289 逃亡奴隷達への罰
そんな一触即発の空気に、エレーナが俺の前に出ていつでも抜剣出来るように身構えて、ブルートを始めとした兵達も同様に身構えた。
同時に、文官で武器を携帯してないアルフェッドとナサイグが数歩下がる。
そして、やるならやってみろって顔で、エフメラが高く右手を差し上げ、八体の契約精霊を呼び出した。
途端に、どよめきが走って、エフメラと八体の契約精霊に視線が集まる。
「エメ兄ちゃんに何かするなら、エフが許さないから」
エフメラの恫喝に合わせて、契約精霊達も威嚇の声を上げた。
それだけで怯む獣人達。
それを好機と見たか、アルフェッドが声を張り上げる。
「皆の者、静まれ! 伯爵様のお話はまだ終わっていない! 落ち着いてお言葉に耳を傾けよ!」
「なんだんだそのガキは!? 本当に八体なんてそんな馬鹿な話があるか! いや、そもそもそのガキじゃなくて、領主って言うそっちの男がって話じゃなかったのか!?」
「当然、伯爵様も八属性で八体の契約精霊をお持ちだ。しかし、その妹君のエフメラ様も、同様に八属性で八体の契約精霊をお持ちであると言うだけだ」
「だけって……おい! 二人もなんて、そんな馬鹿な話を信じろと!?」
まあ、エフメラがちょっとその気になれば、この場の四十人を秒殺で全滅させられる、それだけのエネルギーを秘めてることは、隠してない契約精霊の気配で理解出来たんだろう。
さすがの虎の獣人もたじろぎ、剣呑な雰囲気を醸し出してた他の連中もビビって完全に腰が引けてる。
「まあ、せっかくだし、駄目押しで見せておくか」
「なっ!?」
「見たいんだろう? リクエスト通り、今見せてやる。顕現せよ、我が契約せし八体の精霊達よ!」
いつも通りの演出付きで八体の契約精霊達が姿を現して、気配を完全解放する。
悲鳴とかパニックとかいつも通りで、八体で逃げ出そうとする獣人達の前に回り込んで、一人も逃がさない。
エフメラの契約精霊達もその包囲に参加してくれたから、逃げ出せる隙はなかった。
なのに、獣人って馬鹿なのか諦めが悪いのか、大人から子供まで、あっちへ逃げては回り込まれて悲鳴を上げて、こっちへ逃げては回り込まれて悲鳴を上げて、そっちへ逃げては回り込まれて……を延々繰り返すんだもんな。
獣人達全員が諦めてその場にへたり込むまで、実に五分以上掛かったよ。
「さて、と……話の続きをしていいか?」
「ぜぇ……ぜぇ……」
みんな息切れして、返事どころじゃないな。
でも、全員こっちへ視線を向けたから、続けていいってことにしとこう。
「今のままだとお前達は逃亡奴隷だ。だけど子供だっているだろう? 俺だって慈悲はあるし、そもそも領民にしてやろうって思ってたんだから、全員処刑なんて真似は出来ればしたくない。って言うか、そのつもりなら、そもそもお前達に飯を食わせてやったり、わざわざ俺がこの町まで出向いてまでこんな話をしてやったりするもんか。最初からこいつらに命じて、とっくに処刑させて終わらせてる」
言いながら、構えを解いたブルート達の方に目を向けた。
ちなみにエレーナは、臨戦態勢は解除してるけど、未だに油断しないでいつでも抜剣出来るように緊張感を漲らせてるし、エフメラとその契約精霊達に至っては、その構えを解いてすらいない。
「だから、お前達には選択肢を二つやる。好きな方を選べ」
獣人達をぐるっと見回して、俺の言ってることをちゃんと理解してくれてるだろうことを確認してから、尊大に胸を張って見下すようにしてから、まず一つ目の選択肢を提示する。
「一つ目は、俺に従うのも、俺の領民になるのも嫌なら、全てを拒否していい。ただしその場合は、お前達は全員逃亡奴隷だ。しかも、俺が領民のためにと生産して輸送させた食料を奪い取ろうと輸送部隊を襲撃した盗賊でもある。よって法に従って全員を処刑する。それは子供も例外じゃない。子供達には判断能力がないかも知れないが、大人のお前達が子供を巻き込んだんだ。それは自業自得であって、俺の慈悲に縋るのはお門違いだし、俺が慈悲をかけるような話でもない。もしこの場で逆らうなら……まあ結果は同じだな」
獣人達に緊張が走ってざわめき、親らしい大人が子供を守るように抱き締めた。
息切れしながらも、すぐに何か叫んで言い返してきそうなんで、その前に、すぐ二つ目の選択肢を提示する。
だって、こんな選択肢、絶対に飲めるわけないもんな。
「二つ目は、俺に忠誠を誓い、俺に従い、俺の領民になれ。そのための条件を拒否することは許さない。お前達は一度自分勝手に逃げ出した。だけど今なら、自主的に戻って来たことにしといてやる。だから、今この場で俺の慈悲に縋り、逃げ出した罰を受け、この領地のために汗水流して働くなら、刑期を終えた後、当初の予定通り奴隷の身分から解放して領民として迎え入れてやる」
こういう言い方って、偉そうで内心落ち着かないし、似合わないことやってるなって思うけど……。
こうやって権力と『力』を示した上で罰を与えて従えないと、一度逆らった奴らは観念しないし、一度逆らった奴らを優しく許したら、勘違いや付け上がる奴は必ず出てくるし、上の者として示しが付かないって、ナサイグもモザミアも言うからさ。
これでいいよな、ってナサイグをチラッと確認すると、うんうんと満足そうに頷いてるから、多分及第点はいけたんだろう。
エレーナは頬を染めて瞳をキラキラ輝かせながら見とれないで欲しいんだけど……。
ともあれ、続きだ。
打ち合せ通り、ナサイグに確認する。
「ナサイグ、こいつらがもし俺に従い罰を受け入れるなら、刑期はどのくらいだ?」
「はい、エメル様。一度逃げ出して、奴隷から解放する手続きを拒否した以上、彼らは通常の犯罪奴隷として扱われます。重罪人ではありませんので、鉱山で死ぬまで強制労働や、戦争での前線部隊として扱われるわけではありませんが、奴隷の逃亡は罪が重いので、およそ子供で十年、大人で十五年、逃亡を首謀および煽動した者で二十年、さらにその後平民としての身分と自由を買い取るのに最低十年は労働に従事する必要はあるでしょう」
それを聞いて、絶望的な顔をする獣人達。
犯罪奴隷としての扱いや逃亡の罪の重さを鑑みると、その刑期の年数は短いようにも感じるけど、前世と比べて根本的に寿命が短いからな。
日本人の寿命に対する割合でいけば、ざっと一.五倍くらいの刑期になるって考えると、十分過ぎると思う。
でもまあ、これじゃあハードルが高すぎて、素直にうんとは言えないよな。
「しかし、今回は特殊なケースですので、エメル様が仰る通り、自主的に戻って来たことにしておくのでしたら、彼らの態度とエメル様への忠誠心次第では、全ての刑期を二年で終わらせてもいいでしょう。また、真面目に労働に従事し、領民として模範的な態度を見せるのであれば、模範囚として、刑期を一年に短縮してもいいかも知れません」
大盤振る舞いの刑期短縮に、獣人達がどよめき、顔を見合わせてる。
そんな獣人達に、ナサイグが向き直った。
「エメル様はたとえ犯罪奴隷が相手でも、その労働の質と内容に応じて賃金を下さる」
獣人達がまたどよめいた。
法には、たとえ犯罪奴隷であっても労働の対価は支払われるって明文化されてるけど……まあ、守らず、タダ働きさせて搾取する領主が一般的らしい。
だから、ちゃんと賃金を払うって宣言した俺は珍しい領主ってことだ。
「その賃金は、例えば窃盗で損害が出たり器物を破損されたりした被害者へ、賠償金を支払わせるために支払われる。今回、直接的な被害は出ていないが、領主たるエメル様と役所の手を煩わせ、食料を負担させ、政務を滞らせた損害を賠償する意味を込めて、賃金のうち幾らかを役所へと支払わせるものとする」
そこまで説明してから、ナサイグが俺に視線を戻して、続きを促してきた。
だから、事前に決めた通り、説明の続きをしてやる。
「模範囚としてしっかり働けば、その役所へと支払われた賠償金の中から、お前達を奴隷から解放して領民にする手続きの経費を落としてやってもいい」
これなら、自分達が働けば、幾らかの金は貰える上に、その金の一部を役所に納めても、奴隷から解放されて自由になる経費として使われることで、賃金から天引きされる意味も出てくるだろう。
ハッキリ言って、大甘も大甘の処置だ。
だって、刑期の間、仕事は割り振らないといけないし、ちゃんと働かせるために監視は付けないといけないし、賃金と天引きの計算をしないといけない。
つまり、そのために役人は仕事が増えることになるわけで、そのための経費だって掛かることになる。
正直、それらが面倒だから、逃亡奴隷や犯罪奴隷は、問答無用でその場で処刑して終わりって領主も珍しくないらしいからな。
それなのに、処刑どころか、一年真面目に頑張って働いたら、罪がなかったことになるも同然なんだ。
破格の条件だろう。
さすがに俺も、今回程度の事で処刑なんて真似はしたくない。
でも、無罪放免じゃ示しが付かない。
手間でも面倒でも、最初から結果が決まってる三文芝居みたいでも、こういう裁きを下す必要がある。
だから、大根役者でも何でも、偉そうな領主を演じないわけにはいかないんだ。
「で、どうする?」
獣人達はもう一度顔を見合わせた後、全員土下座して額を石畳に擦りつけた。
「あんたに……いや、領主様に忠誠を誓い従います。真面目に働きますので、女子供には無体な真似をしませんよう、どうかお慈悲を」
「いいだろう。お前達が自ら選んだんだ。その言葉、違えるなよ」
「「「「「ははぁーーー!」」」」」
なんか水戸黄門にでもなったような気分で小っ恥ずかしいけど、これにて一件落着、かな。
その後、逃亡した奴隷達は、それぞれ元いたウクザムスとセセジオに振り分けられて、農業、町の再開発、人足、領兵見習いなんかの仕事に従事するようになった。
「おっ、ゼネガル、真面目に働いてるな」
「おお、領主様。もちろんだとも、そう約束したからな」
トロルの建物をまた解体に来たら、力仕事に精を出す例の虎の獣人、ゼネガルを見かけた。
気さくに声をかけると、ゼネガルは額の汗を拭って、素直だけど、なかなかに暑苦しい笑顔を見せる。
変わらず逃亡した獣人達を仕切ってくれてるし、率先して真面目に働いてるから、根は悪い奴じゃないんだろう。
この調子なら、約束通り模範囚として一年で刑期を終わらせてよさそうだ。
そもそもが、ちゃんと人の話を聞いてれば避けられた事態だったわけだしな。
「刑期って言うから、どれほど過酷な労働をさせられるのかと思いきや……」
「うん?」
「……いや、なんでもない。領主様よ、セセジオで働いてる奴らも真面目にやってるから、ちゃんと見ててくれ」
「ああ、もちろんだ。おっ、丁度、アルフェッド達がセセジオにまた食料とか物資を輸送するみたいだ。ちゃんとアルフェッドから報告を受けてるから、心配するな」
工事のために資材が広げられた大通りを、資材を避けて荷馬車で進む輸送部隊に目を向けると、ゼネガルも俺の視線を追って、それから安心したように大きく頷いた。
「そうか。感謝する」
と、工事現場から一人の猫の獣人の女の子が、輸送部隊に駆け寄った。
「アル! またセセジオに行くの?」
「わっ、ターニャ? ああ、そうだよ。いや、それはそれとして、仕事さぼったら駄目だろう」
「へへ、ちょっとだけ。すぐ戻るから。だからアルも早く帰ってきてよ? で、またご飯奢って」
「まったく、仕方ないな……ちゃんと真面目に働いてたらご褒美に奢ってやるよ」
「やった! 約束だからね♪」
「うん、それじゃ行ってくるよ」
「うん、行ってらっしゃい」
へえ……手を振り合っちゃって、仲がいいんだな。
アルフェッドはブルートや兵達にからかわれてるけど、満更でもなさそうだ。
「ターニャ! いつまでも手を振ってないで、とっとと仕事に戻れ!」
「わっ、ゼネガル!? やばいやばい」
ターニャって女の子は、慌てて石材を抱えて運びだした。
「まったく、あいつが通るたびに、いつもいつも。済まない領主様、後できつく言っておく」
「ああ、頼む。でもまあ、二人の仲に関しては、温かく見守ってやる方向で」
ゼネガルは驚いたように目を丸くして、それからニヤリと笑った。
「そうか。感謝する」
春、だなぁ。




