31 最高に幸せな『俺の嫁』
◆
「双方、矛を収めよ」
わざとらしい演技で俺が煽って高めた緊張を、アイゼ様が一言で収めた。
もともと、次期公爵への意趣返しみたいなもんだったし、端から本気で相手してたわけじゃない。
だから、異論なし。
俺は挙げていた手を、次期公爵へ向かって振り下ろすことなく普通に下ろした。
それを確認してから、次期公爵はまだちょっと警戒感を残したまま握ってた剣の柄を放して、周囲の兵士達にも武器を下ろすように指示した。
場が落ち着きを取り戻してから、アイゼ様が俺の契約精霊達を、目を細めて眺める。
「壮観だな……これほどに大きく育った契約精霊が、一体どころか、しかも六体ではなく何故か八体もとは。確かにこれほどの力があれば、トロル兵五千など物の数ではないのかも知れぬな」
しかもだ、と、俺に目を移す。
「よもやのまさか、ただの平民が、魑魅魍魎の巣くう貴族社会において特に権謀術数に秀でた公爵家の者を、交渉で叩きのめし完封してしまうとはな。そなたには驚かされてばかりだ」
「えっと……お褒めにあずかり恐悦至極に存じます……とでも言えばいいのかな?」
「ふっ。そう変な顔をするな、心から感心し褒めているのだ」
楽しげで可笑しそうな顔のアイゼ様。
少なくとも次期公爵みたいに俺を警戒したり怯えたりせずこれまで通り……いや、これまで以上に親しげに接してくれる。
で、ウザいことに定評のある次期公爵だけど、さすがにこの状況で差し出口を挟む真似はしなかった。
歯ぎしりしそうな顔はしてるけど。
「エメルよ、私は見ての通り男だ」
「はい」
でも、顔は滅茶苦茶可愛いし、ドストライクだし、ドレスに着替えれば完璧女の子にしか見えないし、全然問題なし。
「ドレスに着替え、化粧を施し、立ち居振る舞いを姫のそれにしたところで、心まで女となり、そなたの愛に応えてやれるとは限らぬぞ。ましてや、男女の交わりなど、出来るとも思えぬ」
「そこはそれ、俺の愛でアイゼ様を姫様に、身も心も女の子に変えてあげますから問題なしです。女の子として俺に抱かれたいってくらい、惚れさせてみせますよ」
「そうか、問題なしなのか……そなたは本当に何もかもが規格外だな」
今度のは……感心して褒めてるって言うより、呆れてるよね?
アイゼ様は一度目を閉じる。
どれほどそうしていたか、目を開くと、キリリとした王子の顔になった。
「エメルよ、そなたを救国の英雄と認め、褒美を遣わす。アイゼスオート・ジブリミダル・マイゼガントの名において、これは履行されるものである。何人たりともこれに異を唱えることを認めぬ」
厳かな宣言に、その場の誰もが、次期公爵や兵士達はもちろん、クレアさんも、お姉さんのお姫様でさえ、恭しく頭を下げた。
王様が亡くなった今、次期国王としての勅命に当たるんだろう、多分。
俺まで自然と頭を下げてしまったほど、凛とした空気と気品があった。
「エメルよ、しばしそこで待て。クレアよ、付いて参れ」
俺に言い置くと、クレアさんを連れて屋敷へと入ってしまう。
そして待つことしばし。
屋敷から出てきたのは……。
「……おおっ……おおおおおぉぉぉぉぉっ!?」
姫様だ!
ドレスに身を包んだアイゼ様が……俺の姫様が戻って来てくれた!
化粧を施されていて、その顔はもうさっきみたいなキリリとした王子の顔じゃなくて、俺のよく知ってる、純情可憐で愛らしい姫様の顔だった。
「エメルよ、貴族の、そして王族の約束は軽いものではない。一度はそなたを謀り反故にしようとした私が言えた義理ではないが……。だからこそ、改めて望む褒美を取らすと約束した私の言葉に嘘偽りはなく、正しくそなたに報いなくてはならぬ」
姫様が、お姫様らしく、左手の甲を上に向けて俺に手を差し出す。
「そなたに私を……姫としての私を下賜する」
「ありがとうございます姫様! 誠心誠意、命を賭けて、姫様を世界一幸せな『俺の嫁』にしてみせます!」
そして俺は、姫様の手を取って、その手の甲に誓いのキスをした。
「うむ、その誓い、見事果たしてみせよ」
こうして俺は、念願のお嫁さんを、しかも、お姫様っていう最高の女の子をお嫁さんに貰えたのだった。
そして俺と姫様は末永く幸せに暮らしましたとさ、めでたしめでたし。
って、そう簡単にはならなかったわけで……。
「はぁ!? 結婚出来ない!? 俺のお嫁さんになってくれるんですよね!?」
屋敷の執務室に戻って、姫様が俺に告げた言葉に、思わずガタッと椅子から腰を浮かして問い詰めてしまう。
「落ち着けエメルよ。最後までちゃんと話を聞くがいい、『今はまだ』だ」
苦笑交じりに俺を宥めて、姫様が考えてもみろとばかりに理由を列挙する。
「聡いそなたならば分かろう。我が父上と母上、我が国の国王陛下と王妃殿下がお隠れ遊ばされたばかりだ。一年は喪に服し、祝い事などの行事は控えねばならん」
「ああ、なるほど、それは確かに……」
「納得してくれたようだな。さらに言えば、私はまだ十三だ。結婚するのであれば、成人する十四を待たねばならん」
「あっ、言われてみれば! まあでも喪に服してる間に十四歳になるから、そこは大した問題じゃないか」
でも、今夜早速新婚初夜で、姫様の身も心もとろけさせて女の子に変えてあげようと思ってたのに、少なくとも成人するまではお預けか……!
「そもそも、我が国では法的に同性婚は想定されていない故、法の改正が必要になる」
「それって、今のままじゃ、成人しても喪が明けても、全然駄目ってことじゃないですか!?」
どれだけ愛し合ってても法的に認められないって、そんなのあんまりじゃないか!
法律変えるって、どうやればいいんだ!?
なんて高いハードルだよ!
「問題はそれだけではない。と言うよりも、ここからが本当の問題だ。今は戦時下で王族が婚姻を結んでいるような場合ではない。そのようなことに割く時間も予算も労力もない。加えて、恐らく貴族どもが黙っていないだろう。特にトロルとの戦争が長引けば長引くほど、貴族どもの介入は激しくなっていくはずだ」
「え? でもさっき……」
「うむ。私の名において、そなたへの褒賞は下賜された。しかし、この度の戦争で我が王家の威信は地に落ちた。私の名において履行されたとはいえ、異を唱える者達は多かろう」
チラッと、部屋の隅に控えている次期公爵を見た。
そう、何故かこの場に、姫様が呼んで次期公爵まで同席していた。
取りあえず発言は控えてるようだけど、この次期公爵が、このまま素直に引き下がってくれるかと言えば……多分そうはならないだろうな。
だから、『俺が勝負に勝った以上、後見人になるって約束を履行しろよ』って意味を込めて睨んでやると、不機嫌そうに睨み返してきやがった。
反発する気、満々じゃないか。
せっかくやり込めてやってすっとしたのに、マジでウザいったらない。
「何より、私に妃を送り込もうとしていた貴族どもの反発は特に強かろう」
「あぁ~……それは確かに」
俺の今の立場はいいとこ姫様の婚約者候補……ってところか。
しかも、状況次第で、いくらでもひっくり返ってしまう可能性がある。
どうやら俺は、姫様と結婚出来る権利のチケットを手にしただけで、そのチケットを使えるかどうかは、これから次第って事らしい。
「もっとも、そなたの力を見せれば黙る貴族も多かろうがな。その力の価値を分からぬ者はおらぬだろう。そなたを王家に取り込めるとあれば、王家の威信は回復し、我が国は近隣諸国で随一の戦力を保有することになる。国力が著しく低下した現状、足下を見た諸外国が何を言い出し、どのように手を出してくるか知れたものではないが、そなたが睨みを利かせるとあれば、それも大人しくなろう。トロルどもとの戦争がまだ終わっておらぬ今、最高戦力であるそなたを手放す道理はない」
「……あの……姫様?」
「む、どうした?」
「それって、その……俺の精霊魔法がすごいから、王家で囲っておけって意味で、俺のお嫁さんになることにした……ってことですか? 俺のことを少しでも好きになってくれたからとか、女の子になっていいって思ったからとかじゃなく…………?」
声こそ聞こえなかったけど、次期公爵が鼻で笑ったのが聞こえた。
「私は服こそドレスに着替えたが、まだ王太子だ。その立場上、惚れた腫れたで結婚するわけにはいかぬ」
「そんな……!?」
俺はまだ何も……姫様の心すら掴めてないってことなのか!?
政治的、軍事的に利用できるから、女として扱われる屈辱を甘受してでも、俺をキープしておきたかっただけなのか!?
「聡いとはいえ、やはりそこは平民だな。どうやらエメルにはよく言って聞かせる必要がありそうだ。ラムズ、下がって今日はもう休んで良い。二人で話をする。少し長くなりそうだ」
「はっ、それでは失礼いたします殿下」
次期公爵は恭しく姫様に頭を下げると、今度こそ音に出して俺を鼻で笑って執務室を出て行った。
なんかもう、力が抜けてしまって、崩れるように椅子に座る。
「さて、エメルよ」
「……はい」
「そのように泣きそうな顔をするな」
「だって……」
「平民故、分からぬのも仕方ないが、王家とはその国の最高権力だ。もっとも、我が国は絶対王政ではないから、貴族議会を無視するわけにはいかぬがな。それでも、最も権力を持つことに変わりはない。その権力に近づこうと貴族どもは権謀術数を巡らせ、時には王家の権力を上回る派閥を作り上げ、なんならその権力を奪い取り王家に成り代わろうと、虎視眈々と狙っている」
そうか、トトス村にいた頃は感じなかったけど、この国もそんな感じなのか……さすが力が正義で弱肉強食な世界だな……。
「故に、王太子であるからこそ、権力争いとは無縁ではいられぬのだ。民草のように、好いた惚れたで結婚を決めるわけにはいかぬ。ましてや、約束した褒美だからと言って、女装して姫になって平民に降嫁するなど軽々には行えぬ」
「はい……」
「だから建前であっても、王太子として国家の利を考え、貴族どもを納得させるための振る舞いをせねばならぬのだ」
「はい…………え?」
あれ、姫様の顔が……ちょっと赤い?
「そなたを取り込みその力を私のため、我が国のために振るわせるだけであれば、他にいくらでも方法はある」
これって……。
「そもそも、これ以上そなたに対して囲い込むような真似をせずとも良い。すでにそなたには、そなたが望むとおりに王家直属の特務騎士としての立場があるのだからな」
もしかして……!?
「そなたが悪いのだぞ、そのように臆面もなく私を姫扱いするから……」
姫様の顔がどんどん赤く……!?
「つまり、なんだ……王太子として、人前で惚れた腫れたでドレスに着替えて男に嫁ぐなど、そのような姿を見せるわけにはいかぬだろう。分かったか? 分かったなら、これ以上、私の口から言わせるな……」
「姫様っ!!」
気付いたときにはガタッと椅子を蹴倒して、思いっ切り姫様に抱き付いていた。
「なっ、エメル何を!?」
「それってつまり、そういう意味なんですよね!? 姫様は身も心も女の子になって俺に抱かれてもいいくらい、俺のこと好きになってくれたってことなんですね!?」
だから、敢えて次期公爵を同席させて、わざわざあんな話をしてみせたんだ!
俺の想いはちゃんと姫様の心に届いていたんだ!
「そ、そこまでは言っておらぬだろう!?」
「そこまでってことは、ちょっとくらいはそうなってもいいって思ってくれてるってことですよね!?」
「そのように無垢な瞳を向けてくるな! そなたがそんなだから私は……!」
ああ、姫様マジ天使!
赤くなって照れて、女の子になろうって決めた自分を受け入れるのに戸惑いと羞恥が残ってて、もう最高だ!
「……そなたがこのような気持ちにさせたのだからな? ちゃんと責任を取るのだぞ? 裏切ることは許さぬからな?」
姫様の腕が、怖ず怖ずと俺の背中に回されて……!
「はい、約束します! 誓います! 絶対に幸せにしてみせますから!」
うん、決めた。
元々決めてたけど、改めて決めた。
俺、姫様を最高に幸せな『俺の嫁』にしてみせる!
そして姫様の好きなロマンス小説みたいに、『こうして二人は末永く幸せに暮らしましたとさ、めでたしめでたし』の未来を迎えるんだ!
今回で第一章終了です。
第二章がなんとかきりのいい所まで書き進んだので、次回から第二章を投稿していきます。
よろしければブックマーク、評価、感想など、よろしくお願いいたします。