舎、資材倉庫は、トンネルを掘ったときに出た、くり貫いた岩盤を圧縮した奴を建材にした。
「取りあえず即席なんで見た目はぱっとしないけど、頑丈さだけは十分にあるはずだ」
いずれその手の設備を建設できる職人を手配して、ちゃんと作り直したいから、これはそれまでの繋ぎだな。
それからトンネル南側の入り口でも以下同文で作ってしまう。
「今のところ、トンネルを利用するのは何日かに一度くらいのペースで食料輸送部隊やインブラント商会が行き来する程度だけど、何ヶ月かすれば徐々に往来が増えていくと思うから、今の内に業務の手順、想定される事態に対処するためのマニュアルなんかも作って、訓練して慣れといてくれ」
「はっ!」
これでトンネルのゲートと屯所はよし。
問題が出てきたら、その都度対処するってことで。
次に、そのまま街道を南下して、ガンドラルド王国との国境線になる川の少し手前に、小さな砦みたいな関所を作る。
これも、武官と兵達の意見を参考に、それなりの人数の兵達が駐屯して、いざって時には門を閉じて籠城できるように、堅固な作りにした。
万が一トロルどもが攻め込んできた場合、ここで撃退出来ればよし。
撃退出来ない場合は、急を知らせるために早馬を走らせて、領軍が態勢を整えるまでの時間を稼ぐ必要があるわけだから、それなりに頑丈じゃないと用をなさないわけで。
だから建築材は同様にくり貫いた岩盤を圧縮した奴だ。
こっちも後日改めてその手の職人に、利便性や居住性をアップさせたちゃんとした関所に作り直して貰う必要があるけど、当面はそこにある、ってだけで十分役目を果たしてくれるだろう。
それに、国境線は結構長いから、街道一つに関所を置いたところで、侵入しようと思えば他にいくらでも経路がある。
いずれ軍事の専門家に相談して、要所要所に関所、見張りの塔、砦なんかを建てることにして、今は一旦これでよしとしておこう。
それから、領地の北側、マグワイザー辺境伯領側にも以下同文。
こっちは王都から南下してきた街道で、領境の川を越えて、第三次侵攻部隊迎撃作戦の戦場跡からさらに少し南に行った場所だ。
北側に接するのは同じマイゼル王国の貴族の領地だけど、だからって攻め入られる可能性はゼロじゃないから、ちゃんと守りを固めておく必要がある。
何よりスパイや犯罪者が入り込まないようチェックしないとな。
「今は領民自体が少ないから領兵を増やせないんで、少人数で形ばかりの駐屯になっちゃうけど、関所での守り、頼んだぞ」
「はっ、お任せを!」
こうして簡易でもいいから急いで関所を作ったのは、北側については、マグワイザー辺境伯のリグエルが、なんか相談しに来るって言ってたからだ。
多分、護衛の兵士とかいっぱい連れてくるんだと思う。
そうなると、他の領地の領兵を素通りさせるわけにはいかないから、形だけでもこういうのは整えとかないとまずいわけだ。
南側は当然、ガンドラルド王国から奴隷達を引き渡される時に必要になる。
本当は、山脈を挟んだ南北それぞれの東西に、最低あと四箇所、他の領地に続く街道にも関所を設置しないといけないんだけど……今はそこまでやってる時間もないし、そもそも兵達の数が足りないんで、箱だけ作っても意味がないから後回しで。
「さて、出入りの体裁は整えたし、次は難民キャンプかな」
ガンドラルド王国側に設置した関所から街道沿いにちょっと北上すると、小さな町レグアスがある。
つまり、南からやってきたら最初に訪れる玄関口になる町だな。
その側の森を切り開いて更地にして、大きな倉庫を四つ建ててしまう。
二つは引き渡される奴隷達の寝泊まりのためのテントや布団、衣類や日用品や食料、などなど、インブラント商会に運び込んで貰うための倉庫だ。
残りの二つには、周辺を切り開いた時に出来た丸太や掘り出した根っこなんかを放り込んだ。
そっちはいずれ適当に、建築材や薪なんかに使って貰えばいい。
更地はそのまま、難民キャンプとして使う。
本当は職人に掘っ立て小屋でもいいから建てて貰おうと思ってたんだけど、職人の数が圧倒的に足りてなくて、こっちにまで手を回せそうにないから断念。
引き渡された奴隷達に、自分達でテントを張って貰って、調書を取ったり、どの町や村に振り分けて暮らして貰うか決めたり、そういう手続きをしてる間、そこで寝泊まりして貰う予定だ。
それから更地の端に、役人達が寝泊まりしたり調書を取ったりするための、簡易の役所も建ててしまう。
「これらの建設は、それこそ公共事業で領民にさせて賃金を渡すのがベストなんでしょうけど」
意見を聞くために連れて来た役人が、完成した簡易の役所を見て、そう苦笑する。
「そうだな。本来ならそうしたいところだけど、とにかく今は領民が住む家すらちゃんと建ってない状況だから、そっちを優先させるしかないよな。どうせ関所は作り直さないといけないし、領都も新しく作るし、別途砦も考えないといけないし、全ての街道を整備したり新たに敷設したりしないといけないし、当分仕事はなくならないから、そっちで稼いで貰えばいいさ」
「それより何より、領主様のちゃんとした屋敷を新築する事こそ優先すべきだと思いますが」
「いいんだよ、俺の屋敷なんて後回しで。領民の家の方が先に決まってる」
「そこが領主様らしいところだとは思いますけど、困らないうちに、新築の件は本気で考えて下さいね? 今のままでは夜会やお茶会など、お客様をお招き出来ませんよ?」
「それは……まあ、確かに……」
情報収集や交換、商談をするにしても、そういう夜会やお茶会を開いて招待して、ってのは、貴族にとって大事なビジネスチャンスの一つだ。
それは分かってる、分かってるんだけど……。
正直俺の中では、自分が住む屋敷、それも伯爵に相応しい豪華な屋敷なんて、後回しも後回しでいいからな。
根っこは未だに庶民だし。
「ともあれ、これで倉庫に物資を運び込めば、夏の奴隷達の受け入れ準備は終了だな」




