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29 愚かな平民はやはり愚かな平民

 俺は、アイゼ様の前で跪いて頭を下げる。


「アイゼ様、俺がここまで精霊魔法を鍛えたのは、うちが貧乏農家で食う物もろくになくて、ちょっと不作になったら餓死するかもしれなくて、隙間風が酷くて冬は凍死しそうで、赤ん坊だった妹や家族が無事に生き延びられる方法が何かないかって考えたからなんですよ。そんな時、村の大人が農作業に精霊魔法を使ってるのを見て、これだって思って始めたんです」


 周りの兵士達や次期公爵は、いきなり何を語り出してるんだって訝しそうにするけど、アイゼ様は真面目な顔で黙って俺の話を聞いてくれる。


「それで、すごい精霊魔法の使い手になれば、村の女の子達がキャーキャー言ってくれて、いつか彼女に、ゆくゆくはお嫁さんになってくれるかもって、期待してのことだったんです」


 この辺りのことはざっと簡単にだけど、まだ姫様だと思ってた時、執務室で話した内容ばかりだ。

 だからここから先は、初めて話すことになる。


「だけど、年頃になって気付けば村の女の子達はみんな他の男の子達とくっついちゃってて、俺には彼女の一人もいなかったんですよね。あの時は、何故? ってすごく不思議でした」


 今にして思えば、それは当然だったんだ。


「でも仕方ないですよね。だって俺、お嫁さんになってくれるなら誰でも良かったんですよ。『この子が好きだから、この子に好きになって欲しくて頑張った』ってわけじゃないから、相手にしてくれる子がいるわけないんです」


 そんな簡単なことに俺は気付かなかった。

 でも、やっとそれに気付けた。


「そう、アイゼ様に……姫様に出会って、ガチで一目惚れして、本気で命を賭けていいってくらい好きになって、ようやくそれに気付いたんです」


 実に間抜けな話だって、自分でも思うよ。

 だからもう間違えない。

 本気で惚れたその子のために、俺は全てを捧げる覚悟を知ったから。


「でも、その姫様はもう……」


 どこにもいない。

 最初からいない。

 俺の幻想が作り上げた、ただの虚像でしかなかった。


「……そう思いもしたけど、そうじゃなかった」


 顔を上げて、アイゼ様を見上げる。


「俺の姫様はやっぱりここにいる、目の前にいるんです」

「エメル、そなた何を……?」


「アイゼ様、王都から落ち延びるとき、トロルに殺された人達を見て心を痛めたり、トロルに追われてる人達を見つけて俺に助けてやって欲しいって思ったのは、嘘ですか? 侍女に(ふん)してたから、侍女になりきって、そう演技してただけですか?」

「そのようなはずなかろう」


「じゃあドレスを着て、姫様に扮して、執務室で懸命にこの国を救うために書類仕事をして、お姉さんのお姫様を救い出すことをあんなにも望んだのは、それがいかにも姫らしい演技だからですか?」

「演技などではない。全て私の本心だ」


「そうですよね? 嘘でも演技でもない、心からのことなんですよね?」

 アイゼ様が頷く。


「ほら、やっぱり俺の姫様はここにいる。消えてなくなってなんかない」

 (うやうや)しくアイゼ様の手を取る。


「アイゼ様、俺の願いは後にも先にも一つだけです。身も心も女の子になって、俺のお嫁さんになって下さい!」


 一瞬でその場が静まり返った。

 手を取り、熱い眼差しで見上げる先で、アイゼ様が目を見開くと咄嗟に自分の口を塞いで真っ赤になる。


 もしかして、怒らせちゃったか?

 それとも、咄嗟に拒絶しようとして、俺を傷つけないように言葉を選ぶためとか?


 わずかな間を置いて、アイゼ様が口を塞いでた手を下ろす。


「……そなた、本気か?」

「本気です。姫様になって、今度こそ俺のお嫁さんになって下さい」

 すごく動揺して、信じられない物を見るように俺を見てくるけど、俺は決して目を逸らさない。

 だって、俺が本気だって分かって欲しいから。


「そうは見えなかったが……まさかそなた、実は男が好きだったのか?」

「違います、女の子が好きです。同性愛者や同性愛を否定はしませんけど、俺自身は異性愛者なんで男同士はごめんです」

「それなのに何故、私なのだ? そなたがごめんだと言う、男同士だろう?」

「全然違いますよ」


 アイゼ様の戸惑いを、きっぱり速攻で否定する。

 そう、それとこれとは似て非なるものだ。


「だってアイゼ様は、姫様の格好をしていたとき、姫様として、女の子として振る舞ってたでしょう? だから、俺にとって姫様は女の子なんです。それを今更男だなんて言われても、もう女の子としてしか見られないし、それで姫様への……アイゼ様への気持ちが突然消えてなくなったり嫌いになったりするわけないじゃないですか」


「そなたを騙した私が憎くないのか? 恨み、嫌悪し、罵りたくはないのか?」

「確かにショックは受けましたけど……それでもやっぱり好きだって思っちゃったんだから、もう仕方ないですよね」

 そう、俺の中ではちゃんと異性愛、立派に男女の恋愛として成立してるんだ。


 そもそも、中身は同じ人なのに、女の子だと思ってた時は好きでキスしたい触れたいエロいことしたいって思ってたのが、男だと分かった途端、気持ち悪いの冗談じゃないの嫌いだの言い出すなら、じゃあ一体その人のどこを好きになったんだって話だよ。


 それに男の娘の魅力の一つは、本物の女の子じゃないから、本物の女の子より女の子らしくあろうと努力して自分を磨く、そんないじらしくて愛らしい姿だ。

 その上で、でもやっぱり本当は男なんだからってところで、それを気にしたり、後ろめたさを感じたりする、そんな姿は背徳的に可愛いだろう?


 ましてやそれが俺のため、俺に女の子として見て欲しい一心でなら、もう最高に愛しいじゃないか!


 そうして身も心も女の子になった男の娘にツイてるなんて、むしろそんなの業界じゃご褒美でしかない!

 なんたってその手のゲームや漫画を何十回と見たから、俺、男の娘もいける口だし!


「……つまりそなたは、今のこのドレスではない貴族の子弟の格好をしている私でも女の子に見えていると、そう言いたいのか?」

「その通りです。姫様が男装コスプレ(・・・・・・)してるくらいにしか見えてません。だから俺、姫様を女の子として愛せる(・・・・・・・・・)自信があります!」

 グッと拳を握り締めて力説する。


 その『女の子として愛せる』ってところに、プラトニックな恋愛だけじゃない、男女の夜の営みって意味も同時に込める。

 そのニュアンスに気付いてくれたのか、アイゼ様の顔が真っ赤に染まった。


「その意図がどうあれ、日増しに女の子らしく、可愛らしくなっていく姫様に、ドキドキさせられっぱなしで目が離せなかったんですから!」


 そもそもアイゼ様って、お姉さんのお姫様そっくりで、どこからどう見ても女の子にしか見えないし、そういう意味でもハードルはうんと低いんだ。

 もし演技じゃなく、心から女の子になって振る舞ってくれたなら、果たしてどこまで可愛くなるのかもう想像も出来なくて、女の子として(・・・・・・)愛さずにはいられない(・・・・・・・・・・)


「だからこれからも姫様の一番近くで、姫様の力になって、望みを叶えていきたい。そのための露払いを俺にやらせて欲しいんです。他の誰でもない、愛する姫様のために」

「エメル、そなたそれほどまでに……」


 惚れた方が負けって言うか、それが俺の心からの願いなんだからもう仕方ない。

 でも無理強いはしたくない、姫様の幸せが第一だから。


「でも、もし俺が嫌――」

「いい加減にしないかこの平民風情が!」

 突然、ブチ切れた次期公爵が、またもや勝手に割り込んでくる。


 いやもう、これはさすがにイラッときた。

 一世一代のプロポーズの最中に横槍入れてくるとか、本当にもうウザすぎて一発ぶちのめしてやりたいよ。


「さっきから黙って聞いていれば無礼の数々、もう黙っていられん! 一国の王太子を女装させ嫁にして娶るなど、そのようにふざけた真似が許されるはずがなかろう!」


「はあああああぁぁぁぁぁ~~~~~」

 それはそれはもう盛大に、これみよがしな溜息を吐いてやる。

 次期公爵の頬がヒクヒクと怒りに震えた。


「あんたさ、俺が世間知らずで学もない貧乏農家の次男坊だと思って、いちゃもん付けて話を逸らして煙に巻こうとしてるだろう? そうはいかないからな」

「なんだと……!?」

 驚くほどの話か?


「そもそも、あんたが何を口挟んでんだって話だよ。姫様が……アイゼ様が望んだのは『お姉さんのお姫様を無事に救出すること』だけで、その褒美として『姫様を俺の嫁にする』って約束を交わしたんだ。まだ王都奪還前でトロルどもが残ってて、姫様があんたの世話になんないといけないから遠慮して指摘しなかったけど、『俺と姫様との約束』に横から口を出して、あんたが勝手に『俺とあんたとの約束』を別にしただけだからな」

「っ……!」

 そこに気付くとは、みたいな顔で驚いてるけど、よっぽど俺のことを馬鹿な農民の小せがれだと思ってたんだろうな。


「しかも『俺とあんたとの約束』は、あんたが俺を英雄と認めて、俺が姫様を嫁にするための後見人をする、ってだけの話だ。そこに俺が姫様を嫁にしていいか悪いかなんて含まれてないし、ましてや失敗したら諦めるなんて内容も含まれてないんだよ。だって俺は、そんなこと一言も言ってないからな」


 そう、俺はそんな約束はしてない。

 失敗するわけがないんだからする必要がなかったんだ。

 次期公爵も、手柄を横から掻っ攫う算段をしてて、どう転んでも俺が失敗するって思ってたから、敢えて俺に諦めるよう迫らなかったんだろうけどな。


 次期公爵はその時の会話を思い出したようで、苦虫を噛み潰したような顔になる。


「ならば――」

「すでに約束を履行する段階なんだ、終わった話を蒸し返すなよ? もしまた条件を付ける気なら、それは『新しい俺とあんたとの約束』だ。それを踏まえた上で話せよ」

 次期公爵がまた条件を言い出す前に、語気を強めて、敢えて親切に遮ってやる。


「どんな無理難題でもいいけど、俺はすでに命を賭けて、トロルロードを討伐し、トロル兵五千を殲滅したんだ。その時あんたは安全な後方で、ノーリスクで報告待ちしてただけだろう?」

 まあ、本当は命を賭けるほど大変な思いをしてないけど、それは結果論だ。


「だから、今度はあんたにも相応の物を天秤に乗せて貰うぞ。俺は命を、全てを賭けるんだ。あんたにはそうだな……この公爵領とその資産の全て、そして爵位を賭けて貰おうか。それで俺が勝ったら、あんたはその日から農民だ。汗と泥にまみれて、一生この領地で働いて貰おうか。それで俺は姫様に相応しい公爵になって、めでたしめでたしだ」

「貴様!? 付け上がるのもいい加減にしろ!」


「俺は命を賭けて戦ってるのに、あんたには命まで賭けろとも戦えとも言ってないんだ。優しいだろう? 感謝しろよ」

 せせら笑ってやると、今にも血管が切れそうな顔で、腰の剣に手を伸ばす次期公爵。


「それとも相手が平民風情なら知ったことかで反故にするのが貴族の流儀か? 貴族の約束ってのはそんなに軽いもんなのか? なら貴族と話し合おう、信頼関係を築こうって考えること自体が間違いってことだよな? 俺達が納めた税で贅沢な暮らしをしてるくせに、ふんぞり返って頭を押さえ付けるだけなら、俺も力尽くで押し通させて貰うぞ」


 軽く手を挙げると、それを合図に八体の契約精霊が俺の背後に姿を現す。

 それも演出付きで。


 途端に、悲鳴じみたどよめきが上がった。

 次期公爵は剣を抜かなかったのか抜けなかったのか、顔を青ざめさせてるだけだけど、兵士達は反射的に武器を抜いて構えていた。


 アイゼ様やクレアさんにも八体までは見せてなかったから、二人ともたじろぐくらいに驚いてる。

 平然としてるのは、一度見せたことがあるお姫様だけか。


「俺が大事なのは姫様……アイゼ様と、アイゼ様が大事に思ってるお姉さんと侍女のクレアさんだけだ。後は次期公爵だろうがなんだろうが関係ないね。だから、力尽くで約束を反故にして、『俺と姫様との約束』の邪魔をするってんなら、俺も最大戦力で抗うからな。力が正義で弱肉強食のこの世界らしくていいだろう?」


 もしこれで次期公爵が剣を抜くか攻撃命令を下すなら、その時は戦争だ。



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